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第一話「魔女と魔王」3
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昼休みになり、知枝と光は二人で食堂に来ていた。
知枝は席を確保するために、テーブルの空き具合を確認して、まだ共同生活を始めたばかりの三つ子の姉弟で並んで座れるよう、光と後で同席する水原舞の分の席を確保した。
一方、光は知枝からランチの注文内容を聞いて、券売機へと向かった。
券売機で食券を買えば、あとは呼び出し番号に従って、ランチが出来上がれば呼び出された通り、取りに行くだけだ。
光は注文を済ませて、知枝のもとへと向かった。
「お待たせ、お姉ちゃん」
「うん、ありがとう」
「何だか、難しい顔してるけどどうしたの?」
光は知枝のことを気遣って、心配そうに知枝の表情を覗き込んだ。
「難しい顔?」
光の言葉に首を傾げて知枝は言った。
「浮かない顔って言った方がよかったかな……、ずっと考え込んでる様子だったから」
「そうだった? 大丈夫大丈夫だいじょうぶー! 心配ないよ。今更にね、私って、知らないことたくさんあるなって思い知って、ちょっとね……」
研二との会話がまだ知枝の中で尾を引いている部分があり、つい表情が硬くなっていたのだと知枝は気づいた。
もしかしたらあの転校生と何かあったのかもと光は思ったが、食事の席で質問するのは遠慮することにした。
「そうなんだ、そういえば料理は覚えたの?」
「えっ? あー、覚えたから今度はお弁当にして持ってくるから全部食べてね」
知枝は一転して光を安心させてあげるためにも笑顔を浮かべた。
「いや、やっぱりいいよ、今の発言は忘れて」
「何? お姉ちゃんの作る料理は食べられないってコト?」
知枝は頬を膨らませ、疑いの目をもって、すっと光に顔を近づけた。
「ち、近いよぉ、お姉ちゃん……、大丈夫大丈夫、料理くらいすぐできるようになるよ」
「納得いかないな……、光の方がずっと得意じゃない」
「そういうこともあるって」
今朝の朝食を作ったのは光だった。
朝から光の具たっぷりのクラムチャウダーを食べ、知枝はほっぺが落ちそうなほどに舌鼓打つことになった。
その出来栄えを見て知枝は驚き、緩んだ表情のまま喜んで食べたが、自分が料理をするのは苦手なこともあって最終的には姉弟の差を見せつけられた形で落ち込んでいた。
知枝はクッキーやチョコレートなどのお菓子作りの失敗談を時折光に話していて、そのたびに苦笑いをされており、料理に関する信用はなかった。
「ケガしないのが一番だから、無理しなくていいんじゃない?」
「何だか負けた気分になっちゃう、それは嫌だな……」
そうこう話していると、食堂にあるディスプレイに注文番号が表示されたので、今度は知枝が取りに行く。
「舞、まだ来てないみたいね」
ランチプレートの乗ったトレイをもって、知枝が戻ってきても、舞はまだ姿を見せなかった。
舞が来てくれれば共同生活を始めた三つ子三人が揃うところだが、生憎、そう上手くは行かなかった。
「教室で寝てるのかも、返事来ないからさ」
光がコンタクトレンズ形状の端末で確認して答える。このデバイスは生体ネットワークが広まる以前から使われてきたテクノロジーでコンタクト代わりに目につけることで液晶代わりになる。
端末の電源のオン、オフが簡単に切り替えられるので(瞬きの仕方や指紋認証などさまざまな手法での切り替えができ、自由に自分に合った方法を選択することが出来る)、慣れると手に持って操作するより、手早く確認が取れる。
ウォッチタイプやスマートグラスが全盛期となった後の次世代型端末として、親しまれてきている。
「それじゃあ、先にいただきますか」
「うん、舞にはパンを買って、後で教室まで見に行ってみるよ」
「うん、そういう気遣い、舞も喜ぶと思う」
知枝は少し和やかな表情を取り戻して、光と同じランチプレートに手を伸ばす。
オムライスとエビフライの乗ったランチプレート。キノコ入りのデミグラスソースたっぷりのオムライスとタルタルソースのかかったエビフライ、サウザンドレッシングのかかったシーフードサラダもあり、ボリュームは十分だった。
「ずっと考えていたことだけど」
食事を摂りながら、知枝はそう切り出して話し始めた。
「さっきの転校生、黒沢研二って人、もう一つの顔があるのよね」
「調べてたんだ」
知枝の言葉に光はやっぱりと内心で思いながら、感心するように答えた。知枝が転校生の黒沢研二の事をずっと考えていたことは光にも予想がついていた。知枝は光の言葉に頷いて話をつづけた。
「あの黒沢研二という人、エルガー・フランケンと同一人物だそうよ」
「えっ?! 空中絵画の?」
「えぇ、プリミエールの報告書に記載されていた情報だから間違いはないわ」
空中絵画、英語ではAir pictureと呼ばれている。
エルガー・フランケンが4年前に初めて精巧で完成度の高い作品を世に発表したことで知られている。その時の作品が“天国への花束”、亡き母に捧げた傑作であると言われている。
技術的にはかなり前から提唱はされていたが、彼の作品のように一時間近く長い時間同じ形状を維持するのは困難とされてきた。
彼自身がどのようなからくりで作品を空中にアートしているか、その手法は現在も分かっていない。
精工なカラースプレーなどを中空に撒いたとしても、彼の作品のようにはならないかつ、ヘリコプターやドローンなどが絵画を描く姿も確認されていない。
そうした謎の多いことから、“天空の魔術師”の異名を持っている。
「まさか……、有名だけど、一切メディアに出てこないゴーストアーティストなのに。
いろんな噂はあるけど、どれも信憑性のないものばかりだよね」
興味を持って調べれば、そういった噂の類は情報として見つけることが出来る。
「有名であればこそよね、妄想のような仮説とかフェイクニュースが流れるのは。
でも、間違いはないと思う、彼の本当の母親は日本人の画家で清水沙耶だそうだから」
光は絶句した。彼女もまた有名な日本の画家である。
デジタルが大半を占める絵画の世界で、彼女は長くキャンパスアートを続けてきた。
独自の世界観にこだわった彼女のアート作品を愛する人は多いだけに、光が驚くのも納得のいく訳だった。
今やデジタルデータの著作権保護の影響は大きく、有名なイラストレーターのイラストは一点ものとして普及しているものが大半になり、顧客のみが所有可能となっていることが多い。
結果的にそれはさらなる紙媒体の発行数の減少の要因にもなっている。
閲覧自体に価格が設計されているものも多く、デジタルデータであれ“モノ”と大きな差異がないまでに時代は変化している。
「そういえば、エルガー・フランケンの次の作品の発表は今日だったっけ?」
「ええ、ニュースにもなっていたわね。日本で公開予告がされたのは処女作の“天国への花束”以来だから」
4年前の処女作以降、彼の空中絵画は世界中を舞台に変えた。
そのため、今回の日本での公開は世界的な大きな話題となっていた。
知枝の今、持っている情報によれば、4年前の処女作の発表前に彼の母親の清水沙耶は亡くなっている。世の中的には彼の作品は“有名な画家”の死を悼むものとして語られているが、知枝は母親の死を弔うためであったと推測している。
「なんだったっけ? SNSで予告されてた、彼の次の作品の名前……」
自身との関連性を主体とする情報社会の中で、光は疎い分野でもあったためにすぐに思い出せないようだ。
知枝はあまり口に出したくはなかったが、光の疑問に仕方なく答えることにした。
「“魔法使いと繋がる世界”」
知枝は静かに、はっきりとした口調で答えた。
それが一体どんな空中絵画であるのか、知枝は黒沢研二との先ほどの会話も思い出して、他人事とは思えない気持ちが膨らんで、想像するだけでも胸が苦しくなるのだった。
黒沢研二がエルガー・フランケンだと知るものは、ほぼいない。
そして、彼が“魔法使い”と関連深いことも。
今回の空中絵画で何を見せつけられることになるのか、そんな不安と恐怖心が知枝の中で渦巻いていた。
「でも、確かに黒沢君の転校と4年ぶりに日本で発表されるエルガー・フランケンの絵画、無関係ではないと推測は立つし、プリミエールさんの情報なら信憑性は高いかな」
知枝の不安そうな心情が伝染して、光の表情も曇る。
「彼が何を考えてるかは分からないけど、光たちには面倒かけさせないようにしてみるから」
「また、お姉ちゃんは責任を背負い込もうとしてるね?」
「そんなことないそんなことないそんなことない!」
「本当かな? 心配だなぁ」
必死に首を振って知枝は否定してみせるが、光から疑いの目が解かれることはなかった。
(彼が私のことを追って、日本に来たという私の推測が確かなら、おそらく魔法使いであった“祖母”や私に関係があるということなのだろう)
知枝はまた新たな火種を予感した。
話しはそこで一段落して、そこからは他愛ない日常会話に戻りながら光とランチプレートを完食するまで食べ続けた。
舞との昼食を心待ちにしていたものの、最後まで舞が食堂に来ることはなく、食事を終えると、二人は仲良く教室に戻った。
知枝は席を確保するために、テーブルの空き具合を確認して、まだ共同生活を始めたばかりの三つ子の姉弟で並んで座れるよう、光と後で同席する水原舞の分の席を確保した。
一方、光は知枝からランチの注文内容を聞いて、券売機へと向かった。
券売機で食券を買えば、あとは呼び出し番号に従って、ランチが出来上がれば呼び出された通り、取りに行くだけだ。
光は注文を済ませて、知枝のもとへと向かった。
「お待たせ、お姉ちゃん」
「うん、ありがとう」
「何だか、難しい顔してるけどどうしたの?」
光は知枝のことを気遣って、心配そうに知枝の表情を覗き込んだ。
「難しい顔?」
光の言葉に首を傾げて知枝は言った。
「浮かない顔って言った方がよかったかな……、ずっと考え込んでる様子だったから」
「そうだった? 大丈夫大丈夫だいじょうぶー! 心配ないよ。今更にね、私って、知らないことたくさんあるなって思い知って、ちょっとね……」
研二との会話がまだ知枝の中で尾を引いている部分があり、つい表情が硬くなっていたのだと知枝は気づいた。
もしかしたらあの転校生と何かあったのかもと光は思ったが、食事の席で質問するのは遠慮することにした。
「そうなんだ、そういえば料理は覚えたの?」
「えっ? あー、覚えたから今度はお弁当にして持ってくるから全部食べてね」
知枝は一転して光を安心させてあげるためにも笑顔を浮かべた。
「いや、やっぱりいいよ、今の発言は忘れて」
「何? お姉ちゃんの作る料理は食べられないってコト?」
知枝は頬を膨らませ、疑いの目をもって、すっと光に顔を近づけた。
「ち、近いよぉ、お姉ちゃん……、大丈夫大丈夫、料理くらいすぐできるようになるよ」
「納得いかないな……、光の方がずっと得意じゃない」
「そういうこともあるって」
今朝の朝食を作ったのは光だった。
朝から光の具たっぷりのクラムチャウダーを食べ、知枝はほっぺが落ちそうなほどに舌鼓打つことになった。
その出来栄えを見て知枝は驚き、緩んだ表情のまま喜んで食べたが、自分が料理をするのは苦手なこともあって最終的には姉弟の差を見せつけられた形で落ち込んでいた。
知枝はクッキーやチョコレートなどのお菓子作りの失敗談を時折光に話していて、そのたびに苦笑いをされており、料理に関する信用はなかった。
「ケガしないのが一番だから、無理しなくていいんじゃない?」
「何だか負けた気分になっちゃう、それは嫌だな……」
そうこう話していると、食堂にあるディスプレイに注文番号が表示されたので、今度は知枝が取りに行く。
「舞、まだ来てないみたいね」
ランチプレートの乗ったトレイをもって、知枝が戻ってきても、舞はまだ姿を見せなかった。
舞が来てくれれば共同生活を始めた三つ子三人が揃うところだが、生憎、そう上手くは行かなかった。
「教室で寝てるのかも、返事来ないからさ」
光がコンタクトレンズ形状の端末で確認して答える。このデバイスは生体ネットワークが広まる以前から使われてきたテクノロジーでコンタクト代わりに目につけることで液晶代わりになる。
端末の電源のオン、オフが簡単に切り替えられるので(瞬きの仕方や指紋認証などさまざまな手法での切り替えができ、自由に自分に合った方法を選択することが出来る)、慣れると手に持って操作するより、手早く確認が取れる。
ウォッチタイプやスマートグラスが全盛期となった後の次世代型端末として、親しまれてきている。
「それじゃあ、先にいただきますか」
「うん、舞にはパンを買って、後で教室まで見に行ってみるよ」
「うん、そういう気遣い、舞も喜ぶと思う」
知枝は少し和やかな表情を取り戻して、光と同じランチプレートに手を伸ばす。
オムライスとエビフライの乗ったランチプレート。キノコ入りのデミグラスソースたっぷりのオムライスとタルタルソースのかかったエビフライ、サウザンドレッシングのかかったシーフードサラダもあり、ボリュームは十分だった。
「ずっと考えていたことだけど」
食事を摂りながら、知枝はそう切り出して話し始めた。
「さっきの転校生、黒沢研二って人、もう一つの顔があるのよね」
「調べてたんだ」
知枝の言葉に光はやっぱりと内心で思いながら、感心するように答えた。知枝が転校生の黒沢研二の事をずっと考えていたことは光にも予想がついていた。知枝は光の言葉に頷いて話をつづけた。
「あの黒沢研二という人、エルガー・フランケンと同一人物だそうよ」
「えっ?! 空中絵画の?」
「えぇ、プリミエールの報告書に記載されていた情報だから間違いはないわ」
空中絵画、英語ではAir pictureと呼ばれている。
エルガー・フランケンが4年前に初めて精巧で完成度の高い作品を世に発表したことで知られている。その時の作品が“天国への花束”、亡き母に捧げた傑作であると言われている。
技術的にはかなり前から提唱はされていたが、彼の作品のように一時間近く長い時間同じ形状を維持するのは困難とされてきた。
彼自身がどのようなからくりで作品を空中にアートしているか、その手法は現在も分かっていない。
精工なカラースプレーなどを中空に撒いたとしても、彼の作品のようにはならないかつ、ヘリコプターやドローンなどが絵画を描く姿も確認されていない。
そうした謎の多いことから、“天空の魔術師”の異名を持っている。
「まさか……、有名だけど、一切メディアに出てこないゴーストアーティストなのに。
いろんな噂はあるけど、どれも信憑性のないものばかりだよね」
興味を持って調べれば、そういった噂の類は情報として見つけることが出来る。
「有名であればこそよね、妄想のような仮説とかフェイクニュースが流れるのは。
でも、間違いはないと思う、彼の本当の母親は日本人の画家で清水沙耶だそうだから」
光は絶句した。彼女もまた有名な日本の画家である。
デジタルが大半を占める絵画の世界で、彼女は長くキャンパスアートを続けてきた。
独自の世界観にこだわった彼女のアート作品を愛する人は多いだけに、光が驚くのも納得のいく訳だった。
今やデジタルデータの著作権保護の影響は大きく、有名なイラストレーターのイラストは一点ものとして普及しているものが大半になり、顧客のみが所有可能となっていることが多い。
結果的にそれはさらなる紙媒体の発行数の減少の要因にもなっている。
閲覧自体に価格が設計されているものも多く、デジタルデータであれ“モノ”と大きな差異がないまでに時代は変化している。
「そういえば、エルガー・フランケンの次の作品の発表は今日だったっけ?」
「ええ、ニュースにもなっていたわね。日本で公開予告がされたのは処女作の“天国への花束”以来だから」
4年前の処女作以降、彼の空中絵画は世界中を舞台に変えた。
そのため、今回の日本での公開は世界的な大きな話題となっていた。
知枝の今、持っている情報によれば、4年前の処女作の発表前に彼の母親の清水沙耶は亡くなっている。世の中的には彼の作品は“有名な画家”の死を悼むものとして語られているが、知枝は母親の死を弔うためであったと推測している。
「なんだったっけ? SNSで予告されてた、彼の次の作品の名前……」
自身との関連性を主体とする情報社会の中で、光は疎い分野でもあったためにすぐに思い出せないようだ。
知枝はあまり口に出したくはなかったが、光の疑問に仕方なく答えることにした。
「“魔法使いと繋がる世界”」
知枝は静かに、はっきりとした口調で答えた。
それが一体どんな空中絵画であるのか、知枝は黒沢研二との先ほどの会話も思い出して、他人事とは思えない気持ちが膨らんで、想像するだけでも胸が苦しくなるのだった。
黒沢研二がエルガー・フランケンだと知るものは、ほぼいない。
そして、彼が“魔法使い”と関連深いことも。
今回の空中絵画で何を見せつけられることになるのか、そんな不安と恐怖心が知枝の中で渦巻いていた。
「でも、確かに黒沢君の転校と4年ぶりに日本で発表されるエルガー・フランケンの絵画、無関係ではないと推測は立つし、プリミエールさんの情報なら信憑性は高いかな」
知枝の不安そうな心情が伝染して、光の表情も曇る。
「彼が何を考えてるかは分からないけど、光たちには面倒かけさせないようにしてみるから」
「また、お姉ちゃんは責任を背負い込もうとしてるね?」
「そんなことないそんなことないそんなことない!」
「本当かな? 心配だなぁ」
必死に首を振って知枝は否定してみせるが、光から疑いの目が解かれることはなかった。
(彼が私のことを追って、日本に来たという私の推測が確かなら、おそらく魔法使いであった“祖母”や私に関係があるということなのだろう)
知枝はまた新たな火種を予感した。
話しはそこで一段落して、そこからは他愛ない日常会話に戻りながら光とランチプレートを完食するまで食べ続けた。
舞との昼食を心待ちにしていたものの、最後まで舞が食堂に来ることはなく、食事を終えると、二人は仲良く教室に戻った。
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