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第十三話「映画館へいこう!」1
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演劇クラスを巡る舞台演劇対決まで残り一週間となった頃、光の提案により、舞と知枝は休日を利用して息抜きに映画館に出掛けることになった。
同じ屋根の下で暮らすようになり、三人で遊びに出掛けるのはこれが初めてのこと。光はようやく願いが叶うと三人で出掛けるのを楽しみにしていた。
こうした三人で出掛ける機会になかなか恵まれなかったのは、知枝が特に本番の舞台までの準備時間が足りず、依然として覚えなければならないことが山ほどあり、そのために演劇の練習に時間を取られてしまっていたからだ。
「みんなに迷惑かけないために、練習をたくさんして、努力を続けることも大事だけど、三人で出掛けることも大事だと思うから、光の気持ちは嬉しいよ」
光が知枝に映画館に誘ったときは、こう笑顔で答えて、知枝も息抜きに出掛けることを承諾したのだった。
「……頑張りすぎて、気持ちの方が追い付かなくて失敗することもあるし、気分転換になるのならいいんじゃない」
舞は知枝が疲れている姿もたびたび見ていたこともあり、一緒に外出して気分転換になるのならと賛成してくれた。
こうして賛成を得られたことで光の希望通り、映画館に出掛ける当日を迎えられるようになった。
*
朝、光が知枝の部屋に入り様子を見に来たとき、知枝は鏡の前に座り、いつも身に着けている赤い大きなリボンを頭に付けているところだった。
休日といえども知枝の服装に大きな変化はなく、似たようなものをいくつも揃えて持っている黒いワンピースに身を包み、いつもと変わらない容姿をしていた。
「あれ、もう出かける時間?」
光が部屋までやってきたことに気づき、知枝は声を掛けた。
「うん、舞はもう準備できてるみたい、玄関でもう待ってるよ」
「そっか、よかった。舞、楽しみにしてくれてるのかな」
知枝は姉弟仲良くできることを願ってやまない。そのためには舞の気持ちが一番大切と考えてきたので、今日の舞の心情を気に掛けていた。
「舞だって、お姉ちゃんが頑張ってる姿、ずっと見てくれてたから応援してくれてるよ」
「本当? よかった。大役を引き受けて、初めてよかったって思えたかも」
苦労が絶えない日々の中でその言葉は知枝にとって喜ばしいことだった。
舞は知枝のピアノの練習にも時折手伝ってくれていて、それは知枝も感謝しながら引き受けてもらっているところだった。
「いつも、台詞読みするたびに恥ずかしがってはしゃいでるのに?」
「―――それは、あんなの恥ずかしくて当然じゃない!!!」
知枝は思わず大きな声を上げ頬を膨らませた。シーンの中には恋人同士がするような甘いシチュエーションもあるだけに、知枝は毎回沸騰しそうなほどの恥ずかしさを覚え、さらに目がキョロキョロしてしまい、落ち着きのない仕草を繰り返ししていた。
そういったことも、稽古を重ねて経験を積み重ねていく中で、徐々に慣れて来てはいるが、初々しい空気感のようなものは未だに抜けきっていないのだった。
「でも、最初はどうなるかと思ったけど、段々成長して、演技も自然に見せられるようになってきたから、後は慣れていくだけじゃない?」
「そんな……、まだ台詞しっかり暗記できてないから、たまに頭が真っ白になって、次のセリフ頭から飛んじゃうよ?」
「それも慣れだって。演技の動作や、シーンごとの作り込みが進めば、思い入れも大きくなって、自然に演技にも熱が入ってくるものだから」
個人練習の期間から徐々に全体練習へと移り変わって来た。
全体練習に入ると互いに意見交換をする機会も活発になり、より一つ一つのシーンに対する思い入れも大きくなってきた。
そうした経験が積み重なり、知枝の演技は徐々に演者として様になってきているのだった。
「そんなこと言われたって、どこも難しくってなかなか自信ないなぁ……。お話し自体はよく出来ているから演じ甲斐があって楽しいんだけど、光のように緊張せず自然に演技できるようになるには時間が足りないかな……」
光のアドバイスは嬉しいが、知枝はまだまだ自分はみんなに追いつけていないと実感するばかりであった。
「経験も演者には大事だからね。リハも重ねれば、一体感も出てきて、どんどん演技に入り込めると思うよ」
「そうだといいけど……。やっぱりピアノの練習まで入れたのは失敗だったかな……。練習したって期間内にコンクールで演奏する曲目を演奏できるようになるわけじゃないんだし……」
「―――それは、今はまだ判断できないかも。
ピアノ練習でより役に入り込みやすくなることはいいことだけど、実際スケジュールがタイトだから、時間対効果がどれほどあるかは、本番まで分からないから」
「うん、無駄にはならないって思って練習してるけど、それでも練習時間がどうしても足りなくって……」
「まぁ、焦らないでお姉ちゃん、努力はきっと報われるよ」
「本当?」
「うん、間違ったことはしてないからね」
間近でずっと練習する姿を見てくれている光に言われると安心もできて、知枝は嬉しくなった。
「あっ、舞ちゃんの事、待たせてるんだった、早く行かないとっ!」
思い出したように知枝は口にして、赤いハンドバックを持って立ち上がる。
「うん、行こう。舞が待ってる」
マイマイ、マイマイと謎の言葉を連呼しながら、忘れ物がないかキョロキョロと知枝は動きながら、最後にカーテンを閉じて、照明を切って光と共に部屋を出た。
階段を降りていき、舞が見えたところで知枝は「待たせてごめん」と言いながら三つ子が揃うと、ようやく玄関を出て出掛けることとなった。
同じ屋根の下で暮らすようになり、三人で遊びに出掛けるのはこれが初めてのこと。光はようやく願いが叶うと三人で出掛けるのを楽しみにしていた。
こうした三人で出掛ける機会になかなか恵まれなかったのは、知枝が特に本番の舞台までの準備時間が足りず、依然として覚えなければならないことが山ほどあり、そのために演劇の練習に時間を取られてしまっていたからだ。
「みんなに迷惑かけないために、練習をたくさんして、努力を続けることも大事だけど、三人で出掛けることも大事だと思うから、光の気持ちは嬉しいよ」
光が知枝に映画館に誘ったときは、こう笑顔で答えて、知枝も息抜きに出掛けることを承諾したのだった。
「……頑張りすぎて、気持ちの方が追い付かなくて失敗することもあるし、気分転換になるのならいいんじゃない」
舞は知枝が疲れている姿もたびたび見ていたこともあり、一緒に外出して気分転換になるのならと賛成してくれた。
こうして賛成を得られたことで光の希望通り、映画館に出掛ける当日を迎えられるようになった。
*
朝、光が知枝の部屋に入り様子を見に来たとき、知枝は鏡の前に座り、いつも身に着けている赤い大きなリボンを頭に付けているところだった。
休日といえども知枝の服装に大きな変化はなく、似たようなものをいくつも揃えて持っている黒いワンピースに身を包み、いつもと変わらない容姿をしていた。
「あれ、もう出かける時間?」
光が部屋までやってきたことに気づき、知枝は声を掛けた。
「うん、舞はもう準備できてるみたい、玄関でもう待ってるよ」
「そっか、よかった。舞、楽しみにしてくれてるのかな」
知枝は姉弟仲良くできることを願ってやまない。そのためには舞の気持ちが一番大切と考えてきたので、今日の舞の心情を気に掛けていた。
「舞だって、お姉ちゃんが頑張ってる姿、ずっと見てくれてたから応援してくれてるよ」
「本当? よかった。大役を引き受けて、初めてよかったって思えたかも」
苦労が絶えない日々の中でその言葉は知枝にとって喜ばしいことだった。
舞は知枝のピアノの練習にも時折手伝ってくれていて、それは知枝も感謝しながら引き受けてもらっているところだった。
「いつも、台詞読みするたびに恥ずかしがってはしゃいでるのに?」
「―――それは、あんなの恥ずかしくて当然じゃない!!!」
知枝は思わず大きな声を上げ頬を膨らませた。シーンの中には恋人同士がするような甘いシチュエーションもあるだけに、知枝は毎回沸騰しそうなほどの恥ずかしさを覚え、さらに目がキョロキョロしてしまい、落ち着きのない仕草を繰り返ししていた。
そういったことも、稽古を重ねて経験を積み重ねていく中で、徐々に慣れて来てはいるが、初々しい空気感のようなものは未だに抜けきっていないのだった。
「でも、最初はどうなるかと思ったけど、段々成長して、演技も自然に見せられるようになってきたから、後は慣れていくだけじゃない?」
「そんな……、まだ台詞しっかり暗記できてないから、たまに頭が真っ白になって、次のセリフ頭から飛んじゃうよ?」
「それも慣れだって。演技の動作や、シーンごとの作り込みが進めば、思い入れも大きくなって、自然に演技にも熱が入ってくるものだから」
個人練習の期間から徐々に全体練習へと移り変わって来た。
全体練習に入ると互いに意見交換をする機会も活発になり、より一つ一つのシーンに対する思い入れも大きくなってきた。
そうした経験が積み重なり、知枝の演技は徐々に演者として様になってきているのだった。
「そんなこと言われたって、どこも難しくってなかなか自信ないなぁ……。お話し自体はよく出来ているから演じ甲斐があって楽しいんだけど、光のように緊張せず自然に演技できるようになるには時間が足りないかな……」
光のアドバイスは嬉しいが、知枝はまだまだ自分はみんなに追いつけていないと実感するばかりであった。
「経験も演者には大事だからね。リハも重ねれば、一体感も出てきて、どんどん演技に入り込めると思うよ」
「そうだといいけど……。やっぱりピアノの練習まで入れたのは失敗だったかな……。練習したって期間内にコンクールで演奏する曲目を演奏できるようになるわけじゃないんだし……」
「―――それは、今はまだ判断できないかも。
ピアノ練習でより役に入り込みやすくなることはいいことだけど、実際スケジュールがタイトだから、時間対効果がどれほどあるかは、本番まで分からないから」
「うん、無駄にはならないって思って練習してるけど、それでも練習時間がどうしても足りなくって……」
「まぁ、焦らないでお姉ちゃん、努力はきっと報われるよ」
「本当?」
「うん、間違ったことはしてないからね」
間近でずっと練習する姿を見てくれている光に言われると安心もできて、知枝は嬉しくなった。
「あっ、舞ちゃんの事、待たせてるんだった、早く行かないとっ!」
思い出したように知枝は口にして、赤いハンドバックを持って立ち上がる。
「うん、行こう。舞が待ってる」
マイマイ、マイマイと謎の言葉を連呼しながら、忘れ物がないかキョロキョロと知枝は動きながら、最後にカーテンを閉じて、照明を切って光と共に部屋を出た。
階段を降りていき、舞が見えたところで知枝は「待たせてごめん」と言いながら三つ子が揃うと、ようやく玄関を出て出掛けることとなった。
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