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第五話「決意の言葉は」3
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「大体のことはニュースで報道されていることで、私が特別知っていることなんてほとんどないと思うけど・・・。
そうね、お父さんは失業した後、事件の三日前くらいから家に帰ってこなくなって、どこで何をしてるんだってお母さんと話してて・・・。
お父さんと麻生さんが面識があったかどうかは本当のところ分からないの。確かめようがないといったほうが正しいかな。
後は警察の人が事情聴取に家までやってきて事件のことを知って、面会にはお母さんが行ってたからどういう取り調べをしてるのかも私は知らなかったの。
それくらいかな、私だってお父さんと会うのは久しぶりだったんだから、本当のことなんてわかんないわよ」
役に立つことがあるかは分からないけど、私はかいつまんで話をした。
「そうだよな・・・、警察が真剣に捜査をしてるかはわからないけど、調べるのも容易じゃないか」
「そういうこと、面倒事に巻き込まれたくなかったら、あまり深入りしないことよ」
一介の市民が正義感だけでできることには限度がある、それに本当に別に犯人がいるというならそれは間違いなく殺人鬼だ。女子生徒の手に負える相手ではない。証拠を揃えて通報する前に消されるのがオチだ。
「それともう一つ聞きたいことがあるんだった」
新島君は私の身体を優しく掴んで膝の上からベッドの上に移した。新島君は学生鞄から一冊の週刊誌を取り出してベッドの上に分かるように置いた。
「これなんだけど、見覚えあるよな?」
私を見るその視線は真剣そのものだった。
もちろん見覚えはある、思い出したくないことであり、あまり追及されたくないことでもあった。
彼に言ったところで分かることとわからないことはある。
過ぎた過去のことを責められるつもりは毛頭ない。あの時の私にとってそれは抑えようのない衝動であり、いくつも重なった絶望的で残酷な現実を受け入れられるだけの精神状態ではなかった。
「この記事のことを聞かれたのは一度目じゃないと裕子は言った、前にも聞かれたと。それは退院した後も後遺症として記憶を失くしてたってことだよな」
聞かれなければ答えるつもりはなかった。でも、ここまで知ってしまったのなら話してしまっていいのかもしれない、今日の彼の頑張りを思い出して私は思った。私は一息ついて、口を開いた。
「そう、私は確かにあの雨の日、ビルの屋上から身を投げて飛び降りたの。
死ぬつもりだった、もう死ぬこと以外何も考えられなくなった、全部終わりにしようって、身を投げたの。
でも気づけば病院のベッドの上だった、私は生き残ってしまった。助かったのは奇跡だった、すぐ近くで飛び降りを目撃したお医者さんがそのまま車で病院まで送ってくれたそうで、処置が早かったから、なんとか一命を取り留めたって後から聞かされた。
自殺をしようと飛び降りた時から、父が家を出るちょっと前までの記憶が欠損している以外は生活する上での知識や記憶がなくなったわけではなかったからこれから生きていく上での心配事はなくて、身体的な問題もなかった。
大きな骨折や外傷もなく、意識を取り戻してからは短期の入院で退院することができた。
失った記憶を取り戻すトリガーになったのは。そう、その記事を裕子の家で偶然見つけてみてしまった時だった」
伏せられていたとしてもいずれ真実を知ることになる、ウソなんて付いたところでいずれバレるのだ、それが早いか遅いかだけ。
自殺をしようとしていたという真実を知ると共に雪崩のように降りてきた記憶、次々とフラッシュバックされていく封印されていた記憶、私は吐き気を覚えて裕子の家の洗面所に駆け出していた、そして心配そうに見つめる裕子を置いて私は逃げるように帰った。
夜の公園のベンチでしばらく俯いて気持ちが落ち着くのを待った、酷い自己嫌悪に押しつぶされそうだった、どうして自分が自殺なんか・・・、そう思っていた自分から封じられていた過去の記憶が蘇ってくるにつれてどんどん苦しく醜い感情が湧き上がってくる、それは不運続きで可哀想であると同時に、すでに穢れ切った自分を思い出させた。
その時の私にはもう過去のことだと無理やり言い聞かせるようにして抑え込むしかなかった。
「やっぱり、ちづるは全部の記憶を思い出したのか・・・」
新島君は悲しそうな表情をした。
「記憶を失ったとしてもそれはデータがなくなったわけじゃない、接続の仕方が分からなくなっただけみたいなものだそうよ。
別の言い方をすれば自己防衛本能が働いて接続を切断されている、脳の損傷が酷ければ出血もしやすくなるから、情報の行き来を脳の側がコントロールすることもあるんじゃないかしら」
「危険な回路は脳の側が使用しないってことか、なんだか考えれば考えるほど複雑すぎて混乱しそうだ」
「脳科学の分野はまだまだ分からないことが多いからね、でもきっかけ一つで別のルートから関連性を辿って接続するみたいに記憶を思い出すこともあるってこと」
脳しんとう患者が怪我を負う前に何が起こったのか、そしてそれがどうして起こったのか忘れてしまうというのは珍しくなく一般的なことなのだそうだ。
脳組織が回復するにつれて一部思い出す記憶もあるが、すべてを思い出すのは難しい、きっかけがあれば思い出すというのもあれば、時間がかかっても気づかず忘れたままということもある。
脳の神秘を解明するのは容易なことではない、私もまだ知らないことばかりだ。
新島君が立ち上がって週刊誌を片付ける。
「やっぱり、あんまり聞かれたくないこともあるのか?」
心配そうな表情で聞いてきた、どうにもあんまりコロコロ表情を変えられると視線を合わせづらい、知ってる自分と知らない自分とがリアルにやってくるかのようだ。
「色々あるのよ、日々を積み重ねてきたからこそわかることとか、そういうこともそうだし、本当に言いたくないこともある、そうでないと私が私でなくなってしまう、私が私でいるために、積み重なった記憶は、私自身が持っていないといけないのよ」
ついつい難しいことを言ってしまった、でも言葉にするのは難しいのだ、自分にとって大切なことでも、聞いた人からすれば何でもないことであることもある、そういうストレスは意識しようとしなくても自分自身を傷つける、嫌な気持ちになるようなことをわざわざ話すことはない、話すのは必要なことだけでいい。
新島君は一人納得したのか、それ以上聞くことはなくなった。
随分話し疲れた、新島君も考えを整理するのに疲れたのか、電気を消してぐったりと寝転がった。同じ布団にくるまって入る。優しく撫でる手が心地よかった、女の子の手はすべすべしていて好きだ、少しずつ警戒心が溶けていく。
「過去はもう変えられないけど、未来は変えられる、そのことを俺が証明して見せる」
その言葉には強い意志を感じた、私は期待してしまっていいのだろうか。
気づけば丸まったまま眠りに落ちていった。眠りに入る途中、白いもやがかかった想像の中で、元気で仲が良かったころの父の姿が思い出された。
そんな頃もあった、大した悩みもなかった頃のことだ。
新島君が運命を変えてくれる? まさか、この難題を前にそんな楽観的にはなれない。
今日はずっとバッグの中にいて父のことを見ることが出来なかった、出来ることならもう一度昔の頃の笑顔が見たい、そんな叶うはずもない願望を抱くほど、最後には穏やかな夜だった。
そうね、お父さんは失業した後、事件の三日前くらいから家に帰ってこなくなって、どこで何をしてるんだってお母さんと話してて・・・。
お父さんと麻生さんが面識があったかどうかは本当のところ分からないの。確かめようがないといったほうが正しいかな。
後は警察の人が事情聴取に家までやってきて事件のことを知って、面会にはお母さんが行ってたからどういう取り調べをしてるのかも私は知らなかったの。
それくらいかな、私だってお父さんと会うのは久しぶりだったんだから、本当のことなんてわかんないわよ」
役に立つことがあるかは分からないけど、私はかいつまんで話をした。
「そうだよな・・・、警察が真剣に捜査をしてるかはわからないけど、調べるのも容易じゃないか」
「そういうこと、面倒事に巻き込まれたくなかったら、あまり深入りしないことよ」
一介の市民が正義感だけでできることには限度がある、それに本当に別に犯人がいるというならそれは間違いなく殺人鬼だ。女子生徒の手に負える相手ではない。証拠を揃えて通報する前に消されるのがオチだ。
「それともう一つ聞きたいことがあるんだった」
新島君は私の身体を優しく掴んで膝の上からベッドの上に移した。新島君は学生鞄から一冊の週刊誌を取り出してベッドの上に分かるように置いた。
「これなんだけど、見覚えあるよな?」
私を見るその視線は真剣そのものだった。
もちろん見覚えはある、思い出したくないことであり、あまり追及されたくないことでもあった。
彼に言ったところで分かることとわからないことはある。
過ぎた過去のことを責められるつもりは毛頭ない。あの時の私にとってそれは抑えようのない衝動であり、いくつも重なった絶望的で残酷な現実を受け入れられるだけの精神状態ではなかった。
「この記事のことを聞かれたのは一度目じゃないと裕子は言った、前にも聞かれたと。それは退院した後も後遺症として記憶を失くしてたってことだよな」
聞かれなければ答えるつもりはなかった。でも、ここまで知ってしまったのなら話してしまっていいのかもしれない、今日の彼の頑張りを思い出して私は思った。私は一息ついて、口を開いた。
「そう、私は確かにあの雨の日、ビルの屋上から身を投げて飛び降りたの。
死ぬつもりだった、もう死ぬこと以外何も考えられなくなった、全部終わりにしようって、身を投げたの。
でも気づけば病院のベッドの上だった、私は生き残ってしまった。助かったのは奇跡だった、すぐ近くで飛び降りを目撃したお医者さんがそのまま車で病院まで送ってくれたそうで、処置が早かったから、なんとか一命を取り留めたって後から聞かされた。
自殺をしようと飛び降りた時から、父が家を出るちょっと前までの記憶が欠損している以外は生活する上での知識や記憶がなくなったわけではなかったからこれから生きていく上での心配事はなくて、身体的な問題もなかった。
大きな骨折や外傷もなく、意識を取り戻してからは短期の入院で退院することができた。
失った記憶を取り戻すトリガーになったのは。そう、その記事を裕子の家で偶然見つけてみてしまった時だった」
伏せられていたとしてもいずれ真実を知ることになる、ウソなんて付いたところでいずれバレるのだ、それが早いか遅いかだけ。
自殺をしようとしていたという真実を知ると共に雪崩のように降りてきた記憶、次々とフラッシュバックされていく封印されていた記憶、私は吐き気を覚えて裕子の家の洗面所に駆け出していた、そして心配そうに見つめる裕子を置いて私は逃げるように帰った。
夜の公園のベンチでしばらく俯いて気持ちが落ち着くのを待った、酷い自己嫌悪に押しつぶされそうだった、どうして自分が自殺なんか・・・、そう思っていた自分から封じられていた過去の記憶が蘇ってくるにつれてどんどん苦しく醜い感情が湧き上がってくる、それは不運続きで可哀想であると同時に、すでに穢れ切った自分を思い出させた。
その時の私にはもう過去のことだと無理やり言い聞かせるようにして抑え込むしかなかった。
「やっぱり、ちづるは全部の記憶を思い出したのか・・・」
新島君は悲しそうな表情をした。
「記憶を失ったとしてもそれはデータがなくなったわけじゃない、接続の仕方が分からなくなっただけみたいなものだそうよ。
別の言い方をすれば自己防衛本能が働いて接続を切断されている、脳の損傷が酷ければ出血もしやすくなるから、情報の行き来を脳の側がコントロールすることもあるんじゃないかしら」
「危険な回路は脳の側が使用しないってことか、なんだか考えれば考えるほど複雑すぎて混乱しそうだ」
「脳科学の分野はまだまだ分からないことが多いからね、でもきっかけ一つで別のルートから関連性を辿って接続するみたいに記憶を思い出すこともあるってこと」
脳しんとう患者が怪我を負う前に何が起こったのか、そしてそれがどうして起こったのか忘れてしまうというのは珍しくなく一般的なことなのだそうだ。
脳組織が回復するにつれて一部思い出す記憶もあるが、すべてを思い出すのは難しい、きっかけがあれば思い出すというのもあれば、時間がかかっても気づかず忘れたままということもある。
脳の神秘を解明するのは容易なことではない、私もまだ知らないことばかりだ。
新島君が立ち上がって週刊誌を片付ける。
「やっぱり、あんまり聞かれたくないこともあるのか?」
心配そうな表情で聞いてきた、どうにもあんまりコロコロ表情を変えられると視線を合わせづらい、知ってる自分と知らない自分とがリアルにやってくるかのようだ。
「色々あるのよ、日々を積み重ねてきたからこそわかることとか、そういうこともそうだし、本当に言いたくないこともある、そうでないと私が私でなくなってしまう、私が私でいるために、積み重なった記憶は、私自身が持っていないといけないのよ」
ついつい難しいことを言ってしまった、でも言葉にするのは難しいのだ、自分にとって大切なことでも、聞いた人からすれば何でもないことであることもある、そういうストレスは意識しようとしなくても自分自身を傷つける、嫌な気持ちになるようなことをわざわざ話すことはない、話すのは必要なことだけでいい。
新島君は一人納得したのか、それ以上聞くことはなくなった。
随分話し疲れた、新島君も考えを整理するのに疲れたのか、電気を消してぐったりと寝転がった。同じ布団にくるまって入る。優しく撫でる手が心地よかった、女の子の手はすべすべしていて好きだ、少しずつ警戒心が溶けていく。
「過去はもう変えられないけど、未来は変えられる、そのことを俺が証明して見せる」
その言葉には強い意志を感じた、私は期待してしまっていいのだろうか。
気づけば丸まったまま眠りに落ちていった。眠りに入る途中、白いもやがかかった想像の中で、元気で仲が良かったころの父の姿が思い出された。
そんな頃もあった、大した悩みもなかった頃のことだ。
新島君が運命を変えてくれる? まさか、この難題を前にそんな楽観的にはなれない。
今日はずっとバッグの中にいて父のことを見ることが出来なかった、出来ることならもう一度昔の頃の笑顔が見たい、そんな叶うはずもない願望を抱くほど、最後には穏やかな夜だった。
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