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第二十一話「思い出は思い出のままで」2
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思ったよりも体が軽くて、気持ちを軽くして身体を動かしても先ほどまでの頭痛は感じなかった。
体育館の中に入り、舞台袖にいるみんなのところへ私と樋坂君は駆けつけた。
「戻りました! 四方晶子役、稗田知枝です!」
明るく元気な声を届けると同時に、みんなに向かって無事に元気であることを示そうと、覚悟のできた私は待たせてしまった謝罪の意を込めて大きくお辞儀をした。
「よかった……、無事だったのね」
帰って来た私を心配していたのか、最初に声を掛けてくれたのを唯花さんだった。
それを聞いて羽月さんは私が体調を崩して体育館を出たとみんなに事情を話してくれていたのだと勘付いた。
駆け付けた私をみんなは非難することなく歓迎してくれた。
貴重な時間が失われたにも関わらず私のことを受け入れてくれたクラスメイト達に私は感謝した。
私は羽月さんに質問するために、今度は羽月さんに駆け寄った。
「羽月さんお騒がせしました。こんな時で申し訳ないんですが、一つだけ質問してもいいですか?」
「どうしたの? 気になることでもあるの?」
駆け寄った私を不思議そうに羽月さんは見つめて質問を質問で返した。
私は話が聞こえる距離に人がいないのを確認して、次の言葉を伝えた。
「羽月さんは、うさぎを飼っているんですか?」
「そうよ、よく知ってるわね」
「はい、服に体毛が付いてましたので」
羽月さんにはこの質問の意図は分からないだろうけど、私はそれだけ確かめられれば十分だった。
“きっと、羽月さんはもう猫を飼っていたことを忘れているのだろう”
こう考えるのは直感ではない。羽月さんがうさぎを連れて帰った時、家出していたのを連れて帰ったと、今でもきっと思ってる。
心に傷を負った自分を自衛するためにそう信じ込んでいる。でも、これは羽月さんにとって必要な事。
自分が犯した残忍な罪に気付き、罪悪感に苛まれないために猫を飼っていたことを思い出させてはいけないんだ。
それは、羽月さんがこれからも生きていくためには、大切なことだと思うから。
樋坂君が飼い猫の事を話すかは心配だけど、羽月さんのアパートに行くことさえなければ真実に気付くことはないはず……。
こうして真実に目を背けたままでいることは正しいことではないだろうが、失恋の傷を負った羽月さんがこれ以上傷つかないために、私は本当のことを秘密にして取っておかなければならない。
「聞きたいことって、それだけなのかしら?」
「はい、それで十分です。でも、羽月さん、樋坂君とよりを戻したわけではないんですね」
今の質問だけではどこか疑念が残りそうなので、私は話しを上手くそらそうと、ついでという気持ちで言った。
「何? 突然、そんなことを心配してたの?」
私の急な質問に羽月さんは苦笑いを浮かべた。
羽月さんから見ると、私はちょっとヘンなことを心配しているように映っているようだ。
「そんな事って何ですか!?」
「大丈夫大丈夫、また付き合い始めたりしないから。
私、そんな資格ないもの。
それは自分でも十分分かってる。だから、心配しないで」
「私はそういうつもりで言ったわけじゃ……」
「いいのよ、過去のことはどうあれ、今は一緒に演劇をしたい。
浩二とした約束を卒業するまでに果たしたいってだけなの。
それだけは信じて、自分でもややこしいことしてるって分かってるから」
ここまでの道のりが平坦ではなかったことは、私にも理解できたので、羽月さんの言葉を信じることにした。
「私は約束を果たそうとする羽月さんの気持ち、大切だと思うので尊重します。それで、羽月さんの曇った心が晴れるなら、乗り越えて損はないと思います」
「ありがとう。私がこのクラスで役に立ててるかは分からないけど、そう言ってくれると嬉しいわ」
「羽月さんの言葉に勇気をもらいました。だから、そのお返しです。それに私も転校生ですから」
「ふふふっ……、稗田さんは優しいのね」
私は偶然の事故とはいえ、羽月さんの記憶を覗いてしまった事を悔いていた。
だからということではないけど、知ってしまった以上、気付いてしまった事から目をそらさずにいようと思った。
羽月さんは周りの視線がないのをそっと確認して、何か思いついたのか、もう一度口を開いた。
「人に聞かせるような内容じゃないから、ずっと黙っていたけど、少しだけ話しておこうかしら。
私は浩二に依存していた。彼がいたから去年の学園祭も乗り越えることが出来たから。
今だって、また彼に頼って生きてる、彼を忘れられず必要としてる。
彼を利用する私を恨んでくれていい、稗田さんにも誤解をさせてしまったのなら、それだけのことをしてきたと思う」
人前では見せない本音を、羽月さんはひっそりと話してくれた。
その声色にはほろ苦い空気感が混じっていて、記憶を覗いてしまった私は、共感のあまり胸が苦しくなった。
「羽月さんは浩二君に依存しているわけではないと思いますよ。
だって、もう羽月さん自身が持ってる芯の強さを周りの方々も認めているんですから。
この演劇は、あなたが始めた演劇です。
だからどうか自信をもって、最後までやり遂げてください、私たちと一緒に」
大切なのは互いに信頼し合うことだと思うから。
これで前向きにこの演劇を始めることが出来るだろう。
「ありがとう、こんなに私のことを理解してくれる人が現れるだなんて、知枝さんは不思議な人ね。
それにね、好きって気持ちを伝えるのは難しいことだって、今ならよく分かるわ。知枝さんにも分かる日が来るかしら」
羽月さんにも自信が付いたようで、その言葉を最後に準備をするクラスメイトの方に向かった。
私はその姿を確認して、言葉の意味を嚙み砕くことなく、前向きな羽月さんの姿に安心してリハーサルの準備のために控え室に入った。
体育館の中に入り、舞台袖にいるみんなのところへ私と樋坂君は駆けつけた。
「戻りました! 四方晶子役、稗田知枝です!」
明るく元気な声を届けると同時に、みんなに向かって無事に元気であることを示そうと、覚悟のできた私は待たせてしまった謝罪の意を込めて大きくお辞儀をした。
「よかった……、無事だったのね」
帰って来た私を心配していたのか、最初に声を掛けてくれたのを唯花さんだった。
それを聞いて羽月さんは私が体調を崩して体育館を出たとみんなに事情を話してくれていたのだと勘付いた。
駆け付けた私をみんなは非難することなく歓迎してくれた。
貴重な時間が失われたにも関わらず私のことを受け入れてくれたクラスメイト達に私は感謝した。
私は羽月さんに質問するために、今度は羽月さんに駆け寄った。
「羽月さんお騒がせしました。こんな時で申し訳ないんですが、一つだけ質問してもいいですか?」
「どうしたの? 気になることでもあるの?」
駆け寄った私を不思議そうに羽月さんは見つめて質問を質問で返した。
私は話が聞こえる距離に人がいないのを確認して、次の言葉を伝えた。
「羽月さんは、うさぎを飼っているんですか?」
「そうよ、よく知ってるわね」
「はい、服に体毛が付いてましたので」
羽月さんにはこの質問の意図は分からないだろうけど、私はそれだけ確かめられれば十分だった。
“きっと、羽月さんはもう猫を飼っていたことを忘れているのだろう”
こう考えるのは直感ではない。羽月さんがうさぎを連れて帰った時、家出していたのを連れて帰ったと、今でもきっと思ってる。
心に傷を負った自分を自衛するためにそう信じ込んでいる。でも、これは羽月さんにとって必要な事。
自分が犯した残忍な罪に気付き、罪悪感に苛まれないために猫を飼っていたことを思い出させてはいけないんだ。
それは、羽月さんがこれからも生きていくためには、大切なことだと思うから。
樋坂君が飼い猫の事を話すかは心配だけど、羽月さんのアパートに行くことさえなければ真実に気付くことはないはず……。
こうして真実に目を背けたままでいることは正しいことではないだろうが、失恋の傷を負った羽月さんがこれ以上傷つかないために、私は本当のことを秘密にして取っておかなければならない。
「聞きたいことって、それだけなのかしら?」
「はい、それで十分です。でも、羽月さん、樋坂君とよりを戻したわけではないんですね」
今の質問だけではどこか疑念が残りそうなので、私は話しを上手くそらそうと、ついでという気持ちで言った。
「何? 突然、そんなことを心配してたの?」
私の急な質問に羽月さんは苦笑いを浮かべた。
羽月さんから見ると、私はちょっとヘンなことを心配しているように映っているようだ。
「そんな事って何ですか!?」
「大丈夫大丈夫、また付き合い始めたりしないから。
私、そんな資格ないもの。
それは自分でも十分分かってる。だから、心配しないで」
「私はそういうつもりで言ったわけじゃ……」
「いいのよ、過去のことはどうあれ、今は一緒に演劇をしたい。
浩二とした約束を卒業するまでに果たしたいってだけなの。
それだけは信じて、自分でもややこしいことしてるって分かってるから」
ここまでの道のりが平坦ではなかったことは、私にも理解できたので、羽月さんの言葉を信じることにした。
「私は約束を果たそうとする羽月さんの気持ち、大切だと思うので尊重します。それで、羽月さんの曇った心が晴れるなら、乗り越えて損はないと思います」
「ありがとう。私がこのクラスで役に立ててるかは分からないけど、そう言ってくれると嬉しいわ」
「羽月さんの言葉に勇気をもらいました。だから、そのお返しです。それに私も転校生ですから」
「ふふふっ……、稗田さんは優しいのね」
私は偶然の事故とはいえ、羽月さんの記憶を覗いてしまった事を悔いていた。
だからということではないけど、知ってしまった以上、気付いてしまった事から目をそらさずにいようと思った。
羽月さんは周りの視線がないのをそっと確認して、何か思いついたのか、もう一度口を開いた。
「人に聞かせるような内容じゃないから、ずっと黙っていたけど、少しだけ話しておこうかしら。
私は浩二に依存していた。彼がいたから去年の学園祭も乗り越えることが出来たから。
今だって、また彼に頼って生きてる、彼を忘れられず必要としてる。
彼を利用する私を恨んでくれていい、稗田さんにも誤解をさせてしまったのなら、それだけのことをしてきたと思う」
人前では見せない本音を、羽月さんはひっそりと話してくれた。
その声色にはほろ苦い空気感が混じっていて、記憶を覗いてしまった私は、共感のあまり胸が苦しくなった。
「羽月さんは浩二君に依存しているわけではないと思いますよ。
だって、もう羽月さん自身が持ってる芯の強さを周りの方々も認めているんですから。
この演劇は、あなたが始めた演劇です。
だからどうか自信をもって、最後までやり遂げてください、私たちと一緒に」
大切なのは互いに信頼し合うことだと思うから。
これで前向きにこの演劇を始めることが出来るだろう。
「ありがとう、こんなに私のことを理解してくれる人が現れるだなんて、知枝さんは不思議な人ね。
それにね、好きって気持ちを伝えるのは難しいことだって、今ならよく分かるわ。知枝さんにも分かる日が来るかしら」
羽月さんにも自信が付いたようで、その言葉を最後に準備をするクラスメイトの方に向かった。
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