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第8章「グラスレコード~君と過ごした最後の日~」2
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「隆ちゃん」
薄手のワンピースを着てやってきた私は隆ちゃんの部屋に入り、彼の姿を確認して愛おしい気持ちで声をかけた。
「あっ、晶ちゃんいらっしゃい、もう荷物もほとんど向こうに送っちゃったから殺風景だけど、どうぞ入って」
黒いスラックスに白いシャツを着た隆ちゃんが、丁寧に私を招き入れてくれる。
私は学校では目立つくらいに珍しい欧米人と日本人とのハーフで瞳の色も違う、サラサラ金髪ヘアーの隆ちゃんが好きだ。
「うん、本当に随分物が減っちゃったね。でも、本棚とかサッカーボールはあるんだね。見なくなったのは音楽関係のものがほとんどなのかな?」
「そうだね。家を売却するわけじゃないから、向こうで必要なものだけ持っていく感じかな」
話していると本当に今日でお別れなんだと実感してしみじみとした気持ちになる。
「でも、ちゃんとピアノはあるんだね」
「うん、この電子ピアノはここに置いていくから」
「そっか……、この子とのお別れは寂しい?」
私は部屋の窓際に置かれた隆ちゃんが小さい頃から愛用してきたピアノに触れながら言った。
「もちろん、小さい頃からの一番の友達だからね。
おそらく、僕のことを一番よく知っているのは、こいつなんだよ」
隆ちゃんが愛用のピアノを撫でて別れを名残惜しそうにしながら言う。
私も一緒に同じように寂しい気持ちになった。
「私、このピアノから見える外の景色、好きだったなぁ。
演奏しながらも、その日、その時で見えるものが違って、飽きることがなくって。
今日も、桜が満開で、ちょっと背伸びしてみて向こうの家を覗いたりして」
「そういうのも風情があっていいよね。
式見先生の家にある地下のグランドピアノなんかは、ほとんど修行場所って感じだったから」
式見先生のグランドピアノ、地下の防音室にあるあれは、本当に集中したいときに丁度いい具合で、ここに置いているものとはまるで雰囲気が違うのだった。
「ねぇ? 私も、この子にお別れを伝えてもいいかな?」
「もちろん、喜んでくれるよ。楽器は弾いてくれる人がいてこそ、存在価値のあるものだから」
少しだけ大人びた隆ちゃんがそんなことを言った。
私は胸が高鳴る気持ちでピアノの椅子に座った。
時間がこのまま止まってくれたらいいのに……、窓の外から来るそよ風を受けながら、私はしみじみと思った。
「じゃあ、失礼します」
私がそっと白い手を伸ばし、10本の指でピアノに触れると、白の黒の鍵盤が喜びの声を上げている気がした。
そして、そのまま私は指に軽く力を込めて、軽快に弾きならし始める。
奏でる楽曲はもちろん、思い出深いパッヘルベルのカノンだった。
昨日とはまた違うアレンジで、私はこのピアノのために演奏をした。
賛美歌を贈るように、心地いいくらいの音色が部屋の中に溢れる。
少し殺風景になった部屋に音楽が流れると、自然とこの場が華やいで、気持ちが満たされていくようだった。
薄手のワンピースを着てやってきた私は隆ちゃんの部屋に入り、彼の姿を確認して愛おしい気持ちで声をかけた。
「あっ、晶ちゃんいらっしゃい、もう荷物もほとんど向こうに送っちゃったから殺風景だけど、どうぞ入って」
黒いスラックスに白いシャツを着た隆ちゃんが、丁寧に私を招き入れてくれる。
私は学校では目立つくらいに珍しい欧米人と日本人とのハーフで瞳の色も違う、サラサラ金髪ヘアーの隆ちゃんが好きだ。
「うん、本当に随分物が減っちゃったね。でも、本棚とかサッカーボールはあるんだね。見なくなったのは音楽関係のものがほとんどなのかな?」
「そうだね。家を売却するわけじゃないから、向こうで必要なものだけ持っていく感じかな」
話していると本当に今日でお別れなんだと実感してしみじみとした気持ちになる。
「でも、ちゃんとピアノはあるんだね」
「うん、この電子ピアノはここに置いていくから」
「そっか……、この子とのお別れは寂しい?」
私は部屋の窓際に置かれた隆ちゃんが小さい頃から愛用してきたピアノに触れながら言った。
「もちろん、小さい頃からの一番の友達だからね。
おそらく、僕のことを一番よく知っているのは、こいつなんだよ」
隆ちゃんが愛用のピアノを撫でて別れを名残惜しそうにしながら言う。
私も一緒に同じように寂しい気持ちになった。
「私、このピアノから見える外の景色、好きだったなぁ。
演奏しながらも、その日、その時で見えるものが違って、飽きることがなくって。
今日も、桜が満開で、ちょっと背伸びしてみて向こうの家を覗いたりして」
「そういうのも風情があっていいよね。
式見先生の家にある地下のグランドピアノなんかは、ほとんど修行場所って感じだったから」
式見先生のグランドピアノ、地下の防音室にあるあれは、本当に集中したいときに丁度いい具合で、ここに置いているものとはまるで雰囲気が違うのだった。
「ねぇ? 私も、この子にお別れを伝えてもいいかな?」
「もちろん、喜んでくれるよ。楽器は弾いてくれる人がいてこそ、存在価値のあるものだから」
少しだけ大人びた隆ちゃんがそんなことを言った。
私は胸が高鳴る気持ちでピアノの椅子に座った。
時間がこのまま止まってくれたらいいのに……、窓の外から来るそよ風を受けながら、私はしみじみと思った。
「じゃあ、失礼します」
私がそっと白い手を伸ばし、10本の指でピアノに触れると、白の黒の鍵盤が喜びの声を上げている気がした。
そして、そのまま私は指に軽く力を込めて、軽快に弾きならし始める。
奏でる楽曲はもちろん、思い出深いパッヘルベルのカノンだった。
昨日とはまた違うアレンジで、私はこのピアノのために演奏をした。
賛美歌を贈るように、心地いいくらいの音色が部屋の中に溢れる。
少し殺風景になった部屋に音楽が流れると、自然とこの場が華やいで、気持ちが満たされていくようだった。
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