上 下
118 / 157

第二十二話「三者三様の舞台」6

しおりを挟む
 午後になり、待ちわびた観客が会場に入場していく。
 二階席も含めて500人キャパの会場がどんどんと埋まっていき、客席で鑑賞する演劇クラスの生徒も遅れまいと客席に座っていく。

「浩二、もしものことがあるから、浩二には伝えておこうと思うの」

 委員長と副委員長、二人並んで座って舞台の開演を待つ中、羽月は浩二に話しかけた。

「どうした? こんな時に」

 羽月の言葉に浩二は何か重要なことを話そうとしていると思い羽月の方に向き直った、その表情は真剣そのもので、気持ちが沈んでいるようにも見えた。

「さっきの事件の話し、少し続きがあるの」
「わざわざ今話すってことは、俺達にも関係のある事ってことだよな? 漆原先生から聞いたのか?」

「ええ、先生とは車の中でね、杞憂だといいのだけど、もしものこともあるから。
 あのね、リズが行方不明なの。それで昨晩、リズとエリザが一緒に繁華街にいたところを見たって……、それで、私、怖くなっちゃって……」

 事情を話す羽月の表情が曇り不安そうな様子だった。
 羽月は古典芸能研究部の委員長から連絡を受け、このことを聞いた。
 浩二は羽月の言葉に込められた意味を理解した。

 を……、考えたくはなかったが、犯人が捕まっていない以上、可能性を否定はできない。

 もちろんこのことを一番信じたくないのは古典芸能研究部の委員長であることは間違いなかった。

「そうか、覚えておくよ。これ以上何事もなく、演劇が出来るのが一番だからな」
「ええ、よろしく。私は出来るだけみんなの傍にいるから」

 会場の中にいても安心はできない。
 リズが行方不明である以上、事件がまだ続く可能性だって残っている。
 羽月は不安に駆られ神経を尖らせ、生徒達を見守っていく覚悟だった。



 多くの生徒が映画研究部による舞台演劇を見ようと会場内の客席に座っていく中、知枝は一人控え室のモニターで舞台の様子を見ていた。
 まだ自分の出番ではないとはいえ、否応なく緊張の糸は張りつめていく。

「アンリエッタ……」

 ライバルの名前が自然と声に出てしまう。
 意識しないようにと考えても一騎打ちとなった今、意識しないわけにもいかない。
 彼女を超える演技が出来なければ主演失格だと、知枝は自分に言い聞かせる。

「あなたの演技、この目でしっかり見させてもらいます」

 もう、知枝はアンリエッタが素晴らしい演技を繰り広げようとも、目を背けることをやめた。

 お互いにこれまでやってきたことを信じて、最後まで演じる切るしかないと覚悟を決めていた。

 眩いばかりの舞台の照明が付き、軽快な音楽が鳴り響く。
 ミュージカル版“巴里のアメリカ人”が開演され、最初からテンポのいいドラマとダンスが展開される。

 主演女優としてリズ・ダッサン役を演じるアンリエッタの堂々とした演技、知枝はその姿に圧倒され釘付けになってしまう。

「……凄いな、本番なのによく声が出てて、ダンスもしっかりしてる。やっぱり本当にプロの舞台役者みたい。堂々として、あれだけ声を張って激しいダンスも迷いなく踊って」

 息を付く間もなく繰り広げられる華麗なミュージカル。
 知枝はモニターを見つめたまま、一つ一つの演技に稽古の成果を感じさせられた。
 完璧に近づけるために努力を続けること、それは芯の強い人にしかできない、知枝はアンリエッタは自分に厳しい努力家なのだと改めて気づかされた。


“トントン”


 画面に見入っていると不意に扉を叩く音が聞こえた。

「はい、どうかしましたか?」
 
 一体、こんな時に誰だろうと思い、知枝は警戒することなく控え室の扉を開いた。

 そして、扉が開いた次の瞬間、扉の外にいたニット帽を被り、黒いマスクをした不審な男に回避する間もなくハンカチを口に押し付けられ、そのまま腕を掴まれ反抗する前に知枝は反射的に息を吸ってしまう。

「ううううぅぅう!! うぅうぅぅぅっ~!!!!」

 強くハンカチを押し付けられ、声も出せない。
 控え室にいれば安全であると、油断していたのが仇となった。

 目を見開いたままバタバタと手足を動かし必死に抜け出そうと抵抗するが、強い男の力で押さえつけられてしまう。そのまま数秒経過すると、暴れようとして余計に息を吸ってしまったためか、一気に意識が遠のいていき、腰に手を回され支えられたまま、倒れるように知枝は気絶した。

 一人で来た男の正体が何者であるか分からないまま、知枝は男によってそのまま連れ出されて、何の抵抗も出来ずに誘拐されてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この作品はフィクションです。 ─ 実際の人物・団体・事件・地名・他の創作ドラマには一切関係ありません ──

るしあん@猫部
ライト文芸
東京の名門・海原大学キャンパスで、学生の田中翔が白い粉の袋を手にしたま倒れ込み命を落とす。新米刑事の大江戸嵐は、大学の名声を揺るがすこの大麻事件の解決に挑む。周囲の証言をもとに、田中の死の裏には麻薬密売組織の存在があることを突き止めた嵐は、事件の核心に迫る捜査を展開。最終的に組織の摘発と事件の真相を解明し、田中の死の真実を明らかにする。この物語は、正義を貫く新人刑事の成長と決意を描く。 初めて、刑事ドラマを書いてみました。 興奮?と緊張?に満ちたドラマティックな展開を、ぜひお楽しみください。

男女差別を禁止したら国が滅びました。

ノ木瀬 優
ライト文芸
『性別による差別を禁止する』  新たに施行された法律により、人々の生活は大きく変化していき、最終的には…………。 ※本作は、フィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。

家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!

雪那 由多
ライト文芸
 恋人に振られて独立を決心!  尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!  庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。  さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!  そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!  古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。  見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!  見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート! **************************************************************** 第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました! 沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました! ****************************************************************

猫スタ募集中!(=^・・^=)

五十鈴りく
ライト文芸
僕には動物と話せるという特技がある。この特技をいかして、猫カフェをオープンすることにした。というわけで、一緒に働いてくれる猫スタッフを募集すると、噂を聞きつけた猫たちが僕のもとにやってくる。僕はそんな猫たちからここへ来た経緯を聞くのだけれど―― ※小説家になろう様にも掲載させて頂いております。

漆黒の騎士と紅蓮の皇帝

太白
ライト文芸
※この作品は下がり藤さんと、一章ごとに交互に書き上げたものです。 皇帝サイド:下がり藤さん 騎士サイド:太白(たいはく) 貧民街で生まれ育った少女は、運命の日、己の未来を掴み取るために動き始める。 大切なものを失った少年は、運命の日、己の目的を果たすために動き始める。 これは、あまりにも無常な世界で、生きる意味を見つける物語。 【本編】 全37話完結。 【番外編】 「騎士、極東にて」 原案:下がり藤さん 執筆:太白

救世の魔法使い

菅原
ファンタジー
賢者に憧れる少年が、大魔法使いを目指し頑張るお話です。 今後の為に感想、ご意見お待ちしています。 作品について― この作品は、『臆病者の弓使い』と同じ世界観で書いたシリーズ物となります。 あちらを読んでいなくても問題ないように書いたつもりですが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。 ※主人公が不当な扱いを受けます。 苦手な人はご注意ください。 ※全編シリアスでお送りしております。ギャグ回といった物は皆無ですのでご注意ください。

隣の古道具屋さん

雪那 由多
ライト文芸
祖父から受け継いだ喫茶店・渡り鳥の隣には佐倉古道具店がある。 幼馴染の香月は日々古道具の修復に励み、俺、渡瀬朔夜は従妹であり、この喫茶店のオーナーでもある七緒と一緒に古くからの常連しか立ち寄らない喫茶店を切り盛りしている。 そんな隣の古道具店では時々不思議な古道具が舞い込んでくる。 修行の身の香月と共にそんな不思議を目の当たりにしながらも一つ一つ壊れた古道具を修復するように不思議と向き合う少し不思議な日常の出来事。

猫縁日和

景綱
ライト文芸
 猫を介していろんな人たちと繋がるほっこりストーリー。 (*改稿版)  はじまりは777の数字。  小城梨花。二十五歳独身、ちょっとめんどくさがり屋のダメな女子。  仕事を辞めて数か月。  このままだと、家賃も光熱費も食費もままならない状況に陥ってしまうと、気が焦り仕事を探そうと思い始めた。  梨花は、状況打破しようと動き始めようとする。  そんなとき、一匹のサバトラ猫が現れて後を追う。行き着く先は、老夫婦の経営する花屋だった。  猫のおかげというべきか、その花屋で働くことに。しかも、その老夫婦は梨花の住むアパートの大家でもあった。そんな偶然ってあるのだろうか。梨花は感謝しつつも、花屋で頑張ることにする。  お金のためなら、いや、好きな人のためなら、いやいや、そうじゃない。  信頼してくれる老婦人のためなら仕事も頑張れる。その花屋で出会った素敵な男性のことも気にかかり妄想もしてしまう。  恋の予感?  それは勝手な思い込み?  もしかして、運気上昇している?  不思議な縁ってあるものだ。  梨花は、そこでいろんな人と出会い成長していく。

処理中です...