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第五話「ロマンスの残響」2
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私がずっと舞台化したかった原作を演劇にして作り上げる、誰にも伝えずにずっと内に秘めてきた願望。
願望はあっても、それを実行するのは自分の力だけではできないからとずっと諦めてきた。
でも、今、それと真剣に向き合える時が来た。
本当にまるで夢のよう、私の考えたアイディアに多くの人が手伝ってくれて、舞台に相応しい演劇が出来上がっていく。
―――そんな機会が、チャンスがまさか巡ってくるだなんて。
私がずっと好きな原作のためにも、私は脚本を仕上げなければならない。
資料をかき集めて、脚本の製作に取り掛かる。
荒削りだった部分を一つ一つ埋めていきながら、隙のないように何度も確認を繰り返して形にしていく。
私は浩二にあらかた今話せることを説明して脚本を書いていくために、浩二と喫茶店で話し合うことを決め、待ち合わせをした。
付き合っていた頃はよく私の家まで迎えに来てくれていたけれど、それではダメだと思った私は駅前で待ち合わせをした。
私服姿に身を包んで、駅前で待つ私。こうしてプライベートで、私服姿で浩二と会うのは久々だから、つい緊張してしまう。
会う前からソワソワして、付き合っていた頃のことなんてなかったみたいに、上手に話せるだろうかと心配になって、遠くをつい見てしまう。
雲が流れていく、漂い続ける入道雲。
駅前に立っていると、沢山の人が私の前を通り過ぎていく。
凛翔学園に入学して、一人暮らしを始めて、もう見慣れてしまった日常の光景。
もはや装飾品でしかない腕時計を何度も確認して時間を確かめる、デジタルでない針が一秒ごとに進むのを見ていると、少し気持ちを落ち着かせることが出来た。
待ち合わせ時刻まで、まだ5分前なのに、付き合い始めの頃のように妙に意識しすぎていた。
やがて待ち合わせ時間になる前に、いつもと変わらない様子で浩二が到着した。
「待ったか?」
「そんなことないよ、ちょっと久しぶりだったからソワソワしてたけど」
何事もなかったかのように私たちは、また、いつかのように隣合って歩いた。
「久しぶりだな、こうして歩くのも」
「そうね」
時間が巻き戻ることはないけど、私たちはまた一緒に歩くことが出来るようになった、それは大きな変化だった。
二人で唯花さんや水原さんの働く“ファミリア”に行く気持ちにはまだなれなかったのであらかじめ決めていた趣のある喫茶店に入った。
落ち着きのある純喫茶となっている店内はジャズが流れている。
私たちはお互いにアイスティーを注文して、席に着いた。
話しを始めれば、次第に慣れてくるだろう、そう私は思って話しを早速始めることにした。
「浩二にも話したことなかったから、一から説明するわね」
そう話しを切り出して、浩二に原作となっている一冊のエッセイ本を手渡した。
電子書籍が主流の時代に、入手するのに苦労した一冊だ。
私は年相応だと思っているけど、浩二から見れば私は大人びているらしい。生徒会副会長という役職がそれを印象付けていたからだと思うのだけど、決して真面目で堅物だと思われたいわけでもない。
頼りない、信頼のおけない相手と思われるよりはずっといいけど、プライベートまでフランクに話してくれないのはちょっと寂しい。
確かに会議の時は真面目にするけど、遊びに出かけるときは年相応に遊ぶ方だ。とはいえ、一人暮らしを始めてから、そういう機会も年々減ってはいるのだけど。
そのことでいえば、浩二と付き合うことでいろんな場所に出掛けて一緒に居られたことは私にとっても楽しい思い出の数々だった。
未だに一人暮らしの家に学園の人を入れたのは浩二一人だけだ。寂しい話だと思われるけど、私の家に友達が来ることで、印象が変わったと思われるのも怖いし、完璧に掃除や片付けをしているわけでもないから、つい遠慮して断ってしまうのだった。
本を読むのは好きで、昔からこうしたエッセイ本や小説は読んでいる。
浩二に手渡した一冊も私のお気に入りの一つである。
後、私は見た目で印象を判断されたくないのもあって、普段はコンタクトをしている。大したことではないが、休日や一人で本を読むとき、今日のように浩二の前でしか眼鏡を付けることはない。
浩二から見ると私の容姿は家庭教師のようで、それはそれでいいと言ってくれているけど、何だかそれを聞くと変態っぽい感想で複雑な気分だった。
本のページを開く浩二のことを見て、どんな反応が返ってくるだろうかと考える。
意見を交換し合って、脚本や台本を作り上げるのは時間のかかることだけど、浩二が相手なら苦にはならないだろうという確信があった。
「浩二は見たことある? 一応、映画にもなって上映してたこともあるんだけど」
ミルクと砂糖を入れて、スプーンでグルグルとかき回しながら浩二に聞いた。
カラカランと小気味良い氷の音がした。
「いや、この本のことは知らないな。でも、震災のことならそれなりには知ってるよ」
そうだろうなと思った。
私たちが生まれる前の事とはいえ、日本史の授業でも学ぶようなことだ。多少興味を持って調べることがあってもおかしくない。
「そう、せっかくだし、簡単に説明しておくわね」
「ああ、頼む」
浩二はこの本の存在を知らなかったようだ、無理もないけど。
毎年のように生産され続ける膨大なコンテンツの中で、人が知ることが出来る数は限られる。
広告や紹介だって、若い人ほど面倒くさがって見ないから、そんなものだろうと思う。
それにこのエッセイ本は40年以上前に書かれたものだ、知らなくて当然というのが実際のところだろう。
“震災のピアニスト”
それがこのエッセイ本の題名である。本の表紙にはグランドピアノが置かれたホールが描かれているだけで中身は想像しづらいものであり、明言はされていないが出版された頃より前に起きた震災の話しが元になっているといわれている。
願望はあっても、それを実行するのは自分の力だけではできないからとずっと諦めてきた。
でも、今、それと真剣に向き合える時が来た。
本当にまるで夢のよう、私の考えたアイディアに多くの人が手伝ってくれて、舞台に相応しい演劇が出来上がっていく。
―――そんな機会が、チャンスがまさか巡ってくるだなんて。
私がずっと好きな原作のためにも、私は脚本を仕上げなければならない。
資料をかき集めて、脚本の製作に取り掛かる。
荒削りだった部分を一つ一つ埋めていきながら、隙のないように何度も確認を繰り返して形にしていく。
私は浩二にあらかた今話せることを説明して脚本を書いていくために、浩二と喫茶店で話し合うことを決め、待ち合わせをした。
付き合っていた頃はよく私の家まで迎えに来てくれていたけれど、それではダメだと思った私は駅前で待ち合わせをした。
私服姿に身を包んで、駅前で待つ私。こうしてプライベートで、私服姿で浩二と会うのは久々だから、つい緊張してしまう。
会う前からソワソワして、付き合っていた頃のことなんてなかったみたいに、上手に話せるだろうかと心配になって、遠くをつい見てしまう。
雲が流れていく、漂い続ける入道雲。
駅前に立っていると、沢山の人が私の前を通り過ぎていく。
凛翔学園に入学して、一人暮らしを始めて、もう見慣れてしまった日常の光景。
もはや装飾品でしかない腕時計を何度も確認して時間を確かめる、デジタルでない針が一秒ごとに進むのを見ていると、少し気持ちを落ち着かせることが出来た。
待ち合わせ時刻まで、まだ5分前なのに、付き合い始めの頃のように妙に意識しすぎていた。
やがて待ち合わせ時間になる前に、いつもと変わらない様子で浩二が到着した。
「待ったか?」
「そんなことないよ、ちょっと久しぶりだったからソワソワしてたけど」
何事もなかったかのように私たちは、また、いつかのように隣合って歩いた。
「久しぶりだな、こうして歩くのも」
「そうね」
時間が巻き戻ることはないけど、私たちはまた一緒に歩くことが出来るようになった、それは大きな変化だった。
二人で唯花さんや水原さんの働く“ファミリア”に行く気持ちにはまだなれなかったのであらかじめ決めていた趣のある喫茶店に入った。
落ち着きのある純喫茶となっている店内はジャズが流れている。
私たちはお互いにアイスティーを注文して、席に着いた。
話しを始めれば、次第に慣れてくるだろう、そう私は思って話しを早速始めることにした。
「浩二にも話したことなかったから、一から説明するわね」
そう話しを切り出して、浩二に原作となっている一冊のエッセイ本を手渡した。
電子書籍が主流の時代に、入手するのに苦労した一冊だ。
私は年相応だと思っているけど、浩二から見れば私は大人びているらしい。生徒会副会長という役職がそれを印象付けていたからだと思うのだけど、決して真面目で堅物だと思われたいわけでもない。
頼りない、信頼のおけない相手と思われるよりはずっといいけど、プライベートまでフランクに話してくれないのはちょっと寂しい。
確かに会議の時は真面目にするけど、遊びに出かけるときは年相応に遊ぶ方だ。とはいえ、一人暮らしを始めてから、そういう機会も年々減ってはいるのだけど。
そのことでいえば、浩二と付き合うことでいろんな場所に出掛けて一緒に居られたことは私にとっても楽しい思い出の数々だった。
未だに一人暮らしの家に学園の人を入れたのは浩二一人だけだ。寂しい話だと思われるけど、私の家に友達が来ることで、印象が変わったと思われるのも怖いし、完璧に掃除や片付けをしているわけでもないから、つい遠慮して断ってしまうのだった。
本を読むのは好きで、昔からこうしたエッセイ本や小説は読んでいる。
浩二に手渡した一冊も私のお気に入りの一つである。
後、私は見た目で印象を判断されたくないのもあって、普段はコンタクトをしている。大したことではないが、休日や一人で本を読むとき、今日のように浩二の前でしか眼鏡を付けることはない。
浩二から見ると私の容姿は家庭教師のようで、それはそれでいいと言ってくれているけど、何だかそれを聞くと変態っぽい感想で複雑な気分だった。
本のページを開く浩二のことを見て、どんな反応が返ってくるだろうかと考える。
意見を交換し合って、脚本や台本を作り上げるのは時間のかかることだけど、浩二が相手なら苦にはならないだろうという確信があった。
「浩二は見たことある? 一応、映画にもなって上映してたこともあるんだけど」
ミルクと砂糖を入れて、スプーンでグルグルとかき回しながら浩二に聞いた。
カラカランと小気味良い氷の音がした。
「いや、この本のことは知らないな。でも、震災のことならそれなりには知ってるよ」
そうだろうなと思った。
私たちが生まれる前の事とはいえ、日本史の授業でも学ぶようなことだ。多少興味を持って調べることがあってもおかしくない。
「そう、せっかくだし、簡単に説明しておくわね」
「ああ、頼む」
浩二はこの本の存在を知らなかったようだ、無理もないけど。
毎年のように生産され続ける膨大なコンテンツの中で、人が知ることが出来る数は限られる。
広告や紹介だって、若い人ほど面倒くさがって見ないから、そんなものだろうと思う。
それにこのエッセイ本は40年以上前に書かれたものだ、知らなくて当然というのが実際のところだろう。
“震災のピアニスト”
それがこのエッセイ本の題名である。本の表紙にはグランドピアノが置かれたホールが描かれているだけで中身は想像しづらいものであり、明言はされていないが出版された頃より前に起きた震災の話しが元になっているといわれている。
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