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第三話「メモリーズフラワー」1
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”それが偶然だったとしても”
”それは私が受けるべき報いなのだろうか”
五日目、私はこの日進藤ちづるが抱えていた闇の深さ、その一端を知ることとなる。
朝からポツポツと雨が降っていた。思えば昨日の朝からほとんどずっと裕子と一緒にいる、自分にとって初めてのこと続きで、内心ずっと緊張しっぱなしで、振り返る間もなくなんとかここまで乗り越えられたといった感じだった。
進藤ちづると佐伯裕子がどれくらいの親しい関係だったのか、そのことを考えながら思うように行動するのはかなり神経を使う。
しかしこれに慣れなければずっと進藤ちづるとして裕子とちゃんと接することはできない。自分には今まで進藤ちづるが続けてきた人間関係を壊したくはないという気持ちがあった。
それはきっと進藤ちづるの願いでもあるはずだから。だから間違ってはならない、気づかれてはならない、男と入れ替わった偽物であると。
迷いはないといっても自分には足りないものがまだまだ多すぎる。今は女同士として一緒にいるから相手は警戒心なく自然に接してくれているわけだが、自分にとっては同年代の女子とこんなに一緒の時間を過ごすことも、一緒の布団で寝たり、一緒に登校することも経験がないのだから(寂しい話ではあるが)、内心焦りまくりなのだ。
もしも男として一緒にいれたならそれはまた幸せなことだろうが、今この時、進藤ちづるとして一緒にいることも実感として、また違ったベクトルの幸せなのだろう。
「なんだか生暖かくて湿気がすごいね」
「そうだね、こんなに日が続けばうんざりしちゃいそう」
二人傘を差して並んで登校する。二人でいれば自然と話も弾んで、長く感じる登下校も短く感じる。
裕子はみんなと一緒にいるときは、比較的大人しくて、どこか男目線からしたら棘があって近寄りがたいけど、二人でいるときは親しみやすくて、優しく思いやりがあって話しやすい。親しい女の子にだけは普段とは違う優しい一面を見せる、そういうのも今時の女子なのかもしれない。
登校すると、まだ早い時間にもかかわらず山口さんが先に教室に着いていた。
「山口さん、今日も早いね」
私は荷物を降ろしながら、一言話しかけた。
「あら、今日は二人で来たんだ、相変わらず仲が良くてうらやましいな」
「昨日は裕子の家に泊めてもらったの」
「そう、元気そうでよかった。いつも早く来てるわけじゃないんだけどね、今日は特別だから」
山口さんはしんみりとした表情だった。
「それじゃあ私は行くね、手伝えることがあれば手伝いたくって、それで先生にお願いしたの。ちょっと今から緊張してるんだけど」
そういって山口さんは教室を出た。私にはまだ話が読めなかったけど、山口さんは心ここにあらずという感じで、なんとか平静を保つように、溢れそうな気持ちを抑えているかのようだった。
時間だけは平等に残酷に流れる。流れる時を止めることはできない。どうか平和でありますようにと、私はそう願うしかなかった。
山口さんが戻ってきたのは、先生が来る少し前だった。
朝礼が終わると、体育館に同じ学年の生徒達が呼び出された。
雨がずっと降り続き、灰色の空が一面に広がり、薄暗い廊下を一同に歩く。
生徒たちの話し声もほとんどない、”彼女”と親しい生徒でなくてもニュースや新聞で事情は知っているおかげだろう。
体育館に着くと舞台には、”麻生雫さんお別れ会”と大きくわかるように色画用紙で作られた紙が貼られており、写真も一緒に置かれていた。写真の中の麻生雫さんは明るい笑顔でこっちを見ている、静止した時を刻むその一枚の写真を目の前にしただけで心が痛み胸が苦しくなった。
それは自分にとって”償いの時間”のようであった。
自分だけは、そう、自分だけは違う。私だけはほかの人から見れば加害者側の人間なのだ。それを全員でなくても何十人かは知っている。
自分は本当にここにいていいのか、目を伏せ、ただ時が過ぎるのを待つしかない。
父の犯した罪を恨むのは簡単だ、麻生雫さんの命を奪ったのが父であるなら。でも私はまだ本当のことを何も知らない、果たして本当に父が犯人なのかも、まだ誰も気づいていない真犯人がいるのかも、何も知らない、何を信じ、誰の味方をすればいいのか、私はまだ判断ができないのだ。
だから黙って受け入れるほかない、もう麻生雫さんがこの世にいないということだけは紛れもない真実なのだから。
生徒たちが全員着席する中、山口さんは先頭を立ち最初に花を添えて、マイクの前に立った。
体育館が静まり返る、もう私は逃げ出したいくらい苦しい気持ちでいっぱいだった。
でも山口さんが大切な気持ちを伝えるためにみんなの前に立っている、私はそれを見守らなければならない責任があった。
そして、麻生さんの写真を正面にしながら、山口さんは麻生雫さんへお別れの言葉をかける。
「それは突然の知らせでした。あの日、私たちは大切な友達を失いました。もう麻生雫さんの、あの笑顔を見ることも、自然と元気をくれたあの声も、もう聞くことはできません。今でもその事実を受け止められません。
でも私は考えます、麻生雫さんがどんな恐ろしい目にあって、命を奪われたのか、どんなに怖かったか、どんなに辛かったか、それを考えず事実から目を背けることはできません。殺人という手段をもって人の命を奪うことは許されません、それがどんな事情であれ責任を負う責務があります。
私は麻生雫さんが安心して眠ることができる日を願います。
今日この時が終わりでは決してありません、私たちが彼女を記憶している限り、私たちは共に背負い、生きていかなければなりません。
最後に、”雫、たくさんの思い出をありがとう、私は永遠にあなたの友達だよ、だからずっと空のかなたで私のことを見守っていてね”」
最後の言葉は掠れそうなくらいの涙声だった。そして黙祷が捧げられた後も先生方がマイクの前に立ち、立ち代わりにお別れの言葉をかけた。
色彩を失くしたような、冷たく暗い気持ちの中で、添えられた花だけは美しく色彩を帯びて見えた。
私は山口さんの気持ちも背負って、これからの自分のことを見つめ直さなければならないと、強く感じるようになった。
”それは私が受けるべき報いなのだろうか”
五日目、私はこの日進藤ちづるが抱えていた闇の深さ、その一端を知ることとなる。
朝からポツポツと雨が降っていた。思えば昨日の朝からほとんどずっと裕子と一緒にいる、自分にとって初めてのこと続きで、内心ずっと緊張しっぱなしで、振り返る間もなくなんとかここまで乗り越えられたといった感じだった。
進藤ちづると佐伯裕子がどれくらいの親しい関係だったのか、そのことを考えながら思うように行動するのはかなり神経を使う。
しかしこれに慣れなければずっと進藤ちづるとして裕子とちゃんと接することはできない。自分には今まで進藤ちづるが続けてきた人間関係を壊したくはないという気持ちがあった。
それはきっと進藤ちづるの願いでもあるはずだから。だから間違ってはならない、気づかれてはならない、男と入れ替わった偽物であると。
迷いはないといっても自分には足りないものがまだまだ多すぎる。今は女同士として一緒にいるから相手は警戒心なく自然に接してくれているわけだが、自分にとっては同年代の女子とこんなに一緒の時間を過ごすことも、一緒の布団で寝たり、一緒に登校することも経験がないのだから(寂しい話ではあるが)、内心焦りまくりなのだ。
もしも男として一緒にいれたならそれはまた幸せなことだろうが、今この時、進藤ちづるとして一緒にいることも実感として、また違ったベクトルの幸せなのだろう。
「なんだか生暖かくて湿気がすごいね」
「そうだね、こんなに日が続けばうんざりしちゃいそう」
二人傘を差して並んで登校する。二人でいれば自然と話も弾んで、長く感じる登下校も短く感じる。
裕子はみんなと一緒にいるときは、比較的大人しくて、どこか男目線からしたら棘があって近寄りがたいけど、二人でいるときは親しみやすくて、優しく思いやりがあって話しやすい。親しい女の子にだけは普段とは違う優しい一面を見せる、そういうのも今時の女子なのかもしれない。
登校すると、まだ早い時間にもかかわらず山口さんが先に教室に着いていた。
「山口さん、今日も早いね」
私は荷物を降ろしながら、一言話しかけた。
「あら、今日は二人で来たんだ、相変わらず仲が良くてうらやましいな」
「昨日は裕子の家に泊めてもらったの」
「そう、元気そうでよかった。いつも早く来てるわけじゃないんだけどね、今日は特別だから」
山口さんはしんみりとした表情だった。
「それじゃあ私は行くね、手伝えることがあれば手伝いたくって、それで先生にお願いしたの。ちょっと今から緊張してるんだけど」
そういって山口さんは教室を出た。私にはまだ話が読めなかったけど、山口さんは心ここにあらずという感じで、なんとか平静を保つように、溢れそうな気持ちを抑えているかのようだった。
時間だけは平等に残酷に流れる。流れる時を止めることはできない。どうか平和でありますようにと、私はそう願うしかなかった。
山口さんが戻ってきたのは、先生が来る少し前だった。
朝礼が終わると、体育館に同じ学年の生徒達が呼び出された。
雨がずっと降り続き、灰色の空が一面に広がり、薄暗い廊下を一同に歩く。
生徒たちの話し声もほとんどない、”彼女”と親しい生徒でなくてもニュースや新聞で事情は知っているおかげだろう。
体育館に着くと舞台には、”麻生雫さんお別れ会”と大きくわかるように色画用紙で作られた紙が貼られており、写真も一緒に置かれていた。写真の中の麻生雫さんは明るい笑顔でこっちを見ている、静止した時を刻むその一枚の写真を目の前にしただけで心が痛み胸が苦しくなった。
それは自分にとって”償いの時間”のようであった。
自分だけは、そう、自分だけは違う。私だけはほかの人から見れば加害者側の人間なのだ。それを全員でなくても何十人かは知っている。
自分は本当にここにいていいのか、目を伏せ、ただ時が過ぎるのを待つしかない。
父の犯した罪を恨むのは簡単だ、麻生雫さんの命を奪ったのが父であるなら。でも私はまだ本当のことを何も知らない、果たして本当に父が犯人なのかも、まだ誰も気づいていない真犯人がいるのかも、何も知らない、何を信じ、誰の味方をすればいいのか、私はまだ判断ができないのだ。
だから黙って受け入れるほかない、もう麻生雫さんがこの世にいないということだけは紛れもない真実なのだから。
生徒たちが全員着席する中、山口さんは先頭を立ち最初に花を添えて、マイクの前に立った。
体育館が静まり返る、もう私は逃げ出したいくらい苦しい気持ちでいっぱいだった。
でも山口さんが大切な気持ちを伝えるためにみんなの前に立っている、私はそれを見守らなければならない責任があった。
そして、麻生さんの写真を正面にしながら、山口さんは麻生雫さんへお別れの言葉をかける。
「それは突然の知らせでした。あの日、私たちは大切な友達を失いました。もう麻生雫さんの、あの笑顔を見ることも、自然と元気をくれたあの声も、もう聞くことはできません。今でもその事実を受け止められません。
でも私は考えます、麻生雫さんがどんな恐ろしい目にあって、命を奪われたのか、どんなに怖かったか、どんなに辛かったか、それを考えず事実から目を背けることはできません。殺人という手段をもって人の命を奪うことは許されません、それがどんな事情であれ責任を負う責務があります。
私は麻生雫さんが安心して眠ることができる日を願います。
今日この時が終わりでは決してありません、私たちが彼女を記憶している限り、私たちは共に背負い、生きていかなければなりません。
最後に、”雫、たくさんの思い出をありがとう、私は永遠にあなたの友達だよ、だからずっと空のかなたで私のことを見守っていてね”」
最後の言葉は掠れそうなくらいの涙声だった。そして黙祷が捧げられた後も先生方がマイクの前に立ち、立ち代わりにお別れの言葉をかけた。
色彩を失くしたような、冷たく暗い気持ちの中で、添えられた花だけは美しく色彩を帯びて見えた。
私は山口さんの気持ちも背負って、これからの自分のことを見つめ直さなければならないと、強く感じるようになった。
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