”小説”震災のピアニスト

shiori

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第3章「灰色の世界、震災の爪痕」1

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 夢が覚める、淡いピンク色に染められた桜の薫りが目覚める意識の中で通り過ぎるように消え去っていく。

 何故だろう? 生きていることは尊くて幸せなことだと思うのに、今はたまらなく思い出が愛しい。あの頃に、無垢で夢見がちな少女だった頃に帰りたくなる。

 喪失を知らない無垢な頃の私、世界の残酷さから目をそらしていた自分。
 でも、不条理のように訪れる不幸な転機は、いつもすぐそばにあったのだ。
 ただ、無自覚なまま見ないようにしていただけ。

 いつかはやってくる災厄、逃れることが出来ない無力な人間、必ず誰かが犠牲になる必然にある恐怖。
 その必然に、たまたま自分が今まで含まれなかっただけ、だから、これは不幸であっても珍しいことなんかじゃない。でも、そう思ってこの現実を甘んじて受け入れられるほど、まだ私は、大人になり切れずにいた。



 目が覚めると、いつもの病室。

(また、夢か……)

 懐かしい小学校の卒業式の日の夢を見て、瞳からは温かい涙がこぼれていた。

 私は白いベッドの中で布団をかぶりながら身体を起こす。

 身体の痛み、点滴針の入れられた異物な感触、そこから目が覚めるように思い出したくない悲劇的な記憶が溢れてくる。

 それでも、私は空調が効いた室内の中では寒くて布団を剥がす不便もないので重りをどけるように布団から抜け出した。

 まだ午前6時前、消灯時間が早い入院生活の中ではこうして朝早くに起きることも苦ではなくなった。
 自然に目覚めるが、軽い頭痛が残る。
 6時には担当看護師が毎朝容体を見に来て採血と点滴をしに訪れるので、私は自然とこんな調子で目を覚ますようになった。

 私にあてがわれている部屋は個室で、個室でないと不便に感じるというわけでもないのでその内個室ではなくなるだろうけど、心境は複雑だった。
 それだけ症状が落ち着いたということでもあり、それだけ症状が深刻だったということでもある。いずれにしても、この入院生活はいずれ終わる。
 その時には、自分が今後どうするのかを決めなければならないことは深刻である以外に考えようがなかった。

「お変わりないですか?」

 病室に入って来た担当看護師がいつものように朝の挨拶を言った。
 私は”変わらない”返事をするために身体を起こしたまま軽く頷いた。
 会話をするためのタブレット端末を膝にすでにおいていたが、特に伝えることもなかったので頷いただけで挨拶は終わって、手渡された体温計で体温を測った。
 
 看護師さんは慣れているので、こんな調子の私を相手にしていても顔色一つ変えず、明るい調子でテキパキと採血と点滴の交換を済ませ、「朝食の時間までお待ち下さい」と言って病室を去っていく。

 私は一人になると特にすることもなく、再び肩の力を抜いて枕に頭を載せて天を仰いだ。

 白い天井を見ても、何の感情も湧いては来なかった。

 生きているだけで幸せだというなら、今の自分は幸せなのだろうか。

 ポツリと言葉が頭の中で流れたが、答えは出なかった。

 気付けば私は再び眠りについてしまい、次に目覚めた時には、朝食の時間だった。
 
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