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第三章 月白色の鍾乳洞

③-2

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「きゅ~い、きゅい、きゅいきゅ~い~、きゅ~いきゅいきゅいきゅ~い」

「ご機嫌だねぇ、しーちゃん。キラキラ光ってるから?」

「きゅい!」

 るんたるんたと歌う子パッカの手には、小さめの鍾乳石が一本握られています。横穴に入ってすぐ、カスターニエに折ってもらった鍾乳石です。
 キラキラと輝くそれを気に入ったようで、それをマイク代わりに子パッカは歌を披露してくれています。

「こんなに騒いで魔物を呼び寄せないかしら」

「大丈夫だよ、『月白色の鍾乳洞』に出てくる魔物の殆どは臭いで敵を感知するから。下層にいる魔物なんかは、微かな血の臭いすら嗅ぎ付けて襲い掛かってくるらしいよ」

「だから魔物よりも、他の冒険者を襲うような冒険者を集めてしまう方が厄介かねぇ。まぁ、ダンジョン内にそんな冒険者は出てこないから大丈夫だろうけど」

 歌っている子パッカは首を傾げますが、止められていないからか再度歌いだします。かわいらしいですね。
 さて、『月白色の鍾乳洞』は小さめの洞窟がいくつも絡み合い、先ほどのように広い空間から広い空間へ進んでいく……いわばアリの巣のようになっているダンジョンです。
 中層以下には落とし穴や幻影を見せる空間、魔物が突然現れるモンスターハウスなどの罠が潜んでいます。
 そして全階層の至る所に鍾乳石がにょきにょきと生えており――時折、落下してきます。

「わっ」

「きゃっ」

 かなりの勢いで、ラミルの足元にグサッと刺さる鍾乳石。三十センチほどある鍾乳石が、四メートルはある高さから落ちてくるので、半分くらい地面に突き刺さるほどの威力です。
 足元に刺さった鍾乳石は、ふっと輝きを失いました。それを子パッカが拾い、首を傾げます。

「きゅい?」

「歯が生え変わるみたいに、新しい鍾乳石が出てきて……古いのは落ちてくる。だから輝きが消えるんだねぇ」

「それって、鍾乳石の出来方としておかしくないですか?」

 カスターニエのもっともな疑問に、ヴィルヤージュは煙管を咥えながら……少し困ったように笑います。

「あたしも変だとは思うが、その辺が魔力で変質しているという所以さね。ダンジョンにはトラップ、罠が付きものだが……それだって、普通ならあり得ないだろう?」

「アタシ、そういうトラップって人工的に作られてるんだとばっかり思ってたわ」

 感心したような声を漏らすタニア。

「あっははは! ま、そういうダンジョンも無いわけじゃあないがね。それこそ、天然の地形に人が手を加えて人工ダンジョンにした例もあるしね。あたしも若い頃は、何度かそういうところをクリアしたモンさ」

「えっ!? 人工ダンジョンをクリアしたことがあるんですか!?」

 カスターニエが大きな声を出して驚きます。
 人が造ったダンジョンは自然に出来るダンジョンと違い、明確に殺意を以って作られている場合が多いため(つまりクリアすることを前提に作られていないため)、難易度が高く超上級者向けの物が多いです。
 そこから生還した人となると、かなり数が限られるでしょう。

「勿論さ。『掘火肉の城』とかね。あそこには、マグマを流し込まれる部屋とかあったよ。あん時は大変だったねぇ……防火のマントじゃ防げないから、その辺のヨーガンボアの腹を掻っ捌いてその中に入って凌ぐんだ。臭いなんてもんじゃ無かったよ」

 ぷかぁ……と、昔を懐かしむような表情をしながら煙管の煙を吐き出すヴィルヤージュ。そんな彼女に、子パッカが目をキラキラさせながら近づいてきました。

「きゅいっ! きゅいっ!」

「ん? なんだ、もっと人工ダンジョンの話が訊きたいのかい?」

「きゅい!」

 こくんと頷く子パッカ。ヴィルヤージュは仕方ないねえとばかりに腕を組みました。

「そうさねぇ……『亡合殻の滝』には、水が無いのに窒息させられる空間があったね。あれは魔法じゃどうにもならなかったから、やむなく嫌いなヤツと共闘してねぇ……。あとは、そういえば『冠刺の迷宮』には、立てなくなるほど粘々した油が噴射される罠があったね。こっちはあたしの魔法でどうにか出来たから、一瞬で凍らせてやったよ」

「きゅいきゅい!」

 ヴィルヤージュが子パッカにそうやって面白おかしく冒険譚を語っていると、急にラミルが皆を制止させました。

「魔物です」

 そう言った彼の視線の先には、子犬程度の大きさの魔物が。飴色の鱗を持った、六本脚のトカゲ。尻尾が体長と変わらぬほど長く、その先端はかぎ爪のようになっています。
 注目すべき点は目が四つあることで、鱗があり顔立ちはトカゲに似ているのに……虫のようなフォルムをしています。
 ちょっと気味の悪い外見に、女性陣はドン引いた様子で一歩後ずさりします。しかし、ラミルだけは興味深げな視線を向けました。

「アレは……キネイピアかな。味はさておいて味はさておいて栄養が豊富で、テイマーとかは自分の魔物や動物に食べさせることも多い。ただそれ故に魔物からも食料として狙われやすいから、見つけたら複数匹の魔物が周囲にいることを考慮しないといけない奴」

「……なかなか厄介な性質してるわね。逃げた方が良い感じ?」

 タニアが弓をつがえながら言うと、ラミルはフルフルと首を振りました。

「死骸の臭いから他の魔物を呼び寄せるだけだから、殺さなければ問題無いよ。そーっと横を抜けて行こう」

「きゅい」

「それにしても、こんな魔物が出るんですね。反射的に攻撃しなくて良かったです」

 ホッとしたような声を出すカスターニエですが、一方のヴィルヤージュは少し浮かない顔。というか……眉に皺をよせ、険しい表情です。

「なんでキネイピアが『月白色の鍾乳洞』にいるんだ? ありゃもっと西方に棲息する魔物だ。ラミル、棲息条件は?」

「乾燥した気候と、高めの気温。よく日光が当たる場所を好むため、草原地帯などで小動物や虫を食べて過ごしています」

「上出来だ。じゃあ、この『月白色の鍾乳洞』は?」

 ヴィルヤージュが両手を広げて言います。
 内部は鍾乳石が大量に下がっており、場所によっては川が流れている空間です。明るいですが、洞窟故に日光は当たらず、地下ゆえに気温も低め。
 明らかに棲息条件には不適当です。

「考えられるとしたら、強めの魔物を使役しているテイマーの……餌が逃げたか。もしくは死骸を魔物寄せに使うつもりで連れて来たかだねぇ。前者なら怠慢テイマー、後者ならただの馬鹿。なんにせよ、面倒ごとの臭いだ」

 大きく煙を吐き出したヴィルヤージュは、ガリガリと頭をかいてから苛立たしげに煙管を咥え直しました。

「今すぐ戻るほどじゃ無いが……次に酒場に行った時にでも、報告しておくべき事案だねぇ」

「確かに……生息域以外に魔物を逃がすのは犯罪ですもんね」

 カスターニエの言葉にラミルも頷きました。
 魔物の捕獲に関しては、領地によってアウトにもセーフにもなります。グラーノ領ではセーフですが、ラミルたちの目的地であるチューター領ではアウトです。仮に捕獲して良い領地でも、魔物の繁殖には許可がいりますし、そもそもテイムして共に冒険するのも実はグレーゾーン。
 しかし捕獲した魔物を逃がすことは、どの領地でも犯罪です。一応……テイムや保護していた魔物を、生息地に放すことは許されますが。

「まだ上層だから強い魔物も出てこないだろうし、さっさと降りちまおう。ほら、急ぐよ」

「分かりました!」

「きゅい!」

 ヴィルヤージュに言われ、ラミルたちはキネイピアをそーっとスルーして洞窟の奥へ進むのでした。

                            ③-3へつづく

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