神様のボートの上で

shiori

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第九話「Families change」3

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 部屋に戻って間もなく、母親がやってきて色々と差し入れを置いて部屋を出て行った。またまた私は畏まった感じで対応をしてこの場をやり過ごした。

 お菓子を食べながらこれまでの報告などをしていると、騒がしいくらいの音で玄関の扉が開いて閉まる音と共に”ただいま”という二人の子どもの元気な声が聞こえた。

 これは間違いなく弟のしゅんと妹の明里あかりだ。
 騒がしい二人が帰ってきてしまった。これはさらなるカオスを呼びそうで、今から不安しかない。

 本当に私はここで夕食まで一緒することになるのか・・・、もうずっと落ち着かなくてバタバタしっぱなしで寿命が縮みそうだ。

「えっ? 何? 兄貴が彼女連れて来てんの? ホントか?」

「もう、竣、大きい声出さないの、向こうの部屋まで聞こえるでしょう」

「竣は空気読めないから・・・」

 いえ・・・、あなたたちの声は丸聞こえですよ・・・、三人のやり取りを聞いて私はさすがに呆れ果ててしまった。

「んじゃ俺、挨拶してくるな!!」

「ちょっと待ちなさい!!」

 母親の静止も虚しく俊がドン!ドン!と足音を立てながらこちらの部屋へやってくる。


「また騒がしいことになりそうだな」

 礼二さんが言った。

「何を他人事のように・・・」


 私が不満そうに見つめる横で、礼二さんは余裕の表情で勉強をしているふりをしていた。

「まぁ適当に相手してやってくれ、俺はあまり相手してやってないから」

「また面倒事をこっちに押し付けて・・・」

「いいじゃない、久しぶりに兄弟の相手をしてあげなさいよ」

 さらにちづるが無責任に追い打ちをつくように言った。

「女になってまであいつらの相手をするなんて、しかも正体をバレないよう振舞わないといけないのに」

「いつも通りやってればバレないわよ」

「そのいつも通りは、非日常そのものなんだがなぁ」

 一体何時までこの苦行が続くかはわからなかったが、私はまた一つ覚悟を決めた。

「お邪魔します! おおっ! 本当に来てる!!」

 いきなりの騒がしい登場に私はさすがに竣の方を見てしまった。やんちゃな竣の背後には小さく覗き込むように明里の姿もあった。二人とも私よりも身長が低くて見た目には可愛らしい小学生である。

「本当に美人じゃん! 兄貴やるなぁ!!」

「ダメだよ竣、騒がしくしたら、二人は勉強中なんだから」

 背後にいる明里が小さな声で暴走する俊を止めに入る。

「いいのよ、お邪魔してるのは私の方だから」

 つい私は清楚ぶるように優しい声色で話しかけた。子供を目の前にすると自然と大人の対応が出来てしまうというのは不思議なことだけど、今はとても助かる。
 やんちゃな男の子というのはうまくコントロールしないとそれだけでなかなかに厄介なのだ。
 ここは上手くこちらのペースに持ち込む、元々”弟”の相手は慣れている。

「それじゃあ、一緒にスマブラやってくれるか? 最近兄ちゃん弱くなったから歯ごたえがないんだよな」

 それはそうだろう、中身が入れ替わってるんだから。

 普段弟をボコボコにしていた記憶が頭の中で蘇った。あんなにボコボコにしていたのに、今はそれがなくなって刺激不足になっているとは、わが弟ながら面白い奴だ。

「いいわよ、私なんかでよければ」

 断る理由はなかった、快く私はオーケーした。久しぶりに身の程を教えてやる。
 竣は私の返事を聞いて嬉しそうにゲームのコードを繋いでいき、意気揚々と対戦の準備を進めた。

「明里、お前もやれよ、コントローラー繋いでやっから」

「えっ? 明里も一緒にやるの?!」

 横から見ているつもりだった明里が驚いて声を上げる。
 ここは上手くフォローしながら立ち回るのが良さそうだ。

「明里ちゃんもやりましょう? 見てるだけじゃつまんないでしょ?」

「うん。お姉ちゃんがそう言ってくれるなら・・・」

 明里が照れているのか恥ずかしそうに小さく返事をして傍に寄って来る。

「(こんなにしおらしい妹の姿を見るのも初めてだぞ・・・)」

 我が妹にもこんな乙女な一面があるのを今更知ることになった。

 竣はゲーム機の電源を入れて黒のコントローラーを握る。竣は私にオレンジ色のコントローラー、明里には標準の青いコントローラーを渡した。
 慣れ親しんだコントローラーを握ると、懐かしいぐらいに身体にフィットした。感覚は鈍ってはいなさそうだ。

 それぞれがキャラクター選択して対戦が始まった。開幕すぐにこちらに向かって技を繰り出してくる竣の攻撃を緊急回避で私は華麗に躱す。次々に繰り出す竣の攻撃をすんでのところで正確に回避していく私の手付きに、竣は驚きの声を上げながら徐々に表情が真剣なものへと変わっていく。

 明里は基本的に戦闘を回避するように逃げて生き残る戦術で戦場を切り抜けているため、実質私と竣の一騎打ちのような状況になった。

 竣の攻撃を完全に見切って回避しつつ、隙をついて確実にダメージを与えていく。
 徐々にパーセンテージを積み上げ、被弾し続けた竣のキャラクターはあっさりとスマッシュで画面外に吹っ飛んでいった。

 対戦結果は大きな差をつけて私の勝利となった。


「姉ちゃんつええなぁ!!まるで前までの兄ちゃんみたいだ」


 大人げないとは思ったが、試合が始まってしまうと手加減できなかった。そもそも手加減していることが気づかれないように手を抜くのは難しい。そうしたことでもう、いつもやっていたような試合結果となってしまった。

「お姉ちゃん、今度は明里と遊んで!」

 明里は今まで見たことないような甘えた声で言うと、私の腕をつかんだ。

 それから私は明里の部屋に連れていかれて、お絵かきやらオセロで遊んだ。明里は終始ずっと学校やクラスメイトのこと、自分の好きなもののことなんかを話したり聞いてきたりして、ずっと話しっぱなしだった。

 予想以上に懐かれてしまったようだ。

 私はこんなに無邪気に楽し気に話す明里を見たことがない、それは少し切なく私には映った。女の子とはそういうものなのだろうか、自分のこれまでと照らし合わせて言葉にしようのない複雑な気持ちを抱いた。


「あーお姉ちゃんいい匂い、明里、お姉ちゃんみたいな人がホントのお姉ちゃんだったらよかったな」


 私に無邪気により寄りかかってくる明里、普段見ている姿とのギャップに驚きつつも、ちょっと可愛いと思ってしまった。

「明里ちゃんはお兄さんや竣くんのことは嫌い?」

「嫌いじゃないけど、やっぱり話が合わないから、って言ってもクラスメイトともそんなに話が合うわけじゃないけど」

 そんな風に話す明里は少し寂しげだった。コロコロ表情を変えるのが子どもの証拠とも言えるが、どうしようもなく心が痛んだ。

「でも、なんだかお姉ちゃんといると懐かしい感じがする」

「懐かしい感じ?」

「うん、昔のお兄ちゃんとかお母さんと一緒に遊んでいたころみたいな、そんな感じ」

 子どもが昔なんて言葉を使うのはちょっと違和感あったけど、でも、成長してもどこかで甘えたい気持ちが残っているということなのだろうか。

「明里ちゃんはいい子だね、心配しなくてもみんなと仲良くできるよ」

「そうかなぁ、でも一緒にいるならお姉ちゃんみたいな人がいいかな」

「そっか」

 私も明里も優しく笑っていた。素直でいればこんなに簡単に分かり合えるのにと思ったが、実際はそんなに単純なものではないと知っている自分には、ちょっとやりせないような気持ちだった。


「ねぇ、お姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きなの? 付き合ってるの?」


 明里は興味津々で私に聞いてきた。

「ええっ・・・、普通のお友達だよ?」

「絶対ウソ、だってお姉ちゃんずっと落ち着きない感じなんだもん」

「そんなことないよ?」

「でも、一緒に勉強するのにうちにまで付いてくるなんておかしいよ、本当はもっと仲いいんでしょ」

 そう言われるとなかなか反論するのは難しいわけだが・・・。

「いやぁ・・・、だってクラスも違うし、あんまり外を二人で歩くのはもし誰かに見つかったらって思うと恥ずかしかったし」

「ってことは、みんなに秘密でこっそり付き合ってるんだ!」


「”なんでそうなるの!?”」


 私は仰天して叫んだ。

「だってそれ以外に考えられないじゃん・・・」

 明里の疑いを解くのは大変難しい、なんとか反論したいと思ってはいるが、いささかここまで言われると反論する気力もなくしてしまう、もはや諦めムードだった。

「本当違うんだけどなぁ・・・」

「でもお兄ちゃんエッチだから気を付けた方がいいよ、絶対変な性癖とか持ってるんだから。お姉ちゃん綺麗で可愛いから絶対狙われてるよ」

 妹よ・・・、なんて酷いことを言うんだ!!!
 私は心の中で叫んだ。妹にとっての自分の評価は地の底にいると知って、泣きたい気持ちになった。


「そ・・・、そんなことないと思うけどなぁ・・・」


 私は苦笑いを浮かべて、なんとか否定しようとするほかなかった。

「変なことされそうになったらちゃんと断らないとだめだよ、従ってたらどんどんエスカレートしてとんでもないことになっちゃうんだから」

 どこか身に覚えがある気がして、余計に罪悪感を覚えた。
 明里の異性への認識を歪めてしまった原因の一端に自分がいるのは大変罪深く感じることだった。
 
 明里が真剣な表情で饒舌に話すものだから、さすがに自信をなくした。
 だが、これまでの記憶が蘇ってきて、”確かに”と納得させられている自分もいた。

「そんなに心配しなくても、男の子にだって理性はあるから、ちゃんと空気は読んでくれるよ」

「そうなんだ・・・、お姉ちゃんはやっぱり大人なんだね」

 何の説得力があったかはわからないが納得してくれたようで、明里にはまた変な誤解を呼んでしまったかもしれないが、今は納得してもらって落ち着いてもらうしかない。
 もうここにきて大変なことばっかりだ・・・。

 騒がしくしていたらあっという間に時間が過ぎて、新島家は夕食の時間になった。

 一度は遠慮したが、家族の熱量に押される形で一緒に夕食を食べることになった。

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