サンドアートナイトメア

shiori

文字の大きさ
上 下
9 / 15

第五話「ゴーストテクスチャー」1

しおりを挟む
 失った意識の中で、これまでの日々の記憶が呼び起こされる

 今へと続く糸の繋ぎを確かめるように、過去へ遡っていく

 どうしてこんなことになったのか

 その真相を探るように、どこかにヒントがないかと記憶を巡る

 目覚めた先に、答えが出ていることを願って


第五話「ゴーストテクスチャー」


「私はね、ウサギを殺したことがあるの」

 これは真美と過去に話した時の記憶だ。

 消灯時間が過ぎてしばらくして、眠れなかったのかやってきた突然カーテンを開いて真美がベッドの横に座って、一人語りをするようにずっと話していた。
 真美にだって不安になることはきっとあるだろう、不安に駆られ聞いてほしいと思うことだったあるはずで、嫌な事を思い出して、一人で抱えるのがつらかったのかもしれない。

 あまり楽しい話ではないからずっと忘れていた。その時、こう話し始めた真美はどうしてか笑っていたが、それは冷笑であり、その声を私はずっと聞いていて、その奥底には寂しげな哀愁も秘めていることが感覚的に分かった。

「殺したのは幼稚園で飼われていたウサギだった。そのウサギの世話を私は毎日やらされていた。

 先生は私がウサギの世話をしているのが、ウサギが好きだからしていたと思っていたそうだけど、私がウサギの世話をしていたのは、他の人が誰もお世話をしないのを見て可哀想に思ったから。

 みんなで飼育するルールだったのに、子どもって勝手だから、面倒くさくなったらやらなくなっちゃうの、飼われている側からすれば迷惑な話よね。

 でも先生はその事に気付かなかった、だってウサギは私に懐いていたから。周りと馴染まずに、ウサギの世話をする私を見て、先生はこれで正しいと思った。私は、受け入れたくはなくても、その事を分かってしまった。

 でもね、段々とめんどくさくなっていったのよ。

 私がお世話をしていないと、ウサギが可哀想だと先生は頻繁に私を注意するようになった。

 本当はウサギの世話なんてしたくないのに、本当は悪いのは私じゃなくて、知らんぷりをしているみんなのはずなのに。

 気付けば善意でやっていた行為も、苦痛を覚えるようになった。


 ”だからね、この子がいなくなれば楽になれる”って思ったの。


 檻の中で、何も自分で出来ない獣、人の善意や悪意にも気づかずに、ただあるがままにそこにいるだけの存在。その時の私にはそう見えた。

 もう、ちゃんとお世話をしてもらえないような可哀想な生き物。

 そんなに誰にも必要とされてないんだったら、死んでしまったって構わないだろうって。

 殺すのは簡単だった。簡単だったのがいけないのかもしれない。もう少し抵抗してくれたら、踏みとどまったかもしれないのに。

 でも、血まみれになって動かなくなった頃には、もう全部遅かった。

 あぁもう少し上手に、痛くない様に殺してあげればよかった、手を洗いながらそんなことを思いながら、私は家に帰った。


 翌日には、それはもう大騒ぎになったけど、私はもうお世話をしなくていいんだと安心していた。

 私が檻の中で死んでいるウサギの前で可哀想だと泣いて見せると、もう私を問い詰める人はいなかった。子どもの何人かは私を疑ってはいたけれど、話しが大きくなるのを恐れて先生たちが火消しに回ってくれたおかげで、大事にはならなかった」


 長い話しを話し終えた真美は、虚ろなまま黙ってしまった。


「どうして私にそんな話をしてくれたの?」

「・・・郁恵には間違ってほしくないからよ」

 私の問いにそう答えた真美は、普段よりも怪訝に見えた。

「私、そんなことしないよ。それに目の見えない私に誰かを殺したりなんてできないもの」

「そうね、でもね、覚えてほしかったの。大切なのは殺せない事じゃなくて、殺さない事だって。人の心は簡単に揺るぎ、傷つき、変異していくものだから。だから、意思を強く持つことが大切なの。
 私のようにならないためにはね」

 ”私のようにならないため”というのがどういうことなのか、それが”今の真美”のことを指すのか、”昔の真美”のことを指すのかの判断はつかなかった。

 本当に真美が普通の人間だったらここにいない、普通とは何か、健康とは何か、それを論じればキリがないけれど、真美はどこかで今も償い続けているのかもしれない。

 苦しみが続くことで、償い続けているのかもしれない、そう思うと何か正解か分からなくても、今の話しが意味を持って繋がりを持っているように感じられた。



 そして、さらにまた別の記憶が映し出された。

「どうして? 郁恵は私が怖くないの? どうして拒絶したり、軽蔑したりしないの?」

「それはこの前の続き?」

「そうよ、だって私は誰から見たって醜い人間だもの」

「じゃあ、私は弱くて可哀想だから構ってくれるの? 誰にも愛されない孤独な人間だから」

「そうだとしたら、どうするの?」

「私には真美は勿体ない、もっと真美は立派な人になれると思うわ」

「それが郁恵の本心なのね。そんなことを言ってくれるのは郁恵だけよ。だからよ・・・、だから大切な友達なの。郁恵だけは、私の事をちゃんと見ていてくれるから、私が私を見失わない様に見ていてくれるから」

 

 私から見て真美はいつも私の話し相手になってくれて、元気そうに見えたから。でも、病院に入院している以上、五体満足であっても健康ではないはずなのに私は気付いてあげられなかった。真美は真美で事情を抱えて入院していることは分かっていなければならなかったのに。

 私が知ろうとしなかったのか、気づきもしないまま取り返しのつかないことになってしまったこと。

 真美の中にも普通でいたい、普通に話し合える友達が欲しかった、だから私なんかに構ってくれたのかもしれない。

 目が見えないことを理解して話をしてくれたこと、たくさんの物の色を教えてくれたこと、真美と話しをするのは好きだった、真美の話してくれる知識が、私の心に潤いを与えてくれた。

 どうして・・・、どうしていなくなってしまうんだろう、みんな、どうして私の前からいなくなってしまうんだろう。

 それはいつまでも報われない自分への、永遠の問いだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

三度目に会えたら

まんまるムーン
ライト文芸
 “沢見君とはどういう訳だか一度だけキスした事がある。付き合ってもいないのに…”  学校一のモテ男、沢見君と体育祭の看板政策委員になった私。彼には同じく学校一の美人の彼女がいる。もともと私とは違う世界の住人と思っていたのに、毎日顔を合わせるうちに仲良くなっていった。そして沢見君の心変わりを知った彼女は…狂暴化して私に襲い掛かってきた! そんな二人のすれ違い続けたラブストーリー。

形而上の愛

羽衣石ゐお
ライト文芸
『高専共通システムに登録されているパスワードの有効期限が近づいています。パスワードを変更してください。』  そんなメールを無視し続けていたある日、高専生の東雲秀一は結瀬山を散歩していると驟雨に遭い、通りかかった四阿で雨止みを待っていると、ひとりの女性に出会う。 「私を……見たことはありませんか」  そんな奇怪なことを言い出した女性の美貌に、東雲は心を確かに惹かれてゆく。しかしそれが原因で、彼が持ち前の虚言癖によって遁走してきたものたちと、再び向かい合うことになるのだった。  ある梅雨を境に始まった物語は、無事エンドロールに向かうのだろうか。心苦しい、ひと夏の青春文学。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハナノカオリ

桜庭かなめ
恋愛
 女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。  そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。  しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。  絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。  女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。  ※全話公開しました(2020.12.21)  ※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。  ※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。  ※お気に入り登録や感想お待ちしています。

タダで済むと思うな

美凪ましろ
ライト文芸
 フルタイムで働きながらワンオペで子育てをし、夫のケアもしていた井口虹子は、結婚十六年目のある夜、限界を迎える。  ――よし、決めた。  我慢するのは止めだ止め。  家族のために粉骨砕身頑張っていた自分。これからは自分のために生きる!  そう決めた虹子が企てた夫への復讐とは。 ■十八歳以下の男女の性行為があります。

処理中です...