”小説”震災のピアニスト

shiori

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第12章「プリンスプログラム」1

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 カデンツァラッド学生ピアノコンクール本選。

 コンクール最終日を迎え、ここまでの予選で観客や関係者の熱量は十分に高まっていた。

 この日の舞台に立つ選び抜かれた若き5人のコンテスタント達は、自分たちの持ち得る最高の演奏を披露するため、各々が個性を活かしたプログラムを引っ提げ、入念に準備を重ねこの時のために仕上げて来た。

 これまでに繰り広げられた予選を通じて多くの少年少女たちが審査員達の、大人たちの審判によって涙を流しコンクールの会場を去っていった。

 それはより情熱を注ぎ、ピアノを愛し、練習に膨大な時間を割いてきた者ほど顕著に無念の意をあらわにするものであり、その信じたくないと思いながらも去らねばならないことを、感情で表し、無念を訴えていくことしか出来なかった。

 残った5人のコンテスタントはそんな彼らのその想いも一緒に背負っていた。
 
 だからこそ、前日までに行われたオーケストラとのリハーサルにも熱が入っていたのだった。

 コンテスタントと共に舞台に立つ学生オーケストラもまた緊張する気持ちは同じで、それぞれのプログラムに応える演奏をコンテスタントが抜けている時間もしっかり準備をして本番当日を迎えていた。

 学生オーケストラの実力はコンクールが始まる前からお墨付きで、別のコンクールでも数多くの入賞をしている名門校の生徒を中心に構成されている。

 こうしてさまざまな人の熱意の上に開かれる本選、コンテスタント達の演奏の果てに待ち受ける結果がいかなるものとなるかは分からないが、聴衆や審査員が待ち望んできた本選の開始はもうすぐそこまで迫っていた。



 朝、夏の日差しさえ感じる陽気の中、目が覚めた瞬間から長い一日の予感を感じさせられた。
 ホテルの洗面所で歯を磨き、顔を洗った。
 
 緊張とワクワクで深い眠りが出来たとは言えないが、昨日のリハーサルや海まで出掛けた疲れは残っていなかった。

 晶ちゃんはどんな演奏を聞かせてくれるのだろうか……。
 シングルの客室でワイシャツとネクタイを身に着けながら、そんなことを考えた。

 待ちに待った本選当日をついに迎え、自分でも少し気が緩むと笑みが零れてしまうほどに楽しみで仕方なかった。
 彼女の本気の演奏というものを過去のコンクールで何度か感じさせられたことはあるが。そのたびに異次元の感傷に囚われたものだ。

 普段の彼女とはまた違う、眩い光を浴びながらピアノに全神経を集中させたその姿。
 その姿を生で見られるだけで幸福といえるだろう。

 僕は着替え終えると、同じホテルに宿泊している晶ちゃんがすでに起床しているのをメールで確認し、一緒にモーニングを摂るために、客室を出た。

 食堂に到着して手を振る晶ちゃんと朝の挨拶を交わし、バイキング形式の朝のモーニングを摂る。
 バイキング料理を前にして無邪気に瞳を目移りさせながら朝食を選ぶ晶ちゃんの姿は僕から見れば普段通りの平静に見えた。

「晶ちゃん、フルーツポンチ好きだね」

 僕の言葉に晶ちゃんは頷いた。
 バイキングだから好きなものを食べられるわけだが、晶ちゃんはバターロールとサラダとフルーツポンチ辺りを中心に取り分けていた。

「こういうホテルのバイキングって中々来る機会がないから、つい気になっちゃって」
「そうだよね、僕も普段は同じだよ」

 席に着いて筆談ボードを使ってコミュニケーションを取りながら朝食に舌鼓を打つ。コンクールのことを考えると緊張で顔がこわばってしまうが、食事の話しをすると自然と笑うことができた。

「パイナップル好きなんだっけ?」

 晶ちゃんが口に頬ばるフルーツポンチに中に入っている綺麗な色彩を見ながら僕は思ったことを口にしていた。

「うん、甘酸っぱくて美味しいから。みかんもこういう缶詰に入ってるような甘い味付け好みなの」

 目を輝かせながらペンを走らせ、筆談ボードを僕に見せそう教えてもらうと、ちょっと子どもらしくて可愛さを感じ、僕は安心させられた。
 昨日の海で大人びた姿を見て動揺させられたからかもしれない。

 朝食を終えるまで緊張している様子は見せず、いつも通りの食欲で、いつも通りの笑顔で、ただ今あるこの時間を大切に楽しんでいる、そういう印象に見えた。

 このお祭りのような日々が今日で終わってしまうことを分かっているから、だから、この瞬間を大切に楽しく振舞っているのかもしれないと、そんな風にも思えたひと時だった。
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