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第十一話「唯花と研二」5
しおりを挟む「テティ、どうしたの?」
「あ、うん。ヘンリック。なんでもない」
ヘンリックの私室にて、午後のお茶の時間。テティの前にはケーキもスコーンもあるのに、まったく手つかずだ。
「アイスクリームとけちゃうよ」と言われて、テティはあわてて目の前の銀の器から、ひとさじすくって口に含んだ。いつもならばとびきりおいしいアイスクリームなのに、半分ぐらいのおいしさしか感じないのはなぜだろう?
今日は朝食も大半残してしまって、世話係のメイドのイルゼに心配されてしまった。「朝から蜂蜜をたっぷりかけたパンケーキを十枚もお食べになるテティ様が、一枚も食べきれないなんて」とこの世の終わりみたいな顔をされた。
「宰相も騎士団長もすごく忙しいみたいだ。このところの王都で若い女達が襲われる事件が続いていて、二日前にはその犯人を赤狼騎士団が見つけたみたいだけど、見失ったって」
「この国一番の騎士団から逃げるなんて、そうとうやっかいな相手なんだろうね」というヘンリックの言葉をテティはどこか上の空できく。
そして、二日前からグラムファフナーに会えていない。
花売り娘の姿のテティをグラムファフナーはものすごく不機嫌な顔で見ていた。用意された馬車に乗り込んで王宮に戻るその間も。
テティが見た魂狩りの犯人の話にも「そうか、調査する」のひと言だけだった。
それから「私は今夜戻らないから、風呂に入ってゆっくり温まって寝なさい」とだけ。
そして、その翌日もグラムファフナーは部屋に戻らなかった。
テティは広いベッドで一人夜明けまで眠れない夜をすごした。
────グラム怒っているのかな?
勝手に夜、外に出たことはテティだって悪いと思っている。それに、意識を取りもどした娘に姿を見られたことも。
それよりなにより、グラムファフナーが自分の姿を見たときの顔が忘れられない。いつもならテティの新しい服を見ると、その口許に微笑が浮かぶのに、すっごく不機嫌なのはわかった。
そして、テティの待つ部屋に戻ってこない。
────僕のこと嫌いになっちゃったのかな?
そう思うだけでテティの胸はズキリと痛んだ。グラムファフナーが自分の顔を見たくないほど、大嫌いになるなんて……。
そんな、そんな……。
「て、テティ!?」
緑葉の瞳から涙があふれて、ぽろぽろともこもこの頬にころころこぼれるのを見て、慌てたのはヘンリックだ。
「テティ、ど、どうしたの!? どこか痛いの!?」
「む、胸のところがズキズキして……」
「え? 心臓が!? 大変だ!? さ、宰相に!!」
「ダメ、グラムには言わないで、これ以上グラムに嫌われたくないよ……」
その言葉を聞いたヘンリックは猛然と椅子から立ち上がり、テティの手をつかんで「行こう!」と駆け出した。
ぐすぐす泣くテティは引っぱられるままについていく。
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