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第一章 旅立ち

⑤-3

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 さて、その日の夜。ラミルたちはビンゴおじさんの家でシチューに舌鼓を打っていました。時間的にもうアバンダには帰れないため、ビンゴおじさんの家にもう一泊することとなったからです。

「きゅいきゅい~!」

「いっぱい食べてくださいな、神獣様! 婆さんのシチューは絶品ですぞ!」

 大笑いしながら、子パッカにシチューを注ぐビンゴおじさん。ミルベライトのミルクで作られたシチューはとろけるように甘く、それをバゲットに浸して食べるととても美味しいのです。
 具はカボチャやサツマイモ、トウモロコシなど甘めの野菜が中心で、肉類などは入りません。そのため普通ならば物足りなくなるところですが……ミルベライトの牛乳の持つコクと深みが、補って余りあるほどのボリュームを生み出しています。

「美味しい! 甘いシチューってどうなの? って思ったけど、イケるわね!」

「作り方はシチューだけど、どっちかというとカボチャやサツマイモのポタージュに近い味わいだねぇ。はぐっ、うん。バゲットもカリカリで美味しい」

 カリカリに焼いたバゲットはかなり小さく切られており、長く浸してふやかして食べても良し、入れてすぐ食べても良しと様々な食感を楽しむことが出来ます。

「きゅいー!」

「おや、おかわりかい?」

 子パッカは全部飲み干すと、勢いよくイアおばさんにお皿を渡します。イアおばさんも嬉しそうにシチューを注ぐと、子パッカの分だけちょっと多めにコーンを入れてくれました。

「きゅい!」

「慌てなくても大丈夫だよ、まだまだあるからねぇ」

 テンションマックスの子パッカは、目をキラキラさせてスプーンを動かします。その様子を見ながら、ラミルとタニアはスプーンを置いて手を合わせました。

「おや、二人とももうお腹いっぱいですかな? まだまだありますぞ!」

「いやぼくはもう大丈夫ですよ、お腹いっぱいです」

 お上品に口元を拭うラミル。セーブしているような言い方をしていますが、彼は既に四杯はお代わりしています。ちなみにタニアは既に六杯は食べています。
 若者がひと段落したところで、イアおばさんがコーヒーを入れてくれました。当然、タニアの分だけお砂糖とミルクは多めで。

「食後のコーヒーもいいねぇ。昼間より、少しだけ酸味が強い?」

「い、言っておくけどあれだからね? ミルベライトのミルクが入ったコーヒーの方がこう……色々楽しめるかなってだけで! ブラックでも全然飲めるからね!」

「じゃあ鏡に……」

「聞かなくて良いから!」

 ラミルが鏡を取り出そうとすると、タニアが手をグッと握って阻止します。そんな二人のやり取りを見たビンゴおじさんとイアおばさんは、楽しそうに笑みを浮かべます。

「そういえばガポンのヤツはお二人に失礼は働かなかったですかな?」

「はい、よくしていただきました」

「ラミルが何も言わなかったせいで……支払いの時に面喰っていましたけどね」

「おやおや、意地悪ですなぁラミル坊ちゃんは」

 わっはっは、と大きな声で笑うビンゴおじさん。ラミルは少しバツが悪そうな顔になり、コーヒーを飲んで顔を隠してしまいました。

「ガポンもそれはたまげたでしょうねぇ。……あら?」

 ニコニコと笑っていたイアおばさんですが、ふっと何かに気づいたように視線を向けます。
 ラミルとタニアもイアおばさんの視線の先に目をやると……そこでは、子パッカがうとうととスプーンを持ったまま船をこいでいるところでした。

「あらあら、疲れたのねぇ」

「……いろいろ、経験しましたからね」

 運動量だけで言えば、昨日の方が間違いなくあったでしょう。しかし今日は、子パッカが一度も経験しなかったことの連続でした。精神的にまいるのも当然です。

「ぼく、ベッドに連れて行きますよ」

 ラミルはそう言うと、立ち上がって子パッカをよっこらしょと抱き上げました。人間の子どもくらいの大きさしかない子パッカであれば、ラミルも持ち運ぶことは容易です。

「しーちゃん、ベッドに行こうか」

 ラミルがそう声をかけると、子パッカはぎゅっとラミルの背を掴み……安心したような笑みを浮かべながら、完全に寝落ちてしまいました。

「ありゃりゃ……」

 少し困ったような声を出しながらも、ラミルは子パッカを寝室へ連れて行きます。昨夜と同じく、ビンゴおじさんの息子家族が寝ていた部屋です。
 二つあるベッドのうち一つに子パッカを寝かせ、お布団をかけました。子パッカはちょっとだけ口元に笑みを浮かべながら、スヤスヤと寝息を立てます。

「こうしてみると……本当に人間の子どもみたいだねぇ」

 自分もまだまだ子どもであることを棚に上げ、ラミルはそんな感想を漏らしました。そして軽く子パッカの頭を撫でると、食卓へ戻ります。
 そして席についたところで、タニアも少しだけ目を擦り始めました。

「コーヒー飲んだのに、眠いわ……アタシも疲れたのね」

「そりゃあ、夜ですからね。起きてしまわないように、豆も違いますし少し工夫して淹れたんですよ」

 特にタニアはブラックで飲んでいないので、だいぶ眠たいようです。
 ラミルもそう意識すると、少し眠たくなってきました。欠伸をして、口に手をぽふっと当てます。

「あふぁふ。……そうだ、イアおばさん。ちょっと寝る前に一つだけ訊きたいことがあるんですけど……良いですか?」

「おや、どうされましたか?」

 ラミルは少しだけ残っていたコーヒーを飲み干してから、イアおばさんの方を向きます。

「お昼に、昔神獣様に会ったことがあるって言っていたじゃないですか。……ぼくとしーちゃんも、その二人のようになれると思いますか? 出来れば、その時の二人の様子も訊きたいというか」

 この試練の目的は、子パッカと『本当の友達』になること。でも、あの時の二人を見てもその『本当の友達』とはどういう物かは分かりませんでした。
 信頼を築くということしか分からないので、少しでもヒントが欲しいのです。
 イアおばさんはニコニコと目を細めて、昔を懐かしむように笑いました。

「私たちがお会いした時は、あくまで事務的なやり取りだけでしたから……雰囲気でしかいえませんが、親友というよりも戦友という感じでしたかねぇ」

 戦友。
 ただ『本当の友達』と言われるよりは、だいぶ具体的な目標が出来たような気がします。
 ラミルはふむふむと頷いてから、グッと拳を握りました。

「じゃあ誰彼構わず喧嘩を売ればいいかな!」

「戦友ってそういうことじゃないと思うわよ? あふぁふ」

 雑なボケにも、欠伸混じりながらもツッコミを入れてくれるタニア。本当にいい子です。
 そんな二人を見て、ビンゴおじさんとイアおばさんも楽しそうに笑いました。

「さ、それじゃあもう今夜は寝ましょう。明日も坊ちゃんたちは、明日も早いんでしょう?」

「そうですな。元気な旅は良い睡眠からですぞ!」

 若者よりも元気いっぱいな二人に、ほんの少しだけラミルとタニアは気圧されつつ……ペコっと頭を下げました。

「はい。……じゃあ、おやすみなさいビンゴおじさん、イアおばさん」

「おやすみなさい」

 ややフラフラになりながら、部屋に戻るラミルとタニア。そしてガチャっと扉を開けると……そこでは、何故か子パッカが全部の掛け布団でグルグル巻きになって寝ていました。

「「なんで?」」

「きゅい~……きゅい~……」

 寝息を立てて気持ちよさそうに眠る子パッカ。昨日の夜にタニアと寝ていた時は、ここまでの寝相の悪さは発揮していませんでした。もしかすると、部屋が寒かったのかもしれません。
 しかし疲れて眠たい二人は、暫し固まった後……もう一つのベッドに移動しました。

「じゃあアタシ、しーちゃんと寝るからアンタの毛布ちょうだい?」

「横暴が過ぎない?」

 スッと手を出すタニアに、苦笑と共にノーを突き付けるラミル。そしてベッドに上がると、その横をポンポンと叩きました。

「一緒に寝ればいいじゃん。ぼくらそんなに大きくないから、ベッドに空きはあるし」

「えっ……はっ、はぁ!? ちょっ、アンタ何言って……!?」

 顔を真っ赤にして大慌てになるタニア。しかしラミルは眠気が限界なのか、脇を開けたままコロンと横になってしまいました。

「風邪ひいちゃだめだから、ほら、はやく……」

「え、え、あ……あうあう、えっ」

 再度、ポンポンと横を叩くラミル。タニアは顔を真っ赤にしながらもその横にそっと寝転ぶと、掛け布団を半分だけ自分にかけました。

「へ、へへへへ、変な所触らないでよ!?」

「だいじょうぶ、そういうのは……けっこんしてから、って、ははうえがいってた……から……すぅ」

「けっ!?」

 爆弾発言を投下した後、完全に沈黙してしまうラミル。タニアはその言葉の真意を訊き出せず、心臓をバクバクさせながらその横で目を開けます。
 果たして彼女は……今夜、眠ることが出来たのでしょうか。

                                       第2章へつづく
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