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第九話「Families change」2
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「本当に行くんですか?」
あまりに急な話の展開に足がガクガク震えた。家の前までやってきて緊張がピークに達した、まさかこんな日が来るなんて・・・。
「当然だろう、ちづるだって待ってる、それと、君は俺と一緒に勉強をしに来たということにしとけよ」
「はぁこんな形で自分の家に帰ってくることになるなんて・・・、気が重いです」
私は先を行く礼二さんを前に項垂れた。もう覚悟を決めるしかない。
礼二さんが堂々と家に入っていく。礼二さんにとっては我が家に帰ってきてるわけだから間違いではないんだけど、本当は自分の家なんだよなぁ・・・。
今すぐ逃げ出したいところだが、礼二さんはちづるの父親なわけだし、さすがに逃げ出して帰るような真似はできない。
「・・・お邪魔します」
頭を下げたまま、恥ずかしさで真っ赤な顔で家に入っていく。
本来の自分の人格はどこいった?、と思いたくなるほど動揺していた。
「おかえりなさ~い」
まだ礼二さんの後ろにいる私の存在には気づいていないのか、いつものように母親が挨拶をする。そして次の瞬間、振り返って私の方を見て、母親の表情が固まった。
「えっ、ウソ・・・、この女の子は俊貴が連れてきたの?」
「ああ、一緒にテスト勉強しようって話になって」
呆気なく言ってのけるわが子の姿に母親は今まで見たことないような、信じられないものを見たっていう感じ表情をしている。
血の気の引いたその表情に複雑な気持ちになった。
「そういうことなので、今日はお邪魔します」
私は丁寧にお辞儀をした。母親は私の正体にまるで気づく様子はなかった。
「ええ・・・、そんな・・・、俊貴がこんなに可愛い女の子をうちに連れてくる日が来るなんて・・・」
母親は号泣していた。おい、それはあまりにも大げさすぎだぞマザー。
「それじゃあ部屋にいるから」
礼二さんが素っ気なくそう言って自室へと向かう。余裕がある様子な礼二さんと違って、私は赤面しながらその後ろにぴったりくっ付いて歩く。
「そんなに緊張するようなことか?」
落ち着きのない私の様子に耐えかねて、礼二さん言った。
「こういうのは理屈ではないんですよ・・・」
礼二さんにはわからないであろう、この緊張の意味を正確に伝えるのは難しかった。
「はぁ・・・、本当にこんなことする必要あったんですか・・・」
部屋を閉めて、ようやく少し落ち着いた。礼二さんが座った向かいに自分も座る。
本来の自分の部屋に帰って来たというのに、礼二さんと部屋に二人きりだという事実に気付いて、余計に緊張感を感じた。なんだか落ち着かなくてムズムズする・・・。
「あらあら、本当にやってきたのね」
ベッドで上でゴロゴロしていた猫のちづるがこちらの到着に気付いて、女の子座りする私の膝に遠慮なくやってきた。
「ちゃんとお前の要望通りここまで連れてきたぞ」
「まぁまぁ、これでようやく準備が整ったわけじゃない」
ちづるは上機嫌そうにスカートの上でもぞもぞと動いた。
「そこであんまり動かないでよ、こしょばいってば」
「いいじゃない、これでも自分の身体が懐かしいのよ」
「こっちからすれば、どうせなら自分の事も忘れてしまいたかったわ」
「あらあら、せっかくセッティングしたんだから楽しめばいいのに、今なら元自分の身体に好きなことし放題でしょ」
ちづるがめちゃくちゃなことを発言した、本当にこの非現実的な状況を一人楽しんでいるらしい、とんでもない女だ。
「そんな趣味も性癖もないです!!しかも目の前にいるのは礼二さんでしょ」
「俺も別の身体とはいえ、自分の娘の身体に手を出すのはさすがに出来ないな」
あらぬ方向に話が飛躍していたが、礼二さんもその気がないようで安心した。これでとんでもない性癖を持ってるなんて話になったら、もう意地でもこの場から逃げ出すしかない。
「はぁ・・・、いつ母親が入ってくるかもしれないのになんて会話してるんだ・・・」
私は呆れかえってしまった。
「そういえば、ちづるがうちに入ってきてるのはマズイんじゃないの?」
自分の家ではペットは買ったことがない、前に妹が飼いたいと言っていたワンコやニャンコも断ってきたはずだ。
「何がマズイの?」
ちづるは何の疑問を抱かずに聞いてきた。
「だって、うちでペットとか飼ったことないし、見つかったら追い出されちゃうでしょ」
私の言葉に、一匹と一人が目を合わせる、まるで空気を読めてないのは私であるかのような反応だった。
「いや、もうちづるは家族公認のペットだぞ」
「えええっっ!!」
私は驚いて、ついつい大きな声を上げてしまった。
「なんでそんなにあっさり・・・」
「俺が飼ってもいいかって聞いたら、あっさりオッケーしてくれたぞ」
「人徳が違うのよ人徳が」
日頃に行いの差というご意見にまったく納得できなかったが、話しでは妹も弟も大喜びで満場一致だったらしい、今までの人生は一体何だったんだ・・・。
我が家のあまりの変化に脱帽するほかなかった。
やがて母親が飲み物をもって部屋へやってきた。
「どうも、ありがとうございます。お騒がせしてすみません」
「いいのよ、うちの子が女の子を連れてくるのなんて初めてなんだから、ゆっくりしていって」
余計なことを言いよってと思ったが、母親は今まで見たことがないくらい上機嫌だった。しかしもなぜか化粧までして着替えてきている。そういう関係ではないんだけど・・・、どう説明していいのかもわからなかった。
「あら、ちづるちゃん随分懐いてるのね」
私の膝の上で丸くなっているちづるの姿を見て母は言った。
「ああ、元々この猫は進藤さんの家で飼われていた猫だったから」
「そうなの、それで懐いてるのね」
えっ・・・、そういう設定だったの? あまりに自然に言うものだから否定するチャンスもなかった。これはなんとかその設定を受け継いで乗り切るしかない・・・。
「そういえば、お嬢さん、名前はなんていうの?」
「あっ・・・、すみませんこちらから名乗るべきでした」
「いいのよ別に、気にしてないから」
照れたような母親の表情が見るたびになんとも言えない気持ちになった。
「進藤ちづると言います」
私はお辞儀しながら答えた。制服姿なので一緒の学校だってわかるし、年齢もわざわざ言わなくてもいいだろう。
「あら、猫ちゃんと一緒の名前なのね」
そう言われた瞬間心臓が止まりそうなくらいビックリした。ちづるって名前がこの場に二人(正確には一人と一匹だが)いたら不自然だろ! なんでちづる以外の名前を猫に付けなかったんだ。
「そ・・・、そうなんですよ、私、猫になれたらなぁって願望があって、それでついつい猫に自分の名前を・・・」
あまりに苦しい言い訳!!
もう今すぐ帰りたい!!
猫のちづるは私のあまりにその場しのぎの言い訳に体を震わせながら大笑いするのを堪えていた。
母親はそんな私の反応に疑問一つ抱かず納得した様子で飲み物を置いて部屋を出て行った。
「あ~面白かった!!」
ちづるは小悪魔的に笑って私の方を見ている。猫の姿だから可愛いけどムカつくのはムカつく。
「意外と対応力高いんだなぁ、感心したよ。君ほど女装の似合う人間はいないかもな」
礼二さんはまるで自分は無関係といった表情でカフェオレを飲んでいる。
「これは決して女装ではありません!! 断固として違う! もうこっちは振り回されっぱなしで迷惑してるんです・・・」
「そうなのか? ちづるからは女性ライフを満喫してるって聞いてたけど」
「どうしてそういうことになってるんですか・・・」
「だって事実じゃない・・・、私はあなたがしてきた所業を全部把握してるのよ」
「全部って・・・」
全部とは一体・・・、この場では言いたくないことが多すぎてそれ以上言葉にならなかった。
確かにちづるは猫だから神出鬼没で狭い隙間でも気づかれずに入って来れる。現に面会の時も知らない間に鞄の中に忍び込んでいたわけだし。
見られて困る場面でも見られていた可能性は否定できない。これでは反論する気力も失うというものだ。
「ほぉ・・・、これは父親としては娘の身体で一体どんな悪事をしてきたのか、説明してもらいたいところだな」
礼二さんが眼付きが変わってちょっと怖い表情で私のことを見る。あれ? こんな強気で男らしい感じの人だったっけ? 自分でもこんな言動使ったことないので、なんだかこの攻め方は色々負けてる気がする。
「ごめんなさい・・・、後生ですからこれ以上追求しないでください・・・」
気づけば私は土下座していて、ちづるは私に入れてくれたはずのオレンジジュースを器用にストローで飲んでいた。
「はぁ・・・、落ち着きたいので一度トイレに行ってきます」
私は立ち上がって、力なく項垂れながら部屋を後にした。私は少し懐かしい気持ちで家の中を歩いてトイレでゆっくり一呼吸してから出た。
部屋に戻ろうとしたところで母と遭遇した。
「進藤さん、後でお菓子持っていくわね。それとよかったら今日はゆっくりしていってほしいから、夕食も一緒にしていって、門限とか大丈夫かしら?」
部屋に戻るだけだったのに、ここで話しかけられてしまうとは、変に疑われないようにしないと。
「門限は大丈夫ですけど・・・、急に押しかけてあまり迷惑をかけるわけには・・・」
「謙虚なのね、女性らしくて私好みだわ、いいのよ、私も久しぶりに気分がいいからゆっくりしていって」
「すみません・・・」
母親の好みとか言われても嬉しくないけど、本当にこんなことしてていいのか疑問が残った。
「私、本当は不安だったの、あの子が急に記憶喪失になって、性格が変わっちゃったりしてどう接していいのかもわからなくて。
記憶がなくなって不安や不自由なことも多いはずだから、自信なくしちゃって不登校になっちゃったりするんじゃないかって。
でも、あなたみたいな真面目で綺麗な人がいてくれたら、あの子も楽な気持ちで学校に通えるだろうからって思うから。
だから、結構不愛想なところもあるけど、ずっといいお友達でいてね」
入れ替わりの関係が記憶喪失ということで済まされているのは後ろめたさもあるが、納得せざる終えない。
さっきまでと母の姿が違って不安と真剣な表情が入れ混じって、感情が揺さぶられた。今まで知らなかった母親の気持ち・・・、いつもあんなに横暴な母親だったのに、これじゃあ絶対に恨むことなんてできないじゃないか。
「そうですね、私も一度事故に遭って記憶を失くしているので、知り合ってから間もないですけど、新島君の気持ちは少しはわかるつもりです。
彼には皆さんのような家族の支えが必要だと思います。どうか大切にしてあげてください」
私はどれだけ気持ちが伝わるかはわからなかったが、私なりに出来るだけ真面目に答えた。
私からちづるへ、ちづるから柚季を経て礼二さんへ、新島俊貴の人格が移り替わっていく結果は記憶喪失という形で家族には伝わっている。それは仕方のないことなのだが、家族にかける心労はそれなりに大きいということがよく分かった。
「あなたも若いのに苦労してきたのね、安心したわ、あなたに教えられることはなさそう」
母親も急なことばかりでまだ順応できていない。そのことを痛感した。
自分に自信なんか持ちえなくても、自分に出来ることをしよう、気づけばそんなことを考えていた。
あまりに急な話の展開に足がガクガク震えた。家の前までやってきて緊張がピークに達した、まさかこんな日が来るなんて・・・。
「当然だろう、ちづるだって待ってる、それと、君は俺と一緒に勉強をしに来たということにしとけよ」
「はぁこんな形で自分の家に帰ってくることになるなんて・・・、気が重いです」
私は先を行く礼二さんを前に項垂れた。もう覚悟を決めるしかない。
礼二さんが堂々と家に入っていく。礼二さんにとっては我が家に帰ってきてるわけだから間違いではないんだけど、本当は自分の家なんだよなぁ・・・。
今すぐ逃げ出したいところだが、礼二さんはちづるの父親なわけだし、さすがに逃げ出して帰るような真似はできない。
「・・・お邪魔します」
頭を下げたまま、恥ずかしさで真っ赤な顔で家に入っていく。
本来の自分の人格はどこいった?、と思いたくなるほど動揺していた。
「おかえりなさ~い」
まだ礼二さんの後ろにいる私の存在には気づいていないのか、いつものように母親が挨拶をする。そして次の瞬間、振り返って私の方を見て、母親の表情が固まった。
「えっ、ウソ・・・、この女の子は俊貴が連れてきたの?」
「ああ、一緒にテスト勉強しようって話になって」
呆気なく言ってのけるわが子の姿に母親は今まで見たことないような、信じられないものを見たっていう感じ表情をしている。
血の気の引いたその表情に複雑な気持ちになった。
「そういうことなので、今日はお邪魔します」
私は丁寧にお辞儀をした。母親は私の正体にまるで気づく様子はなかった。
「ええ・・・、そんな・・・、俊貴がこんなに可愛い女の子をうちに連れてくる日が来るなんて・・・」
母親は号泣していた。おい、それはあまりにも大げさすぎだぞマザー。
「それじゃあ部屋にいるから」
礼二さんが素っ気なくそう言って自室へと向かう。余裕がある様子な礼二さんと違って、私は赤面しながらその後ろにぴったりくっ付いて歩く。
「そんなに緊張するようなことか?」
落ち着きのない私の様子に耐えかねて、礼二さん言った。
「こういうのは理屈ではないんですよ・・・」
礼二さんにはわからないであろう、この緊張の意味を正確に伝えるのは難しかった。
「はぁ・・・、本当にこんなことする必要あったんですか・・・」
部屋を閉めて、ようやく少し落ち着いた。礼二さんが座った向かいに自分も座る。
本来の自分の部屋に帰って来たというのに、礼二さんと部屋に二人きりだという事実に気付いて、余計に緊張感を感じた。なんだか落ち着かなくてムズムズする・・・。
「あらあら、本当にやってきたのね」
ベッドで上でゴロゴロしていた猫のちづるがこちらの到着に気付いて、女の子座りする私の膝に遠慮なくやってきた。
「ちゃんとお前の要望通りここまで連れてきたぞ」
「まぁまぁ、これでようやく準備が整ったわけじゃない」
ちづるは上機嫌そうにスカートの上でもぞもぞと動いた。
「そこであんまり動かないでよ、こしょばいってば」
「いいじゃない、これでも自分の身体が懐かしいのよ」
「こっちからすれば、どうせなら自分の事も忘れてしまいたかったわ」
「あらあら、せっかくセッティングしたんだから楽しめばいいのに、今なら元自分の身体に好きなことし放題でしょ」
ちづるがめちゃくちゃなことを発言した、本当にこの非現実的な状況を一人楽しんでいるらしい、とんでもない女だ。
「そんな趣味も性癖もないです!!しかも目の前にいるのは礼二さんでしょ」
「俺も別の身体とはいえ、自分の娘の身体に手を出すのはさすがに出来ないな」
あらぬ方向に話が飛躍していたが、礼二さんもその気がないようで安心した。これでとんでもない性癖を持ってるなんて話になったら、もう意地でもこの場から逃げ出すしかない。
「はぁ・・・、いつ母親が入ってくるかもしれないのになんて会話してるんだ・・・」
私は呆れかえってしまった。
「そういえば、ちづるがうちに入ってきてるのはマズイんじゃないの?」
自分の家ではペットは買ったことがない、前に妹が飼いたいと言っていたワンコやニャンコも断ってきたはずだ。
「何がマズイの?」
ちづるは何の疑問を抱かずに聞いてきた。
「だって、うちでペットとか飼ったことないし、見つかったら追い出されちゃうでしょ」
私の言葉に、一匹と一人が目を合わせる、まるで空気を読めてないのは私であるかのような反応だった。
「いや、もうちづるは家族公認のペットだぞ」
「えええっっ!!」
私は驚いて、ついつい大きな声を上げてしまった。
「なんでそんなにあっさり・・・」
「俺が飼ってもいいかって聞いたら、あっさりオッケーしてくれたぞ」
「人徳が違うのよ人徳が」
日頃に行いの差というご意見にまったく納得できなかったが、話しでは妹も弟も大喜びで満場一致だったらしい、今までの人生は一体何だったんだ・・・。
我が家のあまりの変化に脱帽するほかなかった。
やがて母親が飲み物をもって部屋へやってきた。
「どうも、ありがとうございます。お騒がせしてすみません」
「いいのよ、うちの子が女の子を連れてくるのなんて初めてなんだから、ゆっくりしていって」
余計なことを言いよってと思ったが、母親は今まで見たことがないくらい上機嫌だった。しかしもなぜか化粧までして着替えてきている。そういう関係ではないんだけど・・・、どう説明していいのかもわからなかった。
「あら、ちづるちゃん随分懐いてるのね」
私の膝の上で丸くなっているちづるの姿を見て母は言った。
「ああ、元々この猫は進藤さんの家で飼われていた猫だったから」
「そうなの、それで懐いてるのね」
えっ・・・、そういう設定だったの? あまりに自然に言うものだから否定するチャンスもなかった。これはなんとかその設定を受け継いで乗り切るしかない・・・。
「そういえば、お嬢さん、名前はなんていうの?」
「あっ・・・、すみませんこちらから名乗るべきでした」
「いいのよ別に、気にしてないから」
照れたような母親の表情が見るたびになんとも言えない気持ちになった。
「進藤ちづると言います」
私はお辞儀しながら答えた。制服姿なので一緒の学校だってわかるし、年齢もわざわざ言わなくてもいいだろう。
「あら、猫ちゃんと一緒の名前なのね」
そう言われた瞬間心臓が止まりそうなくらいビックリした。ちづるって名前がこの場に二人(正確には一人と一匹だが)いたら不自然だろ! なんでちづる以外の名前を猫に付けなかったんだ。
「そ・・・、そうなんですよ、私、猫になれたらなぁって願望があって、それでついつい猫に自分の名前を・・・」
あまりに苦しい言い訳!!
もう今すぐ帰りたい!!
猫のちづるは私のあまりにその場しのぎの言い訳に体を震わせながら大笑いするのを堪えていた。
母親はそんな私の反応に疑問一つ抱かず納得した様子で飲み物を置いて部屋を出て行った。
「あ~面白かった!!」
ちづるは小悪魔的に笑って私の方を見ている。猫の姿だから可愛いけどムカつくのはムカつく。
「意外と対応力高いんだなぁ、感心したよ。君ほど女装の似合う人間はいないかもな」
礼二さんはまるで自分は無関係といった表情でカフェオレを飲んでいる。
「これは決して女装ではありません!! 断固として違う! もうこっちは振り回されっぱなしで迷惑してるんです・・・」
「そうなのか? ちづるからは女性ライフを満喫してるって聞いてたけど」
「どうしてそういうことになってるんですか・・・」
「だって事実じゃない・・・、私はあなたがしてきた所業を全部把握してるのよ」
「全部って・・・」
全部とは一体・・・、この場では言いたくないことが多すぎてそれ以上言葉にならなかった。
確かにちづるは猫だから神出鬼没で狭い隙間でも気づかれずに入って来れる。現に面会の時も知らない間に鞄の中に忍び込んでいたわけだし。
見られて困る場面でも見られていた可能性は否定できない。これでは反論する気力も失うというものだ。
「ほぉ・・・、これは父親としては娘の身体で一体どんな悪事をしてきたのか、説明してもらいたいところだな」
礼二さんが眼付きが変わってちょっと怖い表情で私のことを見る。あれ? こんな強気で男らしい感じの人だったっけ? 自分でもこんな言動使ったことないので、なんだかこの攻め方は色々負けてる気がする。
「ごめんなさい・・・、後生ですからこれ以上追求しないでください・・・」
気づけば私は土下座していて、ちづるは私に入れてくれたはずのオレンジジュースを器用にストローで飲んでいた。
「はぁ・・・、落ち着きたいので一度トイレに行ってきます」
私は立ち上がって、力なく項垂れながら部屋を後にした。私は少し懐かしい気持ちで家の中を歩いてトイレでゆっくり一呼吸してから出た。
部屋に戻ろうとしたところで母と遭遇した。
「進藤さん、後でお菓子持っていくわね。それとよかったら今日はゆっくりしていってほしいから、夕食も一緒にしていって、門限とか大丈夫かしら?」
部屋に戻るだけだったのに、ここで話しかけられてしまうとは、変に疑われないようにしないと。
「門限は大丈夫ですけど・・・、急に押しかけてあまり迷惑をかけるわけには・・・」
「謙虚なのね、女性らしくて私好みだわ、いいのよ、私も久しぶりに気分がいいからゆっくりしていって」
「すみません・・・」
母親の好みとか言われても嬉しくないけど、本当にこんなことしてていいのか疑問が残った。
「私、本当は不安だったの、あの子が急に記憶喪失になって、性格が変わっちゃったりしてどう接していいのかもわからなくて。
記憶がなくなって不安や不自由なことも多いはずだから、自信なくしちゃって不登校になっちゃったりするんじゃないかって。
でも、あなたみたいな真面目で綺麗な人がいてくれたら、あの子も楽な気持ちで学校に通えるだろうからって思うから。
だから、結構不愛想なところもあるけど、ずっといいお友達でいてね」
入れ替わりの関係が記憶喪失ということで済まされているのは後ろめたさもあるが、納得せざる終えない。
さっきまでと母の姿が違って不安と真剣な表情が入れ混じって、感情が揺さぶられた。今まで知らなかった母親の気持ち・・・、いつもあんなに横暴な母親だったのに、これじゃあ絶対に恨むことなんてできないじゃないか。
「そうですね、私も一度事故に遭って記憶を失くしているので、知り合ってから間もないですけど、新島君の気持ちは少しはわかるつもりです。
彼には皆さんのような家族の支えが必要だと思います。どうか大切にしてあげてください」
私はどれだけ気持ちが伝わるかはわからなかったが、私なりに出来るだけ真面目に答えた。
私からちづるへ、ちづるから柚季を経て礼二さんへ、新島俊貴の人格が移り替わっていく結果は記憶喪失という形で家族には伝わっている。それは仕方のないことなのだが、家族にかける心労はそれなりに大きいということがよく分かった。
「あなたも若いのに苦労してきたのね、安心したわ、あなたに教えられることはなさそう」
母親も急なことばかりでまだ順応できていない。そのことを痛感した。
自分に自信なんか持ちえなくても、自分に出来ることをしよう、気づけばそんなことを考えていた。
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