上 下
21 / 157

第六話「期待と不安と」2

しおりを挟む
 舞台演劇用“震災のピアニスト”第一稿の脚本が出来上がり、なんとかクラスメイトに配布できる運びとなった。

 一仕事終えて、クラスメイトの意見に耳を傾けた結果、クラスメイトからの反応は上々で、次にキャストを決めていく流れになった。


 私はキャストの相談をするために、昼食を浩二と一緒することになった。
 あまり、浩二と二人きりでいるとまた付き合い始めたのかと余計な勘繰りをする人が出てきそうだけど、今日のところは仕方なかった。

「なぁ、それだけで足りるのか?」

 おにぎりと冷奴とフルーツゼリーで昼食を済ませる私の姿を見て、信じられないものを見るような目で浩二は言った。

「夕食はちゃんと食べてるからいいのよ。油断したらすぐに危険領域に突入しちゃうから。そういう浩二はまたカレー食べてる……、人前でよく食べれるわね……」

 そんなに食べるのか、と思うようなボリューム。
 しかし、いつも浩二はそれを残さず平らげしまうのだから不思議だ。

「女子は面倒なこと気にするよな……、よく食べないと元気でないだろ」

 ガツガツとカレーを口に頬張りながらこう言う浩二、それがちょっと男らしく見えた。

「こっちはこっちで色々とあるのよ……、私が特別繊細で気を使ってるわけじゃないから、あなたは気にしないかもしれないけど」

 神経質かもしれないけど自分がカレーなんて学食で食べた日には、嫌な噂が立ちそうだ。

 そんなことを思いながら、ガツガツとカレーを食べる浩二のことは気にせず、私のずっと考えていることを伝えることにした。

「考えたのよ、キャストをどうするか」
「そうだったな、何か企んでる顔してた」
「何それ? 私、そんな悪代官のような顔でもしてた?」

 普段そんな目で見てるのかと無性に不平な気持ちを思いながら、私は聞いた。

「そこまでじゃないけど、迷ってる雰囲気ではなくて、アイディアが閃いたとか、そういう感じ」
「そう、変な顔を衆人に晒していたのかと思って怖くなっちゃった」

 ちょっと私は安心した、役職が役職なだけに私は周りの視線も気にする方だ。

「元々、毅然きぜんとして無感情なのがよくないんじゃないか?」
「それは、そうなりたくてなったわけじゃないって、何度も言っているでしょう」

 思わずムキになって私は言ってしまった。

「そ、そうですね……」
 
 私の機嫌を損ねたと思って浩二が申し訳なさそうに一歩引く。余談を続けている場合じゃない、私はキャストの話しに戻すことにした。

晶子あきこ隆之介りゅうのすけのキャストのことなんだけど」
 
 重要なことなのでつい真剣な口調で私は話しを切り出した。

「主役の二人か……」

 浩二も悩みどころな箇所ではあったのだろう、考え込む様子だった。

 晶子とは主人公の四方晶子しほうあきこのことだ、設定上は高校一年生の女子高生だ。
 隆之介の方は晶子と同い年である幼馴染の男の子で、二人は小学校の卒業をきっかけに離れ離れになっている。隆之介の海外引っ越しをきっかけにしたもので、震災のニュースを聞いた隆之介が晶子の入院している病院に行くところで再会を果たすことになる。

 ここまで題材となる作品の内容を話して想像が付くかもしれないが、この物語は震災を乗り越えてピアノコンクールに出る晶子と、晶子と隆之介のラブストーリーがメインのストーリーとなっている。

「稗田知枝さんと黒川研二さんに担当してもらおうと思うの」

 思い切って私は浩二に言った。

「本気か? 転校生の二人にそんな大役を? まだクラスに入って間もないのに」

 私の提案に浩二は驚いている様子で、食事も途中で止まっている。

「ええ、理由は外見的なイメージが両者とも一致するのと、二人の知名度。二人には今後のためにも早く演劇クラスに慣れてほしいというのもあるし、成功すればクラスメイトの信頼も得られて、今後の活動にもいい影響があるはずだから」

「今回の対決だけじゃなくて、先のことまで考えてるのはいいことだが、黒川さんは芸能活動もしていて、映画にも出演してるから演技力は本物だろうけど、稗田さんの方は、こういうの、初めてだろ? 大丈夫なのか?」

「それにはあなたも説得して。演技指導は光にもお願いするつもりだから。
 本当はね……、今言ったのはみんなへの建前、本当は勝つためよ。
 話題性も含めて、二人が主役として舞台に立つことは観客の関心を惹くことにも繋がるから」

 私は温めていた考えを言うことを躊躇ためらわなかった。
 それだけの覚悟がすでに私の中にあった。

「そこまで大変な賭けに出なくてもと思ったけど……、後、ピアノの演奏はどうするんだ? 二人だってピアノコンクールに出場するような演奏はできないだろ?」

「そこは、録音を使うから平気よ。元々、練習期間が短いから、誰もそこまでの演奏はできないだろうから、その辺りは妥協するわ。
 舞台セットとしてオーケストラは用意できなくてもグランドピアノは用意するつもり。それくらいはしないと見せ場にならないから」

「うん、分かった。説得はしてみるが、見た様子、稗田さんは普通の女の子なんだよな……」

 浩二は稗田さんのことを純粋に心配しているようだ。
 だけど、稗田さんの説得は浩二にも手伝ってもらった方がいいだろう、少しは話せる関係のようだから。

 浩二の気持ちは分かるけど、他のクラスメイトのことを疎かにしているわけじゃないけど、おそらくこれ以上のキャスト配置はないと、私は心の中で思っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男爵令嬢に転生したら実は悪役令嬢でした! 伯爵家の養女になったヒロインよりも悲惨な目にあっているのに断罪なんてお断りです

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
「お前との婚約を破棄する」 クラウディアはイケメンの男から婚約破棄されてしまった…… クラウディアはその瞬間ハッとして目を覚ました。 ええええ! 何なのこの夢は? 正夢? でも、クラウディアは属国のしがない男爵令嬢なのよ。婚約破棄ってそれ以前にあんな凛々しいイケメンが婚約者なわけないじゃない! それ以前に、クラウディアは継母とその妹によって男爵家の中では虐められていて、メイドのような雑用をさせられていたのだ。こんな婚約者がいるわけない。 しかし、そのクラウディアの前に宗主国の帝国から貴族の子弟が通う学園に通うようにと指示が来てクラウディアの運命は大きく変わっていくのだ。果たして白馬の皇子様との断罪を阻止できるのか? ぜひともお楽しみ下さい。

私は犬と暮らしています

たみやえる
ライト文芸
歳下でひもの彼は突然死んでしまった。 その後私は犬を譲り受け一緒に暮らすことになる。

これに呼び名をつけるなら

ありと
ライト文芸
何でもない毎日に投げ込まれた、折り畳まれた誰かの想い。それはイタズラか間違いか。 ・・・私に向けられた、それは何と呼べば良いのだろう。

言の葉縛り

紀乃鈴
ライト文芸
 言葉を失った「ぼく」と幼馴染の遥。 小学六年生の二人はいつも通り千代崎賢人――通称おじさんの家で遊んだ後、帰路に就く。 そこで二人は少女が誘拐される現場を目撃する。 報告するも大人たちの頼りにならない対応に、二人は自分たちでこの事件を追いかけようと決心する。

曇天フルスイング

砂臥 環
ライト文芸
高校1年生の一ノ瀬 秋穂は佐伯先輩に一目惚れし、野球部に入った。 野球のことは何一つ知らなかった秋穂だが、懸命に覚えていくうちに、最初は反対していた二宮先輩もマネージャーとして認めてくれるようになる。 それから一年程経ち、秋穂は2年生。佐伯、二宮は3年生に。 3年最後の試合である、明星学園との練習試合を前に、秋穂はある決意を固める。 佐伯先輩には気になる人がいるようだ。 それは、彼の幼馴染みの深井 清良。 複雑な気持ちを抱えつつも、秋穂は頑なに「行かない」という清良を試合に連れていくために奮闘するのだが…… ※他サイトからの転載

Defense 完結 2期へ続く

パンチマン
ライト文芸
2000年 海を挟んだ大国同士が開戦した。戦争は悲惨さを極め、そして泥沼化した。そんな中戦局打開に向けて、大国は大海の真ん中に浮かぶ諸島に目をつけた。 それはそんな小っぽけな島国の小っぽけな軍隊の話。物量差、兵力差は歴然。それでも彼らは大国に立ち向かおうとした。 その地獄の戦場で彼らが見た物とはー 架空の世界を舞台に繰り広げられた世界大戦。その本質と現実に迫る長編ストーリー。

フレンドコード▼陰キャなゲーマーだけど、リア充したい

さくら/黒桜
ライト文芸
高校デビューしたら趣味のあう友人を作りたい。ところが新型ウイルス騒ぎで新生活をぶち壊しにされた、拗らせ陰キャのゲームオタク・圭太。 念願かなってゲーム友だちはできたものの、通学電車でしか会わず、名前もクラスも知らない。 なぜかクラスで一番の人気者・滝沢が絡んできたり、取り巻きにねたまれたり、ネッ友の女子に気に入られたり。この世界は理不尽だらけ。 乗り切るために必要なのは――本物の「フレンド」。 令和のマスク社会で生きる高校生たちの、フィルターがかった友情と恋。 ※別サイトにある同タイトル作とは展開が異なる改稿版です。 ※恋愛話は異性愛・同性愛ごちゃまぜ。青春ラブコメ風味。 ※表紙をまんが同人誌版に変更しました。ついでにタイトルも同人誌とあわせました!

【完結】鏡鑑の夏と、曼珠沙華

水無月彩椰
ライト文芸
初恋の相手が、死んでいた夏。 それは、かつての"白い眩しさ"を探す夏になった。 "理想の夏"を探す夏になった。 僕はそれを求めて、あの田舎へと帰省した。 "四年間の贖罪"をする夏にもなった。 "四年前"に縛られる夏にもなった。 "残り僅かな夏休み"を楽しむ夏にもなった。 四年間を生きた僕と、四年前に死んだあやめは、何も変わっていなかった。 ──僕だけに見えるあやめの姿。そうして、彼女から告げられた死の告白と、悲痛な"もう一つの事実"。文芸部員の僕が決意したのは、彼女に『色を分ける』ことだった。 失った四年間を取り戻すなかで、僕とあやめは"夏の眩しさ"、"夏の色"を見つけていく。そして、ずっと触れずにいたあやめの死の真相も。唯一の親友、小夜が語る、胸に秘めていた後悔とは──? そんなある日を境に、タイムリミットが目に見えて迫るようになる。これは最期の夏休みをともに過ごす二人の、再会から別れまでを描いた恋物語。ただ夏だけを描き続けた、懐かしくも儚い幻想綺譚。

処理中です...