上 下
18 / 157

第五話「ロマンスの残響」2

しおりを挟む
 私がずっと舞台化したかった原作を演劇にして作り上げる、誰にも伝えずにずっと内に秘めてきた願望。
 願望はあっても、それを実行するのは自分の力だけではできないからとずっと諦めてきた。

 でも、今、それと真剣に向き合える時が来た。

  本当にまるで夢のよう、私の考えたアイディアに多くの人が手伝ってくれて、舞台に相応しい演劇が出来上がっていく。

 ―――そんな機会が、チャンスがまさか巡ってくるだなんて。

 私がずっと好きな原作のためにも、私は脚本を仕上げなければならない。
 資料をかき集めて、脚本の製作に取り掛かる。
 荒削りだった部分を一つ一つ埋めていきながら、隙のないように何度も確認を繰り返して形にしていく。

 私は浩二にあらかた今話せることを説明して脚本を書いていくために、浩二と喫茶店で話し合うことを決め、待ち合わせをした。

 付き合っていた頃はよく私の家まで迎えに来てくれていたけれど、それではダメだと思った私は駅前で待ち合わせをした。

 私服姿に身を包んで、駅前で待つ私。こうしてプライベートで、私服姿で浩二と会うのは久々だから、つい緊張してしまう。

 会う前からソワソワして、付き合っていた頃のことなんてなかったみたいに、上手に話せるだろうかと心配になって、遠くをつい見てしまう。

 雲が流れていく、漂い続ける入道雲。
 駅前に立っていると、沢山の人が私の前を通り過ぎていく。

 凛翔学園に入学して、一人暮らしを始めて、もう見慣れてしまった日常の光景。

 もはや装飾品でしかない腕時計を何度も確認して時間を確かめる、デジタルでない針が一秒ごとに進むのを見ていると、少し気持ちを落ち着かせることが出来た。
 
 待ち合わせ時刻まで、まだ5分前なのに、付き合い始めの頃のように妙に意識しすぎていた。

 やがて待ち合わせ時間になる前に、いつもと変わらない様子で浩二が到着した。

「待ったか?」
「そんなことないよ、ちょっと久しぶりだったからソワソワしてたけど」

 何事もなかったかのように私たちは、また、いつかのように隣合って歩いた。

「久しぶりだな、こうして歩くのも」
「そうね」

 時間が巻き戻ることはないけど、私たちはまた一緒に歩くことが出来るようになった、それは大きな変化だった。

 二人で唯花さんや水原さんの働く“ファミリア”に行く気持ちにはまだなれなかったのであらかじめ決めていた趣のある喫茶店に入った。

 落ち着きのある純喫茶となっている店内はジャズが流れている。
 私たちはお互いにアイスティーを注文して、席に着いた。
 話しを始めれば、次第に慣れてくるだろう、そう私は思って話しを早速始めることにした。

「浩二にも話したことなかったから、一から説明するわね」

 そう話しを切り出して、浩二に原作となっている一冊のエッセイ本を手渡した。
 電子書籍が主流の時代に、入手するのに苦労した一冊だ。

 私は年相応だと思っているけど、浩二から見れば私は大人びているらしい。生徒会副会長という役職がそれを印象付けていたからだと思うのだけど、決して真面目で堅物だと思われたいわけでもない。

 頼りない、信頼のおけない相手と思われるよりはずっといいけど、プライベートまでフランクに話してくれないのはちょっと寂しい。

 確かに会議の時は真面目にするけど、遊びに出かけるときは年相応に遊ぶ方だ。とはいえ、一人暮らしを始めてから、そういう機会も年々減ってはいるのだけど。
 そのことでいえば、浩二と付き合うことでいろんな場所に出掛けて一緒に居られたことは私にとっても楽しい思い出の数々だった。

 未だに一人暮らしの家に学園の人を入れたのは浩二一人だけだ。寂しい話だと思われるけど、私の家に友達が来ることで、印象が変わったと思われるのも怖いし、完璧に掃除や片付けをしているわけでもないから、つい遠慮して断ってしまうのだった。

 本を読むのは好きで、昔からこうしたエッセイ本や小説は読んでいる。
 浩二に手渡した一冊も私のお気に入りの一つである。

 後、私は見た目で印象を判断されたくないのもあって、普段はコンタクトをしている。大したことではないが、休日や一人で本を読むとき、今日のように浩二の前でしか眼鏡を付けることはない。

 浩二から見ると私の容姿は家庭教師のようで、それはそれでいいと言ってくれているけど、何だかそれを聞くと変態っぽい感想で複雑な気分だった。

 本のページを開く浩二のことを見て、どんな反応が返ってくるだろうかと考える。
 意見を交換し合って、脚本や台本を作り上げるのは時間のかかることだけど、浩二が相手なら苦にはならないだろうという確信があった。

「浩二は見たことある? 一応、映画にもなって上映してたこともあるんだけど」

 ミルクと砂糖を入れて、スプーンでグルグルとかき回しながら浩二に聞いた。
 カラカランと小気味良い氷の音がした。
 
「いや、この本のことは知らないな。でも、震災のことならそれなりには知ってるよ」

 そうだろうなと思った。
 私たちが生まれる前の事とはいえ、日本史の授業でも学ぶようなことだ。多少興味を持って調べることがあってもおかしくない。

「そう、せっかくだし、簡単に説明しておくわね」
「ああ、頼む」
 
 浩二はこの本の存在を知らなかったようだ、無理もないけど。
 毎年のように生産され続ける膨大なコンテンツの中で、人が知ることが出来る数は限られる。

 広告や紹介だって、若い人ほど面倒くさがって見ないから、そんなものだろうと思う。

 それにこのエッセイ本は40年以上前に書かれたものだ、知らなくて当然というのが実際のところだろう。


“震災のピアニスト”


 それがこのエッセイ本の題名である。本の表紙にはグランドピアノが置かれたホールが描かれているだけで中身は想像しづらいものであり、明言はされていないが出版された頃より前に起きた震災の話しが元になっているといわれている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

きんだーがーでん

紫水晶羅
ライト文芸
 同じ短大の保育科に通う、政宗、聖、楓、美乃里の四人は、入学当初からの気の合う仲間だ。  老舗酒蔵の跡取り息子でありながら、家を飛び出した政宗。複雑な家庭環境の下で育った聖。親の期待を一身に背負っている楓。両親の離婚の危機に怯える美乃里。  それぞれが問題を抱えながらも、お互い胸の内を明かすことができないまま、気がつくと二年生になっていた。  将来の選択を前に、少しずつ明らかになってくるそれぞれの想い。  揺れ動く心……。  そんな中、美乃里の不倫が発覚し、そこから四人の関係が大きく変わり始めていく。  保育士を目指す男女四人の、歪な恋と友情の物語。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

その演劇部は、舞台に上がらない

溝野重賀
ライト文芸
 そこはどこにでもあるありふれた部活だった。  名門でもなく伝説があるわけでもなく、普通の実力しかない小さな高校の演劇部だった。  大会に本気で勝ちたいと言う人もいれば、楽しくできればそれでいいという人もいて、  部活さえできればいいという人もいれば、バイトを優先してサボるという人もいて、  仲のいい奴もいれば、仲の悪いやつもいる。  ぐちゃぐちゃで、ばらばらで、ぐだぐだで  それでも青春を目指そうとする、そんなありふれた部活。    そんな部活に所属している杉野はある日、同じ演劇部の椎名に呼び出される。 「単刀直入に言うわ。私、秋の演劇大会で全国に出たいの」  すぐに返事は出せなかったが紆余曲折あって、全国を目指すことに。  そこから始まるのは演劇に青春をかけた物語。  大会、恋愛、人間関係。あらゆる青春の問題がここに。  演劇×青春×ヒューマンドラマ そして彼らの舞台はどこにあるのか。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

明日の「具」足

社 光
ライト文芸
とある都内のロフト付き格安マンション。作家を志す女性、源 哀留(みなもと あいる)はとある志を胸に抱きつつも遅々として進展することのない現状のまま、汚れが溜まる一方の部屋で味気ない食事を貪りその日々のほとんどをバイトとソシャゲの周回に費やす毎日を過ごしていた。  だが上場企業のエリート社員、榊 奈央(さかき なお)との出会いをきっかけに彼女の心境や生活、そして取り巻く環境そのものが大きく変化していくことになる。  自身の好意を認識しつつも他人との触れ合い方に置きな欠陥を抱える奈央との交流の中で哀留は自分の中で無くしかけていた情熱や思いやり、そして生きていく目標を思い出していく……  しかしそれはそれとして問題なのは、共に暮らしていく中で2人とも「料理が苦手」なコトであった。

猫縁日和

景綱
ライト文芸
 猫を介していろんな人たちと繋がるほっこりストーリー。 (*改稿版)  はじまりは777の数字。  小城梨花。二十五歳独身、ちょっとめんどくさがり屋のダメな女子。  仕事を辞めて数か月。  このままだと、家賃も光熱費も食費もままならない状況に陥ってしまうと、気が焦り仕事を探そうと思い始めた。  梨花は、状況打破しようと動き始めようとする。  そんなとき、一匹のサバトラ猫が現れて後を追う。行き着く先は、老夫婦の経営する花屋だった。  猫のおかげというべきか、その花屋で働くことに。しかも、その老夫婦は梨花の住むアパートの大家でもあった。そんな偶然ってあるのだろうか。梨花は感謝しつつも、花屋で頑張ることにする。  お金のためなら、いや、好きな人のためなら、いやいや、そうじゃない。  信頼してくれる老婦人のためなら仕事も頑張れる。その花屋で出会った素敵な男性のことも気にかかり妄想もしてしまう。  恋の予感?  それは勝手な思い込み?  もしかして、運気上昇している?  不思議な縁ってあるものだ。  梨花は、そこでいろんな人と出会い成長していく。

マインハール ――屈強男×しっかり者JCの歳の差ファンタジー恋愛物語

花閂
ライト文芸
「お前……俺を拾えよ」 アキラは或る日、通い慣れた通学路で〝白い男〟を拾った。 屈強な肉体を持ち無精髭を生やした、装束、肌、髪、瞳までも真っ白な奇っ怪な男――――その背にはまるで天使のような翼があった。 此処とは異なる世界からやってきたと言うその男は、アキラの危機を救い、そこから奇妙な共同生活が始まる。尊大で冷酷な男ながらも、アキラの優しさや純粋さに心を許し、次第に惹かれてゆく。 しかし、アキラには人を愛すことができない心の傷があった。 キミは、ボクの最初で最後のおとぎ話――――

鳥に追われる

白木
ライト文芸
突然、町中を埋め尽くし始めた鳥の群れ。 海の上で燃える人たち。不気味な心臓回収人。死人の乗る船。僕たち三人は助かるの?僕には生きる価値があるの?旅の最後に選ばれるのは...【第一章】同じ会社に務める気弱な青年オオミと正義感あふれる先輩のアオチ、掴みどころのない年長のオゼは帰省のため、一緒に船に乗り込む。故郷が同じこと意外共通点がないと思っていた三人には、過去に意外なつながりがあった。疑心暗鬼を乗せたまま、もう、陸地には戻れない。【第二章】突然ぶつかってきた船。その船上は凄惨な殺人が起きた直後のようだった。二つ目の船の心臓回収人と乗客も巻き込んで船が進む先、その目的が明かされる。【第三章】生き残れる乗客は一人。そんなルールを突きつけられた三人。全員で生き残る道を探し、ルールを作った張本人からの罠に立ち向かう。【第四章】減っていく仲間、新しく加わる仲間、ついに次の世界に行く者が決まる。どうして選別は必要だったのか?次の世界で待ち受けるものは?全てが明かされる。

処理中です...