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エピローグ「記憶から記録へ変わる日々」(完)2
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10年後-Ten Years After-
「まもなく上映会開始となります。
皆様本日は遥々、お忙しいところお越しいただきありがとうございます。
関係者一同、この日を心待ちにしておりました。
上映が始まりましたら、出来る限りお席をお立ちにならないようお願い申し上げます。
それでは、上映開始となります。
”震災のピアニスト”是非最後までお楽しみください」
上映開始のSEが会場に鳴り響くと共に、照明が消され、隣の人の顔色も分からないほどに暗くなった。
そして目の前のスクリーンに映像が映し出され、そこに観客の意識が集中されていく。
「―――はじまるね」
私は胸が高鳴るのを抑えながら、一言隣に座る伴侶に向けて言った。
「あぁ」
10年の時を経て一段とダンディーさが増したその声を私は感慨深く聞いた。
私の左隣には私たちの子どもが二人行儀よく並んで座っていて、右隣には手を繋いだ彼がいる。
先程マイクを持って挨拶をしていたスーツに蝶ネクタイをした男性も舞台裏に下がって、上映開始の瞬間を刻一刻と待つ段階に入った。
―――あれから10年が過ぎた。
今日の日を迎えるまでにどれだけ多くのドラマがあっただろう。
数えきれないほどの思い出を積み重ねながら、今日の日を私たちは迎えた。
”あの日”まだ高校生だった私と彼は再会を果たしたのもつかの間、再び離れ離れになった。
私、四方晶子は震災を経験しながらもピアノコンクールに参加し、努力の甲斐あって審査員特別賞を受賞。その後、演奏する機会があれば遠方まで向かい、また、被災地を回りながら演奏する日々を高校に通いながら続けた。
私の彼、佐藤隆之介は同じくピアノコンクール参加後、そのキャリアを活かしながら再びオーストリア、ウィーンの地で活動を再開、多くの演奏会でオーケストラとの共演を果たしながら活躍を続け、日本でも発売されたCDの売り上げが上々の成績を叩きだすまでになった。
”才能に年齢は関係ない”
彼に対してよく使われる賞賛の言葉だった。
現に彼はウィーンに戻ってからさらに才能を発揮し有名なピアノコンクールでも入賞を果たし、さらなる実力を見せつけるまでになった。
そしてその才能は演奏家に留まらず、作曲家としても功績を上げるまでになり、父と並んで有名な音楽家として成長を遂げていった。
私たちが再会したのは正直に言ってしまうと空港で別れて一年後だった。
夏休みを利用して私が我慢しきれずにウィーンまで海外旅行に行き、再会したのだ。
開き直っていたのだと思う、会えないことを我慢するのは美徳かもしれないけど、そんなことはもうどうでも良かったのだ。
私にとって会えないことはただの毒であり、一緒にいる時間はそれだけで元気を分け合える幸せな時間だったのだ。
だから、たとえ一人でもパスポートを取得して会いに行くのに迷いはなかった。むしろ寂しい顔一つせず彼と再会して毎日を騒がしいくらい陽気に過ごして、愛し合う日々を恥ずかしいくらいに送って、ヨーロッパでの時間を満喫しながら新しい思い出を積み重ねていった。
私たちは心から信じあえるようになったから、これでいいんだと思った。
迷いなんて捨て去って、やりたいように生きていくのが正しいことだと思うようになった。
ポジティブすぎるくらい、自分の欲求に対して従順だった。
”あんまり変わってないね”
”そりゃあ一年しか経ってないから”
ほんのちょっとだけ去年よりも背が伸びた彼に寄り添って、一緒にヨーロッパを回って旅行した。
クラシック音楽の聖地巡礼を果たしたり、本場の演奏を聴きに行ったり、よく行くようなエッフェル塔に昇ったり、本当に美味しくもない料理を一緒に食べて、品もなくワイワイ言い合ったり。旅行の思い出は確実に私たちの将来像を映し出す糧となっていった。
”会いに来てくれて嬉しかったよ、今度はこんなに早く再会できるなんて思わなかった”
”ううん、そうじゃないの。私、気付いちゃったの。
会いたいっていう強い気持ちが私たちを引き合わせてくれるんだって。
それにね、会いに行こうって思えば、難しいことじゃないって。
隆ちゃんが震災の時に会いに来てくれたみたいに、自分から行動に移せば叶えることが出来るって、そう気付いたから。
知ってるでしょ? 私って、こう見えて意外とわがままだから。
愛する人に会いに行くのに、我慢なんてしないよ”
言いたい放題ラブラブな事を口にしながら、気付いていたこともあった。
こうして再会できるのも、限りがあるって。
夏休みは学生の私たちにとって長くて、会いに行くには都合が良かった。
だから、今度会うためにはもっと自分たちは先に進んでいなければならないって。その時、幸せ満点の状況で強がりでもなく言い合いながら思っていた。
次の会う時にはもう一歩先へ、そのまた次に会う時にはもう一歩先へ、私たちは惜しみない努力をお互いの見えないところで重ねながら成長していく。
再会した時にはその頑張った日々を思い出話にして、夜になると一晩中求めあって、会えなかった期間を許し合って過ごしていった。
そして、私は高校卒業と共にウィーンに移り住んで、隆ちゃんと一緒に同棲を始めた。
私にはもう家族はないから、反対するような人はいなくて、ただ自分で生きていく力さえ信じられさえすればよかった。
式見先生は寂しそうだったけど、いつでも帰っておいでって言ってくれた。
その数年後には先生にもまた一緒に住む人も見つかって、こっちが一人きりにさせてしまったって心配して損したけど、先走った決断でも人生なんとかなるものだと思った。
「まもなく上映会開始となります。
皆様本日は遥々、お忙しいところお越しいただきありがとうございます。
関係者一同、この日を心待ちにしておりました。
上映が始まりましたら、出来る限りお席をお立ちにならないようお願い申し上げます。
それでは、上映開始となります。
”震災のピアニスト”是非最後までお楽しみください」
上映開始のSEが会場に鳴り響くと共に、照明が消され、隣の人の顔色も分からないほどに暗くなった。
そして目の前のスクリーンに映像が映し出され、そこに観客の意識が集中されていく。
「―――はじまるね」
私は胸が高鳴るのを抑えながら、一言隣に座る伴侶に向けて言った。
「あぁ」
10年の時を経て一段とダンディーさが増したその声を私は感慨深く聞いた。
私の左隣には私たちの子どもが二人行儀よく並んで座っていて、右隣には手を繋いだ彼がいる。
先程マイクを持って挨拶をしていたスーツに蝶ネクタイをした男性も舞台裏に下がって、上映開始の瞬間を刻一刻と待つ段階に入った。
―――あれから10年が過ぎた。
今日の日を迎えるまでにどれだけ多くのドラマがあっただろう。
数えきれないほどの思い出を積み重ねながら、今日の日を私たちは迎えた。
”あの日”まだ高校生だった私と彼は再会を果たしたのもつかの間、再び離れ離れになった。
私、四方晶子は震災を経験しながらもピアノコンクールに参加し、努力の甲斐あって審査員特別賞を受賞。その後、演奏する機会があれば遠方まで向かい、また、被災地を回りながら演奏する日々を高校に通いながら続けた。
私の彼、佐藤隆之介は同じくピアノコンクール参加後、そのキャリアを活かしながら再びオーストリア、ウィーンの地で活動を再開、多くの演奏会でオーケストラとの共演を果たしながら活躍を続け、日本でも発売されたCDの売り上げが上々の成績を叩きだすまでになった。
”才能に年齢は関係ない”
彼に対してよく使われる賞賛の言葉だった。
現に彼はウィーンに戻ってからさらに才能を発揮し有名なピアノコンクールでも入賞を果たし、さらなる実力を見せつけるまでになった。
そしてその才能は演奏家に留まらず、作曲家としても功績を上げるまでになり、父と並んで有名な音楽家として成長を遂げていった。
私たちが再会したのは正直に言ってしまうと空港で別れて一年後だった。
夏休みを利用して私が我慢しきれずにウィーンまで海外旅行に行き、再会したのだ。
開き直っていたのだと思う、会えないことを我慢するのは美徳かもしれないけど、そんなことはもうどうでも良かったのだ。
私にとって会えないことはただの毒であり、一緒にいる時間はそれだけで元気を分け合える幸せな時間だったのだ。
だから、たとえ一人でもパスポートを取得して会いに行くのに迷いはなかった。むしろ寂しい顔一つせず彼と再会して毎日を騒がしいくらい陽気に過ごして、愛し合う日々を恥ずかしいくらいに送って、ヨーロッパでの時間を満喫しながら新しい思い出を積み重ねていった。
私たちは心から信じあえるようになったから、これでいいんだと思った。
迷いなんて捨て去って、やりたいように生きていくのが正しいことだと思うようになった。
ポジティブすぎるくらい、自分の欲求に対して従順だった。
”あんまり変わってないね”
”そりゃあ一年しか経ってないから”
ほんのちょっとだけ去年よりも背が伸びた彼に寄り添って、一緒にヨーロッパを回って旅行した。
クラシック音楽の聖地巡礼を果たしたり、本場の演奏を聴きに行ったり、よく行くようなエッフェル塔に昇ったり、本当に美味しくもない料理を一緒に食べて、品もなくワイワイ言い合ったり。旅行の思い出は確実に私たちの将来像を映し出す糧となっていった。
”会いに来てくれて嬉しかったよ、今度はこんなに早く再会できるなんて思わなかった”
”ううん、そうじゃないの。私、気付いちゃったの。
会いたいっていう強い気持ちが私たちを引き合わせてくれるんだって。
それにね、会いに行こうって思えば、難しいことじゃないって。
隆ちゃんが震災の時に会いに来てくれたみたいに、自分から行動に移せば叶えることが出来るって、そう気付いたから。
知ってるでしょ? 私って、こう見えて意外とわがままだから。
愛する人に会いに行くのに、我慢なんてしないよ”
言いたい放題ラブラブな事を口にしながら、気付いていたこともあった。
こうして再会できるのも、限りがあるって。
夏休みは学生の私たちにとって長くて、会いに行くには都合が良かった。
だから、今度会うためにはもっと自分たちは先に進んでいなければならないって。その時、幸せ満点の状況で強がりでもなく言い合いながら思っていた。
次の会う時にはもう一歩先へ、そのまた次に会う時にはもう一歩先へ、私たちは惜しみない努力をお互いの見えないところで重ねながら成長していく。
再会した時にはその頑張った日々を思い出話にして、夜になると一晩中求めあって、会えなかった期間を許し合って過ごしていった。
そして、私は高校卒業と共にウィーンに移り住んで、隆ちゃんと一緒に同棲を始めた。
私にはもう家族はないから、反対するような人はいなくて、ただ自分で生きていく力さえ信じられさえすればよかった。
式見先生は寂しそうだったけど、いつでも帰っておいでって言ってくれた。
その数年後には先生にもまた一緒に住む人も見つかって、こっちが一人きりにさせてしまったって心配して損したけど、先走った決断でも人生なんとかなるものだと思った。
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