上 下
7 / 40
第一章 旅立ち

②-1

しおりを挟む
「ミルベライトクッキーって、なんていうか随分と簡単な試練ねぇ」

 ミルベライトクッキーというのは、グラーノ領の特産品である小麦とミルベライトという乳牛から取れる牛乳で作られたクッキーです。
 外はサクッ、中はとろりと甘いクッキーは少し高級品ですが……贈答品として他領や他国の人にも大人気です。

「でもうちの領地で一番有名なのは、ミルベライトクッキーだからね。それを選ぶなんて案外しーちゃんは、グルメなのかもね」

「きゅい」

 どやっ、と胸を張る子パッカ。そう、子パッカは味が分かるタイプの神獣なのです。

「じゃあ早速その辺で買ってきて食べる?」

「きゅいきゅい」

 タニアが提案すると、子パッカはフルフルと首を振ります。なんでだろうとタニアが首をかしげると、ラミルは鏡面を指さします。

「ここに『とっても美味しい』って書いてあるからね。一番美味しいミルベライトクッキー……つまり、作り立てじゃなくちゃダメなのかも」

「……じゃあ、ルベライトに行ってそこで直接買うの? 直搾りミルクとかで作られた奴を?」

 タニアが頬を引きつらせながら言うと、子パッカは楽しそうに頷きました。ルベライトに行くまでの距離を知っているタニアは、あちゃーと顔を覆います。

「しーちゃん、グルメね……」

「きゅい!」

 再度褒められ、胸を張る子パッカ。……勿論、この場合は決して褒められている文脈では無いかもしれませんが、彼は得意げです。
 そんな子パッカを撫でつつ、ラミルは更に鏡に問いかけます。

「鏡よ鏡、鏡さん。期限はいつまでですか?」

『貴方達は全部で五つの『聖なる泉』に行く必要があります。次の目的地はチューターの『聖なる泉』です。そこには次の満月の日までに辿り着いてください』

 この指令の期限をきいたはずなのに、試練全体の期限について語り出す鏡。ラミルが首をかしげると、鏡は更に文字を続けました。

『チューターの『聖なる泉』に行くまでに、三つの指令をこなして貰います。三つこなせるよう、時間配分をしてください』

「……なるほど」

 次の満月といえば、二十日後です。つまり二十日以内に全ての指令を終えて、チューターの『聖なる泉』へ行かねばならないということです。
 ラミルは腕を組んで、脳内でシミュレーションをします。

「ここからチューターまでは、普通に歩いたら二週間くらいかな? 途中でヨーコーを通らないといけないし、あの辺はグラーノよりも魔物が強力だからぼくらだけじゃ難しいね」

「歩きってアンタ、馬車なりなんなりに乗ればいいじゃない」

 タニアが言うと、ラミルは少し苦い顔をして首を振ります。子パッカはその仕草を真似した後に、何故かラミルによじ登り出しました。
 ラミルは子パッカをよいしょと背負い、一緒に揺れながら口を開きます。

「馬車はダメなんだよ。他の乗り物もね」

「そうなの? ああまぁ、確かに完全レンタルしたら高いけど、寄合馬車ならそんなでも無いはずよ」

「費用の問題じゃないんだ。そもそも、経費として認められたら後でお金返ってくるし」

 そもそも、交通費や食費などは試練の経費として計上すれば、各地の冒険者ギルドや領主から精算してもらえます。
 だから道中の現金はまだしも、最終的な金額はそこまで気にしなくて良いのです。
 つまり、今回の試練で馬車を使えないのは別の理由があるということです。

「しーちゃんは、神獣様だからね。他の生き物の背に乗ったりしてはいけないんだ」

「きゅいきゅい」

 子パッカはラミルの背で、その通りと言わんばかりにコクコクと頷きます。タニアは「やっぱり神獣は色々あるのね」なんて納得しかけ――

「いや今、思いっきりアンタの背に乗ってるけど!?」

 ――目の前に広がる矛盾に、思いっきりツッコミを入れました。

「そもそも馬車って他の生き物の背じゃないし!」

「いやまぁ、そうなんだけど。これは試練だから、しーちゃんとぼくの足でしっかり歩かないといけないんだって」

「それなら最初からそう言いなさいよ」

 大きくため息をつくタニア。彼女はラミルの背でるんたるんたと踊る子パッカに手を伸ばします。

「じゃあアタシの背中には乗ってくれないのね」

「きゅい~きゅいきゅい」

 しょうがないにゃあ、みたいな顔をしてタニアの背に飛び乗る子パッカ。他の生き物の背に乗らないとは何だったのでしょうか。

「鏡よ鏡、鏡さん。……結局、他の生き物の背に乗っていいんですか?」

 ちょっと困惑した様子のラミルが鏡に問いかけると、鏡面に波紋が広がって文字が浮かび上がってきました。

『試練は、自分たちの足でなるべく進んでください。川や崖は別ですけどね? ただ、神獣は自身が認めた生き物の背にしか乗りません。それは絶対です』

 自分の認めた生き物の背。
 なるほど、それならばラミルとタニアの背に乗れた理由も分かります。ラミルは自分が納得できる理由が知れたので満足して、タニアの方を向きます。

「じゃあタニアちゃん、そろそろ行こうか。さっきも言った通り、移動だけで二週間はかかるから……三つの試練を、二日ずつで終わらせないと間に合わなくなっちゃう」

 チューターまで、直線距離だけであれば休みなしで歩いて四日くらいでしょう。しかし道中では大きい山もあるし、整備されていない道もありますから……ラミルの言った二週間というのは、大きいバッファを込めた数値です。
 タニアは商人の娘として、両親の買い付けなどで他領に行く機会もありますから納得した様子です。
 ……でも、子パッカだけは何でそんなに時間がかかるのか分からないようです。首をかしげて、タニアの背から降りると走るような仕草をします。

「きゅい、きゅい」

「走ればもっと早く付くって? うーん……ごめんね、ぼくらは休みながらじゃないと進めないんだ」

「きゅい~」

 あまりピンと来ていない様子ですが、取り敢えず納得したように頷く子パッカ。彼の同意も取れたところで、ラミルはぐっと拳を握ります。

「じゃあ、まず最初はミルベライトクッキーだ! 行くぞー!」

「おー!」

「きゅいー!」

 ノリノリの二人と、歩き出します。
 ――グラーノ領で一番大きい牧場を目指して。


                                           つづく
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

処理中です...