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第七話「ミラーズリポート」3
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「ちづるは本当にお父さんの容疑を晴らそうとしてるの?」
裕子は家に着いてからこういった話題を避けているようだった。それは考えれば辛くなるからだろう。冷麺を作る間も食べる間も口数は少なくて、心配になるほどだった。
「うん、もう決めたの」
裕子の気持ちを置き去りしたまま決めてしまったことは申し訳なかったが、私の意志は固かった。
「どうして・・・、危ないって分かってるのに、どうしてちづるがそこまでしなくちゃならないの・・・」
裕子の涙声が耳に響いた。悲しいくらいに心が苦しくなる、私は精一杯心を抑えた、自分まで泣いてしまったら裕子を余計に心配させてしまうだろう。
真っ暗な部屋の中、二人で布団の中にいるのに、夜目が効いたのか裕子の表情まではっきりと見えた。
「いいんだよ、これで」
「よくないよ、お父さんのことだって、雫のことだって、ちづるがそこまでする理由なんてないじゃない」
「みんなに出来なくても、私には出来ることがある、それだけで十分理由になるよ」
「でも! そんなのおかしいよ・・・!、あんな物騒なものまで携帯して、それってちづるだって危険な目に遭うかもしれないってことでしょ」
「安心して、そんなことにならないよ」
そう言いながらも内心ではバイクの人物のことを考えていた。これで終わりということはないだろう、次に出会ったときにまた無事でいられる保証はない、だからこそ自分でも覚悟はしておく必要がある。
「ちづるが段々遠くに離れて行っちゃうみたい・・・、まるで、最近のちづるは別人みたいだよ・・・、一体どうしちゃったの」
その言葉にゾクっとした、正体を気づかれてはいけない、今の私は新島俊貴ではない、進藤ちづるなんだ、私は何とか自分を落ち着かせる。
「私は、私だよ、そんな変わってないって」
平常心を保たせるのが精一杯だった。
自分だって何が正解かわからないのだから、上手に振舞うことなんてできない。裕子の期待通りに振舞うことなんて出来ないんだ。
「本当に? 私、ずっと思ってたことがあるんだ、ちづる、新聞部の秋葉君と最近よく一緒にいるよね、ねぇ、ちづるは秋葉君としたの? その・・・、エッチなこと」
誘導尋問、そう思って怖くて目をそらしそうになる。裕子にとっては確信を得て言っているのだろう、簡単な嘘をついても意味はなさそうだ。裕子の勘は鋭い、もしかしたら秋葉君とも話したり相談を受けたりしているかもしれない。
一番大事なことは正体がバレないことだ、私は下手な嘘をついて余計に怪しまれるのを避けるために、秋葉君とのことに嘘をつくのをやめることにした。
「うん、したよ」
自分で言葉にした瞬間、背筋に寒気が走った、自分が常識から外れていることを告白した時、それは自分の在りようを酷く空虚にさせた。もう、私は戻れないところまで来てしまったんだとよく分かった。
「どうして・・・・」
それはきっと裕子にとっては許せないことで、自分の倫理に反することなのだ。裕子はきっとずっとこれからも私の味方でいたい、だから心を痛めているのだ、この受け入れがたい私の行為に。
「どうしてそんなことができるの・・・、」
「裕子には・・・、裕子にはわからないことだよ・・・」
私は少し目をそらして、裕子が傷つくのも承知で言い放った。
私はどうやったって、裕子の期待通りの振る舞いなんて出来なんだ。
「そんな言い方しないで・・・、私たち親友じゃない・・・。こんなのおかしいよ。
男子なんて乱暴で、こっちの気持ちなんて全然考えてなくて、すぐ仲良くなった気になって馴れ馴れしくしてきて、どうしようもないやつばっかりじゃない。
それに秋葉君は純粋よ、今のような関係がずっと続けられるはずないって思うの」
「それならそれでいいじゃない。秋葉君と私がいずれ別れることになっても、今求めているものが一緒なら」
裕子の言葉は理路整然としているわけではなかったけど、伝えたい気持ちは痛いくらいにわかった。
だから、私も自分の今の気持ちを偽りなく返した。
こうして言い返していると、自分が”進藤ちづる”ではない、自分自身の意見に過ぎないのだとよく分かった。
でも、私がこれからも私である以上、裕子には私を理解してもらうしかないのだ。
「それは秋葉君の純粋な感情を利用しているだけじゃないの? 秋葉君は心も身体も同じように関係が深まれば近づいていくと思ってきたはずよ」
「秋葉君がそう思ってたとしても、あまり心を許す気はないの、そうでないと、依存すれば依存するほど、別れづらくなっちゃうから。
だからそんなに深刻に考えることじゃないのよ」
秋葉君にとっては身体だけの関係じゃない、そういうことを考えれば考えるほど、先の見えない迷路に迷い込んでしまう。
私の心の中に男の部分が残っている以上、秋葉君の気持ちを全て受け止めることなんて出来ない、恋愛感情と言えるものはまるで自分の中には浮かんでこないのだ。
「そんな風に割り切って付き合うなんて、私にはやっぱりわからないよ」
「いいんだよ裕子はそれで、私のように壊れてしまった人間の気持ちなんてわからなくても」
「そんなことない・・・、ちづるは普通の女の子だよっっ!」
裕子に言ったところでわからない、記憶が一度なくなって、生きてる実感がまるでわからなくて、身体がつながって快楽を感じるときだけ生きてる実感を強く感じるだとか、そんなことは進藤ちづるであるための後付けの言い訳でしかない。
ただ自分は性欲を満たしたい、所詮膨れ上がった欲望を満たしたいだけなのだ。そういうエゴによって支配された人間であることを今更否定できない、一時とはいえ私は罪を重ねてしまったのだ。
だからどんな説明も嘘くさくて裕子を納得させることはできない、そういった簡単に欲望に流されてしまう人間の醜くて弱い部分を私が持っていることを裕子は受け入れられないだろう、だからもうこれ以上言いようがないのだ。
「ちづるは今でも奥野先生が好きなんじゃないの?、あんなにいつも楽しそうに先生のことを話してたのに」
「全部昔の話だよ」
奥野先生というのが誰なのかはわからなかった。
裕子の言うとおり進藤ちづるにとっては大切な人だったのかもしれないけど、今の自分には関係のないことだった。
だから私には否定することしかできない。だって私は私であって過去のことを振り返りようがないのだから。
「記憶を失うってそういうものなのかな・・・、昔のことなんて信じられなくなっちゃうような、そういうものなのかな」
裕子は遠い過去を見つめるように寂しげだった。裕子にとって私の記憶は曖昧で不確かなものとして考えているのかもしれない。
記憶喪失を客観的にどう考えるかは難しい、しかしそうなった人がいる以上、その人の今の生き方と過去とを比べて否定することは難しい。
人が記憶喪失によっていかに変わっていくかはその人それぞれであり、それを他者が記憶をなくす前こそが正しい人格であると言うのはあまりに横暴であるだろう。
人間は今を今として生きていくしかない。
この感情のすれ違いを埋めるのは難しい、裕子には裕子の考えがある、それをわざわざ否定しようとは思わない。でも私の影響でもしも裕子に性欲が湧いて出たとき、それをどう判断すればいいかはわからなかった。
でもそんな心配は無用だろう、裕子は裕子で好きになった人を大切にすればいい、それが自然で余計な悩みを抱えなくて済むやり方なんだから。
裕子は家に着いてからこういった話題を避けているようだった。それは考えれば辛くなるからだろう。冷麺を作る間も食べる間も口数は少なくて、心配になるほどだった。
「うん、もう決めたの」
裕子の気持ちを置き去りしたまま決めてしまったことは申し訳なかったが、私の意志は固かった。
「どうして・・・、危ないって分かってるのに、どうしてちづるがそこまでしなくちゃならないの・・・」
裕子の涙声が耳に響いた。悲しいくらいに心が苦しくなる、私は精一杯心を抑えた、自分まで泣いてしまったら裕子を余計に心配させてしまうだろう。
真っ暗な部屋の中、二人で布団の中にいるのに、夜目が効いたのか裕子の表情まではっきりと見えた。
「いいんだよ、これで」
「よくないよ、お父さんのことだって、雫のことだって、ちづるがそこまでする理由なんてないじゃない」
「みんなに出来なくても、私には出来ることがある、それだけで十分理由になるよ」
「でも! そんなのおかしいよ・・・!、あんな物騒なものまで携帯して、それってちづるだって危険な目に遭うかもしれないってことでしょ」
「安心して、そんなことにならないよ」
そう言いながらも内心ではバイクの人物のことを考えていた。これで終わりということはないだろう、次に出会ったときにまた無事でいられる保証はない、だからこそ自分でも覚悟はしておく必要がある。
「ちづるが段々遠くに離れて行っちゃうみたい・・・、まるで、最近のちづるは別人みたいだよ・・・、一体どうしちゃったの」
その言葉にゾクっとした、正体を気づかれてはいけない、今の私は新島俊貴ではない、進藤ちづるなんだ、私は何とか自分を落ち着かせる。
「私は、私だよ、そんな変わってないって」
平常心を保たせるのが精一杯だった。
自分だって何が正解かわからないのだから、上手に振舞うことなんてできない。裕子の期待通りに振舞うことなんて出来ないんだ。
「本当に? 私、ずっと思ってたことがあるんだ、ちづる、新聞部の秋葉君と最近よく一緒にいるよね、ねぇ、ちづるは秋葉君としたの? その・・・、エッチなこと」
誘導尋問、そう思って怖くて目をそらしそうになる。裕子にとっては確信を得て言っているのだろう、簡単な嘘をついても意味はなさそうだ。裕子の勘は鋭い、もしかしたら秋葉君とも話したり相談を受けたりしているかもしれない。
一番大事なことは正体がバレないことだ、私は下手な嘘をついて余計に怪しまれるのを避けるために、秋葉君とのことに嘘をつくのをやめることにした。
「うん、したよ」
自分で言葉にした瞬間、背筋に寒気が走った、自分が常識から外れていることを告白した時、それは自分の在りようを酷く空虚にさせた。もう、私は戻れないところまで来てしまったんだとよく分かった。
「どうして・・・・」
それはきっと裕子にとっては許せないことで、自分の倫理に反することなのだ。裕子はきっとずっとこれからも私の味方でいたい、だから心を痛めているのだ、この受け入れがたい私の行為に。
「どうしてそんなことができるの・・・、」
「裕子には・・・、裕子にはわからないことだよ・・・」
私は少し目をそらして、裕子が傷つくのも承知で言い放った。
私はどうやったって、裕子の期待通りの振る舞いなんて出来なんだ。
「そんな言い方しないで・・・、私たち親友じゃない・・・。こんなのおかしいよ。
男子なんて乱暴で、こっちの気持ちなんて全然考えてなくて、すぐ仲良くなった気になって馴れ馴れしくしてきて、どうしようもないやつばっかりじゃない。
それに秋葉君は純粋よ、今のような関係がずっと続けられるはずないって思うの」
「それならそれでいいじゃない。秋葉君と私がいずれ別れることになっても、今求めているものが一緒なら」
裕子の言葉は理路整然としているわけではなかったけど、伝えたい気持ちは痛いくらいにわかった。
だから、私も自分の今の気持ちを偽りなく返した。
こうして言い返していると、自分が”進藤ちづる”ではない、自分自身の意見に過ぎないのだとよく分かった。
でも、私がこれからも私である以上、裕子には私を理解してもらうしかないのだ。
「それは秋葉君の純粋な感情を利用しているだけじゃないの? 秋葉君は心も身体も同じように関係が深まれば近づいていくと思ってきたはずよ」
「秋葉君がそう思ってたとしても、あまり心を許す気はないの、そうでないと、依存すれば依存するほど、別れづらくなっちゃうから。
だからそんなに深刻に考えることじゃないのよ」
秋葉君にとっては身体だけの関係じゃない、そういうことを考えれば考えるほど、先の見えない迷路に迷い込んでしまう。
私の心の中に男の部分が残っている以上、秋葉君の気持ちを全て受け止めることなんて出来ない、恋愛感情と言えるものはまるで自分の中には浮かんでこないのだ。
「そんな風に割り切って付き合うなんて、私にはやっぱりわからないよ」
「いいんだよ裕子はそれで、私のように壊れてしまった人間の気持ちなんてわからなくても」
「そんなことない・・・、ちづるは普通の女の子だよっっ!」
裕子に言ったところでわからない、記憶が一度なくなって、生きてる実感がまるでわからなくて、身体がつながって快楽を感じるときだけ生きてる実感を強く感じるだとか、そんなことは進藤ちづるであるための後付けの言い訳でしかない。
ただ自分は性欲を満たしたい、所詮膨れ上がった欲望を満たしたいだけなのだ。そういうエゴによって支配された人間であることを今更否定できない、一時とはいえ私は罪を重ねてしまったのだ。
だからどんな説明も嘘くさくて裕子を納得させることはできない、そういった簡単に欲望に流されてしまう人間の醜くて弱い部分を私が持っていることを裕子は受け入れられないだろう、だからもうこれ以上言いようがないのだ。
「ちづるは今でも奥野先生が好きなんじゃないの?、あんなにいつも楽しそうに先生のことを話してたのに」
「全部昔の話だよ」
奥野先生というのが誰なのかはわからなかった。
裕子の言うとおり進藤ちづるにとっては大切な人だったのかもしれないけど、今の自分には関係のないことだった。
だから私には否定することしかできない。だって私は私であって過去のことを振り返りようがないのだから。
「記憶を失うってそういうものなのかな・・・、昔のことなんて信じられなくなっちゃうような、そういうものなのかな」
裕子は遠い過去を見つめるように寂しげだった。裕子にとって私の記憶は曖昧で不確かなものとして考えているのかもしれない。
記憶喪失を客観的にどう考えるかは難しい、しかしそうなった人がいる以上、その人の今の生き方と過去とを比べて否定することは難しい。
人が記憶喪失によっていかに変わっていくかはその人それぞれであり、それを他者が記憶をなくす前こそが正しい人格であると言うのはあまりに横暴であるだろう。
人間は今を今として生きていくしかない。
この感情のすれ違いを埋めるのは難しい、裕子には裕子の考えがある、それをわざわざ否定しようとは思わない。でも私の影響でもしも裕子に性欲が湧いて出たとき、それをどう判断すればいいかはわからなかった。
でもそんな心配は無用だろう、裕子は裕子で好きになった人を大切にすればいい、それが自然で余計な悩みを抱えなくて済むやり方なんだから。
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