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第1章「会いたい人」6
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「こんな形で会えるなんて思わなかった……、ピアノ椅子に座るまでは落ち着きなかったのに、突然真剣な表情になってあんな立派な演奏を聞かせてくれるんだもん! 本当に驚いちゃった」
隆之介の演奏を聞いて思わず立ち上がった晶子を隆之介はピアノ椅子に譲るように座ってもらったのち、晶子の座っていた椅子に交代する形で座って、引き続き話をすることとなった。
晶子は興奮冷めやらぬ様子で隆之介のことを褒め称えた。
その姿は無邪気な乙女そのもので、演奏の時の堂々とした姿とのギャップに隆之介の胸の鼓動はさらに早くなってしまうのだった。
「そうかな? でも、僕も驚いちゃったよ。忘れ物を取りに来ただけだったのに、綺麗な演奏が聞こえてきて、何だか楽しそうで、この演奏をしている人はきっとピアノが好きなんだろうなって思いながら自然と音がする方に足が向かってたんだ。
聞いてるだけでこのピアノを弾いてる人の姿が自然と浮かんできて、この部屋に勇気を出して入ってみたら、思った通りの姿をした君が演奏してたんだ」
隆之介は運命を感じていた。それは晶子も同様だったが、隆之介は自然と惹かれるように緊張を通り越して言葉が溢れていた。
「そうなんだ、本当に偶然なんだね。
私ね、ピアノを弾いてる時だけ、違う自分になったみたいにピアノの世界に浸れるの。それがね、とっても心地よくて、満たされるようで、楽しいの」
”ピアノの世界”と表現した晶子に対してロマンチストな印象を受けると同時に隆之介は羨ましく思った、それは音楽性というより、自分にとっての音楽との向き合い方の違いから来るものだった。
「うん、君が演奏している姿、凄く楽しそうで、幸せそうに見えた。
僕とは対称的で、ピアノに愛され、愛している、ピアノと相思相愛なんだろうって思った」
晶子の言葉の影響を受けたのか、隆之介からも”相思相愛”というロマンチストな言葉が零れていた。
それだけ興奮状態であったことは隠せなくて、頬を赤くして、体温までぽかぽかと上がってしまっているのが隆之介は自分でも分かっているのだった。
「ふふふふっ、ピアノと相思相愛かぁぁ。そうだといいな。
君は違うの? 君にとってのピアノって何なのかな?」
質問されたことは隆之介にとって難しい問いだった。
一言で言い表すことは難解だろう。
だが、隆之介は少し考えて、晶子の問いに答えようと口を開いた。
「僕にとっての才能はピアノしかないから。
それ以外に取り柄なんて見つからなくて、ピアノを上手に演奏することが唯一の生きがいなんだ。
最初は難しいなって曲も練習している内に段々と様になってきて、それが嬉しくて。
だから、いつも指や腕が痛くても練習を続けてきた。
自分よりも上手な人がたくさんいて、自分には到底弾けない曲がたくさんあって、それに負けないように、頑張ることで、こんな僕にも出来ることがあるんだって実感できるんだ」
隆之介の父は指揮者をしており、そういう意味では音楽一家だったが、父は隆之介に自分から音楽をするように仕向けるような教育をしてこなかった上に、ピアノを教えることもなかった。
だが、オーケストラを指揮する父の姿は隆之介にとって輝いて映るあこがれの対象だった。
隆之介はそれを目のあたりにしながら成長し、自分にも何か才能があるはずだと信じ、家に置かれていたピアノを弾くことにのめり込んだ。
誰に教えを乞うわけでもなく独学でピアノと向き合う日々、そうして隆之介はこれまでのほとんどの時間を過ごしてきた。
「でも、君は凄いよ!! 一生懸命に練習を続けられる、それだけで凄く偉いことだと思うよ!! 私にはそういう根気とか根性はないの。
だからいつも式見先生にも呆れられちゃうんだけど。
私って、自分が楽しいって思えることじゃないと、練習続けたりしないから、ピアノは好きだけど、実はとってもわがままなの」
自分のことを隠すことなく、笑顔を浮かべながら話す晶子。
その姿を見て、隆之介は釣られるように笑った。
久々に人の前で笑った気がした。
それだけ晶子の言葉も仕草も表情も、そして晶子の奏でるピアノの演奏もたまらなく愛おしかった。
二人の話しは全く尽きる様子はなかったが、しかし時間は残酷で、夕焼けの空は本格的に月が昇る夜へと移り替わっていく。
まだ小学生である二人は時間切れとなって、下校することになった。
「あっ、そういえば、私のことは晶ちゃんって呼んで、みんなそう呼んでるから。
友達の証だよ! 私は隆之介君のことを隆ちゃんって呼ぶね」
人懐っこい調子で別れ際に満面の笑みで手を振りながら言う晶子の姿が隆之介の中で印象的に残った。それは、この出会いを特別なものと晶子も感じていた証拠であり、現に晶子はどちらかと言うとクラスでは空気が読めない方で浮いているタイプだったのだ。
でも、クラスに馴染めずにピアノに逃避していた晶子のそうした事情はこの時、隆之介は知らなくて、隆之介はただ運命のように晶子と出会うことのできた、自分の演奏を褒めてくれる人が出来た幸福の中で胸がいっぱいになっていた。
そして、結果的に二人がこの小学校を卒業するころには、二人のピアノの実力の凄さを学年中が知ることになり、二人は誰からも愛される存在となっていくのだった。
懐かしい出会いの日のことを夢の中で見た隆之介。
飛行機は日本へと向かって飛翔を続け、再会の時は間近へと迫っていた。
こうして、隆之介はピアノコンクール出場と四方晶子との再会を目的に、ウィーンを離れ、4年ぶりに日本へと降り立つのだった。
隆之介の演奏を聞いて思わず立ち上がった晶子を隆之介はピアノ椅子に譲るように座ってもらったのち、晶子の座っていた椅子に交代する形で座って、引き続き話をすることとなった。
晶子は興奮冷めやらぬ様子で隆之介のことを褒め称えた。
その姿は無邪気な乙女そのもので、演奏の時の堂々とした姿とのギャップに隆之介の胸の鼓動はさらに早くなってしまうのだった。
「そうかな? でも、僕も驚いちゃったよ。忘れ物を取りに来ただけだったのに、綺麗な演奏が聞こえてきて、何だか楽しそうで、この演奏をしている人はきっとピアノが好きなんだろうなって思いながら自然と音がする方に足が向かってたんだ。
聞いてるだけでこのピアノを弾いてる人の姿が自然と浮かんできて、この部屋に勇気を出して入ってみたら、思った通りの姿をした君が演奏してたんだ」
隆之介は運命を感じていた。それは晶子も同様だったが、隆之介は自然と惹かれるように緊張を通り越して言葉が溢れていた。
「そうなんだ、本当に偶然なんだね。
私ね、ピアノを弾いてる時だけ、違う自分になったみたいにピアノの世界に浸れるの。それがね、とっても心地よくて、満たされるようで、楽しいの」
”ピアノの世界”と表現した晶子に対してロマンチストな印象を受けると同時に隆之介は羨ましく思った、それは音楽性というより、自分にとっての音楽との向き合い方の違いから来るものだった。
「うん、君が演奏している姿、凄く楽しそうで、幸せそうに見えた。
僕とは対称的で、ピアノに愛され、愛している、ピアノと相思相愛なんだろうって思った」
晶子の言葉の影響を受けたのか、隆之介からも”相思相愛”というロマンチストな言葉が零れていた。
それだけ興奮状態であったことは隠せなくて、頬を赤くして、体温までぽかぽかと上がってしまっているのが隆之介は自分でも分かっているのだった。
「ふふふふっ、ピアノと相思相愛かぁぁ。そうだといいな。
君は違うの? 君にとってのピアノって何なのかな?」
質問されたことは隆之介にとって難しい問いだった。
一言で言い表すことは難解だろう。
だが、隆之介は少し考えて、晶子の問いに答えようと口を開いた。
「僕にとっての才能はピアノしかないから。
それ以外に取り柄なんて見つからなくて、ピアノを上手に演奏することが唯一の生きがいなんだ。
最初は難しいなって曲も練習している内に段々と様になってきて、それが嬉しくて。
だから、いつも指や腕が痛くても練習を続けてきた。
自分よりも上手な人がたくさんいて、自分には到底弾けない曲がたくさんあって、それに負けないように、頑張ることで、こんな僕にも出来ることがあるんだって実感できるんだ」
隆之介の父は指揮者をしており、そういう意味では音楽一家だったが、父は隆之介に自分から音楽をするように仕向けるような教育をしてこなかった上に、ピアノを教えることもなかった。
だが、オーケストラを指揮する父の姿は隆之介にとって輝いて映るあこがれの対象だった。
隆之介はそれを目のあたりにしながら成長し、自分にも何か才能があるはずだと信じ、家に置かれていたピアノを弾くことにのめり込んだ。
誰に教えを乞うわけでもなく独学でピアノと向き合う日々、そうして隆之介はこれまでのほとんどの時間を過ごしてきた。
「でも、君は凄いよ!! 一生懸命に練習を続けられる、それだけで凄く偉いことだと思うよ!! 私にはそういう根気とか根性はないの。
だからいつも式見先生にも呆れられちゃうんだけど。
私って、自分が楽しいって思えることじゃないと、練習続けたりしないから、ピアノは好きだけど、実はとってもわがままなの」
自分のことを隠すことなく、笑顔を浮かべながら話す晶子。
その姿を見て、隆之介は釣られるように笑った。
久々に人の前で笑った気がした。
それだけ晶子の言葉も仕草も表情も、そして晶子の奏でるピアノの演奏もたまらなく愛おしかった。
二人の話しは全く尽きる様子はなかったが、しかし時間は残酷で、夕焼けの空は本格的に月が昇る夜へと移り替わっていく。
まだ小学生である二人は時間切れとなって、下校することになった。
「あっ、そういえば、私のことは晶ちゃんって呼んで、みんなそう呼んでるから。
友達の証だよ! 私は隆之介君のことを隆ちゃんって呼ぶね」
人懐っこい調子で別れ際に満面の笑みで手を振りながら言う晶子の姿が隆之介の中で印象的に残った。それは、この出会いを特別なものと晶子も感じていた証拠であり、現に晶子はどちらかと言うとクラスでは空気が読めない方で浮いているタイプだったのだ。
でも、クラスに馴染めずにピアノに逃避していた晶子のそうした事情はこの時、隆之介は知らなくて、隆之介はただ運命のように晶子と出会うことのできた、自分の演奏を褒めてくれる人が出来た幸福の中で胸がいっぱいになっていた。
そして、結果的に二人がこの小学校を卒業するころには、二人のピアノの実力の凄さを学年中が知ることになり、二人は誰からも愛される存在となっていくのだった。
懐かしい出会いの日のことを夢の中で見た隆之介。
飛行機は日本へと向かって飛翔を続け、再会の時は間近へと迫っていた。
こうして、隆之介はピアノコンクール出場と四方晶子との再会を目的に、ウィーンを離れ、4年ぶりに日本へと降り立つのだった。
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