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アフターストーリー2「夏の終わり、変わったこと、変わらないこと」3
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「じゃあ遠慮なく話すね」と私は前置きをして、いざ、覚悟を決めて渇きそうになる口を開いた。
「”奥野先生のこと、覚えてるでしょ?”」
私は懐かしい話を持ち出した。
「”そりゃあ、覚えてるよ、ちづるの初恋相手だもん”」
持ち出しておいてなんだけど、面と向かって”初恋相手”とはっきり言われると気恥ずかしさと一緒に、言語化したくない感情が沸々と湧き上がってくる、あぁ、本当にいけないことだ。
「やっぱり覚えてるよね……、私が自殺しようとした理由。
その最後のスイッチを押したのは、奥野先生なの」
あぁ、ついに言ってしまった……。
ずっと閉じ込めていた秘密、墓場まで持っていくつもりだったのに。
でも、もういいよね? 全部話してしまったって。
隠していた邪悪な感情が、言葉と一緒に内側から込み上げてくるのを私はグッと堪えた。
「どういうこと? もしかして、先生と会ったの?」
裕子は急な話のネタにクエスチョンマークが灯っていることだろう。
それはそうだ、高校受験をきっかけに当時、私を担当してくれた家庭教師である奥野先生とは知り合ったのだ、会わなくなってもう随分前になる。今更と思うのは当然だろう。
「うん、お父さんが家に帰って来なくなって、嫌な報道がされて、家にいるのも嫌になって、そんな時だった、奥野先生と公園で偶然再会したのは」
あの頃の心情を思い出すのは今でも辛いほどだ、本当に救いようのない状況だったと思う。
だから、少しくらい羽目を外して、自暴自棄になってしまったのは仕方なかったのだ。
「そんなことがあったんだ……、全然考えもしなかった」
奥野先生のことを知っているのは、今では母親と中学生時代からの友達である裕子くらいなものだ。
「それはそうだよ、私もまさか再会することになるなんて思わなかったんだから」
落ち込んでいた私に奥野先生は優しくて……、それから……。
「私はね、嬉しかったの。あの大好きだった奥野先生に親身に心配されて、優しくしてくれて。
学校の教師をしているってことは知ってたし、聞いたけど、私はそれも立派になったんだなって思って嬉しかった」
私の話しを真剣な瞳で裕子は聞いている。
やたら長くて重い話を、就寝前に裕子は嫌な顔一つせず聞いてくれた。
私はここで一度、一呼吸置いた、話し疲れたわけじゃないけど理由があった。
ここからの話しを、どう言葉にするか、私はずっと悩んできたのだ。
曖昧に済ませても要領を得ないことは分かり切っていたから、私は悩んだけどやっぱり事実だけを簡潔に説明することに決めた。
「それでね、私はそれから奥野先生の家に行った。
奥野先生が言ってくれたの、あれからもずっと私のことを想ってたって。気にかけていたって。
本当に都合のいい話だよね……」
私は思わず苦笑した。よく考えたらそれが”誘い文句”だって気付いていいところだった。
裕子は息を呑んで、この後の展開を察した様子だった。
「心配しなくていいって、前もって言葉を言ってくれた通り奥野先生の家には誰もいなかった。
でも、一人で住むには広いくらいの家だったから、もうちょっとこの時点で疑っていれば、良かったのかも、その時の私に今更言っても仕方ないけど。
――――気付いたらベッドの上だったよ。
いっぱい好きだって言い合って、いっぱいお互いに身体を触って、嫌なことをどんどん忘れるくらい、刺激的な体験ばかりだったよ、その時が私は初めてだったからね」
「ちづる……、無理に話さなくても……」
裕子が私の心情を察して痛々しい表情を浮かべて言ってくれたけど、私は話しを続けた。
「私は先生の欲望を受け入れた、初体験だった。
股の間から血が流れて、凄く痛くて、でもたまらないくらい嬉しかった。
だって、裕子も知っている通り私の憧れだったから、先生は。
嬉しくて当然だったんだ……、先生が一生懸命に腰を振って、私はそれに耐えたよ、ギュッとベッドシーツを握りしめて。
恋人のいる女子はみんなこんなことをしてきたんだって思った。
段々身体が熱くなって、もっと敏感なところが濡れていくのが分かって、私って本当に先生のことが好きだったんだって思えて、嬉しかったよ。
ちゃんと最後まで受け入れられたことが、嬉しかったんだよ」
「ちづる……、ダメだよ、それ以上は」
裕子はもう涙ぐんでいた。
涙声でこれ以上先を言ってはダメだと制止するが、私は話すことを躊躇わなかった。
「生々しくてゴメンね、裕子、あとちょっとだから……。
満足するまでやることやって、性行為が全部終わって、先生がお風呂に行ってる間、私は薄暗い部屋の中、ぼんやりリビングの方を見たの。
それでね、液晶テレビの上に置いてあるレンズに気付いたの。
ゾクっと来るくらい、冷や汗を掻いたよ。
そんなはずない……、信じたくなんてないと思いながらテレビの電源を付けて、ちょっとボタンを弄ったら、すぐにこの部屋の景色が画面に映ったよ。
あぁ……、全部録画されてたんだって思った。
何のため? 何て考えるのは野暮だよね……、もちろん先生に聞けるはずもないよね。
それで、私は怖くなって帰ろうと思って、服を着て外に出ようと思ったの。
でも、あとちょっとのところで、玄関の扉が開いて、女の人が立ってた。
先生には奥さんがいたの。
私には隠してた、大切な人がいたの。
そこから私はその人に詰め寄られて、凄い剣幕で怒鳴り始めて全部私の責任にされた。
その人は自分の年齢を気にしてるみたいだった、当たり前って言えば当たり前のことかもしれないけど、もう、私が一方的に略奪したみたいな話になって、私はボロボロになって家から逃げ出した。
私は本当に何も知らなくて連れ込まれただけなのに……。
後は……、気付いたらビルの屋上に立ってた。
足がガクガクするくらい痛くて、涙が止まらなくて、全部どうでも良くなった。
だから、死んだ方がマシだって思ったの。
良いことなんて、この先待ってるはずないって。
生きていたって苦しいだけだって。
馬鹿馬鹿しいことだって笑っちゃうけど、やっぱり凄く辛かったよ。
思い出すのも、背負って生きるのも、もう考えられなかったよ」
身を投げた時の心境まで全部話し終えた後で、何も残らないことは分かっていたけど、ただ、自分の中でずっと溜め込んだことを吐き出せてよかったと思った。
裕子が話しを聞いて感想を言うことはなかったけど、ずっと私が眠りに着くまで抱きしめてくれた。
これで少しは、これからは間違えずに済むと思えた。
「―――――聞いてくれてありがとう」
そう一言、言葉を告げた頃には時刻は深夜帯まで回っていた。
私の長い反省会がこうして終わった。
夏が終わり、明日から新しい日常が始まる。
だから、余計なことを思い出すのはこれが最後。
”裕子……、私、本当に大切な人が見つかったから大丈夫だよ”
目を瞑りながら、私は心の中で呟いた。
新島君の笑顔や、私相手に身構える姿がまた恋しくなった。
”まぁいっか、家に帰ったらまたいつでも会えるんだから”
私の選んだ選択が正しいかは、この先になってみないと分からないけど、帰る場所があるというだけで、私は報われた気持ちになれたのだった。
「”奥野先生のこと、覚えてるでしょ?”」
私は懐かしい話を持ち出した。
「”そりゃあ、覚えてるよ、ちづるの初恋相手だもん”」
持ち出しておいてなんだけど、面と向かって”初恋相手”とはっきり言われると気恥ずかしさと一緒に、言語化したくない感情が沸々と湧き上がってくる、あぁ、本当にいけないことだ。
「やっぱり覚えてるよね……、私が自殺しようとした理由。
その最後のスイッチを押したのは、奥野先生なの」
あぁ、ついに言ってしまった……。
ずっと閉じ込めていた秘密、墓場まで持っていくつもりだったのに。
でも、もういいよね? 全部話してしまったって。
隠していた邪悪な感情が、言葉と一緒に内側から込み上げてくるのを私はグッと堪えた。
「どういうこと? もしかして、先生と会ったの?」
裕子は急な話のネタにクエスチョンマークが灯っていることだろう。
それはそうだ、高校受験をきっかけに当時、私を担当してくれた家庭教師である奥野先生とは知り合ったのだ、会わなくなってもう随分前になる。今更と思うのは当然だろう。
「うん、お父さんが家に帰って来なくなって、嫌な報道がされて、家にいるのも嫌になって、そんな時だった、奥野先生と公園で偶然再会したのは」
あの頃の心情を思い出すのは今でも辛いほどだ、本当に救いようのない状況だったと思う。
だから、少しくらい羽目を外して、自暴自棄になってしまったのは仕方なかったのだ。
「そんなことがあったんだ……、全然考えもしなかった」
奥野先生のことを知っているのは、今では母親と中学生時代からの友達である裕子くらいなものだ。
「それはそうだよ、私もまさか再会することになるなんて思わなかったんだから」
落ち込んでいた私に奥野先生は優しくて……、それから……。
「私はね、嬉しかったの。あの大好きだった奥野先生に親身に心配されて、優しくしてくれて。
学校の教師をしているってことは知ってたし、聞いたけど、私はそれも立派になったんだなって思って嬉しかった」
私の話しを真剣な瞳で裕子は聞いている。
やたら長くて重い話を、就寝前に裕子は嫌な顔一つせず聞いてくれた。
私はここで一度、一呼吸置いた、話し疲れたわけじゃないけど理由があった。
ここからの話しを、どう言葉にするか、私はずっと悩んできたのだ。
曖昧に済ませても要領を得ないことは分かり切っていたから、私は悩んだけどやっぱり事実だけを簡潔に説明することに決めた。
「それでね、私はそれから奥野先生の家に行った。
奥野先生が言ってくれたの、あれからもずっと私のことを想ってたって。気にかけていたって。
本当に都合のいい話だよね……」
私は思わず苦笑した。よく考えたらそれが”誘い文句”だって気付いていいところだった。
裕子は息を呑んで、この後の展開を察した様子だった。
「心配しなくていいって、前もって言葉を言ってくれた通り奥野先生の家には誰もいなかった。
でも、一人で住むには広いくらいの家だったから、もうちょっとこの時点で疑っていれば、良かったのかも、その時の私に今更言っても仕方ないけど。
――――気付いたらベッドの上だったよ。
いっぱい好きだって言い合って、いっぱいお互いに身体を触って、嫌なことをどんどん忘れるくらい、刺激的な体験ばかりだったよ、その時が私は初めてだったからね」
「ちづる……、無理に話さなくても……」
裕子が私の心情を察して痛々しい表情を浮かべて言ってくれたけど、私は話しを続けた。
「私は先生の欲望を受け入れた、初体験だった。
股の間から血が流れて、凄く痛くて、でもたまらないくらい嬉しかった。
だって、裕子も知っている通り私の憧れだったから、先生は。
嬉しくて当然だったんだ……、先生が一生懸命に腰を振って、私はそれに耐えたよ、ギュッとベッドシーツを握りしめて。
恋人のいる女子はみんなこんなことをしてきたんだって思った。
段々身体が熱くなって、もっと敏感なところが濡れていくのが分かって、私って本当に先生のことが好きだったんだって思えて、嬉しかったよ。
ちゃんと最後まで受け入れられたことが、嬉しかったんだよ」
「ちづる……、ダメだよ、それ以上は」
裕子はもう涙ぐんでいた。
涙声でこれ以上先を言ってはダメだと制止するが、私は話すことを躊躇わなかった。
「生々しくてゴメンね、裕子、あとちょっとだから……。
満足するまでやることやって、性行為が全部終わって、先生がお風呂に行ってる間、私は薄暗い部屋の中、ぼんやりリビングの方を見たの。
それでね、液晶テレビの上に置いてあるレンズに気付いたの。
ゾクっと来るくらい、冷や汗を掻いたよ。
そんなはずない……、信じたくなんてないと思いながらテレビの電源を付けて、ちょっとボタンを弄ったら、すぐにこの部屋の景色が画面に映ったよ。
あぁ……、全部録画されてたんだって思った。
何のため? 何て考えるのは野暮だよね……、もちろん先生に聞けるはずもないよね。
それで、私は怖くなって帰ろうと思って、服を着て外に出ようと思ったの。
でも、あとちょっとのところで、玄関の扉が開いて、女の人が立ってた。
先生には奥さんがいたの。
私には隠してた、大切な人がいたの。
そこから私はその人に詰め寄られて、凄い剣幕で怒鳴り始めて全部私の責任にされた。
その人は自分の年齢を気にしてるみたいだった、当たり前って言えば当たり前のことかもしれないけど、もう、私が一方的に略奪したみたいな話になって、私はボロボロになって家から逃げ出した。
私は本当に何も知らなくて連れ込まれただけなのに……。
後は……、気付いたらビルの屋上に立ってた。
足がガクガクするくらい痛くて、涙が止まらなくて、全部どうでも良くなった。
だから、死んだ方がマシだって思ったの。
良いことなんて、この先待ってるはずないって。
生きていたって苦しいだけだって。
馬鹿馬鹿しいことだって笑っちゃうけど、やっぱり凄く辛かったよ。
思い出すのも、背負って生きるのも、もう考えられなかったよ」
身を投げた時の心境まで全部話し終えた後で、何も残らないことは分かっていたけど、ただ、自分の中でずっと溜め込んだことを吐き出せてよかったと思った。
裕子が話しを聞いて感想を言うことはなかったけど、ずっと私が眠りに着くまで抱きしめてくれた。
これで少しは、これからは間違えずに済むと思えた。
「―――――聞いてくれてありがとう」
そう一言、言葉を告げた頃には時刻は深夜帯まで回っていた。
私の長い反省会がこうして終わった。
夏が終わり、明日から新しい日常が始まる。
だから、余計なことを思い出すのはこれが最後。
”裕子……、私、本当に大切な人が見つかったから大丈夫だよ”
目を瞑りながら、私は心の中で呟いた。
新島君の笑顔や、私相手に身構える姿がまた恋しくなった。
”まぁいっか、家に帰ったらまたいつでも会えるんだから”
私の選んだ選択が正しいかは、この先になってみないと分からないけど、帰る場所があるというだけで、私は報われた気持ちになれたのだった。
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