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第九話「愛に変わった日~陽が落ちる前に~」3

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 壇上に立ち、ふと、樋坂君と目があった時、胸が締め付けられるような気持ちだった。

 こんなドレスコードなんて初めてするのに、どんな風に樋坂君には映っているのか、想像するだけで、恥ずかしさのあまり顔から火が出そうになる。
 舞台演劇をするわけでもないのに、ここまでする必要があったのかと改めて考えたくなったが、全部今更だった。

 樋坂君の演劇クラスが学年最優秀賞であったことを発表した瞬間、大きな歓声と拍手と共に、樋坂君は苦楽を共にした仲間たちと感情を爆発させて喜びを分かち合い、ハイタッチしたり抱き合ったりと、羨ましくも微笑ましい光景が目の前に広がった。
 まさにこれまでの厳しい稽古や準備に費やした時間が報われた瞬間であった。
 
 私も、ここに立てたことを、諦めずにやってきたことを、感無量といった気持ちでお辞儀をした。全ての発表を終えると、長く続いた学園祭の日々も、後夜祭へと移行することを万感の思いで宣言した。



 疲れてしまったのと、この格好でウロウロするのが恥ずかしいので、後のことを後輩たちに任せて私は無人となっている生徒会室に戻った。
 
 着替えたいと申し出たが、そのままで今日は過ごしてくださいと丁寧に生徒会の面々に言われ、私はしぶしぶ引き下がった。

 学園祭当日は多くの生徒会の役員は特設の場所に出向きっぱなしで生徒会に戻ってくることはない。ようやく私は静かに落ち着ける場所にやって来れて、安堵してそのままパイプ椅子に座って机に突っ伏したまま、すっかり火照った気持ちを冷やした。


 これから後夜祭として、片付けと一緒にキャンプファイヤーが催されるところで、参加する生徒たちは広い運動場に集まっていた。

 こんな時代になっても、人は集まっては、盛大に盛り上がって、気の済むまで一緒に踊る。

 それは一人でずっと生きて来た私にとって不思議な光景だ。
 いつからそこまで気を許して身を任せるのか、いつからその人を好きになるのか、未だにその境界線はよく分からない。

 まるで別世界の出来事のようだと感じる。
 私はずっと、この歳になっても、そこまで浮かれて惹かれ合う心理を分からないでいた。

 でも、人が人として命を繋いでいくために、それは全部必要なことなのだろう。

 私には、そんなこと”他人事”だと、ずっと思って生きて来たけど。

 力が抜けて、思わず私は身体をだらんとさせたまま、起き上がれなくなってしまっていた、なんと情けない。

 でも、やることはやったからもういいかなと思いつつ、でも、義務感からか、職業病なのか分からないが、気付けば5分後には報告書作成に意識が向いて、キーボードを叩き作業を進めている自分がいた。

「本当、心底こういうお祭りごとに向いてないわよね、私って」

 自分が嫌いというわけではないが、今になってこんな自分の生き方に物足りなさを感じ、思わず愚痴となって言葉が零れる。
 外では音楽が鳴り、キャンプファイヤーの周りで生徒たちがフォークダンスを踊る。

 お世辞にも上手とは言えない、ただ、浮かれてはしゃいでいるだけ。でも、人間にはそういう上手い下手とかに縛られない自由な関わり合いも必要なんだろう。私の作業は、そんな幸せな光景をBGMに捗り、時間は淡々と過ぎていくのだった。


 そして、私の学園祭は今年もこのまま終わる、そう覚悟していた。

 でも……。


 生徒会室の扉が突然開かれる。
 何事かと思いながら、私は扉の方に視線を向けた。

 緊張が抜けて、普段と変わらない私であったが、やってきた人物が誰であるか分かった瞬間、すぐに声も出せず呆然としてしまった。

「よっ、他の生徒会の生徒に聞いたらここにいるって聞いて、半信半疑だったけど、本当にこんな時まで仕事熱心だな」

「どうして……、樋坂君」

 ギュッと胸を締め付けられるような心地、そこには来るはずがないと思っていた樋坂君の姿が目の前にあった。

 そして、あぁ……、私は樋坂君に会いたかったのだと……、胸が高鳴る感覚と共に痛感した。

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