36 / 157
第八話「愛に変わった日~救世主の再臨~」7
しおりを挟む
顔を隠したままの不機嫌そうな男の一言で一旦、この場は静まり返り、私はなんとか身体を起こして、助けに来た様子の女性の方を再度よく観察した。
特別鍛えているようにはとても見えない、凛々しさは感じるが、特段、おかしな様子のない普通の成人女性に見える。
見た目には年齢の判断しづらい容姿だが、腕には数珠を付け、黒いワンピースと綺麗なネックレスを着けた、スラっとした体形の八方美人のような女性で、その堂々とした振る舞いからは余裕さえも伺え、自然と大人の貫禄を感じさせた。
だが、この緊迫した状況の中で、慌てる様子一つなく、まるで荒事に慣れているかのような堂々とした佇まいは、私なんかとは全然雰囲気が違っていた。
「うーん、今日のところは救世主(メシア)とでも名乗っておきましょうか。こういう現場を見ると、見過ごすわけにはいかないのよね。私の性分としてはね」
視線を逸らすことなく、軽い口調で私の疑問に答えてくれた女性。
女性は武器を所持していないにもかかわらず、目の前の光景に恐れている様子を微塵も見せない。
この女性の絶対的な自信がどこからやって来るのか、私は不思議でならなかった。
「もう一度警告する、この子どもの命が惜しければ、この場から立ち去りな」
男は自分たちが優位に立っているという立場に変わらぬ様相で、助けが来たこの状況でも諦める様子はなく、牙をむいた。
「綾芽、その子たちをお願い、ここは私が引き受けるわ」
救世主と名乗った女性は軽く微笑み、自信を覗かせたまま、綾芽と呼んだ少女に指示をした。
一度こちらに振り向いた女性からは香水のほのかな香りが漂い、私の気持ちまでも優しく安心させてくれているかのようだった。
「ラジャーです」
怖じ気いてしまっている私に駆け寄ってきたのは、綾芽と女性に呼ばれている中学生くらいの少女だった。
こんな修羅場と化した現場には似つかわしくない、人形のように可憐な黒髪の少女が私と樋坂君の間に入る。
「それじゃあ、この場は母様に任せて、引き揚げますよ?」
落ち着いた様子でそういって助けに来た少女は、血に染まった樋坂君の身体を迷いなく背負い上げる。
「ええっ?!」
私は驚いた。その小さな身体で樋坂君の身体をおんぶして歩き始めたのだ。
「ほら、お姉さんも早く、急いでください」
苦しい様子も見せず、私の方を見て少女はそう言った。
信じられないものを見ていると心に感じながら、私はなんとかこの場から引き揚げようと立ち上がり、再度、誘拐犯と対峙する女性の方を見た。
「大丈夫よ、心配しないで。こういう荒事には慣れてるから。
無事、お子さんは助けて見せるわ。外で待っていて、急いで治療しないと、その男の子危ないわよ」
「―――はい、よろしくお願いします」
荒事を生業とする威圧的態度で人質を取る男たちの前に、女性は臆することなく一歩踏み出し、毅然とした態度で立ち向かおうとしている。
威厳をその身一つで示す女性を前に、邪魔をするわけにはいかず、もう私にはそう答えるほかなかった。
「さぁ、行きなさい。この場は任せて」
私を安心させるために女神のように優しく微笑む女性。
この突然現れた“救世主”のことを信じて任せるしか、それしか選択肢はもう私に残されていなかった。
私は女性の言葉に頷き、緊迫感のある状況に心臓をバクバクさせながら、樋坂君の身体をおんぶする少女を追って体育館を出る。
一体、何が起こっているのか、この人たちは何者なのか、そんなことまるで想像が付かないまま、私は体育館の外に出て、ようやく陽の光を浴びることが出来た。
特別鍛えているようにはとても見えない、凛々しさは感じるが、特段、おかしな様子のない普通の成人女性に見える。
見た目には年齢の判断しづらい容姿だが、腕には数珠を付け、黒いワンピースと綺麗なネックレスを着けた、スラっとした体形の八方美人のような女性で、その堂々とした振る舞いからは余裕さえも伺え、自然と大人の貫禄を感じさせた。
だが、この緊迫した状況の中で、慌てる様子一つなく、まるで荒事に慣れているかのような堂々とした佇まいは、私なんかとは全然雰囲気が違っていた。
「うーん、今日のところは救世主(メシア)とでも名乗っておきましょうか。こういう現場を見ると、見過ごすわけにはいかないのよね。私の性分としてはね」
視線を逸らすことなく、軽い口調で私の疑問に答えてくれた女性。
女性は武器を所持していないにもかかわらず、目の前の光景に恐れている様子を微塵も見せない。
この女性の絶対的な自信がどこからやって来るのか、私は不思議でならなかった。
「もう一度警告する、この子どもの命が惜しければ、この場から立ち去りな」
男は自分たちが優位に立っているという立場に変わらぬ様相で、助けが来たこの状況でも諦める様子はなく、牙をむいた。
「綾芽、その子たちをお願い、ここは私が引き受けるわ」
救世主と名乗った女性は軽く微笑み、自信を覗かせたまま、綾芽と呼んだ少女に指示をした。
一度こちらに振り向いた女性からは香水のほのかな香りが漂い、私の気持ちまでも優しく安心させてくれているかのようだった。
「ラジャーです」
怖じ気いてしまっている私に駆け寄ってきたのは、綾芽と女性に呼ばれている中学生くらいの少女だった。
こんな修羅場と化した現場には似つかわしくない、人形のように可憐な黒髪の少女が私と樋坂君の間に入る。
「それじゃあ、この場は母様に任せて、引き揚げますよ?」
落ち着いた様子でそういって助けに来た少女は、血に染まった樋坂君の身体を迷いなく背負い上げる。
「ええっ?!」
私は驚いた。その小さな身体で樋坂君の身体をおんぶして歩き始めたのだ。
「ほら、お姉さんも早く、急いでください」
苦しい様子も見せず、私の方を見て少女はそう言った。
信じられないものを見ていると心に感じながら、私はなんとかこの場から引き揚げようと立ち上がり、再度、誘拐犯と対峙する女性の方を見た。
「大丈夫よ、心配しないで。こういう荒事には慣れてるから。
無事、お子さんは助けて見せるわ。外で待っていて、急いで治療しないと、その男の子危ないわよ」
「―――はい、よろしくお願いします」
荒事を生業とする威圧的態度で人質を取る男たちの前に、女性は臆することなく一歩踏み出し、毅然とした態度で立ち向かおうとしている。
威厳をその身一つで示す女性を前に、邪魔をするわけにはいかず、もう私にはそう答えるほかなかった。
「さぁ、行きなさい。この場は任せて」
私を安心させるために女神のように優しく微笑む女性。
この突然現れた“救世主”のことを信じて任せるしか、それしか選択肢はもう私に残されていなかった。
私は女性の言葉に頷き、緊迫感のある状況に心臓をバクバクさせながら、樋坂君の身体をおんぶする少女を追って体育館を出る。
一体、何が起こっているのか、この人たちは何者なのか、そんなことまるで想像が付かないまま、私は体育館の外に出て、ようやく陽の光を浴びることが出来た。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
きんだーがーでん
紫水晶羅
ライト文芸
同じ短大の保育科に通う、政宗、聖、楓、美乃里の四人は、入学当初からの気の合う仲間だ。
老舗酒蔵の跡取り息子でありながら、家を飛び出した政宗。複雑な家庭環境の下で育った聖。親の期待を一身に背負っている楓。両親の離婚の危機に怯える美乃里。
それぞれが問題を抱えながらも、お互い胸の内を明かすことができないまま、気がつくと二年生になっていた。
将来の選択を前に、少しずつ明らかになってくるそれぞれの想い。
揺れ動く心……。
そんな中、美乃里の不倫が発覚し、そこから四人の関係が大きく変わり始めていく。
保育士を目指す男女四人の、歪な恋と友情の物語。
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
(次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
雑司ヶ谷高校 歴史研究部!!
谷島修一
ライト文芸
雑司ヶ谷高校1年生の武田純也は、図書室で絡まれた2年生の上杉紗夜に無理やり歴史研究部に入部させられる。
部長の伊達恵梨香などと共に、その部の活動として、なし崩し的に日本100名城をすべて回る破目になってしまう。
水曜、土曜更新予定
※この小説を読んでも歴史やお城に詳しくなれません(笑)
※数年前の取材の情報も含まれますので、お城などの施設の開・休館などの情報、交通経路および料金は正しくない場合があります。
(表紙&挿絵:長野アキラ 様)
(写真:著者撮影)
サロン・ルポゼで恋をして
せいだ ゆう
ライト文芸
「リフレクソロジー」―― それは足裏健康法と呼ばれるセラピーである。
リフレクソロジー専門のサロン「ルポゼ」で働くセラピストの首藤水(しゅとう すい)
彼は多くのお悩みとお疲れを抱えたお客様へ、施術を通して暖かいメッセージを提供するエースセラピストだった。
そんな眩しい彼へ、秘めた恋を抱く受付担当の井手みなみ(いで みなみ)
果たして想いは伝わるのか……。
施術によって変化する人間模様、そして小さなサロンで起きる恋愛模様。
『ヒューマンドラマ×恋愛』
人が癒される瞬間を。
おにぎりが結ぶもの ~ポジティブ店主とネガティブ娘~
花梨
ライト文芸
ある日突然、夫と離婚してでもおにぎり屋を開業すると言い出した母の朋子。娘の由加も付き合わされて、しぶしぶおにぎり屋「結」をオープンすることに。思いのほか繁盛したおにぎり屋さんには、ワケありのお客さんが来店したり、人生を考えるきっかけになったり……。おいしいおにぎりと底抜けに明るい店主が、お客さんと人生に悩むネガティブ娘を素敵な未来へ導きます。
同じ星を目指して歩いてる
井川林檎
ライト文芸
☆第三回ライト文芸大賞 奨励賞☆
梟荘に集まった、年も事情も違う女子三名。
ほんの一時の寄せ集め家族は、それぞれ低迷した時期を過ごしていた。
辛さを抱えているけれど、不思議に温かでどこか楽しい。
後から思い返せばきっと、お祭りのような特殊な時期となる。
永遠に変わらないものなんて、きっとない。
※表紙画像:ぱくたそ無料素材を借用
引きこもり魔女と花の騎士
和島逆
恋愛
『宝玉の魔女』ロッティは魔石作りを生業とする魔法使い。
特製の美しい魔石は王都で大評判で、注文はいつだって引きも切らない。ひたすら自宅に引きこもっては、己の魔力をせっせと石に込める日々を送っていた。
そんなある日、ロッティは王立騎士団のフィルと知り合う。予約一年待ちのロッティの魔石が今すぐ欲しいと、美形の騎士は甘い囁きで誘惑してくるのだがーー?
人見知りなロッティは、端正な容姿を武器にぐいぐい迫ってくるフィルに半狂乱!
一方のフィルはフィルで、思い通りにならない彼女に不思議な感情を覚え始める。
逃げたり追ったり、翻弄したり振り回されたり。
引きこもり魔女と強引な騎士、ちぐはぐな二人の攻防戦。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる