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第二十二話「三者三様の舞台」6
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午後になり、待ちわびた観客が会場に入場していく。
二階席も含めて500人キャパの会場がどんどんと埋まっていき、客席で鑑賞する演劇クラスの生徒も遅れまいと客席に座っていく。
「浩二、もしものことがあるから、浩二には伝えておこうと思うの」
委員長と副委員長、二人並んで座って舞台の開演を待つ中、羽月は浩二に話しかけた。
「どうした? こんな時に」
羽月の言葉に浩二は何か重要なことを話そうとしていると思い羽月の方に向き直った、その表情は真剣そのもので、気持ちが沈んでいるようにも見えた。
「さっきの事件の話し、少し続きがあるの」
「わざわざ今話すってことは、俺達にも関係のある事ってことだよな? 漆原先生から聞いたのか?」
「ええ、先生とは車の中でね、杞憂だといいのだけど、もしものこともあるから。
あのね、リズが行方不明なの。それで昨晩、リズとエリザが一緒に繁華街にいたところを見たって……、それで、私、怖くなっちゃって……」
事情を話す羽月の表情が曇り不安そうな様子だった。
羽月は古典芸能研究部の委員長から連絡を受け、このことを聞いた。
浩二は羽月の言葉に込められた意味を理解した。
もしも、リズがエリザを……、考えたくはなかったが、犯人が捕まっていない以上、可能性を否定はできない。
もちろんこのことを一番信じたくないのは古典芸能研究部の委員長であることは間違いなかった。
「そうか、覚えておくよ。これ以上何事もなく、演劇が出来るのが一番だからな」
「ええ、よろしく。私は出来るだけみんなの傍にいるから」
会場の中にいても安心はできない。
リズが行方不明である以上、事件がまだ続く可能性だって残っている。
羽月は不安に駆られ神経を尖らせ、生徒達を見守っていく覚悟だった。
*
多くの生徒が映画研究部による舞台演劇を見ようと会場内の客席に座っていく中、知枝は一人控え室のモニターで舞台の様子を見ていた。
まだ自分の出番ではないとはいえ、否応なく緊張の糸は張りつめていく。
「アンリエッタ……」
ライバルの名前が自然と声に出てしまう。
意識しないようにと考えても一騎打ちとなった今、意識しないわけにもいかない。
彼女を超える演技が出来なければ主演失格だと、知枝は自分に言い聞かせる。
「あなたの演技、この目でしっかり見させてもらいます」
もう、知枝はアンリエッタが素晴らしい演技を繰り広げようとも、目を背けることをやめた。
お互いにこれまでやってきたことを信じて、最後まで演じる切るしかないと覚悟を決めていた。
眩いばかりの舞台の照明が付き、軽快な音楽が鳴り響く。
ミュージカル版“巴里のアメリカ人”が開演され、最初からテンポのいいドラマとダンスが展開される。
主演女優としてリズ・ダッサン役を演じるアンリエッタの堂々とした演技、知枝はその姿に圧倒され釘付けになってしまう。
「……凄いな、本番なのによく声が出てて、ダンスもしっかりしてる。やっぱり本当にプロの舞台役者みたい。堂々として、あれだけ声を張って激しいダンスも迷いなく踊って」
息を付く間もなく繰り広げられる華麗なミュージカル。
知枝はモニターを見つめたまま、一つ一つの演技に稽古の成果を感じさせられた。
完璧に近づけるために努力を続けること、それは芯の強い人にしかできない、知枝はアンリエッタは自分に厳しい努力家なのだと改めて気づかされた。
“トントン”
画面に見入っていると不意に扉を叩く音が聞こえた。
「はい、どうかしましたか?」
一体、こんな時に誰だろうと思い、知枝は警戒することなく控え室の扉を開いた。
そして、扉が開いた次の瞬間、扉の外にいたニット帽を被り、黒いマスクをした不審な男に回避する間もなくハンカチを口に押し付けられ、そのまま腕を掴まれ反抗する前に知枝は反射的に息を吸ってしまう。
「ううううぅぅう!! うぅうぅぅぅっ~!!!!」
強くハンカチを押し付けられ、声も出せない。
控え室にいれば安全であると、油断していたのが仇となった。
目を見開いたままバタバタと手足を動かし必死に抜け出そうと抵抗するが、強い男の力で押さえつけられてしまう。そのまま数秒経過すると、暴れようとして余計に息を吸ってしまったためか、一気に意識が遠のいていき、腰に手を回され支えられたまま、倒れるように知枝は気絶した。
一人で来た男の正体が何者であるか分からないまま、知枝は男によってそのまま連れ出されて、何の抵抗も出来ずに誘拐されてしまった。
二階席も含めて500人キャパの会場がどんどんと埋まっていき、客席で鑑賞する演劇クラスの生徒も遅れまいと客席に座っていく。
「浩二、もしものことがあるから、浩二には伝えておこうと思うの」
委員長と副委員長、二人並んで座って舞台の開演を待つ中、羽月は浩二に話しかけた。
「どうした? こんな時に」
羽月の言葉に浩二は何か重要なことを話そうとしていると思い羽月の方に向き直った、その表情は真剣そのもので、気持ちが沈んでいるようにも見えた。
「さっきの事件の話し、少し続きがあるの」
「わざわざ今話すってことは、俺達にも関係のある事ってことだよな? 漆原先生から聞いたのか?」
「ええ、先生とは車の中でね、杞憂だといいのだけど、もしものこともあるから。
あのね、リズが行方不明なの。それで昨晩、リズとエリザが一緒に繁華街にいたところを見たって……、それで、私、怖くなっちゃって……」
事情を話す羽月の表情が曇り不安そうな様子だった。
羽月は古典芸能研究部の委員長から連絡を受け、このことを聞いた。
浩二は羽月の言葉に込められた意味を理解した。
もしも、リズがエリザを……、考えたくはなかったが、犯人が捕まっていない以上、可能性を否定はできない。
もちろんこのことを一番信じたくないのは古典芸能研究部の委員長であることは間違いなかった。
「そうか、覚えておくよ。これ以上何事もなく、演劇が出来るのが一番だからな」
「ええ、よろしく。私は出来るだけみんなの傍にいるから」
会場の中にいても安心はできない。
リズが行方不明である以上、事件がまだ続く可能性だって残っている。
羽月は不安に駆られ神経を尖らせ、生徒達を見守っていく覚悟だった。
*
多くの生徒が映画研究部による舞台演劇を見ようと会場内の客席に座っていく中、知枝は一人控え室のモニターで舞台の様子を見ていた。
まだ自分の出番ではないとはいえ、否応なく緊張の糸は張りつめていく。
「アンリエッタ……」
ライバルの名前が自然と声に出てしまう。
意識しないようにと考えても一騎打ちとなった今、意識しないわけにもいかない。
彼女を超える演技が出来なければ主演失格だと、知枝は自分に言い聞かせる。
「あなたの演技、この目でしっかり見させてもらいます」
もう、知枝はアンリエッタが素晴らしい演技を繰り広げようとも、目を背けることをやめた。
お互いにこれまでやってきたことを信じて、最後まで演じる切るしかないと覚悟を決めていた。
眩いばかりの舞台の照明が付き、軽快な音楽が鳴り響く。
ミュージカル版“巴里のアメリカ人”が開演され、最初からテンポのいいドラマとダンスが展開される。
主演女優としてリズ・ダッサン役を演じるアンリエッタの堂々とした演技、知枝はその姿に圧倒され釘付けになってしまう。
「……凄いな、本番なのによく声が出てて、ダンスもしっかりしてる。やっぱり本当にプロの舞台役者みたい。堂々として、あれだけ声を張って激しいダンスも迷いなく踊って」
息を付く間もなく繰り広げられる華麗なミュージカル。
知枝はモニターを見つめたまま、一つ一つの演技に稽古の成果を感じさせられた。
完璧に近づけるために努力を続けること、それは芯の強い人にしかできない、知枝はアンリエッタは自分に厳しい努力家なのだと改めて気づかされた。
“トントン”
画面に見入っていると不意に扉を叩く音が聞こえた。
「はい、どうかしましたか?」
一体、こんな時に誰だろうと思い、知枝は警戒することなく控え室の扉を開いた。
そして、扉が開いた次の瞬間、扉の外にいたニット帽を被り、黒いマスクをした不審な男に回避する間もなくハンカチを口に押し付けられ、そのまま腕を掴まれ反抗する前に知枝は反射的に息を吸ってしまう。
「ううううぅぅう!! うぅうぅぅぅっ~!!!!」
強くハンカチを押し付けられ、声も出せない。
控え室にいれば安全であると、油断していたのが仇となった。
目を見開いたままバタバタと手足を動かし必死に抜け出そうと抵抗するが、強い男の力で押さえつけられてしまう。そのまま数秒経過すると、暴れようとして余計に息を吸ってしまったためか、一気に意識が遠のいていき、腰に手を回され支えられたまま、倒れるように知枝は気絶した。
一人で来た男の正体が何者であるか分からないまま、知枝は男によってそのまま連れ出されて、何の抵抗も出来ずに誘拐されてしまった。
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