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第二十四話「死地を駆け抜けて」1

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「貴様っっ!!!」

 倒れた舞の姿を見た浩二は我慢の限界を超え、激情の波に飲まれていき、怒りのあまりチャン・ソンウンを普段とは見違えるほどの鋭い視線で睨みつけて叫んだ。

 浩二を庇って銃弾を受け、うつ伏せに倒れた舞の背中は傷口が開き血が流れ出し、衣服に血が滲み痛ましさを物語っている。

 無情にも舞が倒れ、緊迫感が一層増す中、発砲したチャン・ソンウンは狂おしいまでに大きな声で言葉を続けた。

「いい表情だ、庇い合って犠牲になる姿は実に美しい。
 心配いらない、ここで君もちゃんと始末してやる。
 仲良く一緒に床で眠っているといい。こちらはそこの女以外に興味はないのでな」

 知枝はその言葉に険しい表情を浮かべた。
 誘拐から全て、彼の計画によるものであれば、彼の醜悪に満ちた執着も相当なものと思わなければならなかった。

「許さねぇぞ! こんな簡単に引き金が引けるような人間が、こんなところにいていいはずがない!!」

 チャン・ソンウンの容赦のない行動に、浩二は怒りの感情に覆われていた。


(私は舞のことも守れない魔法使いなの……? 
 こんなことを望んだわけじゃない。
 危険を呼び込む呼び水になってはいけない。
 沢山、みんなから大切な思い出を貰っているのに。
 こんなことをして、誰にも迷惑は掛けられない)

 
 自分の事を付け狙う者によって状況が悪化している。
 舞までもが撃たれたしまったと現実に知枝は当然のように罪悪感に包まれた。
 元々、解決しなければならない問題であっただけに知枝の罪の意識も大きかった。

「……あたしは大丈夫だから、心配しないで。あたしは自分の意思に従っただけ。もう、迷わないで立ち向かって……、お願い」

 うつ伏せになった舞がかろうじて顔を上げて、痛む身体を堪えながら無事を伝えた。
 だが、その様子はあまりにも悲痛な様子で、とても無事とは思えず、心が痛む光景だった。
 
 舞の声を聞き、これ以上の失態は許されない知枝は迷いを捨て懐から拳銃を取り出した。
 対象に立ち向かうため立ち上がり、浩二の手を放して覚悟を決めた様子で自分から遠ざけた。
 銃口はチャン・ソンウンに向けられたが、それで動揺する男でもなく、彼も同じように銃口を迷うことなく真っ直ぐに知枝へと向けた。

「その気迫、覚悟は素晴らしいものだが、射線から逃れられやしない、先に倒れるのは君らの方だよ」

「それは、やってみなければ最後まで分かりません!!」

 互い拳銃を向け、向かい合う二人だったが、ベランダの外、遥か遠くからスナイパーが再び知枝を狙っている。そのことに自信を持つチャン・ソンウンだが、知枝はここで諦めてはならないと銃口を向け対峙する覚悟を決める。

 知枝までもが拳銃を取り出したことで、浩二は驚き立ちすくみそうになりながら知枝に指示されるままに一歩後退する。

 結末の見えない息を吞むような緊迫した時間が続く。目を伏せたくなる事態にも両者ともに一歩も引くことなく、引き金を引ける体勢のまま狙いを定めた。

 そして、浩二が立ち竦んで見守る中、そのまま両者の銃声が同時に鳴り響き、浩二は反射的に目を伏せた。

 心臓に悪い強烈な発砲音が響き渡る。

 銃声と共に最悪のケースも覚悟しなければならない状況の中、台詞じみた言葉で場を凍り付かせたのは私服姿で颯爽と登場した黒川研二だった。

「外からでも分かるくらい随分派手に騒いで、俺のパートナーに手を出していい権利がお前如きにあると思っていたのか?」

 痺れるように耳に届く、はっきりとした低い色気のある声で研二は注目を集める。

 研二は事態を逆転させるため、タイミングを伺いこの瞬間を狙っていた。
 あまりに突然の登場に、全員が衝撃を受け、何が起きたのか確認しようとリビングの状況に目をやる。


 研二はチャン・ソンウンを


 研二の決死の行動により、銃弾は知枝の身体を撃ち抜くことなく彼の真下にあるカーペットに直撃していた。

 高い身長と持ち前のスラっとした無駄のない体格で、身体能力に自信があるのか、瞬発力のある機敏な動きで一瞬のうちに制圧させたその姿は誰もが予想できないものだった。
 一体どこでここまで強力かつ実践的な格闘術を得る訓練を受けて来たのかさらに謎が膨らむほどの早業だった。 

 浩二は気絶したチャン・ソンウンの姿を確認すると、素早い判断でカーテンを閉めて、ベランダの外からの視界を封じた。

「このような下賤な男に何を手こずっている。
 無関係なものを巻き込んでしまうとは、見ていられんな」

 カーテンを閉めて少し薄暗くなったリビングの中で、研二は冷静に言葉を言い放った。
 堂々とした態度で現れた研二だが、他の面々は緊張の連続で、目が回るような感覚のまま言葉を失い、危機を脱したことに安堵する余裕もなかった。

「俺の舞台を穢すような輩はいらない。
 生憎こっちは待たされるのは嫌いなんだ。
 パートナーを待たせるような役者でいてもらっては困るんでね。
 少しは君には本気になってくれないと困る、これ以上俺を失望させないでくれるか」

 研二は平然としているが、パートナーである当の知枝はまだ言葉を失っている様子だった。

「覚えておくといい。君には普通の人間にはない力が与えられている。
 それを使うことを躊躇っていては、いずれ取り返しのつかない悲劇を招くことになるだろう。
 俺にとっては、君の憐れに後悔する姿は喜劇に映るが、世界は一つしかないのでね。君のせいで何もかも壊してしまわないでほしいなものだな」

 淡々として、一人冷静なまま独演のように語る研二。
 そして、今度は浩二の方を向き、必要以上に言葉を続けた。

「樋坂、これだけは覚えておくといい。知枝と関わるのなら覚悟をしておくといい。可愛い赤ずきんのようにも見えるがその手に持っているのは毒リンゴのようなものだ。君の手に余るのであれば、触らない方がいい、それが君の身のためだよ」


「余計なこと言わないで! 樋坂君は無関係なんだから!!」


 この場では救世主であるとはいえ、留まるところなく勝手な言葉を過ぎる研二に知枝はたまらず抗議の声を上げた。
 感情的になってしまう知枝の、必死な様子を見て研二は不敵な笑みを浮かべた。

「これは失敬、俺も現場の状況に興奮して言葉が過ぎたようだな。ほんの忠告をしたまでだよ、樋坂君も気にしないでくれたまえ」

 研二はフォローを加え、それ以上の言葉を控えた。
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