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第二章 募集

③-3

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「それにしても、あの毒……狩猟用じゃなくて殺処分用のなのに、なんで殺せなかったのかしら」

 増やしてその辺にばら撒かれた矢の片付けなどをしながら、タニアが不思議そうに首を傾げます。
 ラミルは矢をパキンと壊しながら、その質問に答えます。

「だってネズオーク、あれってトレント系の魔物だもん。体は植物に近いから、動物用の毒でも種類によっちゃ全く効かないよ」

「えっ、あんな見た目なのに!?」

「あんな見た目なのに。だから火矢の方が良かったかもね」

 ネズオークは、耳の部分に生えている木で花粉を散布し、口内で受粉して体内に子を宿す植物系の魔物です。
 頭部の形状や、毎日子を産む姿がネズミのようということでネズオークと呼称されていますが、分類はトレント類になっています。

「昼間は木に擬態しながら光合成をしてエネルギーを蓄えて、夜になると活発に動き出す。物凄い繁殖力なのに、夜じゃないと見つけづらいから討伐しにくいことで有名なんだよ」

 だからなかなか冒険者が討伐せず、かといって放置すると群体になるので、よく騎士団が討伐しに行っています。
 ラミルの説明を聞いて、タニアはジッと自分の矢を見ました。

「うむむ……この辺も知識って奴よね。やっぱり未熟だなぁ、アタシ」

「あっははは、さっきの矢を撃つまでの判断は早くて良かったよ。さて、それじゃあ薪を集めな、料理してあげるよ」

 ヴィルヤージュが指に火を灯しながら言います。流れるように魔術を使う所は、流石はエルフというところでしょうか。

「料理って……何か持ってきてるんですか?」

 ラミルが問うと、ヴィルヤージュはその辺に転がるネズオークを指さしました。

「美味しいんだよ、ネズオーク。本当はベーコンにしたいところだけど、今日はステーキさね。さ、その辺でハーブとか取ってくるから火は頼んだよ」

 そう言って、その辺にあった枝に火を灯してからラミルに渡すヴィルヤージュ。ラミルは松明のようになった枝を持つと、こくんと頷きました。
 ヴィルヤージュがハーブを取りにと離れたのを見て……タニアがすすすと近づいてきました。

「ねぇ、ラミル。……カスターニエさん、大丈夫かしら」

 彼女の視線の先には、子パッカを膝に抱えて丸太に座り微動だにしないカスターニエが。ラミルは苦笑しながらそちらを見ると、肩をすくめました。

「怪我は無かったからね。……さっき戦うのを止めちゃった理由は、もう少し落ち着いてから聞いてみよう」

「そう……そうね」

 腑に落ちないような表情をしながらも、頷くタニア。ラミルも彼女に頷き返し、枝を集めてその真ん中にさっきの松明を落としました。
 ぼう……と火が燃え上がり、ゆらゆらと煙が立ち上ります。

「……よく考えたら、森の中で焚火って良いのかしら。すぐ消せる水も無いし」

「よく見ておけば大丈夫だよ」

 ラミルはそう言いながら、薪をくべます。火がさらに勢いを増し、そこそこ大き目の焚火になりました。

「じゃあ後はかまどでも作りながら待ってよっか」

「そうね」

 石を集めて火を維持しながら待つこと数分。ヴィルヤージュが木の実や葉っぱを持って戻ってきました。
 そしてラミルたちが作ったかまどを見ると、ニコッと笑みを浮かべます。

「よくできてるじゃないか、いいねぇ。それじゃあちょっと待っときな」

 ヴィルヤージュはどこからともなくナイフを取り出し、ネズオークの腹部を掻っ捌きます。中から出て来たのは……種子のような形状で、黄色い肉のような物。
 そこにすり潰した木の実をパラパラと落とし、濡らした葉っぱで包み込みます。

「ほい完成。後はかまどの中に放り込んで二、三十分も経てば完成するよ」

「簡単ですね。でも、今放り込んだのって何なんですか?」

 タニアが訊くと、ヴィルヤージュは同じものを作りながら淡々と返答しました。

「有体に言えば、ネズオークの胎児ってところかねぇ」

「え……」

 ドン引きした声を出すタニア。そして彼女はラミルの所に駆け寄ると、腕をガシッと掴みました。

「……ま、魔物食の文化は抵抗ないけど、うまっ、産まれる前の胎児は……! なんか、なんかこう、凄いおぞましく感じるんだけど……!」

 迫真の表情でラミルに訴えるタニア。ラミルは腕を引っ張られながらも、首を振ります。

「ちょ、ちょっと落ち着いてタニアちゃん。えーっと、さっきも言った通りネズオークはトレント系の魔物なんだ。だから胎児って言うか……どっちかっていうと、種子だよ。アレを産み落として、数日から一週間くらい経つとネズオークが生まれるんだ」

「……つまり?」

「イメージは胎児というより、卵」

 そう言われて、ぎゅっと掴んでいた腕を離すタニア。胎児と言われるとおぞましいですが、卵と言われたら途端に普段食べている物です。
 ……まぁ、この世には『生まれかけの卵を食べる』文化もあるので、卵を食べるのがおぞましくないかと言われると疑問ですが。

「あっははは! まぁ、冒険中じゃゲテモノも食わなきゃいけないこともあるさね。これも訓練さ、訓練。分かったらちょっと待ってるんだよ」

 そう言ったヴィルヤージュが「これだけじゃつまらないし」と言って、もう一体のネズオークの腹を裂きました。
 その光景を見ながら……ラミルは別の疑問を抱きます。

「って、あれ? よく考えたら……あの死体ってそのまま冒険者酒場に持って行かなくちゃいけなかったんじゃ? 食べてもいいんですか?」

「ああ、それは平気さね。あの依頼は、狩猟じゃなくて討伐だったはずだ。ってことは、死体の一部さえ持って帰れば良いのさ」

 ヴィルヤージュがそう言ってカスターニエの方を見ると、彼女もこくんと頷きました。

「やっぱりね。……ところでカスターニエ、ちょっと訊きたいことがあるんだけどさ。あんた、シャルピー・キルタンサスって知ってるかい?」

「……そ、祖父をご存じなんですか?」

 驚いた表情で顔を上げるカスターニエ。ラミルとタニアも、まさかの繋がりに驚いて食べる手を止めてしまいました。
 彼女のその反応に、ヴィルヤージュは笑みを深めます。

「やっぱ血縁かい。アンタの剣、お爺さんにそっくりだよ。まさかアイツの孫とここで会うなんてねぇ」

「お知り合いなんですか?!」

 すぐに駆け付けたラミルとタニアに、ビクッと肩を震わせて子パッカを盾にするカスターニエ。
 しかし子パッカはするっと彼女の腕から逃げ出してしまいました。

「それにしても……ま、まさかグラーノに祖父を知っている人がいるなんて……」

「あの爺さんは、あたしの知り得る限り五指に入るレベルの剣士だった。アンタの剣技も引けを取らないと思うよ。……だってのに、そんな剣士がなんだいさっきのザマは?」

 ヴィルヤージュのもっともな疑問。ラミルとタニアもこくんと頷き、彼女の顔を見ます。
 三人から見つめられたカスターニエは、逃げ場を探して周囲をキョロキョロと見渡しますが、何もあるはずありません。
 観念したのか、彼女はガックリと肩を落とすと……俯いたまま、ぼそぼそとした声で話し始めました。

「……その、実はわたし……は、恥ずかしがり屋で。だ、誰かが見てると戦えなくなっちゃうんです……」

「「「…………………………………………は?」」」

 あまりにも予想外過ぎて、初めて三人の声が揃いました。
 ……頼もしい冒険者を仲間に引き入れる道のりは、遠そうです。

                                     ④へつづく
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