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最終章前編「生きているルーツを見つけにいこう」1
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僕は繊細な心を持った晶ちゃんがどんな答えを出すのか知りたかったのだと思う。だからあんな提案をしたのだ。
”晶ちゃん、一通り演奏会が落ち着いたら、一緒にオーストリア、ウィーンで一緒に暮らさないか? この日本を離れて
本格的に音楽に触れれば晶ちゃんの身体ももっとよくなるかもしれないって思うんだ”
夢は叶えるためにあるものだ。
そう考えると、僕のした提案は、晶ちゃんにとって酷く残酷なものであったと思う。
迷わせるようなことを言って、彼女のしようとしていることを妨害しようとしていることに僕は気付いてしまったのだ。
ウィーンで一緒に暮らすという甘美な誘惑は、彼女の決意を揺るがせるものだ。
でも、僕は考えて欲しかった、迷って欲しかったのだ。
将来でもいい、僕と一緒に暮らす未来を、想像して、叶えられたら幸せなことだと、思って欲しかったのだ。
あの夜、晶ちゃんからの答えはなかったけど、こういう話しをちゃんと出来たことは意義のあることだと僕は思うことにした。
いずれにしても、僕はもうすぐウィーンに帰ることになるから。
その時、”再会”したい気持ちが、より多くあれば、それだけ僕らの未来が保証される、つまりはそういうことで、糸が切れないようにするための予防線だったのだ。
彼女が何を考えているのか、僕はまだ知らなかった。―――彼女が弾いた『RAIN』の真意さえも。
想像しただけで分かることはあった。それは彼女がどれほど悩み続け、コンクールの舞台であの独奏を演奏することを決意したのか。
彼女は審査員の評価に繋がらなくても、大切なメッセージとして、あの曲を観客に伝えることを選ぼうとしたのだ。
だから、晶ちゃんのあの曲に込めたメッセージは本気なのだと僕は思った。
それは、インタビューの時の文章からも読み取れる。
しかし、これもまだ客観的な想像に過ぎない。
晶ちゃんから直接、その表情を見ながら気持ちを確かめた時、それが本当の答えなのだ。
だから、僕は晶ちゃんの出す答えを待つことにした。
一緒にいたいと伝えてしまった時点で、そうするのが正しいことだと思うから。
*
ピアノコンクールの日から瞬く間に時が流れていった。
副賞であるオーケストラとの演奏会に向けての準備を隆ちゃんと一緒に進めて、引き続き楽しい日々を過ごした。
私もご厚意で一緒に出演させてもらい、多くの人に名前を覚えてもらうことが出来た。
そんな幸せな演奏会も終えて、別れの日が刻一刻と近づく中、私は隆ちゃんに故郷の町に一緒に行きたいと誘った。
私たちが生まれ育った地、今なお震災の爪痕が残る海辺の町。
私は隆ちゃんが日本にいる間に一緒に回りたいと思っていたのだ。
思い出がいっぱい詰まった、私たちの原点の地へ。
隆ちゃんが快く承諾してくれて、小旅行のような気持ちで一緒に計画をした。反対されるのを恐れて、式見先生には秘密で出掛けることになった。
季節は梅雨から本格的な夏へ、旅行当日は快晴で、まだ待ち合わせ時間が早いこともあり、日差しは強くなかったが、昼間になれば、すっかり夏本番の陽光が降り注ぐ時期だった。
もう、高校は夏休みに入っていたから、お互い勉強に影響を及ぼすこともなく、そういう意味では安心して出掛けることが出来た。
ひと足早く待ち合わせ場所に着いた、麦わら帽子を被った白いワンピース姿の私。
赤い肩掛けポーチとタオルや着替えの入った大きめのカバンを手に、駅の改札前で隆ちゃんがやってくるのを待つ。
オーケストラとの演奏会があったから、関東地方で暮らす隆ちゃんとは長期間会えないこともなく、寂しい気持ちはなかったけど、二人きりでこっそりお出掛けするのはウキウキして、楽しみで仕方なかった。
”提案してくれたことは嬉しいけど、今はまだ、答えは出せないよ”
ピアノコンクールが終わった後の大切な夜、たくさん話しをした後で私はそう伝えた。
ウィーンで一緒に暮らしたいと提案されたのだ。
旅行でもまだヨーロッパに行けていない私としては、行ってみたい気持ちも、一緒に暮らしたい気持ちもあったが、答えは出せなかった。
”でも、ありがとう。隆ちゃんの気持ちは本当に嬉しい、私と一緒にいたいって思ってくれてるってことだから”
伝えた言葉は全部本心だった、本心だからこそ胸が苦しくなった。
愛する人といられる幸せを、心行くまで知ってしまったから。
”隆ちゃんがウィーンに帰るまでにはちゃんと答えを出して、伝えるよ”
”だから、その時まで待っていてね。私、自分の人生に後悔したくないから”
早く答えを出すつもりだったけど、上手に伝える方法を考えて準備をしたいこともあり、結局今日まで先送りになって来た。
あの夜にやり取りしたメッセージ、届いたメッセージも送ったメッセージも、どちらも何度も繰り返し確認した。
隆ちゃんとの交流の記録、一緒にいた確かな証拠。
その一つ一つが私の存在意義で、生きた証だった。
”自分に出来ることがなんなのか、自分がしたいことがなんなのか、ちゃんと考えて、答えを出したいから”
ここまで真剣に将来のことを考えたのは、これが初めてだったかもしれない。
震災で両親を亡くしたのも大きかった。
いずれ考えないといけないことだから……。
私はピアノコンクール本選で『RAIN』を演奏すると決め、演奏した時点で、大きな決意をしたつもりだったけど、それが全然足りないものだったと自覚させられた。
私のしたいこと、後悔しない選択を、隆ちゃんにも納得してもらえる答えを、私は今日まで準備した。
半袖のワンピースを着た、ピンク色のリボンで髪を結んだポニーテール姿の私を、隆ちゃんが見つけるのに時間はかからなかった。
短い金髪をした見慣れた男の子の姿が視界に映る。
半袖のワイシャツに茶色のスラックスを履き、私を見つけると、今日も爽やかな笑顔を浮かべていた。
”楽しい一日になるといいな”
朝の日差しを浴びながら、心の底から私は思った。
”晶ちゃん、一通り演奏会が落ち着いたら、一緒にオーストリア、ウィーンで一緒に暮らさないか? この日本を離れて
本格的に音楽に触れれば晶ちゃんの身体ももっとよくなるかもしれないって思うんだ”
夢は叶えるためにあるものだ。
そう考えると、僕のした提案は、晶ちゃんにとって酷く残酷なものであったと思う。
迷わせるようなことを言って、彼女のしようとしていることを妨害しようとしていることに僕は気付いてしまったのだ。
ウィーンで一緒に暮らすという甘美な誘惑は、彼女の決意を揺るがせるものだ。
でも、僕は考えて欲しかった、迷って欲しかったのだ。
将来でもいい、僕と一緒に暮らす未来を、想像して、叶えられたら幸せなことだと、思って欲しかったのだ。
あの夜、晶ちゃんからの答えはなかったけど、こういう話しをちゃんと出来たことは意義のあることだと僕は思うことにした。
いずれにしても、僕はもうすぐウィーンに帰ることになるから。
その時、”再会”したい気持ちが、より多くあれば、それだけ僕らの未来が保証される、つまりはそういうことで、糸が切れないようにするための予防線だったのだ。
彼女が何を考えているのか、僕はまだ知らなかった。―――彼女が弾いた『RAIN』の真意さえも。
想像しただけで分かることはあった。それは彼女がどれほど悩み続け、コンクールの舞台であの独奏を演奏することを決意したのか。
彼女は審査員の評価に繋がらなくても、大切なメッセージとして、あの曲を観客に伝えることを選ぼうとしたのだ。
だから、晶ちゃんのあの曲に込めたメッセージは本気なのだと僕は思った。
それは、インタビューの時の文章からも読み取れる。
しかし、これもまだ客観的な想像に過ぎない。
晶ちゃんから直接、その表情を見ながら気持ちを確かめた時、それが本当の答えなのだ。
だから、僕は晶ちゃんの出す答えを待つことにした。
一緒にいたいと伝えてしまった時点で、そうするのが正しいことだと思うから。
*
ピアノコンクールの日から瞬く間に時が流れていった。
副賞であるオーケストラとの演奏会に向けての準備を隆ちゃんと一緒に進めて、引き続き楽しい日々を過ごした。
私もご厚意で一緒に出演させてもらい、多くの人に名前を覚えてもらうことが出来た。
そんな幸せな演奏会も終えて、別れの日が刻一刻と近づく中、私は隆ちゃんに故郷の町に一緒に行きたいと誘った。
私たちが生まれ育った地、今なお震災の爪痕が残る海辺の町。
私は隆ちゃんが日本にいる間に一緒に回りたいと思っていたのだ。
思い出がいっぱい詰まった、私たちの原点の地へ。
隆ちゃんが快く承諾してくれて、小旅行のような気持ちで一緒に計画をした。反対されるのを恐れて、式見先生には秘密で出掛けることになった。
季節は梅雨から本格的な夏へ、旅行当日は快晴で、まだ待ち合わせ時間が早いこともあり、日差しは強くなかったが、昼間になれば、すっかり夏本番の陽光が降り注ぐ時期だった。
もう、高校は夏休みに入っていたから、お互い勉強に影響を及ぼすこともなく、そういう意味では安心して出掛けることが出来た。
ひと足早く待ち合わせ場所に着いた、麦わら帽子を被った白いワンピース姿の私。
赤い肩掛けポーチとタオルや着替えの入った大きめのカバンを手に、駅の改札前で隆ちゃんがやってくるのを待つ。
オーケストラとの演奏会があったから、関東地方で暮らす隆ちゃんとは長期間会えないこともなく、寂しい気持ちはなかったけど、二人きりでこっそりお出掛けするのはウキウキして、楽しみで仕方なかった。
”提案してくれたことは嬉しいけど、今はまだ、答えは出せないよ”
ピアノコンクールが終わった後の大切な夜、たくさん話しをした後で私はそう伝えた。
ウィーンで一緒に暮らしたいと提案されたのだ。
旅行でもまだヨーロッパに行けていない私としては、行ってみたい気持ちも、一緒に暮らしたい気持ちもあったが、答えは出せなかった。
”でも、ありがとう。隆ちゃんの気持ちは本当に嬉しい、私と一緒にいたいって思ってくれてるってことだから”
伝えた言葉は全部本心だった、本心だからこそ胸が苦しくなった。
愛する人といられる幸せを、心行くまで知ってしまったから。
”隆ちゃんがウィーンに帰るまでにはちゃんと答えを出して、伝えるよ”
”だから、その時まで待っていてね。私、自分の人生に後悔したくないから”
早く答えを出すつもりだったけど、上手に伝える方法を考えて準備をしたいこともあり、結局今日まで先送りになって来た。
あの夜にやり取りしたメッセージ、届いたメッセージも送ったメッセージも、どちらも何度も繰り返し確認した。
隆ちゃんとの交流の記録、一緒にいた確かな証拠。
その一つ一つが私の存在意義で、生きた証だった。
”自分に出来ることがなんなのか、自分がしたいことがなんなのか、ちゃんと考えて、答えを出したいから”
ここまで真剣に将来のことを考えたのは、これが初めてだったかもしれない。
震災で両親を亡くしたのも大きかった。
いずれ考えないといけないことだから……。
私はピアノコンクール本選で『RAIN』を演奏すると決め、演奏した時点で、大きな決意をしたつもりだったけど、それが全然足りないものだったと自覚させられた。
私のしたいこと、後悔しない選択を、隆ちゃんにも納得してもらえる答えを、私は今日まで準備した。
半袖のワンピースを着た、ピンク色のリボンで髪を結んだポニーテール姿の私を、隆ちゃんが見つけるのに時間はかからなかった。
短い金髪をした見慣れた男の子の姿が視界に映る。
半袖のワイシャツに茶色のスラックスを履き、私を見つけると、今日も爽やかな笑顔を浮かべていた。
”楽しい一日になるといいな”
朝の日差しを浴びながら、心の底から私は思った。
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