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第二十二話「三者三様の舞台」4
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二人を乗せた乗用車は照明のライトで明るく照らされた長い地下トンネルをひた走る。
トンネルを抜けてしまえば会場はもう近い。自動操縦を嫌い、両手にハンドルを握る漆原先生の手に力が入った。
「それでだな……」
言葉を選んでいるのか、漆原先生は言葉を吟味してから話し始めた。
先ほど後回しにした話しを説明してくれるということだろうと思い、羽月は話しを聞き逃しのないように意識を集中して耳を澄ませた。
「情報によれば古典芸能研究部のクラスの生徒が事件に巻き込まれたらしい。
それで先ほど、今回の演劇の参加を辞退すると連絡が入った。当然この事件のことで緊急職員会議が開かれてな。もう教師の間では動揺が広がっているよ。
被害に遇った生徒は通り魔に腹を鋭利な刃物で刺され、病院に搬送されたそうだ。
出血が酷く、重体となったまま生徒は一命を繋ぎとめたものの今も意識が戻っていない。
実に受け入れがたい惨事だよ」
話しを少し聞くだけでも鮮烈な印象を受ける惨たらしい事件、それが昨晩の間に起きたらしいという経緯を聞き、羽月は想定外ですぐに言葉が出なかった。
彼らが真剣に練習に取り組み、本番を楽しみにしていた姿を羽月は見ていただけに、その心境は複雑なものだった。
「ちょっと、急すぎて信じられないですが……、冗談ではないんですね……」
「あぁ、こんな冗談、本番前に八重塚に言えるわけがないだろう?」
「ごもっともです……。しかし、どうしてこんなにタイミング悪く事件が。許せないですね、学生を襲うなんて」
羽月は窓の外に視線を移しながら犯人に対する憎しみを募らせた。
こういった感情を他のクラスメイトに今、この本番前に持ってほしいとは思わないが、残忍かつ無責任な犯行に許せない感情が頭の中を支配した。
「犯人はまだ捕まっていないんですよね?」
ようやく状況が頭の中で整理出来てきた羽月は、ようやく漆原先生の方に向き直り質問を一つ入れることが出来た。
「あぁ、まだ捕まっていない。夜間の繁華街で起きた事件であったこともあり、はっきりとした目撃証言も取れてなくてな。犯人の容姿もまだはっきりと分かっていない。
それにどういうわけか報道規制を掛けられている現状ということもある。じきに報道はされるだろうが、捜査協力を訴えたところで、犯人を捕まえられるかどうかは、今のところ不明だな」
内心では怒りの感情の秘めながらも、漆原先生は淡々と説明を加えていく。
「そんな……、犯人が早く捕まらないと、不安が広がるばかりです……」
「その通りだな、早期に解決してもらいたいものだ」
本番当日というタイミングでこれだけの大事件、犯人が捕まっていないということもまた不安材料として残っており、未だ意識不明の生徒の容体と共に、気になることは多かった。
「しかし……、事件の大きさからもう隠し通せるものではないですから生徒にも動揺が広がりそうですね」
「そうだな……、だから、先に八重塚にはしっかり説明しておこうと思ってな。その上でこの後の対応は考えたい」
「はい……、分かりました」
心が痛む惨劇を知り、羽月も自分たちのクラスメイトの舞台演劇を“見守る”だけの立場ではなくなり、表情がさらに険しく真剣なものへと変わった。
トンネルを抜けてしまえば会場はもう近い。自動操縦を嫌い、両手にハンドルを握る漆原先生の手に力が入った。
「それでだな……」
言葉を選んでいるのか、漆原先生は言葉を吟味してから話し始めた。
先ほど後回しにした話しを説明してくれるということだろうと思い、羽月は話しを聞き逃しのないように意識を集中して耳を澄ませた。
「情報によれば古典芸能研究部のクラスの生徒が事件に巻き込まれたらしい。
それで先ほど、今回の演劇の参加を辞退すると連絡が入った。当然この事件のことで緊急職員会議が開かれてな。もう教師の間では動揺が広がっているよ。
被害に遇った生徒は通り魔に腹を鋭利な刃物で刺され、病院に搬送されたそうだ。
出血が酷く、重体となったまま生徒は一命を繋ぎとめたものの今も意識が戻っていない。
実に受け入れがたい惨事だよ」
話しを少し聞くだけでも鮮烈な印象を受ける惨たらしい事件、それが昨晩の間に起きたらしいという経緯を聞き、羽月は想定外ですぐに言葉が出なかった。
彼らが真剣に練習に取り組み、本番を楽しみにしていた姿を羽月は見ていただけに、その心境は複雑なものだった。
「ちょっと、急すぎて信じられないですが……、冗談ではないんですね……」
「あぁ、こんな冗談、本番前に八重塚に言えるわけがないだろう?」
「ごもっともです……。しかし、どうしてこんなにタイミング悪く事件が。許せないですね、学生を襲うなんて」
羽月は窓の外に視線を移しながら犯人に対する憎しみを募らせた。
こういった感情を他のクラスメイトに今、この本番前に持ってほしいとは思わないが、残忍かつ無責任な犯行に許せない感情が頭の中を支配した。
「犯人はまだ捕まっていないんですよね?」
ようやく状況が頭の中で整理出来てきた羽月は、ようやく漆原先生の方に向き直り質問を一つ入れることが出来た。
「あぁ、まだ捕まっていない。夜間の繁華街で起きた事件であったこともあり、はっきりとした目撃証言も取れてなくてな。犯人の容姿もまだはっきりと分かっていない。
それにどういうわけか報道規制を掛けられている現状ということもある。じきに報道はされるだろうが、捜査協力を訴えたところで、犯人を捕まえられるかどうかは、今のところ不明だな」
内心では怒りの感情の秘めながらも、漆原先生は淡々と説明を加えていく。
「そんな……、犯人が早く捕まらないと、不安が広がるばかりです……」
「その通りだな、早期に解決してもらいたいものだ」
本番当日というタイミングでこれだけの大事件、犯人が捕まっていないということもまた不安材料として残っており、未だ意識不明の生徒の容体と共に、気になることは多かった。
「しかし……、事件の大きさからもう隠し通せるものではないですから生徒にも動揺が広がりそうですね」
「そうだな……、だから、先に八重塚にはしっかり説明しておこうと思ってな。その上でこの後の対応は考えたい」
「はい……、分かりました」
心が痛む惨劇を知り、羽月も自分たちのクラスメイトの舞台演劇を“見守る”だけの立場ではなくなり、表情がさらに険しく真剣なものへと変わった。
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