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第二十話「舞い降る雪のように」3
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眠気を堪えながら浩二はアパートまで辿り着いた。
息が白くなるほどの冬の寒さも影響して、エレベーターを待てなくて階段を一段飛ばしで駆け上がって、4階の角部屋である羽月の部屋までやってきた。
扉には鍵がかかっていて、電気が付いている様子もない。だが、学園にも来ていなかったのだからきっと家に戻っているはずだと思い、浩二は呼び掛けることにした。
「羽月!! いるか?」
扉をドンドンと叩いて羽月に語り掛ける。しかし、まったく反応は返ってこなかった。
浩二は仕方なく羽月から預かっていたスペアキーを取り出した。
「寝てたらゴメン、上らせてもらうぞ」
呼び掛けても返事がないので、断りを一言入れてから浩二はスペアキーを使って鍵を開けて、扉を開いた。
女性の一人暮らしの家に入るのは何度経験しても緊張してしまって慣れない。
緊張のせいで覗き込むようにゆっくり玄関へ入っていく。
下足まで入って扉から手を離すと、同じタイミングで猫のマルちゃんが浩二の足に引っ付いてきた。
歓迎してくれてるのか分からないが、邪険には扱われていないらしい。
浩二は今、猫とじゃれている場合ではないと思い、猫を拾い上げて、足を掴む前足を引き剥がすと靴を抜いて部屋に上がって、猫をフローリングに降ろした。
そのまま奥に進むとカーテンも閉め切って部屋は真っ暗だった。
異様な雰囲気を感じ、浩二は足元を確認しながらゆっくりと歩いた。
徐々に目が暗闇に慣れてきて、本や家具が部屋に散乱しているのが分かった。
荒れ果てた部屋の様子を見て、一体、何があったのかと思っていると、よく見ると部屋の中央で羽月が膝小僧になって、顔を伏せているのが分かった。
「羽月、一体、どうしたんだ? 今日、学園にも来てなかったから、心配したぞ、体調悪いのか? 空き巣にでもあったわけじゃないよな?」
羽月が起きているかどうかは分からなかったが、浩二は心配になり言葉を掛けた。しかし、羽月はピクリとも動かず返事もなかった。
「羽月?」
少し距離を詰めてもう一度、返事がないか声を掛けて確認する。
だが返答はなく、浩二には何も状況が分からなかった。
仕方なく浩二は手を肩に乗せて軽くゆすった。
「大丈夫か? 羽月……」
声を掛けても反応がなかった羽月が突然動き出し、浩二の手を振り払った。
突然のことに驚いた浩二は手を引いて、一歩後ろに下がった。
「見ないで!! 今、酷い顔してるから……」
羽月から拒絶する言葉が思わぬ放たれたことで浩二は動揺して立ちすくんで近寄ることが出来なかった。
今すぐ、抱きしめたいと思うのに、浩二の身体は動かない。浩二にはどうしていいのか分からなかった。
「……羽月がやったのか? 昨日、気付いたらいつの間にか帰ってて心配してたんだ、連絡しても返してくれないしさ、どうしたんだよ?」
「そんなこと、もういいでしょう……」
互いに絞り出すように声を出した。
どうしようもなく疲れているのは互いに一緒で、どうしようもなく湧き出てくる感情が抑えられないのも同じだった。
「よくないだろ、俺達、付き合ってるんだからさ。心配になって当たり前だろ!」
浩二が懸命に訴えかけるが、今の羽月に優しい言葉は通用しなかった。
「私、気付いたのよ、私が邪魔な存在だって、これ以上、誰かに嫌われたくないの。ごめんなさい」
「そんなことないだろ! ずっと一緒にやってきたじゃないか! 昨日のことは気にするなよ……。こういうことの一度くらい誰にだってあるって」
「嫌よ!! 私は私を許せないもの!!!」
互いに譲り合えない言葉が飛び交う。
ここまで分かり合うことのできない、本気でぶつかり合う喧嘩は二人にとって初めてだった。
「そんなの、あんまりだろ……。誕生日の続きは、今からでもすればいいじゃないか……。プレゼントだって渡したくて持ってきたんだ」
「いらないわ、そんなもの。もう、意味ないもの。私には受け取る権利も資格もない」
やり直した浩二の気持ちも拒絶され、部屋は虚しく静まり返った。
浩二の目から涙が零れるが、顔を隠したままの羽月はそれに動ずる様子もなかった。
気持ちの制御が効かないまま、羽月は少しだけ顔を上げ、浩二のことを見ながらさらに言葉を続けた。
「あなたには大切にしなければならないものがある。守らなければならない人がいる。
でも、私にはそんなものない、そんなものなかったの、自分よりも大切なものなんて。
あなたのような眩しい人に、私なんかが入り込む隙間なんてなかった。
そう、最初からなかったのよ!!
もう恋愛ごっこはやめましょう。
あなたは、もう大切な人のところへ戻るべきよ。
それがあなた自身のためなの」
羽月は浩二の姿を目の前にしたまま、声はもう涙声に変わっていた。
閉められたカーテンの中では、澱んだ空気と真っ黒になった部屋では気持ちが晴れることもなった。
そして、終わりを告げるように、羽月の声を振り絞った言葉が続いた。
「どれだけ身体を重ねても、言葉を交わしても、一つの過ちが全部壊してしまうことはある。
私は、私を許せないから。
少しでも立派な人間でいようと努力していたつもりだった。
でも、私は変わってしまった。あなたと出会ってしまったから、幸せに溺れてしまったから。
ダメだったの……、浮かれて本当に大切なことを見失ってしまうようでは……、私は自分を律して償わなければならない。
だから、もう終わりにしましょう。
もう誰も傷つけたくないの……だから別れましょう」
そして羽月はスペアキーを返すよう要求した。
浩二は威圧されているような態度に言葉を失いスペアキーを取り出した。
羽月はスペアキーを強引に掴むと、そのまま布団を被ってぴくりとも動かなくなった。
豹変した羽月の態度に耐えられなくなって、浩二は追い出されるように部屋を出るしかなかった。
閉じられた玄関を前にして、浩二は全て終わってしまったことを悟った。
「羽月どうしてだよ……。こんなこと、本当は羽月だって望んでなんていないはずだろうっ!!」
必死に最後まで訴えかけるが、浩二の言葉はもう羽月に届きはしなかった。
息が白くなるほどの冬の寒さも影響して、エレベーターを待てなくて階段を一段飛ばしで駆け上がって、4階の角部屋である羽月の部屋までやってきた。
扉には鍵がかかっていて、電気が付いている様子もない。だが、学園にも来ていなかったのだからきっと家に戻っているはずだと思い、浩二は呼び掛けることにした。
「羽月!! いるか?」
扉をドンドンと叩いて羽月に語り掛ける。しかし、まったく反応は返ってこなかった。
浩二は仕方なく羽月から預かっていたスペアキーを取り出した。
「寝てたらゴメン、上らせてもらうぞ」
呼び掛けても返事がないので、断りを一言入れてから浩二はスペアキーを使って鍵を開けて、扉を開いた。
女性の一人暮らしの家に入るのは何度経験しても緊張してしまって慣れない。
緊張のせいで覗き込むようにゆっくり玄関へ入っていく。
下足まで入って扉から手を離すと、同じタイミングで猫のマルちゃんが浩二の足に引っ付いてきた。
歓迎してくれてるのか分からないが、邪険には扱われていないらしい。
浩二は今、猫とじゃれている場合ではないと思い、猫を拾い上げて、足を掴む前足を引き剥がすと靴を抜いて部屋に上がって、猫をフローリングに降ろした。
そのまま奥に進むとカーテンも閉め切って部屋は真っ暗だった。
異様な雰囲気を感じ、浩二は足元を確認しながらゆっくりと歩いた。
徐々に目が暗闇に慣れてきて、本や家具が部屋に散乱しているのが分かった。
荒れ果てた部屋の様子を見て、一体、何があったのかと思っていると、よく見ると部屋の中央で羽月が膝小僧になって、顔を伏せているのが分かった。
「羽月、一体、どうしたんだ? 今日、学園にも来てなかったから、心配したぞ、体調悪いのか? 空き巣にでもあったわけじゃないよな?」
羽月が起きているかどうかは分からなかったが、浩二は心配になり言葉を掛けた。しかし、羽月はピクリとも動かず返事もなかった。
「羽月?」
少し距離を詰めてもう一度、返事がないか声を掛けて確認する。
だが返答はなく、浩二には何も状況が分からなかった。
仕方なく浩二は手を肩に乗せて軽くゆすった。
「大丈夫か? 羽月……」
声を掛けても反応がなかった羽月が突然動き出し、浩二の手を振り払った。
突然のことに驚いた浩二は手を引いて、一歩後ろに下がった。
「見ないで!! 今、酷い顔してるから……」
羽月から拒絶する言葉が思わぬ放たれたことで浩二は動揺して立ちすくんで近寄ることが出来なかった。
今すぐ、抱きしめたいと思うのに、浩二の身体は動かない。浩二にはどうしていいのか分からなかった。
「……羽月がやったのか? 昨日、気付いたらいつの間にか帰ってて心配してたんだ、連絡しても返してくれないしさ、どうしたんだよ?」
「そんなこと、もういいでしょう……」
互いに絞り出すように声を出した。
どうしようもなく疲れているのは互いに一緒で、どうしようもなく湧き出てくる感情が抑えられないのも同じだった。
「よくないだろ、俺達、付き合ってるんだからさ。心配になって当たり前だろ!」
浩二が懸命に訴えかけるが、今の羽月に優しい言葉は通用しなかった。
「私、気付いたのよ、私が邪魔な存在だって、これ以上、誰かに嫌われたくないの。ごめんなさい」
「そんなことないだろ! ずっと一緒にやってきたじゃないか! 昨日のことは気にするなよ……。こういうことの一度くらい誰にだってあるって」
「嫌よ!! 私は私を許せないもの!!!」
互いに譲り合えない言葉が飛び交う。
ここまで分かり合うことのできない、本気でぶつかり合う喧嘩は二人にとって初めてだった。
「そんなの、あんまりだろ……。誕生日の続きは、今からでもすればいいじゃないか……。プレゼントだって渡したくて持ってきたんだ」
「いらないわ、そんなもの。もう、意味ないもの。私には受け取る権利も資格もない」
やり直した浩二の気持ちも拒絶され、部屋は虚しく静まり返った。
浩二の目から涙が零れるが、顔を隠したままの羽月はそれに動ずる様子もなかった。
気持ちの制御が効かないまま、羽月は少しだけ顔を上げ、浩二のことを見ながらさらに言葉を続けた。
「あなたには大切にしなければならないものがある。守らなければならない人がいる。
でも、私にはそんなものない、そんなものなかったの、自分よりも大切なものなんて。
あなたのような眩しい人に、私なんかが入り込む隙間なんてなかった。
そう、最初からなかったのよ!!
もう恋愛ごっこはやめましょう。
あなたは、もう大切な人のところへ戻るべきよ。
それがあなた自身のためなの」
羽月は浩二の姿を目の前にしたまま、声はもう涙声に変わっていた。
閉められたカーテンの中では、澱んだ空気と真っ黒になった部屋では気持ちが晴れることもなった。
そして、終わりを告げるように、羽月の声を振り絞った言葉が続いた。
「どれだけ身体を重ねても、言葉を交わしても、一つの過ちが全部壊してしまうことはある。
私は、私を許せないから。
少しでも立派な人間でいようと努力していたつもりだった。
でも、私は変わってしまった。あなたと出会ってしまったから、幸せに溺れてしまったから。
ダメだったの……、浮かれて本当に大切なことを見失ってしまうようでは……、私は自分を律して償わなければならない。
だから、もう終わりにしましょう。
もう誰も傷つけたくないの……だから別れましょう」
そして羽月はスペアキーを返すよう要求した。
浩二は威圧されているような態度に言葉を失いスペアキーを取り出した。
羽月はスペアキーを強引に掴むと、そのまま布団を被ってぴくりとも動かなくなった。
豹変した羽月の態度に耐えられなくなって、浩二は追い出されるように部屋を出るしかなかった。
閉じられた玄関を前にして、浩二は全て終わってしまったことを悟った。
「羽月どうしてだよ……。こんなこと、本当は羽月だって望んでなんていないはずだろうっ!!」
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