神様のボートの上で

shiori

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第三話「メモリーズフラワー」4

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 次の日、放課後になってから私は再び新聞部を訪れていた。これといってすることはないのだがあの秋葉君との一件以来、時々新聞部の手伝いをしている。

 新聞部にはもう一人部員がいて、大島利春おおしまとしはるくんというのだけれど、新聞部の部員は現在その二人だけだ。

 新聞部部室は雑誌やら新聞、分厚いのから薄いのまで本やファイルが乱雑に置かれていて、秋葉君は気になった記事を見つけては切り抜いてファイリングして、いろいろ種類毎に分けたり、コメントや自分なりの見解を入れた文書などを作ったりと作業に入り始めると忙しそうである。
 その姿は素人目線ではあるけれど、探偵事務所や弁護士事務所などの調査員さながらに私は見えた、つまりは凄いと!と呆気にとられるほど尊敬してしまっているのだ。
 そういう一面もあるので秋葉君に関しては憎めない存在になっている。

 まったく、単なる部活動にしてはもったいなく思うほどだ。

 私はその様子を見つめながら、何となくその資料たちの整理やら、言われた資料や記事を山ほど積まれた中から探したりしている。
 その量の多さから、ちょっとばかりこの部活の財源がどこから出ているのか疑問になるほどだ。
 私としては暇つぶしにもなるし、なんだかんだ入れ替わる前と同じように男子と一緒にいるほうが落ち着くことが多い。二人からすれば落ち着かないだろうけど、それはそれで見ていて面白いときもあったりして、何気なく気づけば楽しんでいる自分がいる。


 ふいに週刊誌の記事に視線が止まる。最初はぼんやりと目に留まっただけだったが、文字を追っていくとだんだんとそれが自分にも深く関係する重要な記事であることが分かってきた。

”麻生氏一家殺害事件の容疑者の娘が自殺未遂か”

 記事の見出しにはそう書かれていた。一瞬、何のことだがわからなかったが段々目が覚めるように事実を認識した。

「ねぇ、秋葉君、この記事に書かれたことは本当?」

 それを秋葉君に聞くのは残酷だが、どうしても聞かずにはいられない衝動があった。

「そ、それは興味本位じゃないんだ。自分なりに納得できるように事件のことを調べてたんだ」



 私のことが書かれた記事を保管している、その事で秋葉君はバツが悪そうな表情で、とても焦っていた。
 いや、どちらかといえばこれは私の方が意地悪で、私の聞き方が悪かったのだろう、感情的になってキツイ言い方になってしまったようだ。
 
 今のはかなり秋葉君を責めているように聞こえたことだろう。
 私は何とか弁明するためにもう一度口を開いた。

「そうじゃないの、私、本当に自分のことを覚えてないの、だから」

「それって、記憶障害が再発したってことか?」

「うん、たぶんそうだと思う」

「別人のように見えたのはそのせいか」

 秋葉君も心の中では違和感があったようだ。入れ替わりのことは話せないがこれで少しは話しやすくなるだろう。

「でも、体調とかは大丈夫なの、ただ、話が合わないことがあったりして、まだ思い出せてないことあるみたいなの」

 秋葉君は「そっか」と一言言った。なんとか納得してくれたようだ。
 週刊誌を手に取って秋葉君が、確かめるように記事を見ながら口を開いた。
 
「俺も詳しいことは知らないんだけど、その記事が進藤さんを追ってた記者が書いたってことは間違いないと思ってる。
 そもそも未成年者の実名報道はできない中、実名を書いてないとはいえこれは流石に酷いって思う。
 親しい人や近所の人からすればすぐ分かってしまうわけだし。信憑性を問われると、証拠写真とかがあるわけでもないし、何とも言えないところがあるわけだけど。

 先生からは僕らには事故ということで伝えられていたから、その矛盾をどう考えるかは難しいところだと思う」

「秋葉君はどっちが正しいと思うの?」

「わからない・・・、記事だけでは判断できないよ」

 そう言って秋葉君は裏返しのまま週刊誌を机に戻した。
 自殺未遂だなんて学校関係者が言ってしまったら、それだけで大きな騒ぎになるだろうし、そうしたスキャンダルは恣意的に伏せられていることなんだろうと思う。

 秋葉君の話を聞いてから、私は週刊誌を借りて、部室を出た。確かめなければならない、それがちづるの大事なプライバシーを侵害するものであったとしても。



 知る権利があるとまでは言わない。でもいろんなことがずっと引っかかったままで、このまま進藤ちづるとして生きていけばきっとどこかで間違いを犯して後悔する。そんな予感が私にはある。
 悩んでいる場合ではない、不安を押し殺すように私は急いだ。

「(確かめないと、何が本当の事なのか・・・)」

 なんとか確かめなきゃという気持ちのまま、裕子の家にやってきた。

「どうしたの?急に」

「聞きたいことがあって」

 突然の訪問に裕子は驚いていた。
 私は部屋に上がるとテーブルに週刊誌を置いた。

「これに書いていることは本当?」

 私は間を置かず直球で聞いた。

「それを聞きにここまで来たの?」

「うん、裕子なら本当のことを知ってると思って」

「そっか・・・、それを聞かれるのは”二回目”なの」

 それは、最初どういう意味なのかさっぱり見当もつかなかった。
 だが、考えるうちに、探偵の真似事のような発想ではあるが、この事実がどうして進藤ちづるが人間であることを辞めたのか、そのことの手掛かりに思えるようになっていった。
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