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第二章 デネブの塔なう

45話 神器なう

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「神器、ねぇ……」

「そうぢゃ、神器ぢゃよ。持っていて不便は無いと思うぞ? キョースケ。お主は今、槍も失っておるしのう」

 正確に言うと予備の槍はアイテムボックスに入っているから、そこまですぐに不便になるわけじゃないんだけど……。

「神器……やっぱり貰わなきゃダメかな」

「な、なにを言ってるんだ清田! お前の力が認められた証だぞ!? 遠慮せずにもらえばいいじゃないか!」

 佐野はそう言ってるけど、俺はどうにも気が乗らない。
 いや、今回のゴーレムドラゴンとの戦いで、俺は思い知った。この世界において力が無いと話にならないってことはね。

(けど……)

 俺はちらりと天川の方を見る。
 あの時、神器が使えなくなってしまっただけで、天川はだいぶ慌てふためいていた。
 神器、どう見ても便利だよね……強力だし。
 まず間違いなく、頼り切りになってしまう。それは避けたい。

「って、ちょっと待ってくれ! なんで清田に神器を渡すことになるんだ!?」

 今まで黙っていた、阿辺が叫んだ。
 ……いやいや、今までの流れからして、俺になるんじゃないの?

「えーと、つまり、清田君が選ばれたってことですか!? 凄いです!」

 俺に抱き着いている新井は、嬉しそうな声をあげた。

「その前に! いつまで抱き着いているんだ、新井!」

「へ? ……きゃ、やあ! なんで抱き着いているんですか清田君!」

「俺は知らないよ……」

 ため息をついて、新井を外す。

「なんで、って言われても、俺が選ばれたからなんじゃないの? そこで寝ていたみんなと違って、お前は最初から聞いてたでしょ? 何か不都合でもあるの?」

「大ありだ! なんで清田なんだよ! 選ばれた人間じゃないくせに! お前は、俺の下のはずなンだ! おかしいだろうが!」

 阿辺がまた叫ぶけど、みんな「何言ってんだこいつ」みたいな感じの空気になっている。

「お、おい、阿辺……」

 難波が宥めようと肩に手を置いたけど、阿辺はそれを振り払って俺に詰め寄ってきた。

「おかしいんだよ! なんでテメェなんだ! 天川なら分かるけどよ、なんでテメェなんだよ!」

 まったくもって意味不明な阿辺の発言に、俺もキョトンとしてしまう。

「そう言われてもね……」

 なんでこんなに怒ってるのかは分からないけど、俺は苦笑いしながら活力煙を咥えて火をつける。

「ふぅ~……じゃあ、誰なら相応しいと思うの?」

「それは……もちろん、選ばれた人間であるはずだろう」

「そう。じゃあ、その選ばれた人間ってのは誰のこと?」

「それは……その、そう、例えば、天川とか! ああいう、明らかに神から選ばれたみたいな『職』を持っている奴のことを言うんだよ!」

「……まあ、仮に天川が選ばれた人間だったとしても、今目の前にいる神サマから選ばれてるのは、認められないの?」

「だからおかしいんだって言ってるんだよ! とにかく! お前が選ばれるのは納得がいかねえ!」

 もはや、支離滅裂なんてもんじゃない。正直、日本語が通じていない。
 ……阿辺の言動がおかしいのはずっとだった。けど、今ここに至ってもこんな訳の分からないことを言い出すとは思わなかった。
 灰皿に活力煙を押し付けて、俺はもう阿辺にあわせてあげることにした。面倒くさいし。

「わかった、分かった。じゃあ、阿辺以外で俺が神器を受け取ることに文句がある人、いる?」

 俺が問うと、みんな特に反応を示していない。なんなら、早くしろよオーラを醸し出している木原もいる。

「おかしいだろ! お前らもおかしいと思わないのかよ!? 清田なんかが神器をもらうのがさぁ!」

「じゃあ、なんだったら認めてくれるの? 阿辺。もう鬱陶しいんだけど、さすがに」

 さすがに少し苛立ってきた俺は、阿辺にそう尋ねると、阿辺はしてやったりとした顔をしてから、

「ああ!? ……はん、そんなの決まってるだろ。決闘だよ! 決――ッ!?」


「……小僧。気は済んだかの? 妾も話を先に進めたいのぢゃ。そろそろ、黙らんか?」


 瞬間――
 言いようのないプレッシャーに、場が支配される。
 まるで、空気が圧力を持ったかのようで。
 さっき天川に見せた圧力すら、力の一端だって言うこと、なんだろうね……

「あ、あ……」

 傍から見ていた俺ですら少し圧倒されるようなプレッシャーだったんだ。直撃した阿辺は、ひとたまりもないだろう。
 ぺたんと、尻餅をついて……そして、あー、おもらししちゃった。

「キアラ、あんまりビビらせないであげてよ。汚れちゃったし……」

「ふん、軟弱ぢゃのう。キョースケ以外みんな動けておらんぢゃないか」

 見れば、失禁こそ阿辺しかしていないけれど、他のみんなも固まって動けていない。
 
「まあ、彼らは殺気慣れしてないからねー……」

 というか、アレは殺気なんて生易しいものじゃなかったしね。
 なんというか……殺気を超えた、敵意というか。苛立ちというか。俺たち人間が動物である以上、抗えない実力差というか。
 その辺はさすが神様って感じかな。

「さて、ではキョースケ。邪魔者もいなくなったことぢゃし……神器を授けよう」

 その言葉に、全員がゴクリと息を飲む。

「こちらから希望は出来るの? 選択肢を見せてもらって、その中から選ぶという形でもいいけど」

 もう、神器を俺が貰うことは確定事項みたいな流れになっているので、俺は妥協案としてそう提案した。そうすれば……例えば、重力操作みたいな誰が使ってもすぐに最強になれる神器を避けることができる。
 と思っての提案だったんだけど、キアラは首を横に振った。

「いいや、それは無理ぢゃのぅ。神器とは、妾たちが授ける相手――この場合キョースケじゃが――を見て、お主に一番ふさわしいと思うものを渡すという決まりぢゃからのぅ。お主らの希望は聞けぬのぢゃ」

 それは残念。

「ん……なら、しょうがない。諦めて普通に受け取るよ。もっとも……天川みたいに、頼り切りになってしまうみたいなのは避けたいから、難しいところだけどね」

 俺が言うと、キアラは少しうれしそうに頬を緩めた。

「ほう……まあ、その精神があれば大丈夫ぢゃろう。そもそも、神器の使えない空間なんぞ、塔の内部にしか作りようがないわい。よしんば出来たとしても、それは限定的なものになるぢゃろうから、神器が使えなくなることはそんなに気にする必要はないと思うのぅ」

「だとしても、俺はこれ以上外付けの――借り物の力を増やしたくないんだよ。自分の努力で手に入れないと、いつかその力に振り回されてしまう日が来るからね」

 いつの世の中、誰だって、分不相応な力は身を亡ぼすだけだ。
 だから、出来たら貰いたくない、神器は。
 今ある力――『職』や魔術など――すらいまいち使いこなせてないんだ。これ以上、使うものが増えたら鍛錬すらおろそかになっちゃう。
 だから、出来れば神器は力押しで勝てちゃうモノじゃない方がいい……気がする。

「……のぅ、キョースケ。神器自体は確かに強力ぢゃ。しかし、それを使いこなせて初めて、お主は今よりさらに強くなれる。今まで、お主は急成長してきておるぢゃろう? その成長率は、ずっと続くものではない。しかし、神器があれば……その成長の上限が増やせるかもしれぬ。借り物の力であることは、否定できぬけどのぅ。……ぢゃから、出来たら受け取って欲しいのぢゃが」

 キアラが、諭すように俺に言う。
 彼女が言うことも一理あるような気もするんだけど……ううん、いや、腹をくくろう。
 俺は神器を受け取る。もう、ビームが出るだけとかみたいな単純なものならむしろいいかもしれない。

(本当に、借り物の力を増やしたく無いんだけどなぁ……)

 俺は活力煙を燃やし尽くすと、キアラに向き直った。

「ん、分かった。覚悟を決めるよ」

「まったく、普通なら喜々として受け取るもんぢゃがな……まあよい、改めて、ここに妾は宣言する。妾の名はキアラ。枝神キアラの名において、キョースケ、キヨタ。汝に神器を授ける」

 そうキアラが言った瞬間、ぎゅおおおおおお! と何か、例えようのない『力』が、キアラの腕に集まっていく。
 物凄いエネルギーに少し驚いて見ていると……やがて、その『力』は一条の槍の形をとった。

「……こ、これか……キョースケ、お主は本当に選ばれとるのぅ、いろんな意味で」

 ボソボソと何かを言うキアラ。しかし、上手く聞き取れなかった。

「さて、キョースケ。お主の神器ぢゃ。この力をどう使うのも自由ぢゃが、この力は唯一、お主にとって借り物の力であることを努々忘れるでないぞ」

「これ以上ないくらい、理解してるよ」

 俺はキアラの手から槍を受け取る。
 その槍は……なんと表現すべきだろうか。
 まず柄の部分は今まで見たことが無い金属で作られている。暗い金色で妖しい美しさを醸し出している。
 刃の形状は昔本で見た蜻蛉切――本田忠勝の使っていた最強の槍――のように平べったくなっている。鉄色だが、やはりこれも未知の金属だ。
 軽く一振り。半魔族になってから夜の槍の重量には若干物足りなくなってたけど、これはちょうどいい重さだ。うん、今よりさらに強く突いたりができそう。

「これが、神器……」

 触れた瞬間、この神器が何で、何を司っているのかが分かる。
 そう、これは……

「取りあえず、神器を解放してみたらどうぢゃ、キョースケ」

「ん、そうさせてもらおうかな……」

 すっと息を吸い、俺は頭の中に浮かんでいる、神器解放のための文言を思い浮かべる。

「喰らい尽くせ――『パンドラ・ディヴァー』!」

 俺が解号を唱えた瞬間、神器が眩い光とともに形状を変化させていく。
 刃の部分は形状が大きく変わり、二枚の斧がついたようになっている。ハルバード……いや、三国志とかで見た方天画戟が近いか。突き、斬り両用って感じだね。
 柄の色はそのままで刃がエメラルドグリーンに変わった。これ以上ないくらい変な組み合わせなのに不思議と調和しているね。
 そして肝心なのは石突から出ている七本の透明な……ゆらゆらと揺れる謎の物体。
 この謎の物体が『パンドラ・ディヴァー』の要となる部分なんだけど……今はいいや。
 それよりも、

『ンダァ!? 今度ノ俺サマの主人はコンナ変な奴ナノカァ!?』

「「「しゃ、喋った!?」」」

 この喋るという性能をどうにかして欲しいね。

「……正直、悪趣味な武器だと思うよ」

『アァ!? ……アア、コイツはイイナァ、見所がアル。キアラァ、テメェイイ男を見ツケタナァ!』

 甲高くて耳障りな声だけど、そこまで不快でもない。

「取りあえず、自己紹介でもしようか。俺の名前は清田京助。こっち風に言うならキョースケ・キヨタ。はぐれの異世界人で――まあ、槍使いだよ。よろしく」

『俺サマの名前は、ヨハネス・グリオン。ソコニイル、キアラとか、枝神の連中カラは――知リタガリの悪魔ッテ呼バレテルゼ。マア、新シイ主人、ヨロシクナァ!』

「うん、よろしく」

 槍と会話するというなかなかシュールな絵面になったけど、それはそれとして。
 この、『パンドラ・ディヴァー』……手にするだけで物凄いエネルギーを感じる。

(これが神器……なるほど、天川が頼り切りになるのもうなずける)

「というか、ヨハネス」

『アァ!? ナンだヨ!』

「……いや、いいか。うん、それよりもキアラ――練習したいから、試練の間を使わせてくれない? それで、ゴーレムドラゴンより弱いゴーレムをいくらか作ってくれると助かる」

 試練の間で戦わせてもらえるのかは知らないのでダメ元で頼んでみたが、キアラは少し不思議そうな顔をした。

「おや、使い方は神器を手にするだけで分かるはずぢゃが」

 そのセリフに、肩をすくめて俺は苦笑いする。

「……使い方を知っているのと、実際に使ってみるとじゃあ、全然違うでしょ? だから、お願い」

「まあ、よいが……」

『イイジャネェカ! キアラ、サッサと使ワセロヨ!』

 ヨハネスが、甲高い声で笑いながら言うと、キアラが少し怖い声で『パンドラ・ディヴァー』を――ヨハネスをにらみつける。

「ヨハネス、お主は主神様の温情で生かされていることを忘れるでないぞ? ……まあよい。ほれ、キョースケ、思う存分練習して来い」

 そういうと、扉が開いて、さっきの間が見える。

「ん、ありがとう、キアラ」

 俺はキアラにお礼を言うと、その先へと歩を進めた。
 新しい武器と――対話するために。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 清田が扉の向こうに行くのを見て、なんとも言えない気持ちになった。

「のぅ、サノ……ああいや、トーコと呼んだ方がいいかのぅ」

「……なんですか? キアラさん」

 冬子が振り向くと、そこにはさっき清田のことを誘惑していたエロ巫女がいた。

「くっくっく。別に敬語なんて使わんでもよいぞ、トーコよ。本音を言ったらどうぢゃ?」

「本音?」

 訝しく思って聞き返すと、ニヤニヤしたエロ巫女……もとい、キアラさんが耳に口を近づけて小声で言ってきた。

「キョースケをとるな、という本音を」

「なっ!」

 自分でも分かるほど、顔に血が集まってくるのを感じる。
 そんな冬子を見て何が面白いのか、ニヤニヤと笑みを深めるキアラさん。

「なななななな、何を言っているんですかキアラさん!」

「ぢゃからキアラでよいと言うのに。まったく、初々しいのう。見ていて恥ずかしくなるほどぢゃ」

 ニヤニヤされるのも癪だったので、咳払いをしてから落ち着きをなんとか取り戻す冬子。

「こ、コホン。……じゃ、じゃあ、キアラ。私は別に清田のことが好きなわけじゃ……ゴニョゴニョ」

「そんなに隠さなくともよいぞ? おそらく、あちらにいる連中も全員気づいてるぢゃろうからの」

「なっ!」

 今度こそ慌てふためいて、キアラに向かって詰め寄る冬子。

「そ、そんなことはない!」

「まあまあ。よいよい。若いということぢゃからなぁ。安心せい、盗ったりはせぬから」

「と、盗るって……」

 盗る、と言われても、そもそも清田は自分の人じゃない。
 だからそんなことを言われると困るというか……

「そ、そもそも、清田は誰のものでもない。だから、と、盗るとか……そういうのは関係ないだろう」

「まあ、そうぢゃな。そもそも、キョースケはそんな女一人しか囲えぬほど甲斐性なしとは思えぬしのぅ」

「か、囲うって……」

 どうにも、異世界の人は貞操観念が緩いらしい。囲うってことは、おそらくハーレムのことだろう。
 ……というか、清田なら正直、やりかねない。アイツなら、平気で何人もの女性を囲って幸せにするくらいのことはやってのけそうだ。
 って、こんなことではいけない。ちゃんと私だけでも良識は持たないと。そう思い、冬子は自分たちの常識を伝えることにする。

「私たちは、一夫一妻の環境で育ってきた。清田もだ。だから、その辺の貞操観念はしっかりしているはずだ。だから、そんな囲うなんてことは――」

「顔に『キョースケは私のもの!』と出ておるぞ?」

「で、出てないっ!」

 コロコロと笑うキアラを見てからかわれたとは気づいたが、さりとて口がうまいわけではないので何も言い返せず、黙り込むしかない冬子。
 というか、清田のことを下の名前で呼ぶんじゃない。馴れ馴れしすぎる。

「まあ、よいではないか。トーコが落とせばよいだけぢゃろうに」

 その余裕の態度も、どうにも煽られているようにしか感じない。
 これ以上からかわれるのも癪だったので、話題を無理やりにでも変えることにした。

「ぐっ……そ、その話はいい! ……さっき、清田――いや、京助ともう一人を見ていたと言っていたが、アレは誰のことなんだ?」

 キアラに負けじと、清田――ああいや、京助のことを下の名前で呼んでみる。
 死ぬほど恥ずかしいが、しかしこれで互角! まだ負けていない!
 そんな冬子の葛藤を知ってか知らずか、キアラはふむと少し考え込むようなしぐさをした後に、躊躇いがちに口を開いた。

「ふむ……そうぢゃのぅ、お主には言ってもよいか」

 キアラがそう言うと、パチンと指を鳴らした。
 すると――なんと、周りの音が一切聞こえなくなった。
 な、なんだこれは!?

「そうキョロキョロするでない。ただの遮音結界ぢゃよ。確か……アベとかいうのも使えておったろう。あれぢゃよ」

 だとしても、無詠唱で、しかも息をするかのように、魔法を発動するなんて……
 驚愕するトーコを気にせず、キアラはあっさりと打ち明けた。

「まあ、妾の結界のことはよいのぢゃ。……なんとなく分かっているぢゃろうが、妾が見ていたのは、キョースケと――トーコ、お主ぢゃよ」

 そのセリフは、さっきの遮音結界を発動した時よりも冬子に衝撃を与えた。

「わ、私か!?」

「うむ」

 確かに、嬉しくは思う。しかし、それ以上に困惑が強い。

「それは、何故?」

「お主を見ていた理由か?」

「いや――何故、私ではなくて、京助が選ばれたんですか?」

 冬子がまっすぐ目を見て言うと、キアラがとても嬉しそうな顔になった。

「ほう、なかなか見所のある娘ぢゃのう。よいぞ、しっかり教えてやろう」

「頼む」
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