上 下
35 / 47

第十二話「想いの先へ」3

しおりを挟む
 私はスタッフルームに戻ってデスクの前に座る舞の隣の椅子に腰掛けて、そっとトレイに乗せて持ってきたコーヒーカップとミルクを優しく置いた。

「ありがとうございます。今仕事終わりました、何だか気を抜いたら意識が飛びそうでした……」

 コーヒーの香ばしい香りと共に、女子校生らしい澄んだ舞の声がスタッフルームに響く。

「お疲れ様、毎日大変よね」
「そうですね、でも、
「なぁに? 好きな小説の一節?」
「分かります?」
「それは、舞の事だから」
「だって、気付いたら、こんな風になってるんですから、人間なんて分からないですよね」
「そうね、私だってそうよ」

 久々に二人でいると自然と会話が弾んで、舞もこういう時間を心待ちしていたのだなとよく分かった。
 話を聞いてあげることで舞の気が楽になるのなら、それは私にとって大歓迎なことだ。私は舞の話に耳を傾けた。

「あたし、こんな自分にも何か出来ることがあるって、そう信じたかったんです。あたしの両親は脆くて、それでも懸命にあたし達のことを一番に考えて、苦労して、傷ついて、心配させないようにして……。

 それで、あたし、分かってしまったんです、このままじゃいけないって、あたしが頑張らなきゃいけないんだって、恩返しをしていかなきゃって。

 両親が本当の親じゃなくて、あたしと光は稗田家で産まれた養子なんだって教えられた時、そんなこと思いもよらなかったから、ショックでした。

 でも、それ以上にあたしは思ったんです。二人の愛は本物なんだって。本当の親じゃないのに、そんなこと気付かせもしないくらいに立派に育ててくれた、本当に立派な大人なんだって。
 だから、あたしは二人にこれ以上苦労をさせたくなかったんです」

 私の事を信頼してくれている証拠だろう。舞は溜め込んできた気持ちを解き放つように言葉を紡いだ。
 その言葉には家族を想う強い気持ちが込められていて、表情には憂いの色が出ていて、私は胸が苦しくなるほど、舞の苦労を感じ取った。

「すみません、つい久しぶりに先輩と二人きりだから嬉しくって、ついつい自分の事ばっかり」
「舞は本当に頑張ってるもの、だからいいのよ、自分をちゃんと誇っても」
「そんなことないです、あたし、今日だって先生に説教受けて。先輩が想ってくれるような人間ではないですよ」

 よく表情をコロコロ変える舞が少し涙ぐんだ。それだけで、私は舞の苦労が全部理解できた気がした。

「でも、覚悟の上だったんでしょ?」

 私は感傷的にならず、自然を装って聞いた。

「それは、そういうところもありますけど、分からないですよ。
 冷静に考えてみれば、周りからはただやりたいことをやってるだけに見えて、あたしって滅茶苦茶ですから」
「まぁ、そうね、舞の気持ち次第なのかしら、自分を事をちゃんと知ってもらうかどうかは」
「何だか、人生相談みたいになってます?」
「いいのよ、舞がそうしたいなら、話しはいくらでも聞くわ」
「いえ、悪いですよ、せっかく二人なんだから楽しい話の方がいいでしょ?」

 舞がしおらしく遠慮がちになる、色んな表情を見せる舞を救ってあげたい気持ちになった。

「それもいいけど、私、話したかったことがあるのよ」

 時間は有限であるからこそ私は思った。
 伝えたい気持ちは、そのタイミングを逃しては、手遅れになってしまう。
 誰しもが一度は経験することだ。
 
 舞と話をするのは楽しい。でも、私は私の思っていることをちゃんと舞に伝えないと、それでたとえ舞に嫌われることになったとしても、恐れて逃げることは簡単だけど、それでは何も解決はしないから。

 稗田さんのためにも、光くんのためにも、私が言わないと……。

 今、話さなければ、一生後悔することになるかもしれないと、私はそう思って、ちゃんと現実と向き合うことに決めた。

「そうでしたね、先輩、話があるから待っていてくれたんですよね」

 そう言葉にして、舞は右手に持っていたコーヒーカップを机に置いた。
 その様子を見て、今ならばと思い、私は口を開いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

水曜日のパン屋さん

水瀬さら
ライト文芸
些細なことから不登校になってしまった中学三年生の芽衣。偶然立ち寄った店は水曜日だけ営業しているパン屋さんだった。一人でパンを焼くさくらという女性。その息子で高校生の音羽。それぞれの事情を抱えパンを買いにくるお客さんたち。あたたかな人たちと触れ合い、悩み、励まされ、芽衣は少しずつ前を向いていく。 第2回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

孤高の女王

はゆ
ライト文芸
一条羽菜は何事においても常に一番だった。下なんて見る価値が無いし、存在しないのと同じだと思っていた。 高校に入学し一ヶ月。「名前は一条なのに、万年二位」誰が放ったかわからない台詞が頭から離れない。まさか上に存在しているものがあるなんて、予想だにしていなかった。 失意の中迎えた夏休み。同級生からの電話をきっかけに初めて出来た友人と紡ぐ新たな日常。 * * * ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。 https://novelba.com/indies/works/937842 別作品、ひなまつりとリンクしています。

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

Black Day Black Days

かの翔吾
ライト文芸
 日々積み重ねられる日常。他の誰かから見れば何でもない日常。  何でもない日常の中にも小さな山や谷はある。  濱崎凛から始まる、何でもない一日を少しずつ切り取っただけの、六つの連作短編。  五人の高校生と一人の教師の細やかな苦悩を、青春と言う言葉だけでは片付けたくない。  ミステリー好きの作者が何気なく綴り始めたこの物語の行方は、未だ作者にも見えていません。    

となりのソータロー

daisysacky
ライト文芸
ある日、転校生が宗太郎のクラスにやって来る。 彼は、子供の頃に遊びに行っていた、お化け屋敷で見かけた… という噂を聞く。 そこは、ある事件のあった廃屋だった~

oldies ~僕たちの時間[とき]

ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」  …それをヤツに言われた時から。  僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。    竹内俊彦、中学生。 “ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。   [当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]

処理中です...