”小説”震災のピアニスト

shiori

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第5章「もう一度、はじめるために」1

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 晶ちゃんとの再会の時を夢見て日本に帰国した僕は、オーストリアにいた頃とまるで情報の伝達され方が違う、メディアから伝わるあまりに悲壮感漂う空気感にぞわぞわとした嫌な不安感を感じながら、日本列島を襲った今度の震災がどれだけ多くの人々に影響を与えているのか、その現実を垣間見た。

 僕は母とピアノコンクールが終わるまでしばらく暮らすことになる都心にほど近い家に荷物を置き、翌日には宮城県内の病院に入院中の晶ちゃんの見舞いに向かうことに決め、その日はテレビのニュースに耳を傾けながら眠った。
 
 僕が暮らすことになったその借り家にはまだ練習用のピアノが運ばれていなかったこともあり、僕は久々にクラシック音楽を聞くだけで、ピアノを弾かない一日を過ごした。
 
 翌日、長い飛行機旅のせいで時差ボケに少し苦しみながら朝食を食べ、僕は式見先生に一度連絡してから、再会への期待と不安、両方を胸に秘めながら家を後にして、晶ちゃんのいる病院まで真っ直ぐに向かった。

 式見先生は「残念だけど、今日は病院には来れないよ」と連絡した時に耳にしたので僕は心細かったが一人で病院までやって来た。

 県内でもひと際大きい病院の自動ドアを通過して病院内を歩いていく。
 なかなか来る機会のない病院内の通路を歩いて、晶ちゃんがいると聞いている病棟の階までエレベーターを使って上がり、患者の異様なくらいの多さに緊張しながら歩いた。


 看護師がテキパキと慣れた様子で仕事をする病棟を歩いていると、より一層再会への緊張感がせりあがってくる。


(もうすぐ、会えるんだ……)


 四年ぶりだ、大好きな女の子に再会出来るのだから嬉しくないわけがない。

(待たせてしまって、ゴメン。今行くから、元気でいてくれ)

 このまま忘れることなんて出来ない大切な人が今、苦しんでいる。

 僕は謝るなら、ちゃんと彼女の前で謝りたいと思いながら、スロープを歩いた。

 病棟の奥の方に行くと徐々にスロープが静かに移り替わっていく。
 高鳴る胸の鼓動を抑えられないほどに、成長した彼女の姿に会うことに緊張していた。
 
 四年前の小学校卒業をきっかけにして離れ離れになってから、写真などはお互いに交換していなかったので、今の成長した姿をお互い知らない。

 自分が背も伸びて、より男性らしい身体つきへと変わっていったのだから、きっと彼女も女性らしく、美しい姿に成長していることだろう。
 そういう期待をしてしまうのは男のさがかもしれない。

 出来るだけ足音を立てないよう歩いて、一つの病室の前に僕は辿り着いた。

 そして、四方晶子しほうあきこと病室の前に書かれたプレートを確認して、僕は呼吸を整える。

 あまりに懐かしい、その名前を確認するだけで感極まって、だけど、ここで一度泣いてしまったら涙が止まらないだろうと気づき、グッとの泣き出してしまいそうな感情を抑えた。

”今日は……、晶ちゃんの前では明るく振舞おうと決めていた”

 だって、晶ちゃんの悲しそうな顔をこれ以上増やしたくないから。例え、辛いことや悲しいことがあっても、僕はあの頃のような明るい笑顔を晶ちゃんにはしてほしいのだ。

 そんなに簡単にすぐに気持ちを切り替えるのは難しいと分かってる、でも、少しでも自分と再会することで元気になれることを、僕は心から願っていた。だから、僕はここにいる、晶ちゃんにこうして会いに来たんだ。

(長い間、会えなかったけど。もう一度、はじめるために。何があっても僕は晶ちゃんの味方でいよう……)

 怖くないかといえば嘘になる、晶ちゃんは…、僕の知ってる晶ちゃんは変わり果てているかもしれない。だけど、ここまで来た以上、後悔しないために引き返す選択はなかった。

 だから、僕は勇気を出して一度ノックをしてから、意を決して扉を開いた。
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