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第一章 異世界生活なう
7話 AGなう
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「う~ん、せっかくですけど」
苦笑い気味に俺は答える。月給は魅力的だけど、流石にSランク魔物とは――どれくらい強いのかは知らないけど――やり合いたくないし、ここだけに留まるつもりもない。
マスター達は俺の答えにがっかりするかと思ったが、意外にもただ苦笑を返してくるだけだった。
「……そうですよね。皆さん、わりと断られるんです。そう悪い話ではないんですが」
マリルが答える。
強制的に死地に赴かされることと、一つの場所から離れられないというのはAGという職業を選んだ人にとってはかなり重たいデメリットじゃなかろうか。俺以外でも、嫌がる人は多いだろう。
仮に結婚して所帯持ちになっていたとしたら、月給は魅力的なものだろう。同じ場所から離れられないってのもデメリットにならないし。
ただ、俺は独り身の流れ者だからね。
「他には?」
「……いえ、特には」
マスターは首を振る。
「そうですか。……とりあえず、俺がはぐれ救世主であることとか、無駄にステータスが高いことを言い触らさないでくれたらいいですから」
予想以上にあっさりしてる。ありがたいけど、なんでだろう。
「無論、ステータスをむやみに公表したりなどはしません。そこは安心してください」
「ただ……ステータス的に高ランクAGになるのは間違いないとは思うので、もしかしたら特別依頼や指名依頼などが頻繁に届くかもしれません」
「まあ、それくらいならいいですよ」
むしろ、そっちの方が金が儲かるかもしれないしね。危険も多そうだけど。
「……というか、俺がその救世主? かどうかの確認と専属依頼だけですか?」
こんな小部屋に呼び出されたから結構警戒してたのに、かなり拍子抜けだ。
「そうですね。とはいえ、そんな話表では出来ないでしょう?」
マリルが言うが、まあ確かにあそこでそんな話してたらまた絡まれたり面倒ごとが待ってそうだ。
「じゃあ、ついでだからここで登録できますか? あと、ライセンスの発行もお願いします」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げたマリルが一旦外に出る。登録などの準備をしに行ったのだろう。
部屋の中には俺とマスターだけになる。
「では、私も仕事があるのでこれで」
そう言って立ち上がったマスターの背に、俺は声をかけた。
「あ、そうだ。一つ訊きたいんですけど……いいですか?」
「? はい、なんでしょうか」
「SランクAGって、どんだけ強いんですか?」
「そうですね……」
そう言った次の瞬間、マスターの姿が消えると同時に俺の首筋に手刀が飛んできた。
咄嗟のことで殆ど反応出来なかったが、凄まじいステータスのおかげかーーそれとも加減されたかーーギリギリのところでそれを止めることに成功する。
(……ふぅ、危なかった)
「よい動きですね」
にこりとマスターが微笑む。いやいや、よい動きですね、じゃなくて。殆ど見えなかったんだけど……。
マスターは手刀を引っ込めてスーツの襟を直すと、何事もなかったかのように扉の方へ歩いていく。
「そうそう、SランクAGがどれくらい強いか、でしたね……」
そう言って振り返ったマスターは、さっきまでの普通の笑顔と違うーー野性動物を思わせるような獰猛な笑みを浮かべていた。
「引退した人間もこんだけ動けるんや。相手の力量を見抜く目は見事やけど……ステータスにあぐらをかいて舐めてると痛い目見んで? 戦闘力は、ステータスだけじゃ測れへん」
「……どうも、気をつけます」
俺が少し頭を下げると、マスターは元の普通の笑顔に戻る。
雰囲気のある人の関西弁って迫力あるね……というか、何故関西弁?
「そうですか。では、失礼します」
マスターが外に出てバタンと扉を閉める。その閉まった扉を見て、俺は思わず大きな息を吐き出した。
「…………………ふぅ~」
――実は、一目見た時から気づいていた。マスターは、強い。それもかなり。
もしかしたらSランクだったかも? なんて思ってカマをかけてみただけなのに、まさか当たるとはね……。
「で、あの言い方だと、やっぱステータスってのは絶対のものじゃあないみたいだね」
ステータスが高い方が有利――それは間違いないとは思うけど、もしかしたらステータスの差は経験やスキルで埋められる程度のものなのかもしれない。ゲーム的に言うなら、プレイヤースキルの差でキャラのスペック差を埋めるようなもんだろう。
いくら性能のいいキャラを使っていても、プレイヤーが素人では勝てるモノも勝てなくなる。
つまりSランクAGっていうのは、ステータスが高いだけじゃ無くて戦闘経験やスキルも凄いって分けだ。
(それと、あの淡い光……)
さっきマスターが高速移動したのはスキルを使用したからだろう。身体が一瞬淡く光ってたからね。やっぱそんだけ強い人でもスキルを使ったときの光は消せないのかな。
「すみません、お待たせしました」
マリルが書類やらなにやら持って入ってきたので、俺は一応笑顔を返しておく。
「マスターがさっきとても嬉しそうな顔をしていましたけど、何かされたんですか?」
「特になにも」
「も、もしかしてセクハラをしたとか!? 男同士で!」
「違いますよ? というかどうしてそうなる? セクハラされて喜ぶとかおかしいよね?」
一瞬マリルの目が光ったのはスキルによるものじゃないだろう。……異世界にも腐女子はいるんだね。
趣味の範疇だからとやかく言うつもりはないけど、リアルで妄想されると少し怖いかな。
「そうですか……まあそれはさておき、AGの登録でしたね」
少し残念そうなマリル。なんでさ。
「はい、そうです」
「それと、私は職員なので、そんなに畏まらないでください。救世主様に敬語を使われると緊張してしまいます」
「え? えーと……ま、まあいいけど。分かったよ」
少し慌てた声を出した俺がおもしろかったのか、マリルはクスクスと笑った後、数枚の書類と手帳みたいなものを出してきた。
……こちらにある程度敬意を払ってくれる人にはなるべく敬語で話すようにしてるんだけど、駄目だったのかな?
俺が怪訝な顔をしているのが分かったのか、マリルは苦笑しつつ理由を教えてくれた。
「いえ、AGの方は敬語で話される人などいないので……慣れないんですよ。それに、個人的にもキヨタさんとは仲良くしたいと思っていますし」
「そう? まあ、じゃあいつも通り話すよ」
個人的にも仲良く……? ああ、はぐれとはいえ救世主の一人なんだ。仲良くしといて損はないか。
納得した俺はうんうんと頷いてから彼女の説明を聞く。
「まず、これがAGの登録書です。お名前、現在泊まっている宿の名前、使う武器、必要でしたらAG専用獣の名前、種類を書いてください。これは初めて行ったギルドでは必ず書かされます」
「AG専用獣?」
「はい。テイムに成功した魔物などですね。AGの活動を補佐する獣です。戦闘を任せたり、採取を手伝わせたりなど、使う人によって役割は様々ですね」
「なるほど」
つまり、警察犬とか猟獣とかを想像すればいいのかな? ふむ、面白そうだよね。
俺はその紙とペンを受け取り、項目を埋めていく。
「名前、清田京助、武器、槍……そうだ、まだ宿をとってないんだけど、どうすればいい?」
「それならば、宿をとった後もう一度来てください」
「ん、分かった」
俺は宿とAG専用獣の項目以外を埋めて、マリルに返す。……全部漢字と平仮名で書いたんだけど大丈夫かな。いや、さっき漢字で書かれているステータスプレートを読めてたから平気か。何らかのチートが働いているのだろう。
「はい、では記入はこれで完璧ですね。それと、こちらは誓約書です。まあ、罪を犯さないとかそういうことですから、普通に過ごしていれば問題ないです」
そう言われて受け取った誓約書を読む。……なるほど、カタギに手を出さない、AG同士のいがみ合いはそっちで解決しろ、など確かに普通に生活していれば問題ないことだけだね。
ただ、犯した罪の重さによっては降格、最悪除名もありうるということだ。滞在している場所などを書かせるってことは、何らかのトラブルが起きた際にすぐに捕まえられるようにっていう意味もあるのかもしれない。
俺はそれにもサインをして、マリルに返す。
「はい、確かに。では、最後に模擬戦を行うことになっているんですが……どうされますか?」
「どう、とは?」
「いえ、ステータス的には全く問題ないので、このまま受けなくてもよろしいですが」
「う~ん、まあせっかくだから受けとくよ。今から?」
「はい。ではこちらです」
マリルに連れられ、俺は小部屋を出てギルドの奥の方へ進む。
廊下を進むと階段があり、なんと地下室へと続いていた。
「へえ、凄いね、地下室があるなんて」
「そうですか? 土魔法の発達によって、建築技術は大分発展してきているんです」
「……やっぱ魔法はあるんだね」
果たしてそれは魔法使いの『職』持ちじゃ無くても使えるのかな。まあ、使えなくても問題ないんだけど……やっぱり異世界に来たからには使いたいからね。魔法は。
マリルに連れられてきた部屋は地下とは思えない広さだった。小学校の体育館くらいはありそうだ。天井は低いけど。
そこにはサンドバッグや人形などが置いてあり、下にはおそらくリングであろう線が引かれている。
そんなに人はいないけど、端の方で模擬戦をしていたり剣舞をしていたりと思い思いに過ごしているようだ。
「ここが、地下室の修練場です。模擬戦はあそこにある武器で戦って貰います」
そう言って指さされた先には、木刀などの木製武器がたくさん置いてあった。……あ、杖もある。
「では、武器を選んでいてください。私は模擬戦の相手を探してきますので」
マリルが俺に頭を下げてから、その辺で戦っている連中に声をかけに行った。
選んでいてくださいと言われても、俺の使う武器は決まっている。槍だ。
ただ……本物の槍は無いみたいだから、代わりに棒を使おう。
何本かある棒を素振りして感触を確かめる。夜の槍と同じくらいの長さの棒があったのでそれにすることにした。
武器を決めて待っていると、対戦相手が決まったようでマリルが俺に駆け寄ってきた。
「あ、あの、キヨタさん」
「ん? なに?」
「えっと、あちらの方が模擬戦の相手をすると言って聞かないんですが……」
そう言うマリルが示す先には、なんとさっきの露出オッサンがいた。結構強めに蹴ったつもりなんだけど、もう復活したんだね。なかなかタフだ。
「ん、別に俺は構わないよ。それとも……あの人、そんなに強いの? AとかBくらい?」
まさかSランクとかってことは無いだろうけど……。
「いえ。普通にDランクです。そもそもBランク以上のAGは殆どいませんしね」
「へぇ? どれくらいなの?」
「EランクとFランクを除くと、AGの約六割がDランク、約三割がCランクです。Bランクは全体の一割にも満ちませんし、Aランクなんてもっとです。Sランクに至っては、全体で三十人もいません」
「そ、そうなんだ……」
どうやらSランクは想像以上に狭き門らしい。異世界モノだと、Sランクって結構簡単にとれそうなものだけどね。
「マスターは元Sランクなんだよね。なんで辞めたんだろう」
「えっ! マスターが何故元Sランクだって知ってるんですか?」
「本人が言ってた」
動きもヤバかったしね。
「そうなんですか……っと、そんなこと話している場合じゃありません。先ほどキヨタさんはあの方に絡まれていたようなので、もしかしたらお怪我させられるかもしれませんよ?」
「その時はその時でしょ。じゃ、戦うか」
俺は棒を握り、露出オッサンの前まで歩いて行く。
露出オッサンはもう準備万端のようで、普段着の俺に対し、ちゃんと鎧を着込んで木刀を持っていた。……頭以外、クリーンヒットしても棒じゃ効きそうにないな。
「あー、とりあえず、今回は俺の模擬戦の相手をしてくれてありがとう。AG見習いの清田京助……こっち風に言うとキョースケ・キヨタか。まあ、よろしく」
「俺はDランクAGのゴゾム・ハグルズだ。ふんっ、さっきは不意をうたれてやられたがな。今回は武器も使う。今度こそ世間のつらさを教えてやる」
露出オッサン……改めゴゾムは、ニタリと嫌らしい笑みを俺に向けた。
「そう。じゃ、さっさと始めよう」
俺は棒を構え、ゴゾムと対峙する。
ゴゾムは嫌らしい笑みを深め、踏み込むと同時になんと木刀を横に投げ捨てた。
そして腰に下げてあった剣を抜き放つ。
「ひゃっはぁ、死ねぇぇぇぇえ!」
「キヨタさん!」
マリルの焦った悲鳴が聞こえる。そりゃあそうか、いきなり模擬戦が殺し合いに変わったんだから。
……けどまあ、この程度じゃ慌てるに値しない。想定内だからね。
ゴゾムが剣を両手で持ち、振り上げた刹那――俺はその柄頭の部分を、剣が手からすっぽ抜けるように棒で思いっきり突いた。
ゴッ! という硬い音が響き、ゴゾムの剣が後ろへ吹っ飛ぶ。ふむ、上手くいったね。漫画で見た技だったけど出来てよかった。
「くら……はっ?」
ゴゾムは何も持っていない両手を振り抜くと、間抜けな声をあげた。
「アンタの剣なら後ろだけど? そんでまあ――チェックメイト」
俺は棒をゴゾムの首筋に突きつけ、冷めた目で見下ろす。
「…………………………………参った」
ゴゾムは呆然としながら俺にそう呟くと、逃げるようにその場を去った。
「キヨタさん! 大丈夫ですか!」
血相を変えてマリルが走ってきた。なんでそんな慌ててるんだろう。あんなの、アックスオークに比べたら全然恐くもなんともない。
「ん、問題無いよ。さて、とりあえず俺もこれで晴れてDランクAGか」
「は、はい。そうですね。では、戻りましょうか。最後にお渡しするモノがありますので」
「そっか。じゃあ戻るか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「先ほどの結果からして戦闘能力は問題なしと判断いたしましたので、AGとして認めます」
「うん」
「そして、ゴゾムさんには後で厳しい罰を受けてもらいます。まさか模擬戦で実剣を使うなんて……」
「ああいう人、多いの?」
「いえ……まあ、ゴゾムさんはプライドの高い方でしたから。AGは信用商売ですので、AG同士の喧嘩ならまだしても一般人に暴力を振るう人の方が珍しいです。そういう人はパーティーを組んでもらえないですから」
誓約書も書かされるからね。
確かに、そういう危ない人はなるべくパーティーを組みたくは無いだろう。そしてパーティーを組んでもらえないということはソロ狩りすることになるわけで……。強くなる前に死んじゃいそうだね。
「キヨタさんはグレーゾーン……AGになりたてですから厳重注意でお終いだと思います。これでキヨタさんが大怪我を負っていたらAGライセンスの停止もありえたかもしれませんが、圧勝しちゃいましたし」
マリルがさっきからずっと申し訳なさそうにしている。ゴゾムに模擬戦の相手を任せたのは彼女だから気にするのはわかるけど、そろそろ普通にして欲しい。
「まあ、マリルさんが気にすることじゃないよ。そんなことより」
「あ、そうですね。AG登録の方が先ですよね」
マリルはそう言って手帳と一枚のカードを取り出した。
「こちらがAGノートと言いまして、AGがクエストを受けるときに必要なモノです。クエストを受けるときは、まずここの……クエストという欄に自分が受けようと思っているクエストを書き、クエストボードに貼ってあるクエスト書を窓口に持ってきて、窓口の職員がこの受注欄にハンコを押すことで依頼を受けられます」
AGノートを開きながら説明してくれるマリル。なるほど、依頼を受けるにはそうするのか。うーん、若干面倒だね。
「さらに、このAGノートには先ほど書いていただいた誓約書の内容も書かれていますので、分からなくなったこと、困ったことがあったら読んでください」
なんか学生手帳みたいだ。大きさとか、校則みたいなものが書かれてる感じとかが。
「依頼欄が全て埋まってしまったら言ってください。新しい物を発行いたしますので」
「ん、了解」
「そして……こちら、AGライセンスです。これを手に握って名前を念じてください」
「ステータスプレートみたいだね」
ステータスプレートの時は、特に何か不都合があったわけじゃないから大丈夫だろう。
俺はAGライセンスを手に握り、名前を念じる。
(清田京助、っと)
ポウッとAGライセンスが光り、文字が刻まれる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
AGライセンス
名 前:清田京助
ランク:D
主な達成依頼:無し
最後に更新された時間:0分前
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
へぇ、中々凝った作りだね。
「これが身分証の代わりになるのか」
「はい。数年前まではステータスプレートが身分証だったんですが、それだとステータスがバレるということで文句がたくさん来ましたのでこのような形になったんですよ」
そりゃそうだろうね。
「では、これにて登録完了です。お疲れ様でした。また後で泊まる宿が決まったら教えてくださいね」
営業スマイルを向けるマリルに対して、俺は軽く頭を下げてからAGギルドを出るのであった。
苦笑い気味に俺は答える。月給は魅力的だけど、流石にSランク魔物とは――どれくらい強いのかは知らないけど――やり合いたくないし、ここだけに留まるつもりもない。
マスター達は俺の答えにがっかりするかと思ったが、意外にもただ苦笑を返してくるだけだった。
「……そうですよね。皆さん、わりと断られるんです。そう悪い話ではないんですが」
マリルが答える。
強制的に死地に赴かされることと、一つの場所から離れられないというのはAGという職業を選んだ人にとってはかなり重たいデメリットじゃなかろうか。俺以外でも、嫌がる人は多いだろう。
仮に結婚して所帯持ちになっていたとしたら、月給は魅力的なものだろう。同じ場所から離れられないってのもデメリットにならないし。
ただ、俺は独り身の流れ者だからね。
「他には?」
「……いえ、特には」
マスターは首を振る。
「そうですか。……とりあえず、俺がはぐれ救世主であることとか、無駄にステータスが高いことを言い触らさないでくれたらいいですから」
予想以上にあっさりしてる。ありがたいけど、なんでだろう。
「無論、ステータスをむやみに公表したりなどはしません。そこは安心してください」
「ただ……ステータス的に高ランクAGになるのは間違いないとは思うので、もしかしたら特別依頼や指名依頼などが頻繁に届くかもしれません」
「まあ、それくらいならいいですよ」
むしろ、そっちの方が金が儲かるかもしれないしね。危険も多そうだけど。
「……というか、俺がその救世主? かどうかの確認と専属依頼だけですか?」
こんな小部屋に呼び出されたから結構警戒してたのに、かなり拍子抜けだ。
「そうですね。とはいえ、そんな話表では出来ないでしょう?」
マリルが言うが、まあ確かにあそこでそんな話してたらまた絡まれたり面倒ごとが待ってそうだ。
「じゃあ、ついでだからここで登録できますか? あと、ライセンスの発行もお願いします」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げたマリルが一旦外に出る。登録などの準備をしに行ったのだろう。
部屋の中には俺とマスターだけになる。
「では、私も仕事があるのでこれで」
そう言って立ち上がったマスターの背に、俺は声をかけた。
「あ、そうだ。一つ訊きたいんですけど……いいですか?」
「? はい、なんでしょうか」
「SランクAGって、どんだけ強いんですか?」
「そうですね……」
そう言った次の瞬間、マスターの姿が消えると同時に俺の首筋に手刀が飛んできた。
咄嗟のことで殆ど反応出来なかったが、凄まじいステータスのおかげかーーそれとも加減されたかーーギリギリのところでそれを止めることに成功する。
(……ふぅ、危なかった)
「よい動きですね」
にこりとマスターが微笑む。いやいや、よい動きですね、じゃなくて。殆ど見えなかったんだけど……。
マスターは手刀を引っ込めてスーツの襟を直すと、何事もなかったかのように扉の方へ歩いていく。
「そうそう、SランクAGがどれくらい強いか、でしたね……」
そう言って振り返ったマスターは、さっきまでの普通の笑顔と違うーー野性動物を思わせるような獰猛な笑みを浮かべていた。
「引退した人間もこんだけ動けるんや。相手の力量を見抜く目は見事やけど……ステータスにあぐらをかいて舐めてると痛い目見んで? 戦闘力は、ステータスだけじゃ測れへん」
「……どうも、気をつけます」
俺が少し頭を下げると、マスターは元の普通の笑顔に戻る。
雰囲気のある人の関西弁って迫力あるね……というか、何故関西弁?
「そうですか。では、失礼します」
マスターが外に出てバタンと扉を閉める。その閉まった扉を見て、俺は思わず大きな息を吐き出した。
「…………………ふぅ~」
――実は、一目見た時から気づいていた。マスターは、強い。それもかなり。
もしかしたらSランクだったかも? なんて思ってカマをかけてみただけなのに、まさか当たるとはね……。
「で、あの言い方だと、やっぱステータスってのは絶対のものじゃあないみたいだね」
ステータスが高い方が有利――それは間違いないとは思うけど、もしかしたらステータスの差は経験やスキルで埋められる程度のものなのかもしれない。ゲーム的に言うなら、プレイヤースキルの差でキャラのスペック差を埋めるようなもんだろう。
いくら性能のいいキャラを使っていても、プレイヤーが素人では勝てるモノも勝てなくなる。
つまりSランクAGっていうのは、ステータスが高いだけじゃ無くて戦闘経験やスキルも凄いって分けだ。
(それと、あの淡い光……)
さっきマスターが高速移動したのはスキルを使用したからだろう。身体が一瞬淡く光ってたからね。やっぱそんだけ強い人でもスキルを使ったときの光は消せないのかな。
「すみません、お待たせしました」
マリルが書類やらなにやら持って入ってきたので、俺は一応笑顔を返しておく。
「マスターがさっきとても嬉しそうな顔をしていましたけど、何かされたんですか?」
「特になにも」
「も、もしかしてセクハラをしたとか!? 男同士で!」
「違いますよ? というかどうしてそうなる? セクハラされて喜ぶとかおかしいよね?」
一瞬マリルの目が光ったのはスキルによるものじゃないだろう。……異世界にも腐女子はいるんだね。
趣味の範疇だからとやかく言うつもりはないけど、リアルで妄想されると少し怖いかな。
「そうですか……まあそれはさておき、AGの登録でしたね」
少し残念そうなマリル。なんでさ。
「はい、そうです」
「それと、私は職員なので、そんなに畏まらないでください。救世主様に敬語を使われると緊張してしまいます」
「え? えーと……ま、まあいいけど。分かったよ」
少し慌てた声を出した俺がおもしろかったのか、マリルはクスクスと笑った後、数枚の書類と手帳みたいなものを出してきた。
……こちらにある程度敬意を払ってくれる人にはなるべく敬語で話すようにしてるんだけど、駄目だったのかな?
俺が怪訝な顔をしているのが分かったのか、マリルは苦笑しつつ理由を教えてくれた。
「いえ、AGの方は敬語で話される人などいないので……慣れないんですよ。それに、個人的にもキヨタさんとは仲良くしたいと思っていますし」
「そう? まあ、じゃあいつも通り話すよ」
個人的にも仲良く……? ああ、はぐれとはいえ救世主の一人なんだ。仲良くしといて損はないか。
納得した俺はうんうんと頷いてから彼女の説明を聞く。
「まず、これがAGの登録書です。お名前、現在泊まっている宿の名前、使う武器、必要でしたらAG専用獣の名前、種類を書いてください。これは初めて行ったギルドでは必ず書かされます」
「AG専用獣?」
「はい。テイムに成功した魔物などですね。AGの活動を補佐する獣です。戦闘を任せたり、採取を手伝わせたりなど、使う人によって役割は様々ですね」
「なるほど」
つまり、警察犬とか猟獣とかを想像すればいいのかな? ふむ、面白そうだよね。
俺はその紙とペンを受け取り、項目を埋めていく。
「名前、清田京助、武器、槍……そうだ、まだ宿をとってないんだけど、どうすればいい?」
「それならば、宿をとった後もう一度来てください」
「ん、分かった」
俺は宿とAG専用獣の項目以外を埋めて、マリルに返す。……全部漢字と平仮名で書いたんだけど大丈夫かな。いや、さっき漢字で書かれているステータスプレートを読めてたから平気か。何らかのチートが働いているのだろう。
「はい、では記入はこれで完璧ですね。それと、こちらは誓約書です。まあ、罪を犯さないとかそういうことですから、普通に過ごしていれば問題ないです」
そう言われて受け取った誓約書を読む。……なるほど、カタギに手を出さない、AG同士のいがみ合いはそっちで解決しろ、など確かに普通に生活していれば問題ないことだけだね。
ただ、犯した罪の重さによっては降格、最悪除名もありうるということだ。滞在している場所などを書かせるってことは、何らかのトラブルが起きた際にすぐに捕まえられるようにっていう意味もあるのかもしれない。
俺はそれにもサインをして、マリルに返す。
「はい、確かに。では、最後に模擬戦を行うことになっているんですが……どうされますか?」
「どう、とは?」
「いえ、ステータス的には全く問題ないので、このまま受けなくてもよろしいですが」
「う~ん、まあせっかくだから受けとくよ。今から?」
「はい。ではこちらです」
マリルに連れられ、俺は小部屋を出てギルドの奥の方へ進む。
廊下を進むと階段があり、なんと地下室へと続いていた。
「へえ、凄いね、地下室があるなんて」
「そうですか? 土魔法の発達によって、建築技術は大分発展してきているんです」
「……やっぱ魔法はあるんだね」
果たしてそれは魔法使いの『職』持ちじゃ無くても使えるのかな。まあ、使えなくても問題ないんだけど……やっぱり異世界に来たからには使いたいからね。魔法は。
マリルに連れられてきた部屋は地下とは思えない広さだった。小学校の体育館くらいはありそうだ。天井は低いけど。
そこにはサンドバッグや人形などが置いてあり、下にはおそらくリングであろう線が引かれている。
そんなに人はいないけど、端の方で模擬戦をしていたり剣舞をしていたりと思い思いに過ごしているようだ。
「ここが、地下室の修練場です。模擬戦はあそこにある武器で戦って貰います」
そう言って指さされた先には、木刀などの木製武器がたくさん置いてあった。……あ、杖もある。
「では、武器を選んでいてください。私は模擬戦の相手を探してきますので」
マリルが俺に頭を下げてから、その辺で戦っている連中に声をかけに行った。
選んでいてくださいと言われても、俺の使う武器は決まっている。槍だ。
ただ……本物の槍は無いみたいだから、代わりに棒を使おう。
何本かある棒を素振りして感触を確かめる。夜の槍と同じくらいの長さの棒があったのでそれにすることにした。
武器を決めて待っていると、対戦相手が決まったようでマリルが俺に駆け寄ってきた。
「あ、あの、キヨタさん」
「ん? なに?」
「えっと、あちらの方が模擬戦の相手をすると言って聞かないんですが……」
そう言うマリルが示す先には、なんとさっきの露出オッサンがいた。結構強めに蹴ったつもりなんだけど、もう復活したんだね。なかなかタフだ。
「ん、別に俺は構わないよ。それとも……あの人、そんなに強いの? AとかBくらい?」
まさかSランクとかってことは無いだろうけど……。
「いえ。普通にDランクです。そもそもBランク以上のAGは殆どいませんしね」
「へぇ? どれくらいなの?」
「EランクとFランクを除くと、AGの約六割がDランク、約三割がCランクです。Bランクは全体の一割にも満ちませんし、Aランクなんてもっとです。Sランクに至っては、全体で三十人もいません」
「そ、そうなんだ……」
どうやらSランクは想像以上に狭き門らしい。異世界モノだと、Sランクって結構簡単にとれそうなものだけどね。
「マスターは元Sランクなんだよね。なんで辞めたんだろう」
「えっ! マスターが何故元Sランクだって知ってるんですか?」
「本人が言ってた」
動きもヤバかったしね。
「そうなんですか……っと、そんなこと話している場合じゃありません。先ほどキヨタさんはあの方に絡まれていたようなので、もしかしたらお怪我させられるかもしれませんよ?」
「その時はその時でしょ。じゃ、戦うか」
俺は棒を握り、露出オッサンの前まで歩いて行く。
露出オッサンはもう準備万端のようで、普段着の俺に対し、ちゃんと鎧を着込んで木刀を持っていた。……頭以外、クリーンヒットしても棒じゃ効きそうにないな。
「あー、とりあえず、今回は俺の模擬戦の相手をしてくれてありがとう。AG見習いの清田京助……こっち風に言うとキョースケ・キヨタか。まあ、よろしく」
「俺はDランクAGのゴゾム・ハグルズだ。ふんっ、さっきは不意をうたれてやられたがな。今回は武器も使う。今度こそ世間のつらさを教えてやる」
露出オッサン……改めゴゾムは、ニタリと嫌らしい笑みを俺に向けた。
「そう。じゃ、さっさと始めよう」
俺は棒を構え、ゴゾムと対峙する。
ゴゾムは嫌らしい笑みを深め、踏み込むと同時になんと木刀を横に投げ捨てた。
そして腰に下げてあった剣を抜き放つ。
「ひゃっはぁ、死ねぇぇぇぇえ!」
「キヨタさん!」
マリルの焦った悲鳴が聞こえる。そりゃあそうか、いきなり模擬戦が殺し合いに変わったんだから。
……けどまあ、この程度じゃ慌てるに値しない。想定内だからね。
ゴゾムが剣を両手で持ち、振り上げた刹那――俺はその柄頭の部分を、剣が手からすっぽ抜けるように棒で思いっきり突いた。
ゴッ! という硬い音が響き、ゴゾムの剣が後ろへ吹っ飛ぶ。ふむ、上手くいったね。漫画で見た技だったけど出来てよかった。
「くら……はっ?」
ゴゾムは何も持っていない両手を振り抜くと、間抜けな声をあげた。
「アンタの剣なら後ろだけど? そんでまあ――チェックメイト」
俺は棒をゴゾムの首筋に突きつけ、冷めた目で見下ろす。
「…………………………………参った」
ゴゾムは呆然としながら俺にそう呟くと、逃げるようにその場を去った。
「キヨタさん! 大丈夫ですか!」
血相を変えてマリルが走ってきた。なんでそんな慌ててるんだろう。あんなの、アックスオークに比べたら全然恐くもなんともない。
「ん、問題無いよ。さて、とりあえず俺もこれで晴れてDランクAGか」
「は、はい。そうですね。では、戻りましょうか。最後にお渡しするモノがありますので」
「そっか。じゃあ戻るか」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「先ほどの結果からして戦闘能力は問題なしと判断いたしましたので、AGとして認めます」
「うん」
「そして、ゴゾムさんには後で厳しい罰を受けてもらいます。まさか模擬戦で実剣を使うなんて……」
「ああいう人、多いの?」
「いえ……まあ、ゴゾムさんはプライドの高い方でしたから。AGは信用商売ですので、AG同士の喧嘩ならまだしても一般人に暴力を振るう人の方が珍しいです。そういう人はパーティーを組んでもらえないですから」
誓約書も書かされるからね。
確かに、そういう危ない人はなるべくパーティーを組みたくは無いだろう。そしてパーティーを組んでもらえないということはソロ狩りすることになるわけで……。強くなる前に死んじゃいそうだね。
「キヨタさんはグレーゾーン……AGになりたてですから厳重注意でお終いだと思います。これでキヨタさんが大怪我を負っていたらAGライセンスの停止もありえたかもしれませんが、圧勝しちゃいましたし」
マリルがさっきからずっと申し訳なさそうにしている。ゴゾムに模擬戦の相手を任せたのは彼女だから気にするのはわかるけど、そろそろ普通にして欲しい。
「まあ、マリルさんが気にすることじゃないよ。そんなことより」
「あ、そうですね。AG登録の方が先ですよね」
マリルはそう言って手帳と一枚のカードを取り出した。
「こちらがAGノートと言いまして、AGがクエストを受けるときに必要なモノです。クエストを受けるときは、まずここの……クエストという欄に自分が受けようと思っているクエストを書き、クエストボードに貼ってあるクエスト書を窓口に持ってきて、窓口の職員がこの受注欄にハンコを押すことで依頼を受けられます」
AGノートを開きながら説明してくれるマリル。なるほど、依頼を受けるにはそうするのか。うーん、若干面倒だね。
「さらに、このAGノートには先ほど書いていただいた誓約書の内容も書かれていますので、分からなくなったこと、困ったことがあったら読んでください」
なんか学生手帳みたいだ。大きさとか、校則みたいなものが書かれてる感じとかが。
「依頼欄が全て埋まってしまったら言ってください。新しい物を発行いたしますので」
「ん、了解」
「そして……こちら、AGライセンスです。これを手に握って名前を念じてください」
「ステータスプレートみたいだね」
ステータスプレートの時は、特に何か不都合があったわけじゃないから大丈夫だろう。
俺はAGライセンスを手に握り、名前を念じる。
(清田京助、っと)
ポウッとAGライセンスが光り、文字が刻まれる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
AGライセンス
名 前:清田京助
ランク:D
主な達成依頼:無し
最後に更新された時間:0分前
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へぇ、中々凝った作りだね。
「これが身分証の代わりになるのか」
「はい。数年前まではステータスプレートが身分証だったんですが、それだとステータスがバレるということで文句がたくさん来ましたのでこのような形になったんですよ」
そりゃそうだろうね。
「では、これにて登録完了です。お疲れ様でした。また後で泊まる宿が決まったら教えてくださいね」
営業スマイルを向けるマリルに対して、俺は軽く頭を下げてからAGギルドを出るのであった。
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