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第二章 デネブの塔なう
30話 塔なう⑤
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「「「「なっ!」」」」
全員が驚いた声を上げているけど……俺はそれを無視して、突き刺した槍に魔力を籠めながらヒルディに語りかける。
「天川達だけなら泣き落としも成功したかもね。けどさ――俺に通用する分けがないでしょ? それに、さっきチェックメイトって言ったじゃん。アレって、討ち取ったって報告なんだよ。ああやって、コイツらの目の前まで出てきちゃった時点でアンタの負けだよ」
驚いたのか、目を丸くしていたヒルディが俺の方を振り向いた。
「ふ、ふふ……そう、ね。貴方のことを一瞬忘れてたわ……」
「そりゃ結構。で? 何か言い残すことはある?」
俺が聞くと、ヒルディは少し逡巡してからぽつぽつと話し出した。
「……妹が、いるのは……本当よ。ただ、あの子は……戦うの、が、苦手だから……ね。だから……もしも、敵討ちに、来たと、しても……殺さないで。あの子、は、まだ、戦士じゃ……ないもの」
大分人間臭い願いだね。それに戦士って……言わんとしてることは分かるけどさ。でも、俺も戦士じゃないんだけどな。
「それは相手次第だよ。けどまあ、せっかくパワーアップさせてくれたからね。それに免じて善処はするよ」
「ふ、ふふふ。あ、あたしの、人生最大の、誤算、は……キョースケを、り、利用しようとしたこと、ね……」
ヒルディの声も絶え絶えになってきた。……心臓を貫かれてるのに、まだ生きてる生命力に脱帽だけどね。
「さぁ、それはどうかな? 単に運が悪かっただけかもよ」
「それ、は……言えてる、わ。ふ、ふふふ……次に会うときは、地獄でしょうね……」
その言葉を最後にヒルディの呼吸が止まり、足から崩れ落ちた。……死んだ、ね。
俺は魔力を練り上げ、槍から炎を出した。
「『紫色の力よ。はぐれの京助が命令する。この世の理に背き、魂を天に召す炎を。クリメイション』」
ボン! と勢いよくヒルディの身体は燃え上がり――そのまま風の魔術で風を送ったこともあり――炎は一気に火勢を増しそのままチリも残さず燃え尽きた。
「アーメン、と。あ、仏教だったかな? だったら南無阿弥陀仏かね? うーん、まあいいか。つーかこっちの世界にも天国と地獄ってあるんだね」
とはいえ彼女の言う通り、俺は碌な死に方をしなそうだ。人を救った回数よりも、人を殺した回数の方が多くなっている気がする。
だけど――人様にそんなに迷惑はかけてはいないつもりだから、地獄行きだけは勘弁して欲しいな。
俺は昔やったのと同じように、血だけアイテムボックスにしまった後取り出して、槍を綺麗にする。
「やれやれ……さて、と。取り敢えず」
俺がアイテムボックスから怪我回復薬を取り出したところで、はっ、と空美が何かに気づいたような顔をした。
「えっとその、薬使う必要ないよ。『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』」
途端に俺の身体が金色に輝き出して、打ち身や傷が治っていく。
そういや、怪我を負ったのは俺だけだったらしい。やれやれ、チート共はお強くて困るね。
「おお、こりゃあ凄い。さんきゅ」
回復魔法は今までに何度かかけてもらったことがあるが……その中でもずば抜けて素晴らしい。痛みが一瞬で引いた。さすがは異世界チート勢。治癒院に努めればかなりの高級を貰えるような技能を平然と行使出来るんだね。
「う、ううん。そ、それより……」
「ん?」
俺は空美を見て、そして周りを見渡す。
「…………」
「…………」
「…………」
皆の視線が俺に集中している。それも非難というよりは……どうも怖がられているような視線だ。
これは……もしかしなくても、俺がヒルディを殺したからだろうね。
あー、なんか面倒くさいことになりそう。
「……清田」
押し殺したような声で、天川が声をかけてきた。
「なぁに?」
俺は活力煙を新しく懐から取り出して、火を付けながら返事をする。
「……………………何故、殺した」
うわー、今にも剣を抜きそうな勢い。
「何故も何も、必要だから、としか言いようがないかな」
俺は肩をすくめながら煙を吐き出す。ああ、戦闘後の活力煙は上手い。
その俺の態度が気にくわなかったのか、天川は俺に苛立ちを隠そうともせず近づいてくる。
「必要だから……? 何を言ってるんだ! 殺す必要なんてなかっただろう!? あの人は、今まさに改心しようと――」
「――それ、本気で言ってる?」
自分でも驚くほど低い声が出た。あれ? こんな風に言うつもりじゃなかったんだけどな。
天川はそんな俺に少し気圧されたのか、足を止め一歩後ずさった。
「本気で――正気で言ってるんなら、俺は抜けさせてもらうよ。そんな奴らといるなんて、いつ死ぬか分かったもんじゃない」
吐き捨てるように言って、俺は天川に背を向ける。はぁ、最初から塔なんてこなきゃよかったな。危うく死ぬところだった。
「ま、待て!」
と、俺が数歩離れたところで天川から声がかかった。
果てしなく嫌だったけど、俺はため息と一緒に煙を吐き出して、天川を睨み付けながら振り向く。
「……何?」
「ど、どういう、意味だ?」
「何が?」
「今のセリフがだ!」
「……言葉通りの意味だよ。お前らといたら、命がいくつあっても足りない」
実際にはコイツらのスペックは異常だからそうそう死なないだろうけど……危険を危険とも思えない奴らといると、こっちまでまいりそうだからね。
「話はそれだけ? じゃあ俺は行くけど」
「だ――だから、待て! だから、せっかく改心した人を、なんで殺したんだって言ってるんだ俺は!」
「は?」
信じられないことを言う天川。ちょっと本気で意味が分からず問い返す。
「何言ってるの?」
馬鹿なの? 死ぬの? と続けたいが、こっちの世界での『死』という言葉は元の世界でのそれとは重みが違うのでやめておいた。
改めて天川の方へ向き直り、話の続きを待つ。
「……さっきの人は、どう見たって改心していた。なぁ、みんなもそう思うだろ?」
天川が一同を見回すが、全員反応は鈍い。
「……ねぇ天川。それは本気でそう思ってるの?」
いくらコイツらの頭の中がお花畑だったとしても、さすがにコレはどう考えてもおかしい。
俺が尋ねると、天川は声を張り上げてきた。
「当たり前だ! それを、お前は殺したんだぞ! それは、仲間を殺したのも同然だ!」
は? 仲間を?
きょとんとする俺に向かって、更に天川はヒートアップしていく。
「それを必要だから殺した? 何処にその必要があったんだ! ヒルディに、ヒルディに謝れぇぇぇぇ!!!」
とうとう抜剣しやがった。切っ先を俺に向けて凄い目で睨み付けてくる。これ、一体どうなってるの? ――って、あ。
(そういえばヒルディの奴……テンプテーションがどうのとか言ってたね。俺には効かなかったみたいだけど、もしかしてそれのせいなのかな?)
なるほど、それなら納得だ。たぶん、ヒルディのテンプテーションとかいうやつにまだかかったままなんだろう。
よし、と俺は槍を構えて一応説得を試みる。
「ここで争うことに意味なんて無いけど、やるの? やめとこようよ。俺じゃあお前に勝てないし」
「黙れ! お前は……お前は! ヒルディを殺した! そんな奴、もう人間じゃ無い!」
とうとう人間じゃ無い扱いされてしまった。こりゃあ困ったね。
「あ~……なんかもういいや、面倒くさいし。空美?」
「へ? あ、な、なに!?」
唐突に声をかけられたからか、少し驚いた声をあげる空美。俺はそれを無視して用件を告げる。
「天川に状態異常回復の魔法を。一番強いやつをかけて。今、あいつヒルディに洗脳されてるから」
というか死んだのにまだ効果があるとか……ホント、殺しといてよかったよ。下手したら全員操られて詰んでたし。
いくら俺がパワーアップしたからといって、全員vs俺とか話にならないからね。
「いいや、俺は洗脳なんてされているはずがない!」
「洗脳されてる奴は皆そういうんだよ。空美、速くして」
「違う! 俺は正常だ! なぁ、皆もそう思うだろ!?」
天川が血走った目で全員を見渡すが、皆気まずそうに目を逸らすだけだ。……やれやれ。
「操られてる奴は、みんな操られてないって言うんだよ……」
「呼心! お前から見ても俺は正常だよな!?」
あ、コイツ空美のこと呼心って呼んでるんだ……そういや空美も天川のこと明綺羅君とか呼んでたしな……なんか、無いわー。ハーレムウザいわー。主人公タイプ、嫌だわー。
「え、あの、その……」
なんか、空美が困ってる。天川が異常なのは見たら分かるだろうに……それとも、コレが天川の普通なの? だとしたら問題があると思うんだけど……
「あー、空美? 速く頼むよ。天川だけじゃ無くて俺にも、木原にも、全員にかけて貰わなきゃ困るんだから」
「え、なんでアタシも?」
木原がなんか首をかしげているが、無視。
「ゴチャゴチャと……清田! 本当はお前が操られてるんじゃないのか!?」
天川がなんか言う。うーん、その可能性も否定出来ないんだよね。テンプテーションが効かないって言ってたのはヒルディ本人だけだから、そう言って油断させる作戦だったのかもしれないし。
けど、俺も洗脳にかけられてるなら、ヒルディを殺せたはずが無いと思うんだけどね。
「なんでそういう思考になったのか分かんないけど……まあいいや。空美、じゃあまずは俺にかけてくれ」
空美の方に向き直り俺は言う。いつ斬りかかってくるか分からないから、天川の方に意識を向けたまま。
「え? わ、分かった。えと……『天の力よ、救世主にして聖術士たる呼心が命令する。この世の理に背き、悪しき気を祓う慈しみの光を! エクセレントキュア』」
パァ……と俺の身体が一瞬輝く。ふむ、今ので状態異常がとれたのか。もっとも、あんまり変わった感じはしないけど。
というか、今のは普通の詠唱だったな。異世界人は皆オリジナル詠唱というか、リューに教わった詠唱の仕方と違ったから気になってたんだけど……なんなんだろう。
「ふぅ……ん、これで良し、と。じゃあ次は天川に」
「だから、俺は平気だと言ってるだろ!? そんなことよりも、俺は……清田! お前を倒さなきゃならない! ヒルディのためにも!」
大袈裟に手振りしながら、天川が叫ぶ。
ああもう、めんどくさい。
「空美、明らかに正気じゃないのは分かるでしょ? ほら、速く天川に」
「うん……ごめんね、明綺羅君。『天の力よ、救世主にして聖術士たる呼心が命令する。この世の理に背き、悪しき気を祓う慈しみの光を! エクセレントキュア』」
空美が呪文を唱えると、天川の身体が眩く輝き……カクン、と首を折って俯く。まるで糸の切れた人形のような動作で少し不気味だ。
よし、これで普通の状態になったよ……ね? 分かんないから、ちょっと不安だけど。
「あー、天川? 正気に戻った?」
「……………………」
返事が無い。ただの屍のようだ。
チラリと空美の方を見ると、「ちゃんとやったよ?」みたいな顔をされた。
もしも異世界チートである空美でもコイツの洗脳が解けなかったら……どうしよう。
俺の心配をよそに、天川が膝から崩れ落ちる。両手をついて、いわゆるorzポーズみたいな格好になる。
「お、おい。天川?」
「……………………………………………ああ、もう、大丈夫だ」
なんだか虚ろな目をしている。
本当に大丈夫なのかな……と思わなくもないが、本人が正気に戻ったと言うのなら正気に戻ったんだろう。
「ヒルディが、確か……テンプテーションって言ってたかな? 名前からして、アイツに惚れさせる系の洗脳能力だと思う。それを、かけられてたんだよ。さて、空美。他の皆にも一応さっきのやつかけといて」
「はーい」
空美がトテテと皆に走り寄っていって、さっきの呪文を唱えていく。ひとまずこれで大丈夫かな。
「で、天川。さっきまでの自分、覚えてる?」
「……ああ。あたかもヒルディが長年寄り添った家族かのように感じていた」
うわぁお。恐ろしいねぇ。
「これで殺さなきゃいけなかった理由は分かった?」
「…………」
黙って何も答えない天川。分かってないのか、それとも分かりたくないのか。
「……もしも、あのまま生かしてたらどうなってたと思う? まず、天川が洗脳されてるわけだから……次は、空美あたりが操られてたかな。そしたら、もうあのテンプテーションを誰も解呪出来ない。後は全員を徐々に洗脳していって、勇者一行を丸ごと全部魔族側に寝返らせる……なんてことになってたかもね」
自分で言っていてゾッとする。もしもそうなっていたら、俺は確実に殺されていただろう。裏切り者扱いでもされるなりなんなりして。
「……清田、なんでお前は平気、だったんだ?」
「さぁ? 俺も別にテンプテーションが平気かどうかは分かんないよ。まあ、今は空美から解呪してもらったから特に何ともないけど……」
肩をすくめる。たぶん効いてなかったと思うけどね。
天川が、片膝をついて俺を見上げてきた。
「……そうじゃない」
「?」
「違うんだ……清田。お前は、何故、殺せたんだ……? 何故、今そんなに平気そうな顔をして言うんだ……? お前は、人を殺したくないから、戦いたくないと言うから! 王城から逃げたんじゃないのか!?」
ギラリと睨み付けてくる天川。あれ? なんでコイツこんなに怒ってるっぽいの?
よく分からないけど、とりあえず誤魔化しておこう。
「あー、そんなこともあったな。二、三ヶ月前のことをよく覚えてるね。流石は優等生」
ヘラヘラと笑いながら、俺は煙を吐き出す。
「何故だ」
どうやら誤魔化されてくれないらしい。しょうがない、普通に答えよう。
「何故って……俺はあの時『国のためには殺せない』って言ったんだよ。でも、さっきのは殺さなきゃ俺が殺される状況だった。それなら、殺さなきゃね」
「それだけのことで……人を、殺せるのか?」
「それだけ?」
妙なことを言う奴だ。
「あのさ? 普通、身内と自分の命は――この世界のなによりも優先されるのが当然でしょ? 赤の他人と自分の仲間の命なんて、天秤にかけるまでもないよ」
何を言ってるんだろうね、天川は。
というか、それ以外になにか理由がいるのかな?
「…………」
天川が唖然とした表情で、まるで宇宙人でも見るような眼で見てくる。アレ? 俺、なんか変なこと言ったかな。
「だからこの塔でお前らと一緒にいる間は、手を貸すつもりだよ。まだ俺は死にたくないし……お前らに目の前で死なれるのも寝覚めが悪いしね。それもあったから、ヒルディは殺した。これでいい?」
俺は活力煙の灰を落としながら、天川の方を見る。塔の中だから灰皿は使わなくていいよね?
「…………」
また皆の視線が突き刺さる。やれやれ……もしかしたら、人が死ぬのを見たのも初めてなのかもね。それならこの反応もうなずける。
仕方が無い。このままじゃいつまでもみんなここに留まっているだろうから、出発を促すか。
そう思った俺が天川から視線を外し、全員に声をかけようとしたところで――今まで黙っていたヘリアラスさんがパンパンと手を叩いて、皆を注目させた。
「はぁい、みんな。そろそろ行くわよぉ。……アキラ? アンタにはぁ、少し話があるわぁ。早く来なさい。ホラ、みんなも呆けてないで行くわよぉ」
そうやって皆はのろのろとヘリアラスさんに着いていく。天川は少し小走りでヘリアラスさんの所まで急いでいる。
俺はその光景を見て……地面に腰を下ろした。
「あれ? 清田くん、行かないの?」
心配そうに空美が声をかけてきた。……そうやって、誰にでも優しくするのは止めといた方がいいと思うよ? 中には、勘違いしちゃう人もいるんだから。俺じゃないけどね。
「ん、先に行ってて。すぐ追いつくから」
ふぅ~、と煙を吐き出しながら、俺は答えた。
「え、一人になるのは危ないよ?」
「あー……」
逆にお前らがいない方が本気出せるから、一人の方が(短い間なら)むしろ安全なんだけど……。
「なら、私がついていよう。すぐに追いつかせるから、先に行っていてくれ」
何故か、佐野が現れた。
「いいの?」
「ああ。だから、速く行くといい」
「うん……分かった、速く追いついてね」
そう言うとすぐに空美は走り出して、みんなのところへ追いついていった。
「さて、清田。やっと二人きりだな。訊きたいことが色々あるんだが……」
「いいよ。俺に答えられる範囲ならね」
やれやれ、と俺は肩をすくめるのだった。
全員が驚いた声を上げているけど……俺はそれを無視して、突き刺した槍に魔力を籠めながらヒルディに語りかける。
「天川達だけなら泣き落としも成功したかもね。けどさ――俺に通用する分けがないでしょ? それに、さっきチェックメイトって言ったじゃん。アレって、討ち取ったって報告なんだよ。ああやって、コイツらの目の前まで出てきちゃった時点でアンタの負けだよ」
驚いたのか、目を丸くしていたヒルディが俺の方を振り向いた。
「ふ、ふふ……そう、ね。貴方のことを一瞬忘れてたわ……」
「そりゃ結構。で? 何か言い残すことはある?」
俺が聞くと、ヒルディは少し逡巡してからぽつぽつと話し出した。
「……妹が、いるのは……本当よ。ただ、あの子は……戦うの、が、苦手だから……ね。だから……もしも、敵討ちに、来たと、しても……殺さないで。あの子、は、まだ、戦士じゃ……ないもの」
大分人間臭い願いだね。それに戦士って……言わんとしてることは分かるけどさ。でも、俺も戦士じゃないんだけどな。
「それは相手次第だよ。けどまあ、せっかくパワーアップさせてくれたからね。それに免じて善処はするよ」
「ふ、ふふふ。あ、あたしの、人生最大の、誤算、は……キョースケを、り、利用しようとしたこと、ね……」
ヒルディの声も絶え絶えになってきた。……心臓を貫かれてるのに、まだ生きてる生命力に脱帽だけどね。
「さぁ、それはどうかな? 単に運が悪かっただけかもよ」
「それ、は……言えてる、わ。ふ、ふふふ……次に会うときは、地獄でしょうね……」
その言葉を最後にヒルディの呼吸が止まり、足から崩れ落ちた。……死んだ、ね。
俺は魔力を練り上げ、槍から炎を出した。
「『紫色の力よ。はぐれの京助が命令する。この世の理に背き、魂を天に召す炎を。クリメイション』」
ボン! と勢いよくヒルディの身体は燃え上がり――そのまま風の魔術で風を送ったこともあり――炎は一気に火勢を増しそのままチリも残さず燃え尽きた。
「アーメン、と。あ、仏教だったかな? だったら南無阿弥陀仏かね? うーん、まあいいか。つーかこっちの世界にも天国と地獄ってあるんだね」
とはいえ彼女の言う通り、俺は碌な死に方をしなそうだ。人を救った回数よりも、人を殺した回数の方が多くなっている気がする。
だけど――人様にそんなに迷惑はかけてはいないつもりだから、地獄行きだけは勘弁して欲しいな。
俺は昔やったのと同じように、血だけアイテムボックスにしまった後取り出して、槍を綺麗にする。
「やれやれ……さて、と。取り敢えず」
俺がアイテムボックスから怪我回復薬を取り出したところで、はっ、と空美が何かに気づいたような顔をした。
「えっとその、薬使う必要ないよ。『天の威よ、我が同胞に、全ての傷を癒やす、神の光を。シャイニンググレートヒール』」
途端に俺の身体が金色に輝き出して、打ち身や傷が治っていく。
そういや、怪我を負ったのは俺だけだったらしい。やれやれ、チート共はお強くて困るね。
「おお、こりゃあ凄い。さんきゅ」
回復魔法は今までに何度かかけてもらったことがあるが……その中でもずば抜けて素晴らしい。痛みが一瞬で引いた。さすがは異世界チート勢。治癒院に努めればかなりの高級を貰えるような技能を平然と行使出来るんだね。
「う、ううん。そ、それより……」
「ん?」
俺は空美を見て、そして周りを見渡す。
「…………」
「…………」
「…………」
皆の視線が俺に集中している。それも非難というよりは……どうも怖がられているような視線だ。
これは……もしかしなくても、俺がヒルディを殺したからだろうね。
あー、なんか面倒くさいことになりそう。
「……清田」
押し殺したような声で、天川が声をかけてきた。
「なぁに?」
俺は活力煙を新しく懐から取り出して、火を付けながら返事をする。
「……………………何故、殺した」
うわー、今にも剣を抜きそうな勢い。
「何故も何も、必要だから、としか言いようがないかな」
俺は肩をすくめながら煙を吐き出す。ああ、戦闘後の活力煙は上手い。
その俺の態度が気にくわなかったのか、天川は俺に苛立ちを隠そうともせず近づいてくる。
「必要だから……? 何を言ってるんだ! 殺す必要なんてなかっただろう!? あの人は、今まさに改心しようと――」
「――それ、本気で言ってる?」
自分でも驚くほど低い声が出た。あれ? こんな風に言うつもりじゃなかったんだけどな。
天川はそんな俺に少し気圧されたのか、足を止め一歩後ずさった。
「本気で――正気で言ってるんなら、俺は抜けさせてもらうよ。そんな奴らといるなんて、いつ死ぬか分かったもんじゃない」
吐き捨てるように言って、俺は天川に背を向ける。はぁ、最初から塔なんてこなきゃよかったな。危うく死ぬところだった。
「ま、待て!」
と、俺が数歩離れたところで天川から声がかかった。
果てしなく嫌だったけど、俺はため息と一緒に煙を吐き出して、天川を睨み付けながら振り向く。
「……何?」
「ど、どういう、意味だ?」
「何が?」
「今のセリフがだ!」
「……言葉通りの意味だよ。お前らといたら、命がいくつあっても足りない」
実際にはコイツらのスペックは異常だからそうそう死なないだろうけど……危険を危険とも思えない奴らといると、こっちまでまいりそうだからね。
「話はそれだけ? じゃあ俺は行くけど」
「だ――だから、待て! だから、せっかく改心した人を、なんで殺したんだって言ってるんだ俺は!」
「は?」
信じられないことを言う天川。ちょっと本気で意味が分からず問い返す。
「何言ってるの?」
馬鹿なの? 死ぬの? と続けたいが、こっちの世界での『死』という言葉は元の世界でのそれとは重みが違うのでやめておいた。
改めて天川の方へ向き直り、話の続きを待つ。
「……さっきの人は、どう見たって改心していた。なぁ、みんなもそう思うだろ?」
天川が一同を見回すが、全員反応は鈍い。
「……ねぇ天川。それは本気でそう思ってるの?」
いくらコイツらの頭の中がお花畑だったとしても、さすがにコレはどう考えてもおかしい。
俺が尋ねると、天川は声を張り上げてきた。
「当たり前だ! それを、お前は殺したんだぞ! それは、仲間を殺したのも同然だ!」
は? 仲間を?
きょとんとする俺に向かって、更に天川はヒートアップしていく。
「それを必要だから殺した? 何処にその必要があったんだ! ヒルディに、ヒルディに謝れぇぇぇぇ!!!」
とうとう抜剣しやがった。切っ先を俺に向けて凄い目で睨み付けてくる。これ、一体どうなってるの? ――って、あ。
(そういえばヒルディの奴……テンプテーションがどうのとか言ってたね。俺には効かなかったみたいだけど、もしかしてそれのせいなのかな?)
なるほど、それなら納得だ。たぶん、ヒルディのテンプテーションとかいうやつにまだかかったままなんだろう。
よし、と俺は槍を構えて一応説得を試みる。
「ここで争うことに意味なんて無いけど、やるの? やめとこようよ。俺じゃあお前に勝てないし」
「黙れ! お前は……お前は! ヒルディを殺した! そんな奴、もう人間じゃ無い!」
とうとう人間じゃ無い扱いされてしまった。こりゃあ困ったね。
「あ~……なんかもういいや、面倒くさいし。空美?」
「へ? あ、な、なに!?」
唐突に声をかけられたからか、少し驚いた声をあげる空美。俺はそれを無視して用件を告げる。
「天川に状態異常回復の魔法を。一番強いやつをかけて。今、あいつヒルディに洗脳されてるから」
というか死んだのにまだ効果があるとか……ホント、殺しといてよかったよ。下手したら全員操られて詰んでたし。
いくら俺がパワーアップしたからといって、全員vs俺とか話にならないからね。
「いいや、俺は洗脳なんてされているはずがない!」
「洗脳されてる奴は皆そういうんだよ。空美、速くして」
「違う! 俺は正常だ! なぁ、皆もそう思うだろ!?」
天川が血走った目で全員を見渡すが、皆気まずそうに目を逸らすだけだ。……やれやれ。
「操られてる奴は、みんな操られてないって言うんだよ……」
「呼心! お前から見ても俺は正常だよな!?」
あ、コイツ空美のこと呼心って呼んでるんだ……そういや空美も天川のこと明綺羅君とか呼んでたしな……なんか、無いわー。ハーレムウザいわー。主人公タイプ、嫌だわー。
「え、あの、その……」
なんか、空美が困ってる。天川が異常なのは見たら分かるだろうに……それとも、コレが天川の普通なの? だとしたら問題があると思うんだけど……
「あー、空美? 速く頼むよ。天川だけじゃ無くて俺にも、木原にも、全員にかけて貰わなきゃ困るんだから」
「え、なんでアタシも?」
木原がなんか首をかしげているが、無視。
「ゴチャゴチャと……清田! 本当はお前が操られてるんじゃないのか!?」
天川がなんか言う。うーん、その可能性も否定出来ないんだよね。テンプテーションが効かないって言ってたのはヒルディ本人だけだから、そう言って油断させる作戦だったのかもしれないし。
けど、俺も洗脳にかけられてるなら、ヒルディを殺せたはずが無いと思うんだけどね。
「なんでそういう思考になったのか分かんないけど……まあいいや。空美、じゃあまずは俺にかけてくれ」
空美の方に向き直り俺は言う。いつ斬りかかってくるか分からないから、天川の方に意識を向けたまま。
「え? わ、分かった。えと……『天の力よ、救世主にして聖術士たる呼心が命令する。この世の理に背き、悪しき気を祓う慈しみの光を! エクセレントキュア』」
パァ……と俺の身体が一瞬輝く。ふむ、今ので状態異常がとれたのか。もっとも、あんまり変わった感じはしないけど。
というか、今のは普通の詠唱だったな。異世界人は皆オリジナル詠唱というか、リューに教わった詠唱の仕方と違ったから気になってたんだけど……なんなんだろう。
「ふぅ……ん、これで良し、と。じゃあ次は天川に」
「だから、俺は平気だと言ってるだろ!? そんなことよりも、俺は……清田! お前を倒さなきゃならない! ヒルディのためにも!」
大袈裟に手振りしながら、天川が叫ぶ。
ああもう、めんどくさい。
「空美、明らかに正気じゃないのは分かるでしょ? ほら、速く天川に」
「うん……ごめんね、明綺羅君。『天の力よ、救世主にして聖術士たる呼心が命令する。この世の理に背き、悪しき気を祓う慈しみの光を! エクセレントキュア』」
空美が呪文を唱えると、天川の身体が眩く輝き……カクン、と首を折って俯く。まるで糸の切れた人形のような動作で少し不気味だ。
よし、これで普通の状態になったよ……ね? 分かんないから、ちょっと不安だけど。
「あー、天川? 正気に戻った?」
「……………………」
返事が無い。ただの屍のようだ。
チラリと空美の方を見ると、「ちゃんとやったよ?」みたいな顔をされた。
もしも異世界チートである空美でもコイツの洗脳が解けなかったら……どうしよう。
俺の心配をよそに、天川が膝から崩れ落ちる。両手をついて、いわゆるorzポーズみたいな格好になる。
「お、おい。天川?」
「……………………………………………ああ、もう、大丈夫だ」
なんだか虚ろな目をしている。
本当に大丈夫なのかな……と思わなくもないが、本人が正気に戻ったと言うのなら正気に戻ったんだろう。
「ヒルディが、確か……テンプテーションって言ってたかな? 名前からして、アイツに惚れさせる系の洗脳能力だと思う。それを、かけられてたんだよ。さて、空美。他の皆にも一応さっきのやつかけといて」
「はーい」
空美がトテテと皆に走り寄っていって、さっきの呪文を唱えていく。ひとまずこれで大丈夫かな。
「で、天川。さっきまでの自分、覚えてる?」
「……ああ。あたかもヒルディが長年寄り添った家族かのように感じていた」
うわぁお。恐ろしいねぇ。
「これで殺さなきゃいけなかった理由は分かった?」
「…………」
黙って何も答えない天川。分かってないのか、それとも分かりたくないのか。
「……もしも、あのまま生かしてたらどうなってたと思う? まず、天川が洗脳されてるわけだから……次は、空美あたりが操られてたかな。そしたら、もうあのテンプテーションを誰も解呪出来ない。後は全員を徐々に洗脳していって、勇者一行を丸ごと全部魔族側に寝返らせる……なんてことになってたかもね」
自分で言っていてゾッとする。もしもそうなっていたら、俺は確実に殺されていただろう。裏切り者扱いでもされるなりなんなりして。
「……清田、なんでお前は平気、だったんだ?」
「さぁ? 俺も別にテンプテーションが平気かどうかは分かんないよ。まあ、今は空美から解呪してもらったから特に何ともないけど……」
肩をすくめる。たぶん効いてなかったと思うけどね。
天川が、片膝をついて俺を見上げてきた。
「……そうじゃない」
「?」
「違うんだ……清田。お前は、何故、殺せたんだ……? 何故、今そんなに平気そうな顔をして言うんだ……? お前は、人を殺したくないから、戦いたくないと言うから! 王城から逃げたんじゃないのか!?」
ギラリと睨み付けてくる天川。あれ? なんでコイツこんなに怒ってるっぽいの?
よく分からないけど、とりあえず誤魔化しておこう。
「あー、そんなこともあったな。二、三ヶ月前のことをよく覚えてるね。流石は優等生」
ヘラヘラと笑いながら、俺は煙を吐き出す。
「何故だ」
どうやら誤魔化されてくれないらしい。しょうがない、普通に答えよう。
「何故って……俺はあの時『国のためには殺せない』って言ったんだよ。でも、さっきのは殺さなきゃ俺が殺される状況だった。それなら、殺さなきゃね」
「それだけのことで……人を、殺せるのか?」
「それだけ?」
妙なことを言う奴だ。
「あのさ? 普通、身内と自分の命は――この世界のなによりも優先されるのが当然でしょ? 赤の他人と自分の仲間の命なんて、天秤にかけるまでもないよ」
何を言ってるんだろうね、天川は。
というか、それ以外になにか理由がいるのかな?
「…………」
天川が唖然とした表情で、まるで宇宙人でも見るような眼で見てくる。アレ? 俺、なんか変なこと言ったかな。
「だからこの塔でお前らと一緒にいる間は、手を貸すつもりだよ。まだ俺は死にたくないし……お前らに目の前で死なれるのも寝覚めが悪いしね。それもあったから、ヒルディは殺した。これでいい?」
俺は活力煙の灰を落としながら、天川の方を見る。塔の中だから灰皿は使わなくていいよね?
「…………」
また皆の視線が突き刺さる。やれやれ……もしかしたら、人が死ぬのを見たのも初めてなのかもね。それならこの反応もうなずける。
仕方が無い。このままじゃいつまでもみんなここに留まっているだろうから、出発を促すか。
そう思った俺が天川から視線を外し、全員に声をかけようとしたところで――今まで黙っていたヘリアラスさんがパンパンと手を叩いて、皆を注目させた。
「はぁい、みんな。そろそろ行くわよぉ。……アキラ? アンタにはぁ、少し話があるわぁ。早く来なさい。ホラ、みんなも呆けてないで行くわよぉ」
そうやって皆はのろのろとヘリアラスさんに着いていく。天川は少し小走りでヘリアラスさんの所まで急いでいる。
俺はその光景を見て……地面に腰を下ろした。
「あれ? 清田くん、行かないの?」
心配そうに空美が声をかけてきた。……そうやって、誰にでも優しくするのは止めといた方がいいと思うよ? 中には、勘違いしちゃう人もいるんだから。俺じゃないけどね。
「ん、先に行ってて。すぐ追いつくから」
ふぅ~、と煙を吐き出しながら、俺は答えた。
「え、一人になるのは危ないよ?」
「あー……」
逆にお前らがいない方が本気出せるから、一人の方が(短い間なら)むしろ安全なんだけど……。
「なら、私がついていよう。すぐに追いつかせるから、先に行っていてくれ」
何故か、佐野が現れた。
「いいの?」
「ああ。だから、速く行くといい」
「うん……分かった、速く追いついてね」
そう言うとすぐに空美は走り出して、みんなのところへ追いついていった。
「さて、清田。やっと二人きりだな。訊きたいことが色々あるんだが……」
「いいよ。俺に答えられる範囲ならね」
やれやれ、と俺は肩をすくめるのだった。
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