29 / 73
第8章「グラスレコード~君と過ごした最後の日~」2
しおりを挟む
「隆ちゃん」
薄手のワンピースを着てやってきた私は隆ちゃんの部屋に入り、彼の姿を確認して愛おしい気持ちで声をかけた。
「あっ、晶ちゃんいらっしゃい、もう荷物もほとんど向こうに送っちゃったから殺風景だけど、どうぞ入って」
黒いスラックスに白いシャツを着た隆ちゃんが、丁寧に私を招き入れてくれる。
私は学校では目立つくらいに珍しい欧米人と日本人とのハーフで瞳の色も違う、サラサラ金髪ヘアーの隆ちゃんが好きだ。
「うん、本当に随分物が減っちゃったね。でも、本棚とかサッカーボールはあるんだね。見なくなったのは音楽関係のものがほとんどなのかな?」
「そうだね。家を売却するわけじゃないから、向こうで必要なものだけ持っていく感じかな」
話していると本当に今日でお別れなんだと実感してしみじみとした気持ちになる。
「でも、ちゃんとピアノはあるんだね」
「うん、この電子ピアノはここに置いていくから」
「そっか……、この子とのお別れは寂しい?」
私は部屋の窓際に置かれた隆ちゃんが小さい頃から愛用してきたピアノに触れながら言った。
「もちろん、小さい頃からの一番の友達だからね。
おそらく、僕のことを一番よく知っているのは、こいつなんだよ」
隆ちゃんが愛用のピアノを撫でて別れを名残惜しそうにしながら言う。
私も一緒に同じように寂しい気持ちになった。
「私、このピアノから見える外の景色、好きだったなぁ。
演奏しながらも、その日、その時で見えるものが違って、飽きることがなくって。
今日も、桜が満開で、ちょっと背伸びしてみて向こうの家を覗いたりして」
「そういうのも風情があっていいよね。
式見先生の家にある地下のグランドピアノなんかは、ほとんど修行場所って感じだったから」
式見先生のグランドピアノ、地下の防音室にあるあれは、本当に集中したいときに丁度いい具合で、ここに置いているものとはまるで雰囲気が違うのだった。
「ねぇ? 私も、この子にお別れを伝えてもいいかな?」
「もちろん、喜んでくれるよ。楽器は弾いてくれる人がいてこそ、存在価値のあるものだから」
少しだけ大人びた隆ちゃんがそんなことを言った。
私は胸が高鳴る気持ちでピアノの椅子に座った。
時間がこのまま止まってくれたらいいのに……、窓の外から来るそよ風を受けながら、私はしみじみと思った。
「じゃあ、失礼します」
私がそっと白い手を伸ばし、10本の指でピアノに触れると、白の黒の鍵盤が喜びの声を上げている気がした。
そして、そのまま私は指に軽く力を込めて、軽快に弾きならし始める。
奏でる楽曲はもちろん、思い出深いパッヘルベルのカノンだった。
昨日とはまた違うアレンジで、私はこのピアノのために演奏をした。
賛美歌を贈るように、心地いいくらいの音色が部屋の中に溢れる。
少し殺風景になった部屋に音楽が流れると、自然とこの場が華やいで、気持ちが満たされていくようだった。
薄手のワンピースを着てやってきた私は隆ちゃんの部屋に入り、彼の姿を確認して愛おしい気持ちで声をかけた。
「あっ、晶ちゃんいらっしゃい、もう荷物もほとんど向こうに送っちゃったから殺風景だけど、どうぞ入って」
黒いスラックスに白いシャツを着た隆ちゃんが、丁寧に私を招き入れてくれる。
私は学校では目立つくらいに珍しい欧米人と日本人とのハーフで瞳の色も違う、サラサラ金髪ヘアーの隆ちゃんが好きだ。
「うん、本当に随分物が減っちゃったね。でも、本棚とかサッカーボールはあるんだね。見なくなったのは音楽関係のものがほとんどなのかな?」
「そうだね。家を売却するわけじゃないから、向こうで必要なものだけ持っていく感じかな」
話していると本当に今日でお別れなんだと実感してしみじみとした気持ちになる。
「でも、ちゃんとピアノはあるんだね」
「うん、この電子ピアノはここに置いていくから」
「そっか……、この子とのお別れは寂しい?」
私は部屋の窓際に置かれた隆ちゃんが小さい頃から愛用してきたピアノに触れながら言った。
「もちろん、小さい頃からの一番の友達だからね。
おそらく、僕のことを一番よく知っているのは、こいつなんだよ」
隆ちゃんが愛用のピアノを撫でて別れを名残惜しそうにしながら言う。
私も一緒に同じように寂しい気持ちになった。
「私、このピアノから見える外の景色、好きだったなぁ。
演奏しながらも、その日、その時で見えるものが違って、飽きることがなくって。
今日も、桜が満開で、ちょっと背伸びしてみて向こうの家を覗いたりして」
「そういうのも風情があっていいよね。
式見先生の家にある地下のグランドピアノなんかは、ほとんど修行場所って感じだったから」
式見先生のグランドピアノ、地下の防音室にあるあれは、本当に集中したいときに丁度いい具合で、ここに置いているものとはまるで雰囲気が違うのだった。
「ねぇ? 私も、この子にお別れを伝えてもいいかな?」
「もちろん、喜んでくれるよ。楽器は弾いてくれる人がいてこそ、存在価値のあるものだから」
少しだけ大人びた隆ちゃんがそんなことを言った。
私は胸が高鳴る気持ちでピアノの椅子に座った。
時間がこのまま止まってくれたらいいのに……、窓の外から来るそよ風を受けながら、私はしみじみと思った。
「じゃあ、失礼します」
私がそっと白い手を伸ばし、10本の指でピアノに触れると、白の黒の鍵盤が喜びの声を上げている気がした。
そして、そのまま私は指に軽く力を込めて、軽快に弾きならし始める。
奏でる楽曲はもちろん、思い出深いパッヘルベルのカノンだった。
昨日とはまた違うアレンジで、私はこのピアノのために演奏をした。
賛美歌を贈るように、心地いいくらいの音色が部屋の中に溢れる。
少し殺風景になった部屋に音楽が流れると、自然とこの場が華やいで、気持ちが満たされていくようだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる