神様のボートの上で

shiori

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エピローグ「君とそばにいるためのたった一つの方法」3

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 8月の終わりも近い、夏祭りの日、私は山口さんの家に来ていた。元々旅館だったというだけあって立派なお屋敷に圧倒されながら、大きな和室に案内されて、山口さんに浴衣を着付けさせてもらった。

「着物じゃないけど、浴衣姿もとっても素敵ね」

「ありがとう、髪まで結んでもらっちゃって」

「いいのよ、これは感謝の印、約束だからね」

 私はウイッグを着けるのをやめてショートヘアのまま山口さんの前に立っている、ウィッグをつけているほうが見栄えはいいのかもしれないけれど、でもこれからはありのままの自分でいたかった。

 まだ髪は短くて手術痕が消えることはないけど、もう今の自分を受け入れて、これが自分の身体なのだと思うことにした。

 それほど目立つわけじゃないから傍目にそんなところまでジロジロと細かく見て気付く人は少ないだろうけど、それでもこれが今の私なりの気持ちの変化の現れだった。

 夕方が近づいて、陽が傾いてオレンジの色に空が染まり始める中、私と山口さんは浴衣姿で神社へと向かう。

 神社が近づいてくると祭囃子が聞こえ始め、平和が戻ってきたような感覚を覚えた。
 山口さんは私と新島君が入れ替わっていたことなんて知らない、それだけ新島君の演技がうまかったということなのか疑問だけど、こうして友達が増えたことは純粋に嬉しかった。

「でも、本当に進藤さんには驚かされてばっかり、本当に真犯人を見つけ出しちゃうなんて」

「運が良かっただけだよ」

「そんなことない、お父さんを助けたいっていう気持ちがあったから出来たことだと思う、私だったら怖くてそこまでできなかったな。批判を受け止めながら、信じて立ち向かうのは簡単な事でないわ」

 こうして褒めてもらえるのは素直に嬉しいが私の功績というわけでもないので何だか複雑な心境だった。山口さんにも納得してもらえるだけの結果が残せてよかった、素直にそう思った。

「ちづるーー!! 山口さんーーー!!」

 私たちを呼んだのは元気な声で呼んだのは裕子だった。神社までの途中の道で待っていた裕子はこっちこっちとブンブン手を振りながら、すでに浴衣姿で準備万端だった。

「裕子似合ってるね、浴衣姿」

「二人には負けるよ~!」

 今日も元気そうな裕子が笑って答えた。周りから見れば結構イケてる三人組に見えるだろうか?、そうだといいなぁだなんて思いながら私たちは無事合流した。

「さぁさぁ、もう少しだから、神社へ急ぎましょ」

 私の手を引いて、サンダルを履いた裕子が歩き出した。
 こんなところで急にナンパしてくる罰当たりはいないと思うけど、こうして三人で歩く光景は女子校生らしい華やかさもあって、気分も上々だった。


「あら、あれは文芸部の二人組」


 神社に着いたところで待っていたのは、秋葉君と大島君の二人だった。

「よっす」

 私服姿の秋葉君がちょっと遠慮がちに挨拶をする、まだ完全には気持ちは晴れてないようだ。
 多少、新島君から事情は聞いているものの、裕子から何を言われたのかは未だ知らない。
 今はさすがに許されているだろうから、私が優しく接してあげても良い頃合いなのかもしれない。相手をする自信は新島君のようにないけど。

「二人も呼んでたんだ」

 山口さんが言った。

「せっかくだからね」

 裕子がそう言って先に進んでいく、前向きというか、裕子は気が変わりやすいなぁとしみじみ思った。
 私達は談笑しながら神社の境内の中へと入っていった。
 

「あ、お姉ちゃんだ!」


 神社の中、鳥居をくぐって屋台の立ち並ぶ砂利道と石造りの境内の通りに三人の姿が見えた。一番に声を上げた喜んでいる様子の明里ちゃんと、子どもらしくはしゃぐ竣くんと子守りをしているかのように表情をあまり変えない新島俊貴君、もといお父さんだ。

「久しぶりね、元気にしてたかな?」

「当然だ、姉ちゃんに勝つために修業は続けてるぜ」

 私の問いに竣くんは元気に返事をした。修業とは例のゲームのことだろうと分かって苦笑してしまった。
 いやぁ・・・、その強さは本当は私のものではないんだよなぁ・・・。

「屋台行こうお姉ちゃん、金魚すくい、金魚すくいしよ!!」

 横から腕に引っ付いてくるように明里ちゃんが人懐っこくやってきた、相変わらず女の子らしいところは変わりないようだ。

「いいよ、それじゃあ二人とも、いこっか」

 竣くんと明里ちゃんに引き連れられ屋台へと入っていく。お父さんはそんな姿を遠くから優しい表情で見つめていた。

 何だか、ついにお父さんが新島君の姿をしているのに慣れてしまった。本人ももう何食わぬ顔で家族とうまくやっちゃってる。仕事のない暮らしがそんなに快適か。私はちょっと恨み節になってしまった。


 次に遭遇した赤月さんと織原弁護士は屋台の通りを並んで歩いていた。


「久しぶりだな」

「あらあら、随分賑やかね~」

 二人の声を聞くのも久しぶりだ。

 全員で固まって歩いているわけではないが、かなり大人数になってしまっていて、和やかな雰囲気の私たちを見て織原弁護士と赤月さんが笑った。

「これはこれは・・・、二人はデートですか?」

 そんな傍観している二人を茶化してやろうと新島君の真似をして私が聞くと、肯定はしなかったが、こうして二人で夏祭りに来ているところを見るとまんざらでもなさそうだった。

「せっかくここで会えたことだし、君のおかげでいい記事も書けたしな、かき氷を皆に奢ってあげよう」

「またあれですか、人の不幸でメシがうまいってやつですか」

「記者を悪人呼ばわりするな! 俺は真面目だよ」

「ホント、蓮くんはカッコつけなんだから、そこがいいんだけどね」

 ママ感のある織原さんのおっとりした声は聴いていて癒されてしまう。
 二人でいるのを見るたびに、やはり二人はただならぬ仲なのではと思わざるおえなかった。

「あんまり文句言ってると奢ってやらんぞ」

「まぁまぁ、それなりに今回の件は感謝してますから」

「そっかそっか、それじゃあかき氷欲しいやつは、ついて来い!!!」

 そういって照れ隠しをするように長身の赤月さんが先導する。その後ろににぎやかな連中が次々と付いていく。


「”おじさん私イチゴ味~!”」
「”俺はメロンがいいぞ”」
「”私と佐伯さんは小豆入りの宇治抹茶で”」
「”あっ、じゃあついでにメロン二つ追加で”」
「”私と新島君はイチゴでお願いします”」


 誰が何を言っているのか判断付かないほどに、一斉に後ろから駆け寄ると次々に元気な注文が続いた。

「一体何人いるんだよ!!」

「あらあら、大人気ね、蓮くんったら」

 私がついでとばかりに待ち合わせしている父の姿になっている新島君の分も買ってもらおうかと思ったが、さすがに悪いと思い遠慮した。

 大人数でかき氷の屋台に押しかけて大盛況となった。こんなに賑やかなのは本当に初めてかもしれない。これが私たちが勝ち取った未来と思っていいんだろうか、なんだかこうして私を中心に大勢でいるとこそばゆい心地だった。

 活気の良い祭り会場となった神社で、美味しくかき氷をいただいた後、多かったメンバーも自然と散り散りになっていった。
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