魔法使いと繋がる世界EP2~震災のピアニスト~

shiori

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第二十六話「私も人だから」5

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 照明が再度点灯され、舞台袖から私が背景のスクリーンに映るオーケストラの方へ向かって歩いて行くと大きな拍手が巻き起こった。


 ”本物のピアノコンクールみたいだ”


 私は舞台上に上がり、臨場感のある空気を感じると、そう思って感動を覚えた。

 白いドレスとシューズを履き歩き出すと、演奏に向かう晶子になったような気持ちでピリピリとした緊張感を感じ取った。

 観客に向けてお辞儀をして、グランドピアノの前へと向かう。
 椅子に座り、楽譜を立て、息を整えながら指でグランドピアノの鍵盤に触れる。
 緊張で指の先まで冷たくなりそうだった。

 実際にはプロジェクターを通して映る背景の中にしかオーケストラは映っていないが、私はここにオーケストラがいることをイメージしながら、毅然とした表情でそこに座った。
 
 そして、観客の見守る中、手筈通りに演奏の音楽が流れ始めた。

 後はこの演奏シーンが終われば、表彰式のシーンをこなして、この演劇は終わる。
 
 この緊張感と興奮を名残惜しく思い始めた頃、事件は起きた。

 突然、音楽も照明も消え、会場は真っ暗に変わった。
 

 ―――


 原因不明の停電か、すぐ復旧してくれるといいが、訳が分からず冷や汗が流れる。
 止まってしまった音楽を前に私は戸惑った。
 ああぁ、どうしよう……、どうしたらいいの……?


 想定外の事だとすぐに察した観客は何事かと騒がしくなり、会場中がザワザワとし始めた。観客もクラスメイトも含め、パニック状態になる寸前にまで時を立たずに追い込まれる。

 会場の動揺と同じように、私も混乱の淵に叩き落されてしまった。

 停電のせいで、もう、演劇どころではない。早く非難を優先に対応しなければと、立ち上がる人が出てきそうな、そんな気配さえも感じ取ってしまう状況だった。

 ここで終わりなの?

 どうして?

 今日までみんなで頑張ってきたのに……。

 こんな理不尽なことで、私たちの舞台を壊されたくない。

 観客席からもザワザワとした雑音が耳に届き、悔しさでいっぱいになる。

 せっかくの舞台が……、あと少しなのに……。

 勝っても負けても、そんなこと今更どうでもいい……。

 ただ、最後まで続けさせてほしい……、みんなで作り上げた演劇を。


 私は泣き出しそうな気持ちでいっぱいの中、暗闇が支配する舞台の上で手を合わせて祈った。


 ”―――お願い、おばあちゃん、最後まで舞台を続けさせて!!!!”


 声に出せない願いが、私の想いが木霊する。


 そして、諦めかけたその時、”一筋の光”が観客席から光のカーテンのように私目掛けて注がれた。


 私はその眩しい光に気付いて、視線を観客席に向けた。そこにはケータイでライトを灯して私の方に向ける、笑顔の舞の姿があった。

 私が視線を送ると、舞が頷いてくれる。

 舞はその目で言っている、まだ諦めてはダメ。”この劇は終わっていない”と、自分はまだ信じていると。


 舞の思い付きの行動に気付いた水原家の叔父と叔母も同じように私に向けてライトを向けてくれる。
 そして、その行動はさらに連鎖を続けていき、会場中が私のいる舞台の方に向き直って、思い思いのライトを灯してくれる。


 ”おねえちゃん!! がんばって!!!“


 観客から向けられるスポットライトに加えて、真奈ちゃんの可愛らしい声まで聞こえた。


 ―――だ、
 

 私は信じてくれる人たちのために、諦めたくない想いを胸に、もう一度ピアノの椅子に座って鍵盤に手を添えた。

 すると、私の想いが通じたのかザワザワと騒がしかった観客席がどんどんと静かになっていく。さらに、舞台袖から照明を手に持って浩二君と光がやってきて、純白のドレス姿の私を明るく照らす。

 ”今、湧いてくる気持ちの赴くままに自由にやってくれ”、そういう気持ちを表して、私に託していることが伝わった。

 確かに私たちは繋がっている。
 私は二人に向けて大きく頷き、グランドピアノに向き直った。

 ”この舞台をここで終わらせはしない”

 私は黒沢研二の先ほどの生演奏を思い出した。
 彼に出来たことが私に出来ないなんてことはない。
 やるんだ、私がこの手で。
 
 私の中で芽生えた決意が、みんなの想いが私に確かな勇気をくれる。


「”私も人だから”」


 私は迷いを捨て去って小さく呟いた。魔法使いの力なんかに頼らなくても奇跡を起こして見せる、私はそのためにここにいるんだから。


晶子
「―――!!!」


 私は声の出せない晶子役のことなどお構いなしに自身の心の声を代弁し会場の全ての人に向けて言い放った。決して、引き返せないところまで自分を追い込むために。

 発した大声で、心臓が高鳴る。

 今、発した言葉だけは観客と私を繋ぐための言葉、私自身の言葉。お願いだった。

 これ以上ない高揚感、意図していない、台本にはない展開であることがすぐに観客にまで伝わる叫びだった。

 会場中が私の言葉に一瞬ざわつきながらも、再び静かになって、再度私の動向を見守る。

 私は会場中の視線を感じながら、精一杯の気持ちを込めて、鍵盤を叩いた。


(特別な力なんてなくても、奇跡はきっと起こせる)


 私は”晶子”に戻って意識をピアノに集中させて、私の心からの演奏を始める。

 練習でコンクール用の課題曲もやっていたが、コンクールに出場するような演奏に届くような演奏ではなかった。
 でも、それでも私は今日までの日々が無駄ではなかったという証明のために、出来得る限りの演奏を続けた。

 ピアノを演奏するのは思っていたよりずっと全身の身体を使う。
 集中すればするほど、気付いた頃には想像以上の疲労感を覚える。
 細い指を精一杯にピンと伸ばしながら、なんとか食らいつくようにテンポを維持していく。
 静かでゆったりとした氷上を滑るような心に沁み渡る演奏から、激しく燃え上がるような旋律まで、鍵盤を叩いて奏でる一つ一つのメロディーが会場中を包み込んでいく。

 諦めたくない気持ちそのままに精密な機械のように手を時に交差させながら、全力の演奏を続け、激しい演奏でいっぱいに汗を掻きながら、私は最後の瞬間までやり遂げた。

 演劇用に切り抜いた10分近い演奏の間に電気は復旧し、途中から曲の変わり目の部分で演奏が収録されたものに切り替わった。私もそこまでの対応力には、正直驚かされた。

 最後の演奏シーンをやりきった達成感の中、私は立ち上がって観客席の方に向き直って真っすぐに万感の思いでお辞儀をした。

 そして、私の雄姿を称えるように観客席から大きな拍手が起こり、感動の渦に包まれていく。拍手が鳴りやまない中、時間いっぱいなこともあり、そのまま落ち着く間もないままに表彰式のシーンへと入っていった。
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