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序章
序章②_1
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序章 その2
神獣パッカの前と知ったタニアは、大慌てでラミルの真似をします。しかし、パッカはゆっくりとラミルたちの前まで歩いてくると……サムズアップを突き出しました。
「え……?」
急に拳を突き出されて、硬直してしまうタニア。そんな彼女を見て、神獣パッカは微笑みを浮かべます。
『どうしました? ヒトの子の挨拶なのでしょう?』
空間全てを覆い潰してしまいそうなほどの威圧感。明らかに人と違うそれに圧され、タニアは息をすることもままならず硬直してしまいます。
しかし……そんな神獣パッカを前にして、ラミルは胸を張って立ち上がりました。
「はい。亡き母に教わった、彼女の故郷に伝わっていた挨拶です」
『ほう』
そう言って、巨大な手がずいっとラミルの前に差し出されます。ラミルはそれに対して彼もサムズアップし、拳と拳を突き合わせました。
神獣パッカは満足そうにうなずくと、横を向きます。するとそこには――背筋が伸びた、美しい老婆が立っていました。
「神獣様に物怖じしないのは素晴らしいですね。流石は次代の司祭候補なだけあります。さ、泉から出てこっちにいらっしゃい」
笑顔の老婆が手招きするので、二人は一旦泉から出て彼女の前へ。そして渡されたタオルでごしごしと顔や髪を拭います。
ある程度滴る水を拭きとったところで、ラミルは背筋を伸ばして目の前の老婆に頭を下げました。
「初めまして、司祭様」
「ええ、初めまして。あの挨拶は、私にはやってくださらないんですの?」
そう言ってサムズアップを突き出す司祭様。ラミルは同じようにこつんとぶつけると、タニアの方を見た。
「ほら、タニアも挨拶」
「うぇっ!? えっ……あ、えーっと」
タニアはおずおずと拳を突き出し、こつんとぶつけました。そしてそそくさとラミルの後ろに隠れます。
『ヒトの子は、恥ずかしがり屋なのでしょうか』
「貴方が怖いんですよ、パッちゃん」
『む……』
神獣パッカは少し悲しそうな顔になってしょげていると、パッカの足元でキャッキャと遊んでいた小さい魔物――否、パッカの子どもがラミルに駆け寄ります。
「きゅい」
「……えーっと、もしかしなくても。もしかしてキミ……パッカ様の子ども……? っていうか、パッカ様がいるってことは……ここは『聖なる泉』……?」
「きゅいっ!」
どんっ、とふんぞり返りながら胸を叩くパッカの子。そして叩いたところが痛かったのか、少し悲しい表情で胸をさすります。
その様子を見ながら、司祭様がクスクスと笑いました。
「子パッカと仲良くなれたようで、何よりです」
「えーっと……仲良くなれたんでしょうか」
苦笑しつつ、首をかしげるラミル。そんな彼に対して、神獣パッカは嬉しそうに語り掛けます。
『ええ。坊やがまさか、挨拶をしてくれるなんて思いませんでしたよ。余程、ヒトの子のことが気に入ったのでしょうね』
「きゅーいきゅい」
手を合わせて喜ぶ神獣パッカと、その仕草を真似る子パッカ。その様子を見ていたタニアが、後ろからラミルに話しかけます。
「ね、ねぇ……『連星』って何?」
「ぼくも今日言われて初めて知ったんだけど、次期司祭様になる人……らしい」
「えっ!? あんたが!? っていや、それ以上に……じゃあ、あたしここにいたらダメなんじゃない!? えっ、処罰される!? 処刑される!?」
大慌てでラミルに抱き着くタニア。そんな彼女の様子を見て、司祭様はケラケラと笑います。
「まさか、子パッカが『連星』の子以外も連れてくるとは思いませんでしたが……そんなに怯えずとも大丈夫ですよ。パッちゃんも、しょせん子パッカのお父さんですから」
『どういう意味ですか、マーキュー』
「親しみやすいという意味ですよ」
ほんわかした雰囲気で柔らかく笑う司祭様。ややもすれば無礼ともとれる発言をしながらも、神獣パッカが怒る素振りを見せないため……タニアはほんの少し緊張を解きます。
一方、ラミルは逆に緊張感を持って二人を見つめます。
「あの……ぼくは、一体どうして呼ばれたんでしょうか」
「あら、子パッカ。説明しなかったのですか?」
「きゅい? きゅいきゅい!」
「ふむ、説明したと言っていますね。貴方達、話を聞いていましたか?」
「いやぼくら、人間の言葉しか分からないんですよっ!」
思わずツッコミを入れるラミル。その反応を見て司祭様はまたケラケラと笑います。どうも、だいぶお茶目なお婆ちゃんのようです。
司祭様はひとしきり笑った後、子パッカの肩を掴みました。
「まぁ、まだ試練も終わっていないのに喋れるわけありませんね。――貴方達が呼ばれたことには、特に意味はありませんよ。子パッカが会いたいと言ったので会いに行かせたら、気に入って連れて帰って来ただけですから」
『とはいえ、手間が省けましたがね。どのみち、『連星』となるヒトの子には私が会わねばなりませんから』
そう言って神獣パッカは手で、泉の水を掬いあげます。そしてその水に彼の頭にある花を映すと……その像が揺らめき、水の中から鏡が出現しました。
薄桃色の花びらの模様で縁取りされた、人の顔ほどの大きさの鏡です。それを神獣パッカが子パッカに持たせると、子パッカはふんすふんすと張り切ってラミルの前まで持ってきました。
「きゅいっ!」
「こ、これは……?」
突き出された鏡を受け取り、困惑するラミル。
「それは魔法道具、『パッカの鏡』。『連星』であることの証明であり、試練を突破するために必須の道具ですよ」
そう言って司祭様は、指を鳴らします。すると彼女の前にも、『パッカの鏡』が現れました。ただ、今神獣パッカが生み出した物と違い……ところどころ、色が褪せています。
「司祭になっても使いますからね、わたくしの物は大分ボロくなってしまいました」
『だから新しいのを上げると、何度も言っているでしょう』
「何度も言わせないでください。この鏡は貴方と共に生きた証です、これ以上の物はありません」
キッパリと告げる司祭様。そしてラミルの方に鏡を向けると――その鏡面には、先ほどのアッシュワローの姿が映りました。
元気に一羽で力強く羽搏く姿は――ラミルの記憶にある、親元から離れられない小鳥の面影はありません。
「便利でしょう? この通り、この鏡は『望むものをなんでも映し出してくれる』んです。今は、貴方の心配事を映し出してみました」
少し得意げな司祭様。彼女がすっと鏡面に手をかざすと、映像がふっと消えました。
「貴方はこの鏡を手に、子パッカと五つの『聖なる泉』を回ってもらいます。その過程で子パッカに様々な経験を――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
流れるように説明に入った司祭様の言葉を遮り、ラミルは一歩踏み出します。子パッカはその姿を見て、真似するように司祭様の方へ一歩踏み出しました。
そしてグッと拳を握ると……覚悟を決めたように口を開きます。
「……あの、絶対にぼくがやらないといけないんですか?」
「あら、イヤですか? 結構楽しいですよ、司祭」
「い、イヤとかじゃなくて……ぼく、魔物学者になりたいんです」
司祭様はそんなラミルの言葉を聞いて、なるほどと頷くと笑みを浮かべました。
「なればいいじゃないですか。この国の危機でも訪れない限り、司祭は自由に動けますから。現に、わたくしは古代の文献の研究を行っていますから」
「へ」
キョトンとするラミルに、司祭様は優しく語り掛けます。
「勿論、暇なわけではありませんし……専門に研究している方に比べれば劣ります。しかし、決して夢を諦めなければいけないわけではありませんよ」
「そう……なんですか?」
「はい。むしろ『連星の試験』を突破出来るかどうかの方が問題です」
優しい笑みから、真剣な物に切り替える司祭様。彼女は自分の『パッカの鏡』に何かを映し出します。
そこには、三人の人間の顔が映っていました。
「少なくとも、現時点で三人の候補がいます。貴方が断るなら、この候補に話が行きます。ただ……貴方は神獣パッカが見定めた、第一候補。当然、断れば貴方の家に厳罰が課せられます」
厳罰、という言葉に身を硬直させるラミル。司祭様はそんな彼を見て、さらに言葉を続けます。
「あくまで『連星の試練』ですから、失敗すれば貴方は『連星』の資格を失います。その場合は特にペナルティはありませんので、どうしてもなりたく無ければ試練に失敗すれば良いのです」
「え……成功とか失敗とか、あるんですか?」
「試練ですから。というか、その説明をする前に貴方が割り込んだから話がややこしくなっているんでしょう?」
めっ、と言わんばかりにラミルの鼻を突く司祭様。子パッカも真似して、タニアのお腹を突きます。
「ぴゃあっ!」
驚いて飛び上がるタニア。その様子を見て、ラミルは子パッカと視線を合わせてから首を振ります。
「子パッカ様、女の子のお腹を突いたらダメだよ。ほら、こうやってごめんなさいしないと」
そう言ってタニアに頭を下げるラミル。子パッカは真似して、タニアに頭を下げました。
「……えーっと、子パッカ様。仲良しの相手でも、お腹を突いたらダメなのよ。めっ」
「きゅい……」
二人から怒られてしゅんとしょげる子パッカ。タニアは少し可哀そうになり、子パッカの頭をよしよしとなでる。
「もう仲良しねぇ。お話の続きをしてもよいかしら?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
慌てて司祭様に向き直るラミル。司祭様はコホンと咳払いすると、話を続けます。
「まず、貴方は『連星』に選ばれて『連星の試練』を受けて貰います。この試練は五つの『聖なる泉』に子パッカと共に足を運び、期日内に儀式を行うのが主な内容です」
「はい」
「しかし、ただ『聖なる泉』へ行けば良いわけではありません。道中は『パッカの鏡』に映し出された指令をこなしながら向かってもらいます。この指令と期日までの儀式が、主な試練の内容です」
「儀式とはどういうことをすればよいのですか?」
ラミルの疑問には、神獣パッカが答えます。
『単純です。指定された『聖なる泉』で、坊やと共に鏡を見せてくれれば良いです』
それで儀式になるのだろうか――そう一瞬思ったものの、特に何も言わず頷きました。相手は神獣、人智を越えた生き物なのですから。
人間とは違う理で生きているのでしょう。
「もし期日に間に合わない、指令が完遂出来ない――そうなった場合は、貴方の『連星』としての資格……つまり『パッカの鏡』が砕け散ります。そうなれば次の候補が『連星』となって子パッカと共に最初から『連星の試練』を行います」
「……その指令が、難しいんですか?」
絞り出すようにラミルが訊くと、司祭様は苦笑しました。
「勿論、難しい場合もありますが……それ以上に、共にパッちゃんの前に来る方がはるかに難しいのです。この試練の真の目的は、子パッカと信頼関係を築くことですから」
そう言った司祭様の視線の先には、子パッカがいます。タニアとスモウをしながら、きゃっきゃとはしゃいでいる子パッカが。
一見、ただ無邪気に遊んでいるだけの子パッカ。しかしその姿を見て、ラミルは思考を巡らせました。
神獣パッカの前と知ったタニアは、大慌てでラミルの真似をします。しかし、パッカはゆっくりとラミルたちの前まで歩いてくると……サムズアップを突き出しました。
「え……?」
急に拳を突き出されて、硬直してしまうタニア。そんな彼女を見て、神獣パッカは微笑みを浮かべます。
『どうしました? ヒトの子の挨拶なのでしょう?』
空間全てを覆い潰してしまいそうなほどの威圧感。明らかに人と違うそれに圧され、タニアは息をすることもままならず硬直してしまいます。
しかし……そんな神獣パッカを前にして、ラミルは胸を張って立ち上がりました。
「はい。亡き母に教わった、彼女の故郷に伝わっていた挨拶です」
『ほう』
そう言って、巨大な手がずいっとラミルの前に差し出されます。ラミルはそれに対して彼もサムズアップし、拳と拳を突き合わせました。
神獣パッカは満足そうにうなずくと、横を向きます。するとそこには――背筋が伸びた、美しい老婆が立っていました。
「神獣様に物怖じしないのは素晴らしいですね。流石は次代の司祭候補なだけあります。さ、泉から出てこっちにいらっしゃい」
笑顔の老婆が手招きするので、二人は一旦泉から出て彼女の前へ。そして渡されたタオルでごしごしと顔や髪を拭います。
ある程度滴る水を拭きとったところで、ラミルは背筋を伸ばして目の前の老婆に頭を下げました。
「初めまして、司祭様」
「ええ、初めまして。あの挨拶は、私にはやってくださらないんですの?」
そう言ってサムズアップを突き出す司祭様。ラミルは同じようにこつんとぶつけると、タニアの方を見た。
「ほら、タニアも挨拶」
「うぇっ!? えっ……あ、えーっと」
タニアはおずおずと拳を突き出し、こつんとぶつけました。そしてそそくさとラミルの後ろに隠れます。
『ヒトの子は、恥ずかしがり屋なのでしょうか』
「貴方が怖いんですよ、パッちゃん」
『む……』
神獣パッカは少し悲しそうな顔になってしょげていると、パッカの足元でキャッキャと遊んでいた小さい魔物――否、パッカの子どもがラミルに駆け寄ります。
「きゅい」
「……えーっと、もしかしなくても。もしかしてキミ……パッカ様の子ども……? っていうか、パッカ様がいるってことは……ここは『聖なる泉』……?」
「きゅいっ!」
どんっ、とふんぞり返りながら胸を叩くパッカの子。そして叩いたところが痛かったのか、少し悲しい表情で胸をさすります。
その様子を見ながら、司祭様がクスクスと笑いました。
「子パッカと仲良くなれたようで、何よりです」
「えーっと……仲良くなれたんでしょうか」
苦笑しつつ、首をかしげるラミル。そんな彼に対して、神獣パッカは嬉しそうに語り掛けます。
『ええ。坊やがまさか、挨拶をしてくれるなんて思いませんでしたよ。余程、ヒトの子のことが気に入ったのでしょうね』
「きゅーいきゅい」
手を合わせて喜ぶ神獣パッカと、その仕草を真似る子パッカ。その様子を見ていたタニアが、後ろからラミルに話しかけます。
「ね、ねぇ……『連星』って何?」
「ぼくも今日言われて初めて知ったんだけど、次期司祭様になる人……らしい」
「えっ!? あんたが!? っていや、それ以上に……じゃあ、あたしここにいたらダメなんじゃない!? えっ、処罰される!? 処刑される!?」
大慌てでラミルに抱き着くタニア。そんな彼女の様子を見て、司祭様はケラケラと笑います。
「まさか、子パッカが『連星』の子以外も連れてくるとは思いませんでしたが……そんなに怯えずとも大丈夫ですよ。パッちゃんも、しょせん子パッカのお父さんですから」
『どういう意味ですか、マーキュー』
「親しみやすいという意味ですよ」
ほんわかした雰囲気で柔らかく笑う司祭様。ややもすれば無礼ともとれる発言をしながらも、神獣パッカが怒る素振りを見せないため……タニアはほんの少し緊張を解きます。
一方、ラミルは逆に緊張感を持って二人を見つめます。
「あの……ぼくは、一体どうして呼ばれたんでしょうか」
「あら、子パッカ。説明しなかったのですか?」
「きゅい? きゅいきゅい!」
「ふむ、説明したと言っていますね。貴方達、話を聞いていましたか?」
「いやぼくら、人間の言葉しか分からないんですよっ!」
思わずツッコミを入れるラミル。その反応を見て司祭様はまたケラケラと笑います。どうも、だいぶお茶目なお婆ちゃんのようです。
司祭様はひとしきり笑った後、子パッカの肩を掴みました。
「まぁ、まだ試練も終わっていないのに喋れるわけありませんね。――貴方達が呼ばれたことには、特に意味はありませんよ。子パッカが会いたいと言ったので会いに行かせたら、気に入って連れて帰って来ただけですから」
『とはいえ、手間が省けましたがね。どのみち、『連星』となるヒトの子には私が会わねばなりませんから』
そう言って神獣パッカは手で、泉の水を掬いあげます。そしてその水に彼の頭にある花を映すと……その像が揺らめき、水の中から鏡が出現しました。
薄桃色の花びらの模様で縁取りされた、人の顔ほどの大きさの鏡です。それを神獣パッカが子パッカに持たせると、子パッカはふんすふんすと張り切ってラミルの前まで持ってきました。
「きゅいっ!」
「こ、これは……?」
突き出された鏡を受け取り、困惑するラミル。
「それは魔法道具、『パッカの鏡』。『連星』であることの証明であり、試練を突破するために必須の道具ですよ」
そう言って司祭様は、指を鳴らします。すると彼女の前にも、『パッカの鏡』が現れました。ただ、今神獣パッカが生み出した物と違い……ところどころ、色が褪せています。
「司祭になっても使いますからね、わたくしの物は大分ボロくなってしまいました」
『だから新しいのを上げると、何度も言っているでしょう』
「何度も言わせないでください。この鏡は貴方と共に生きた証です、これ以上の物はありません」
キッパリと告げる司祭様。そしてラミルの方に鏡を向けると――その鏡面には、先ほどのアッシュワローの姿が映りました。
元気に一羽で力強く羽搏く姿は――ラミルの記憶にある、親元から離れられない小鳥の面影はありません。
「便利でしょう? この通り、この鏡は『望むものをなんでも映し出してくれる』んです。今は、貴方の心配事を映し出してみました」
少し得意げな司祭様。彼女がすっと鏡面に手をかざすと、映像がふっと消えました。
「貴方はこの鏡を手に、子パッカと五つの『聖なる泉』を回ってもらいます。その過程で子パッカに様々な経験を――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
流れるように説明に入った司祭様の言葉を遮り、ラミルは一歩踏み出します。子パッカはその姿を見て、真似するように司祭様の方へ一歩踏み出しました。
そしてグッと拳を握ると……覚悟を決めたように口を開きます。
「……あの、絶対にぼくがやらないといけないんですか?」
「あら、イヤですか? 結構楽しいですよ、司祭」
「い、イヤとかじゃなくて……ぼく、魔物学者になりたいんです」
司祭様はそんなラミルの言葉を聞いて、なるほどと頷くと笑みを浮かべました。
「なればいいじゃないですか。この国の危機でも訪れない限り、司祭は自由に動けますから。現に、わたくしは古代の文献の研究を行っていますから」
「へ」
キョトンとするラミルに、司祭様は優しく語り掛けます。
「勿論、暇なわけではありませんし……専門に研究している方に比べれば劣ります。しかし、決して夢を諦めなければいけないわけではありませんよ」
「そう……なんですか?」
「はい。むしろ『連星の試験』を突破出来るかどうかの方が問題です」
優しい笑みから、真剣な物に切り替える司祭様。彼女は自分の『パッカの鏡』に何かを映し出します。
そこには、三人の人間の顔が映っていました。
「少なくとも、現時点で三人の候補がいます。貴方が断るなら、この候補に話が行きます。ただ……貴方は神獣パッカが見定めた、第一候補。当然、断れば貴方の家に厳罰が課せられます」
厳罰、という言葉に身を硬直させるラミル。司祭様はそんな彼を見て、さらに言葉を続けます。
「あくまで『連星の試練』ですから、失敗すれば貴方は『連星』の資格を失います。その場合は特にペナルティはありませんので、どうしてもなりたく無ければ試練に失敗すれば良いのです」
「え……成功とか失敗とか、あるんですか?」
「試練ですから。というか、その説明をする前に貴方が割り込んだから話がややこしくなっているんでしょう?」
めっ、と言わんばかりにラミルの鼻を突く司祭様。子パッカも真似して、タニアのお腹を突きます。
「ぴゃあっ!」
驚いて飛び上がるタニア。その様子を見て、ラミルは子パッカと視線を合わせてから首を振ります。
「子パッカ様、女の子のお腹を突いたらダメだよ。ほら、こうやってごめんなさいしないと」
そう言ってタニアに頭を下げるラミル。子パッカは真似して、タニアに頭を下げました。
「……えーっと、子パッカ様。仲良しの相手でも、お腹を突いたらダメなのよ。めっ」
「きゅい……」
二人から怒られてしゅんとしょげる子パッカ。タニアは少し可哀そうになり、子パッカの頭をよしよしとなでる。
「もう仲良しねぇ。お話の続きをしてもよいかしら?」
「あっ、ご、ごめんなさい」
慌てて司祭様に向き直るラミル。司祭様はコホンと咳払いすると、話を続けます。
「まず、貴方は『連星』に選ばれて『連星の試練』を受けて貰います。この試練は五つの『聖なる泉』に子パッカと共に足を運び、期日内に儀式を行うのが主な内容です」
「はい」
「しかし、ただ『聖なる泉』へ行けば良いわけではありません。道中は『パッカの鏡』に映し出された指令をこなしながら向かってもらいます。この指令と期日までの儀式が、主な試練の内容です」
「儀式とはどういうことをすればよいのですか?」
ラミルの疑問には、神獣パッカが答えます。
『単純です。指定された『聖なる泉』で、坊やと共に鏡を見せてくれれば良いです』
それで儀式になるのだろうか――そう一瞬思ったものの、特に何も言わず頷きました。相手は神獣、人智を越えた生き物なのですから。
人間とは違う理で生きているのでしょう。
「もし期日に間に合わない、指令が完遂出来ない――そうなった場合は、貴方の『連星』としての資格……つまり『パッカの鏡』が砕け散ります。そうなれば次の候補が『連星』となって子パッカと共に最初から『連星の試練』を行います」
「……その指令が、難しいんですか?」
絞り出すようにラミルが訊くと、司祭様は苦笑しました。
「勿論、難しい場合もありますが……それ以上に、共にパッちゃんの前に来る方がはるかに難しいのです。この試練の真の目的は、子パッカと信頼関係を築くことですから」
そう言った司祭様の視線の先には、子パッカがいます。タニアとスモウをしながら、きゃっきゃとはしゃいでいる子パッカが。
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