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第十二話「想いの先へ」4

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「私のクラスに昨日来た転校生、その子の話を聞いたら舞と光は双子じゃなくて、その子を含めて三つ子だって。それを聞いて驚いたけど、でも、舞は引っ越してきた稗田さんのこと歓迎出来ないんでしょ?」

「唯花先輩も、ですか……、あたしって、そんなにおかしいことを言っているんでしょうか」

「簡単には受け入れられないことは分かる。でも、本当の事を知ってしまった以上、それと向き合わないといけないんじゃないかしら? 
 私は水原家の両親は、舞にはちゃんと向き合って欲しいから、本当の事を話したんじゃないかと思うの。舞が真実と向き合えるだけ成長したと、そう、認めてくれたから話してくれたんじゃないかしら?」

 私は出来るだけ言葉を選んで舞に語り掛けた。
 舞や光も、二人を育てた水原家の両親も悪くないはずだから。

「分からないです……。でも、稗田家はあたし達にとって関わりを持つべき相手じゃないって、そう思いました。だって、両親はあたし達を引き取ったおかげで、今も苦労をしてるんですから」

「でもね、舞。両親はきっと、舞と光を引き取ったことを後悔していないはずよ、むしろ感謝しているくらい。
 だって、二人は両親から愛されているんだから」

 稗田家という存在が舞を頑なにさせているのはよくわかる。
 でも、それで引き下がっていいとは思えなかった。
 私の言葉を聞いて、気持ちが揺れたのか舞の肩がビクンと震えた。
 舞にとってその言葉は、痛いくらいに心に響く言葉だった。

「それは、その言い方はずるいですよ……っ、先輩っっ!!

 あたしの親は今までもこれからも、ずっとあの二人だけなんです。だから、あたしは二人にこれ以上苦労をさせたくなかった。

 正直“怖かったんです”、あの人が突然入ってきて、あたしのこれまでに頑張ってきたことが全部意味のないちっぱけなものになってしまうのが!! 

 簡単に受け入れてしまったら、今、あたしが頑張ってる理由もなくなってしまう……。こんな自分でも出来ることがあるって、家族のための支えになってるって、そういう自分になりたかったんです……」

 感情的に自分の中で溢れ返る気持ちを吐き出す舞、揺れる舞の気持ちを落ち着かせるように、私は言葉をかけた。

「大丈夫よ、舞」

 私は舞をそっと抱き寄せて、優しく頭を撫でた。
 ずっと強がってきた舞の涙腺が緩んでいくのを私は受け止めて、自分の中に封じ込めてきた感情を話してくれたことに感謝した。

「その気持ちはご両親にも伝わっているはずだから。もう、我慢しなくていいのよ。舞だけが、そんなに頑張らなくてもいいのよ」

 舞だけが一人で頑張らなくていい、一人で我慢しなくていい、そう、私は伝えたかった。

「先輩、でも、あたし悔しいです。
 こんなあたしでも、いいですか? 
 たぶん、あたしは稗田家のこともあの人の事も、一生許せないです。それでも、あたしはあの人と一緒に暮らしていくべきですか?」

 舞が言葉を紡いでいくたびに、これまで頑なだった部分の心が少しずつ和らいで溶けていっているのを私は感じた。
 確かに稗田家のことも、突然一緒に暮らすことも簡単に受け入れられることではない、そのことは私もよく理解できることであり、ちゃんと分かってあげなければならないと感じた。

 おそらく、が一つになるには、失われた時間と同じく、現実を受け止めるだけの時間が必要なのだろう。私にはそれは想像も付かないことだが、それでも私は少しでも今を変えようと向き合おうとする気持ちを応援したくなった。

「すぐに信じるのは難しいことではないと思う。でもね、稗田さんはちゃんと思いやりのある人だと思うの、だから光は慕っているのではないかしら。
 だからね、ゆっくりでいい、お互いの事を知るところからでいい、まだまだ、人生これからなんだから、少しずつ、お互いのことを知っていきましょう」

「――――受け入れてくれるでしょうか、あたし、酷いこと言ってしまって」

 不安そうに俯く舞、その不安が杞憂であること、稗田さんとちゃんと向き合うべきである事、それが大切なことだと私は思った。

「大丈夫よ、会ってみれば分かるわ。舞と分かり合える日を、待ってくれているはずだから」

 私がそう言うと舞が小さく頷く、これで、少しずつ舞も変わろうとしている。そう信じることが出来た。

 それから私は、昨日の出来事を改めて舞に話した。舞は少し素直になったように、ハンカチを濡らしながら、その話を静かにずっと聞いていた。



「ありがとうございます、先輩」

 話しを終えて、すっかり遅くなって、日が変わろうとする頃、私と舞は着替えと戸締りを済ませてファミリアを出た。
 舞は疲れもあるだろうが、清々しい表情をしていた。

「いいのよ、ずっと心配だったから。でも、留年したって昨日聞いたのは本当に驚いたわ」
「それは、まぁ……、前々から言わないといけないなって思ってはいたんですが、なかなか直接じゃないと言い出せなくって……」
「そういうことってあるわよね……、時代が変わっても、人間って根っこの部分では、きっと変わっていないだろうから」
「顔色が見えた方が、安心することってありますから」

 私が徒歩で帰るのに対して、舞は駐輪場に停めていた自転車に乗った。
 舞のスカートは短くて、サドルに乗って足を広げると思わず下着が見えそうだった。
 夜風で一段と寒さが厳しい春風で肌寒さを全身に感じながら、上着でなんとかそれを誤魔化して、私は舞に手を振る。

「それじゃあ、夜道気を付けて」
「先輩こそ、気を付けてくださいね」

 言葉を交わして、舞は手を振って先を行った。
 ファミリアから自宅までは、舞の方がずっと遠く、唯花は歩いて来ることの出来る距離なので、普段から歩いてきていた。

「これで少しは、状況が上向いてくれるといいのだけど」

 私は世話が焼けるなぁと思いながら、三つ子が仲良くなれる時を願って、ゆっくりと晴れやかな気持ちで帰り道を歩いた。
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