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第三章 アンタレスの事件なう

58話 現実なう

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「助けてくださいと言われてもね」

 取りあえず俺は縋りついてきた女の子を引きはがし、事情を聴くことにする。

「あ、あの! 武装してるってことは、AGの方ですよね!」

「そうだね。BランクAG、『魔石狩』のキョースケ・キヨタだよ」

 俺は自分のAGライセンスを取り出し、その女の子に見せる。
 歳は18……いや、16くらいかな。化粧しているからケバく見えるけど、実年齢自体は俺らとあんまり変わらなさそうだ。金色の髪は肩辺りで切りそろえられ、瞳には涙が浮かんでいる。
 服は大分ボロボロで、ところどころ破れている。まるで、ついさっきまで暴行を受けていたかのように。
 泥だらけで分かりづらいけど、そこそこ整ったプロポーションもしている。背丈も普通くらい。ふむ……愛玩用の奴隷が逃げてきた、とかかな?

(それとも……)

「その、助けてください! 盗賊に追われているんです!」

 必死な形相で俺の方を見てくるその女の子。

「盗賊だと!?」

 冬子が動揺している。そうか、今まで盗賊とかと戦ったことは無いのかな。アイツら、案外群れるから厄介なんだよね。
 俺があまり真剣に話を聞いていないと思ったのか、食いついてきた冬子の方を向かって、その子が説明を始めた。

「は、はい……私、実は近くの村でお母さんと姉と二人で暮らしていたんですけど……昨日いきなり盗賊が押し入ってきて、奴隷として売り飛ばすって言われて攫われたんです」

「そ、そんなことが!」

「盗賊は毎日のように私と母と姉に……乱暴をしてきて……」

 耐えきれない、というような表情で、その女の子が泣きだす。

「辛かったな。もう大丈夫だぞ」

 その様子を見て冬子は、その女の子を抱きしめる。
 それに元気づけられたのか、少しだけ表情を和らげた女の子が、続きを話しはじめる。

「地獄のような日々でした……けれど、なんとか私だけ、母が隙をついて逃がしてくれたんです! 助けを呼んできて、と。この街にくれば、AGの方がいらっしゃると思って! だから、その、姉と母を助けてください!」

 その辺で、もう力が抜けてしまったのか、女の子はガクッと膝をつく。

「わ……私が逃げたせいで、母と姉が何をされてるか分からないから……一刻も早く! お願いします!」

 ボロボロと大粒の涙を流しながら、冬子に懇願する女の子。
 冬子は、片膝をついて、その子の頬の涙を拭いながら、フッとほほ笑んだ。

「分かった、助けよう」

「あ、ありがとうございます!」

 パッと花が咲いたような笑顔になるその女の子。さっきまで泣いていたのに、喜怒哀楽の激しい子だ。よく見ると、首に何か魔力を感じるネックレスのようなものを付けている。

(…………?)

「それで、どっちに行けばいい?」

「こっちです!」

 その女の子が手を引いて冬子を連れて行こうとするので、俺は呼び止める。

「待ってよ、冬子」

「なにしてる? 速く行くぞ、京助」

「いや、そうじゃなくてさ。このままじゃタダ働きでしょ? だから、一度そこのAGギルドまで行ってから、クエストとして受注してからじゃないと」

 俺が言うと、冬子はカッとなったのか、少し熱くなった様子でこちらへ詰め寄ってきた。

「何を言っている! 早く行かないと、この子の母親と姉が殺されるかもしれないんだぞ!?」

「奴隷にするって言ってたんでしょ? なら、まだ殺されないよ」

「しかし!」

 冬子がなおも食い下がろうとするが、キアラも冬子に向かって諫めるように言う。

「トーコよ、時は一刻を争うとはいえ、妾たちが――いや、キョースケだけでも、盗賊の討伐へ行くということはAGギルドに伝えておいた方が良いと思うぞ? キョースケや妾やトーコが負けることはそうそうないぢゃろうが、例えばそれが亜人族や魔族であってみぃ。妾たちが勢い余って殺してしまえば、戦争になることはなくとも、さらに他国に悪感情がたまっていく。そういう時に、証言と証人がいるのといないのとではえらい違いぢゃからな」

 キアラの正論。それを聞いて、冬子の勢いが少し緩む。

「そ、それは……」

「まあ、そう言うわけだ。えーと……名前を聞いてなかったね、君の名前は?」

 一度も名乗られていないことに気づいて、俺は女の子に話しかける。

「あ、メローです」

「そう、じゃあメロー。そういうわけだから、一度デネブのAGギルドに向かうよ。いいね?」

「で、でも! 早くしないとお母さんたちが……!」

「そうだね、お母さんが心配なんだろ? だったら、俺たち三人だけでは心もとないから、他にも手助けがいる。三人も誘拐するなんて、数人じゃできない。二桁くらいいるとみていいだろうから」

「いえ! 盗賊は四人でした!」

 グッと俺の服を掴むメロー。
 それを振りほどいて、俺はデネブの街の方を指さす。

「ああもう、だからさっきから言ってる通り、AGギルドまで来てから正式に依頼してくれって。ほら、この問答が無駄だよ。行くよ」

「でも!」

「――なら他を当たってくれ。行くよ、冬子、キアラ」

 俺がそう言って歩を進めると、冬子がグッと肩を掴んできた。

「な……み、見損なったぞ、京助! この子を助けないのか!?」

「まあ、そうなるね。その子がそこのAGギルドまで来てくれるんなら話は別だけど」

 ちらりとその子を見ると、やはり頑なにAGギルドに行こうとしていない。ここまでしていかないなんて、何か理由があるに決まっている。
 そして、それは大概碌な理由じゃない。

「どうしてそんなに頑なに行こうとしないの?」

「だから! 一刻を争う状況だからで――」

「――さっきも言ったけど、ここで俺を説得する方が時間の無駄だと思うけど? それなら、俺は諦めてAGギルドにいる人に頼った方がいい。さっきも言ったけど、俺のランクはBだ。この街のギルドにはほとんど顔を出してないから知らないけど――こんな大きい街だ。AランクのAGがいるかもしれない、もしかしたらSランクもね。行けば、さらに戦力の増強もはかれてお母さんたちを助けることが出来る可能性だって高くなるのに、なんで行かないのさ」

 少し問い詰めるように言うと、メローは俯きながら、ボソボソと恥ずかしそうに話し出した。

「う……そ、その、本当は、私はこんな格好ですから、街の中に入りたくなくて……」

 ちゃんと化粧してるのにか。

「なるほど。それじゃあ、コレ」

 俺は懐から、白紙のステータスプレートを取り出して、メローに渡す。

「これは白紙のステータスプレート。今からこのステータスプレートに念じてくれない? それで、職業欄に「盗賊」って出なかったら、疑わないから」

「あ、えっと……そ、その! 職業は、奴隷になってるから、恥ずかしいのでステータスは……見せたくない、です」

「ふぅん。なら、やっぱりAGギルドに行こうか」

 ちなみに、ステータスプレートは、実は何枚でも作れるので、こういう使い方も有効。死んだ人でも、死んですぐならステータスプレートを置くだけで、名前と職業のデータくらいは出る。これで盗賊か否か、賞金首かどうかを確認したりもする。
 メローと名乗った少女は、もう俯いてしまった。自分でも、苦しい誤魔化しかただってわかっているのかもしれない。
 俺は活力煙を咥えて、火をつける。
 まあ、この子は盗賊団の一味なんだろう。さっきから、すごく怪しい。
 これで彼女が行ってしまったら改めてAGギルドに戻ってこういう輩がいることを話してから、討伐に乗り出そうかな。面倒だけど、これからは養う女の子が(一人は不本意だけど)二人も増えたからね。
 賞金首はいないかもしれないけど、被害が出てるんだとしたら、ギルドの方も知ってる盗賊団かもしれないし。

「京助」

 なんてことを考えつつ、俺が何も言わず行こうとしていたら、冬子が俺に話しかけてきた。

「お前はAGギルドに行け。私は、彼女のお母さんたちを助けに行く。その後で追いかけてきてくれ」

 真剣な目の、冬子。

「……冬子、本気なの? 明らかに、その子は嘘をついてるよ?」

 どう見ても本気だったけど、一応聞いてみると、こくりと頷いた。

「ああ。困っている人を見過ごすわけにはいかない。お前がギルドに報告するのにどれほど時間がかかるか知らんが、その間に何かあるかもしれない。お前は後から追いかけてきてくれ」

 ……天川の病気が移ったかな、と一瞬思ったけど、そういえば冬子はこういう子だった。特に理由も無く、人を助けられる子だった。

「あのさ、冬子。その子はたぶん盗賊団の一味だよ?」

 俺が確認するように言うと、冬子は険しい顔をする。

「こんなにボロボロにされている子がか? 私には、さっきの涙が嘘だったとは思えない」

 キッパリと言い切る冬子。
 なんでここまでその子のことを信じているんだろう。

「あのさ、冬子。さっきからその子がAGギルドに行きたくない理由を考えないの? その子が盗賊団の一味だから、俺らの戦力が増えることが困るし、誰かに伝えられることも困る。もしも盗賊がいるってバレたら、討伐隊が出るかもしれないしね。奴隷狩りしてるならなおのこと……ほら、筋が通るでしょ?」

「ああ。考えない。黒足のコックも言っていただろう? 女の涙は疑わない、と」

 凛々しく、堂々と答える冬子。相変わらず、イケメンだ。

「そんなんだから、男に全くモテないで、女の子から告白されるんだよ」

「そ、それは今関係ないだろ!」

「――だけど、行かせない」

「きょ、京助!?」

 はあ、とため息をつく。

「そんな危ないところに一人で行かせられるわけないでしょ? 助けに行きたいって言うなら、ちょっと待ってて。俺が急いでギルドまで行ってくるから。その子がいたほうが手続きが早いんだけど、仕方ないでしょ」

「一緒に助けに行ってくれるのか!?」

 パッと笑顔になる冬子。さっきまではイケメンだったのに、今はこんなにかわいい顔をするとは。

「ギャップ萌えぢゃのぅ」

「キアラは黙ってて。……仕方ないからね。じゃあ、ちょっと待ってて」

 俺はそこに三人を置いて、デネブの方へ踵を返す。
 ……まず間違いなく、あの子が盗賊団の一味だとは思うけど、まあこれで冬子も少しは人を疑うことを覚えてくれるでしょ。風の結界を張っておけば、後ろからの奇襲にも気づけるし、キアラに転移の魔法を準備させておけば、すぐさま逃げることも可能でしょ。最悪の最悪は、神器も終扉開放状態も使うし――この二つを使ってダメなら……どうやって逃げようか。まあ、その時はどうにかしよう。
 少しだけ足に風を纏わせて、加速する。常人離れしている身体能力に、魔法の加速が加わるんだから速くないわけがない。あっという間にAGギルドまでたどり着いて、中に入る。

「すみません、『魔石狩』のキョースケです」

「まあ、お噂はかねがね。なんでも、今話題の勇者様とも仲がよろしいとか」

 なんで知ってるの。というか仲良くはない。

「取りあえず、今急いでるんだ。実はかくかくしかじかで」

 俺は盗賊がいる可能性があることと、そして依頼されたことを話した。

「というわけで、俺は行くから」

「では、AGノートを拝見いたします。……あら? もうクエストの欄がすべて埋まっていますね。少々お待ちください。新しいものを発行いたします」

「ん? あ、ホントだ」

 そう言って奥へと引っ込んでいく職員さん。急いでるんだけどな。
 すぐに戻ってきたので、AGノートを受け取って、俺は諸々書き込んでから、AGギルドを出た。

「少し時間が経っちゃったけど……」

 まあ、もしメローとやらに何か言われても、キアラが止めてくれるだろう。冬子も、そんなにバカじゃないと思うし。
 ……なんて、高を括っていた俺がバカだったのかもしれない。

「ねぇ、なんで冬子がいないの? キアラ」

 さっきの場所に戻ってみたら、そこに冬子とメローの姿が無かったため、俺は少しだけ……ほんの少しだけ、苛立ちながら、キアラに問う。

「ふむ、先ほどのメローとか言うおなごが、突然首の部分を抑えてな。『この首輪には呪いがかかっていて……実は、それはあの盗賊たちがそばにいると苦しくなるのです』とかなんとか言って、トーコを連れて行ったぞ。妾はそれを伝えて欲しいと言われての、ここで待って居ったわけぢゃ」

 いけしゃあしゃあと言ってのけるキアラの胸ぐらを、掴む。

「ねぇ、なんで止めなかったの? 明らかに怪しかったでしょ?」

「そうかのぅ」

「……何のつもり? 俺を怒らせたいの?」

 俺の周囲を、炎と風が舞う。いけない、魔力を抑えないと。
 キアラから手を放し、少しだけ頭を冷やして、俺は再度キアラに問う。

「それなら、俺に風魔法で声を飛ばすなりして、冬子の方についていくことも出来たでしょ?」

「ほっほっほ、確かに出来なくはないが、面倒での」

「キアラ、何のつもりか、俺は聞いてるんだよ」

 押し殺した声で言うと、キアラは肩をすくめた。

「お主も、一度トーコには現実を見せたほうが良いと考えたから、今回の件に乗ったんぢゃろう? それを手助けしただけぢゃ」

「だとしても、一人で行かせる必要はなかった」

「そうかのぅ。一度痛い目を見ると、違うと思うぞ?」

「だけど!」

「それに」

 キアラは、少しだけ、俺を諭すような目をして、俺の肩に手を置いた。

「お主が、若干トーコへ甘えているような節があったからのぅ。トーコには甘いし。ぢゃから、ほんの少しだけショック療法ぢゃ。お主らは若いから仕方のないことぢゃが、依存しあう関係はよくないぞ? お互い、『相手に対する優しさ』というものをはき違えないようにしないとのぅ」

 見た目年齢は、そんなに歳をとっているように見えないのに、物凄く『年上』めいたことを言われてしまった。

「ホントにトーコのことを思うのであれば、今回の件に乗る必要はあるまい。厳しく言ってやればよいだけぢゃ。トーコも、言葉で言って分からない年齢ではないのぢゃぞ? お主が気づいていた点をちゃんと説明してやれば、トーコも分かったはずぢゃ。化粧をしていたこと、体に痣が無いこと、ネックレスに薬無効の効果があったこと、そのネックレスが奪われていないこと、処女ではないこと。全部説明して、問いただしていればよかったはずぢゃ。どうせその時点で化けの皮が剥がれるんぢゃから、それだけで現実を見せるという目的も果たされるぢゃろ」

 処女じゃないことは知らなかったけど。
 キアラの正論に、俺も黙るしかない。

「お主のしていたことは、中途半端なんぢゃよ。頼るのは間違いではない。しかし、妄信してはならんのぢゃ」

 そう言って、キアラは俺の肩から手をどかした。
 キアラは流れるような手つきで煙管に火をつけると、煙を吐き出した。

「さて、そろそろ行こうかの。トーコはあっちの方角に走って行った。トーコには匂いを付けておいたから、すぐにでも追えるぞ」

 ニコリと笑うキアラ。

「ほれ、行くぞ?」

 正論は分かった。そしてここで言うべきでないことっていうのも分かる。
 だけどさ、感情は別なんだよね。

「……分かったよ、キアラ。だけどさ」

 俺は轟! と魔力を放出して、魔昇華する。

「もしこれで冬子に何かあったら――一発は本気で殴るからね?」

 足に風を巻き付けて、浮かび上がる。どれくらいの速度で走ったのかはしらないけど、これなら間に合うかもしれない。
 キアラも俺と同じように――いや、むしろ俺よりも優雅に――体を宙に浮かべたけど、その顔は苦笑いだ。

「……お主、トーコのこと好きすぎるぢゃろう」

「友達なんだから、当たり前でしょ」

 この世界で唯一信頼が置ける人だ。失うわけにはいかないよ。

「さて――盗賊ども」

 俺は、口の中だけで呟く。
 冬子に手を出すんだ。

「生きて帰れると思ってるのかな?」

 俺の経験値にしてやるよ。
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