”小説”震災のピアニスト

shiori

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第3章「灰色の世界、震災の爪痕」2

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 その日、日本は前兆もなく大地震に見舞われた。被害は広範囲にのぼり、震源地に近い東日本太平洋沿いの街では甚大な被害が伝えられ、未曽有の災害と位置付けられた。

 建物の倒壊が発生すると共に、黒く濁った津波が想像を超えた高さで街を飲み込んでいく。
 それはこれまでの歴史でも類を見ない未曽有の事態だった。
 今を生きる日本人が経験したことのないような無慈悲な現実に日本中が大混乱に陥った。

 震源地からも近い沿岸部の高校に通っていた高校一年生の私、四方晶子しほうあきこは地震の被害に遭い、病院に搬送されることなって、結果的に片耳の難聴と声を出せない症状に苛まれることとなった。

 お医者さんの話しでは感覚器官自体の機能欠陥というより、精神的ショックの方に原因があるという。
 だから、今後突然聞こえなくなった左耳が聞こえるようになることもあれば、きっかけ一つで声が出せて、再び不便のない会話が出来るようになる可能性もあるという話しだった。
 身体に強い衝撃を受けたわけではないと思うから、そう言われたら、そうなのかなとも思った。

 だが、今の私の心境からすればそんな都合よく治れば苦労しないと言いたくなるような話しで、期待するだけしんどくなるのが現実で、治るかどうかは神のみぞ知るという面を食らうような状況ではある。

 でも、震災によって多くの人が帰らぬ事態である中、こうして生きていられるだけでも感謝しなければならないのが現実だった、今も大きな津波のせいで復興はおろか、被災者の遺体の回収もなかなか進んでいないのが現実だった。

 私の両親も震災から一週間近くが経過した今も依然として発見されていない。
 どこかの避難所で暮らしている可能性はゼロではないが、生死は絶望的なものだと分かっている。

 目まぐるしく世間では瓦礫を取り除く作業や、仮設住宅の建設など、無限にある震災の後処理が続く中で、私は病室の中で何もできずにいるままだった。

 片耳が聞こえなくなってしまったこともあり、もう人生の生きる意味に程近い音楽を聴く習慣もなくなった。今の私はとても愛してやまなかったピアノの音もクラシックの名曲たちも、大衆音楽でさえも聞けるような気持ちにはなれなかった。
 今の私にピアノは弾けない……、弾く勇気も湧いてこなければ、弾きたいという根源的な欲求も湧いてこない。

 ただ、この気持ちが沈んだ今の現状の中で音楽のことを考えたくなかった。

 片耳が聞こえない自分が満足にピアノを演奏できるはずもない、私はそう考えて、現実から目を背けたかった。

 私は生涯、心から愛しいと思える人とピアノコンクールの舞台で再会するという約束もきっとこのまま果たすことが出来ない。

 それは私の生きる原動力で、一番の夢だったけど、もう叶えることは出来ないだろう。

 見舞いに来てくれる僅かな良心的な相手のことさえも、明るく歓迎して上手く思いやれていないのが現状で、もう私の心はぽっきりと折れて、ただ生きているだけの人形になり果ててしまっていた。

 もう、ピアノに触ることもないだろう……、これまでのような前向きな気持ちでピアノを楽しめる日はやってこないだろう……。哀しいけれど、それが今の私の現状だった。
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