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第5章「もう一度、はじめるために」3
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「“突然来るから、本当に驚いたよ”」
タブレット端末のスピーカーを通して音声を読み上げている間、視線が合って安心してきたのか、急に思い出したかのように気恥ずかしさが膨らんできた。
「そうだね、ごめん」
「“ううん、とっても嬉しい。でも別人みたいでビックリした!”」
「そうかな? 晶ちゃんも変わったと思うけど」
「“本当? 私の方は隆ちゃんのこと、すっごく大きくなっててビックリしたよ! 4年前より見違えるくらいすっかり大人になってる!”」
4年も経って、すっかり思春期を迎えていれば、容姿も変わると思ったが、それにしても、晶ちゃんはとんでもなく綺麗になったと思った。
僕の身長は小学生の頃よりは伸びて165cmほどだけど、晶ちゃんも同じように成長したと僕のことを見てくれているのなら、それは嬉しいことだった。
「そうかな? 身長ばっかり伸びて、中身はまだまだガキみたいなところあるけど、晶ちゃんは大人っぽくなったね」
そう言いたくなるほど、ピンク色に染まった唇を直視するのが困難なほどに彼女は可憐で美しい容姿だった。
「“本当に? 大人っぽくなってるかな? ねぇ、4年前とどこが変わった?”」
興味津々な様子で晶ちゃんが無邪気にも聞いてくる。
「う~ん、いろいろ?」
返答に困って、微妙な返事の仕方になっていた。
「“何か怪しい”」
今度は疑ったような目でこちらを見てくる晶ちゃん、無理に明るくしているとは思いたくないが、コロコロと表情を変える仕草は4年前と変わらないなと思った。
「いや、そんなに追求しなくていいじゃない」
「”本当かな? 向こうでまさか好きな人とか出来てない?”」
「ないない! 毎日、ピアノのレッスンばっかりだよ。親父からは小言ばかり言われて、考える余裕もないよ」
「”ふ~ん、でも、見違えるようなくらい大きくなったから、中身も変わっちゃったのかなって心配しちゃった”」
心配性な晶ちゃんにウィーンでの話しをそこからしていると、時間は瞬く間に過ぎていった。
ウィーンでの暮らしのことを話す中で一番盛り上がったのは食文化のことで、パンやパスタが主食のオーストリアの中で、特に印象に残ったクヌーデルでお腹を下した話をして、見た目の割に美味しいとは素直に言えないなんとも独特な食べ物であったことを紹介した。
それとは別にお土産にベートーヴェングッズと一緒に持ってきたザッハトルテは晶ちゃんの味覚に好評で、チョコレート菓子だから甘いだけという印象も持たれがちだが、僕が持ってきたのはラム酒も入っている濃厚ビターな味わいのクーベルチュールで仕上げてあり、ちょっと大人な気分が味わえる美味しさで、一口食べた晶ちゃんは喜んだ様子で「ほっぺが落ちそう!」と空いた左手で嬉しそうに打ち込んでいた。
そうして話していると、時の流れを感じながらも打ち解け合えるようになり、緊張もほぐれていった。
そんな中、僕は本題ともいうべき、日本で出場する予定のピアノコンクールの話しを晶ちゃんに話すことにした。
「一つ聞いてほしいことがあるんだ、僕は今度のピアノコンクールに出ようと思うんだ。それで今、早めに日本に帰国してるところなんだ」
早めに日本に来たのは晶ちゃんにいち早く会うためだったが、僕はピアノコンクールに出場することを伝えた。
「“今度のって、カデンツァラッド学生ピアノコンクールかな?”」
およそ18歳以内であれば出場できる宮城県内で開催されるピアノコンクールで、二年に一度のスパンで開催されている。窓口は広くとってあり、由緒あるものではないが、海外からも多くのピアニストの卵がこぞって訪れるレベルの高いコンクールである。
予選、本選とあり、見事最優秀賞に輝くと副賞としてテレビ中継もされる有名なプロのオーケストラに混じって参加してセッションが出来る権利が確約されることで好評になっている。
僕にとっては腕試しにも丁度良く実力を確かめるいい機会にもなる、日本にいながら晶ちゃんと一緒にピアノコンクールに出場する約束を果たすのにとっておきのいい機会だと考えていた。
「うん、それでさ、これからエントリーするところだから、よかったら、晶ちゃんも一緒にエントリーしないかな? 一緒にまたピアノコンクールに出ようって約束してたよね?」
僕はピアノコンクールへ一緒に出ることで、晶ちゃんを元気づけられたらと考えていた。一緒にいる機会が増えて気持ちが前向きになるなら、それに越したことはない。
そう考えていたが、今まで機嫌のいい様子ですぐに文字を入力していた晶ちゃんの手が突然止まった。
表情も固まって躊躇ってしまっているところを見ると、やっぱりまだ話すのは早かったかなと思い、僕はすぐに後悔した。
「“ごめんなさい、私は無理”」
さらに表情を曇らせながら晶ちゃんはそれだけを入力し、目を閉じ再生した。
残酷なことを言ってしまったのかもしれない、表情を曇らせた原因を考えたがその心の内は僕には分からなかった。
「”それって、今言ったことって隆ちゃんは、ピアノコンクールにエントリーするために日本に来たってこと? それじゃあ、ピアノコンクールが終わったらまたウィーンに帰っちゃうのかな……?”」
やっとこうして再会できたのにまたすぐに離れ離れになる……、そんな心配が晶ちゃんの中で流れているのかもしれない。
それにもっとネガティブな思考を推察するなら、”私との再会はついでに過ぎない”と、そんな風にも思考が働いているかもしれない。不安にさせるつもりは毛頭ないにもかかわらず、自分が蒔いた言葉から微妙な空気が流れ、望んでもいない解釈さえも導き出してしまう。
僕は失敗してしまった心境に陥りながら、目の前の晶ちゃんのために気の利いたことを言わなければと思考を駆け巡らせた。
タブレット端末のスピーカーを通して音声を読み上げている間、視線が合って安心してきたのか、急に思い出したかのように気恥ずかしさが膨らんできた。
「そうだね、ごめん」
「“ううん、とっても嬉しい。でも別人みたいでビックリした!”」
「そうかな? 晶ちゃんも変わったと思うけど」
「“本当? 私の方は隆ちゃんのこと、すっごく大きくなっててビックリしたよ! 4年前より見違えるくらいすっかり大人になってる!”」
4年も経って、すっかり思春期を迎えていれば、容姿も変わると思ったが、それにしても、晶ちゃんはとんでもなく綺麗になったと思った。
僕の身長は小学生の頃よりは伸びて165cmほどだけど、晶ちゃんも同じように成長したと僕のことを見てくれているのなら、それは嬉しいことだった。
「そうかな? 身長ばっかり伸びて、中身はまだまだガキみたいなところあるけど、晶ちゃんは大人っぽくなったね」
そう言いたくなるほど、ピンク色に染まった唇を直視するのが困難なほどに彼女は可憐で美しい容姿だった。
「“本当に? 大人っぽくなってるかな? ねぇ、4年前とどこが変わった?”」
興味津々な様子で晶ちゃんが無邪気にも聞いてくる。
「う~ん、いろいろ?」
返答に困って、微妙な返事の仕方になっていた。
「“何か怪しい”」
今度は疑ったような目でこちらを見てくる晶ちゃん、無理に明るくしているとは思いたくないが、コロコロと表情を変える仕草は4年前と変わらないなと思った。
「いや、そんなに追求しなくていいじゃない」
「”本当かな? 向こうでまさか好きな人とか出来てない?”」
「ないない! 毎日、ピアノのレッスンばっかりだよ。親父からは小言ばかり言われて、考える余裕もないよ」
「”ふ~ん、でも、見違えるようなくらい大きくなったから、中身も変わっちゃったのかなって心配しちゃった”」
心配性な晶ちゃんにウィーンでの話しをそこからしていると、時間は瞬く間に過ぎていった。
ウィーンでの暮らしのことを話す中で一番盛り上がったのは食文化のことで、パンやパスタが主食のオーストリアの中で、特に印象に残ったクヌーデルでお腹を下した話をして、見た目の割に美味しいとは素直に言えないなんとも独特な食べ物であったことを紹介した。
それとは別にお土産にベートーヴェングッズと一緒に持ってきたザッハトルテは晶ちゃんの味覚に好評で、チョコレート菓子だから甘いだけという印象も持たれがちだが、僕が持ってきたのはラム酒も入っている濃厚ビターな味わいのクーベルチュールで仕上げてあり、ちょっと大人な気分が味わえる美味しさで、一口食べた晶ちゃんは喜んだ様子で「ほっぺが落ちそう!」と空いた左手で嬉しそうに打ち込んでいた。
そうして話していると、時の流れを感じながらも打ち解け合えるようになり、緊張もほぐれていった。
そんな中、僕は本題ともいうべき、日本で出場する予定のピアノコンクールの話しを晶ちゃんに話すことにした。
「一つ聞いてほしいことがあるんだ、僕は今度のピアノコンクールに出ようと思うんだ。それで今、早めに日本に帰国してるところなんだ」
早めに日本に来たのは晶ちゃんにいち早く会うためだったが、僕はピアノコンクールに出場することを伝えた。
「“今度のって、カデンツァラッド学生ピアノコンクールかな?”」
およそ18歳以内であれば出場できる宮城県内で開催されるピアノコンクールで、二年に一度のスパンで開催されている。窓口は広くとってあり、由緒あるものではないが、海外からも多くのピアニストの卵がこぞって訪れるレベルの高いコンクールである。
予選、本選とあり、見事最優秀賞に輝くと副賞としてテレビ中継もされる有名なプロのオーケストラに混じって参加してセッションが出来る権利が確約されることで好評になっている。
僕にとっては腕試しにも丁度良く実力を確かめるいい機会にもなる、日本にいながら晶ちゃんと一緒にピアノコンクールに出場する約束を果たすのにとっておきのいい機会だと考えていた。
「うん、それでさ、これからエントリーするところだから、よかったら、晶ちゃんも一緒にエントリーしないかな? 一緒にまたピアノコンクールに出ようって約束してたよね?」
僕はピアノコンクールへ一緒に出ることで、晶ちゃんを元気づけられたらと考えていた。一緒にいる機会が増えて気持ちが前向きになるなら、それに越したことはない。
そう考えていたが、今まで機嫌のいい様子ですぐに文字を入力していた晶ちゃんの手が突然止まった。
表情も固まって躊躇ってしまっているところを見ると、やっぱりまだ話すのは早かったかなと思い、僕はすぐに後悔した。
「“ごめんなさい、私は無理”」
さらに表情を曇らせながら晶ちゃんはそれだけを入力し、目を閉じ再生した。
残酷なことを言ってしまったのかもしれない、表情を曇らせた原因を考えたがその心の内は僕には分からなかった。
「”それって、今言ったことって隆ちゃんは、ピアノコンクールにエントリーするために日本に来たってこと? それじゃあ、ピアノコンクールが終わったらまたウィーンに帰っちゃうのかな……?”」
やっとこうして再会できたのにまたすぐに離れ離れになる……、そんな心配が晶ちゃんの中で流れているのかもしれない。
それにもっとネガティブな思考を推察するなら、”私との再会はついでに過ぎない”と、そんな風にも思考が働いているかもしれない。不安にさせるつもりは毛頭ないにもかかわらず、自分が蒔いた言葉から微妙な空気が流れ、望んでもいない解釈さえも導き出してしまう。
僕は失敗してしまった心境に陥りながら、目の前の晶ちゃんのために気の利いたことを言わなければと思考を駆け巡らせた。
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