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第1章「会いたい人」4
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扉を開いた先にある第二音楽室の中の光景が隆之介の眼前に開かれた。
夕焼け空から眩いばかりの光を浴びるグランドピアノの先に、心地良さそうな笑顔で目を瞑りながら鍵盤を叩き、ペダルを踏み堂々とパッヘルベルのカノンを奏でる一人の少女。
教室にはその一人の少女以外にはおらず、隆之介は教室の中に足を踏み入れて、グランドピアノへと近づいていく。
少女は隆之介に気付く様子はなく演奏を続ける。
(……こんな子が、この学校にいたんだ)
小学四年生になった隆之介もこんなにピアノが上手な生徒がいることを知らなかった。
いや、ただ自分が上手くなりたい一心でピアノと関わって来たから、同じ小学生の演奏などに興味関心を抱く余裕がなかっただけかもしれない、それは自分よりも上手い人はほとんどが自分よりも年上で背も大きく、いずれ越えなければならない高い壁としていつもそびえ立っていたからだ。
だから、隆之介は身近な同じ学校の生徒にまで関心を向ける余裕がこれまでなかった。
(自然と伝わってくる……、この子の持っているピアノが好きで、大好きでたまらなくて、演奏しているという心の動きが、この心地良い演奏を通して、痛いくらいに伝わってくる。
これは、僕が持っていない感性、ただ上手くなりたくて、上手に弾きたくて、必死に譜面と向き合って一生懸命弾こうと格闘してきた自分とはまるで違う、違う感性の中で奏でる、この子の内にある感情から生まれた演奏なんだ……)
考えればキリがないと思うほどに、隆之介はこの子の演奏に込められた音楽性に惹かれていた。
やがて、時を忘れるほどに心地良い演奏が終わり、少女を目を開いて、顔を上げた。
少女の視線が隆之介と重なって、そのまま互いに反応のないまま静止した。
隆之介は勝手に教室に入って近くまで来て、少女の顔色まで伺える位置で聞いていただけに胸が高鳴り、緊張ですぐに言葉が出なかった。
自分と身長も歳もそれほど変わらない少女の姿、艶やかに伸びた綺麗な黒髪をポニーテールにしてまとめ、透き通った綺麗な瞳を覗かせ、顔立ちも柔らかで年相応なものであった。それは隆之介が少女の音色を聞きながら頭の中でイメージしたそのままであり、少女は演奏直後でこの二人きりの状況に未だに実感が持てていないのか不思議そうにきょとんとした表情で隆之介を見ていた。
「あの……ごめん、勝手に教室に入って…っ」
隆之介は緊張で固まったまま、何とか声を絞り出して先に謝った。
その声を聞いて相手もようやく気付いたのか、人形ではないと分かるように表情を動かしてようやく口を開いた。
「あぁ……もしかして君もピアノがお好きなんですか?」
ピアノの椅子に座ったまま、第一声を少女は語り掛けた。
ピアノの音色と同様に繊細な少女の生声により魅了され、隆之介は返答が遅れた。
「……ちょっとだけ」
辛うじて声を絞り出して出た言葉はなんとも情けないものだった。
「そうなんですね……、せっかくですから弾いてみますか?」
少女から次に出た言葉は甘美な誘い言葉だった。
「……いいの? 君が練習してたんじゃないの?」
どうして譲ってくれるのが分からず、隆之介は聞いた。
「私はここのピアノを気まぐれで時々使っているだけですから。
普段の練習は家のピアノを使っています。今日はたまたま帰る前に弾きたくなっただけです。このピアノを使うのは式見先生から許可を頂いてますから、君が演奏しても大丈夫ですよ。無断使用にはあたりませんので」
話すことに慣れているのか、隆之介には分からなかったが、ゆっくりとして、上品に落ち着いた口調で、まだ幼さの残る女生徒は丁寧に教えてくれた。
夕焼け空から眩いばかりの光を浴びるグランドピアノの先に、心地良さそうな笑顔で目を瞑りながら鍵盤を叩き、ペダルを踏み堂々とパッヘルベルのカノンを奏でる一人の少女。
教室にはその一人の少女以外にはおらず、隆之介は教室の中に足を踏み入れて、グランドピアノへと近づいていく。
少女は隆之介に気付く様子はなく演奏を続ける。
(……こんな子が、この学校にいたんだ)
小学四年生になった隆之介もこんなにピアノが上手な生徒がいることを知らなかった。
いや、ただ自分が上手くなりたい一心でピアノと関わって来たから、同じ小学生の演奏などに興味関心を抱く余裕がなかっただけかもしれない、それは自分よりも上手い人はほとんどが自分よりも年上で背も大きく、いずれ越えなければならない高い壁としていつもそびえ立っていたからだ。
だから、隆之介は身近な同じ学校の生徒にまで関心を向ける余裕がこれまでなかった。
(自然と伝わってくる……、この子の持っているピアノが好きで、大好きでたまらなくて、演奏しているという心の動きが、この心地良い演奏を通して、痛いくらいに伝わってくる。
これは、僕が持っていない感性、ただ上手くなりたくて、上手に弾きたくて、必死に譜面と向き合って一生懸命弾こうと格闘してきた自分とはまるで違う、違う感性の中で奏でる、この子の内にある感情から生まれた演奏なんだ……)
考えればキリがないと思うほどに、隆之介はこの子の演奏に込められた音楽性に惹かれていた。
やがて、時を忘れるほどに心地良い演奏が終わり、少女を目を開いて、顔を上げた。
少女の視線が隆之介と重なって、そのまま互いに反応のないまま静止した。
隆之介は勝手に教室に入って近くまで来て、少女の顔色まで伺える位置で聞いていただけに胸が高鳴り、緊張ですぐに言葉が出なかった。
自分と身長も歳もそれほど変わらない少女の姿、艶やかに伸びた綺麗な黒髪をポニーテールにしてまとめ、透き通った綺麗な瞳を覗かせ、顔立ちも柔らかで年相応なものであった。それは隆之介が少女の音色を聞きながら頭の中でイメージしたそのままであり、少女は演奏直後でこの二人きりの状況に未だに実感が持てていないのか不思議そうにきょとんとした表情で隆之介を見ていた。
「あの……ごめん、勝手に教室に入って…っ」
隆之介は緊張で固まったまま、何とか声を絞り出して先に謝った。
その声を聞いて相手もようやく気付いたのか、人形ではないと分かるように表情を動かしてようやく口を開いた。
「あぁ……もしかして君もピアノがお好きなんですか?」
ピアノの椅子に座ったまま、第一声を少女は語り掛けた。
ピアノの音色と同様に繊細な少女の生声により魅了され、隆之介は返答が遅れた。
「……ちょっとだけ」
辛うじて声を絞り出して出た言葉はなんとも情けないものだった。
「そうなんですね……、せっかくですから弾いてみますか?」
少女から次に出た言葉は甘美な誘い言葉だった。
「……いいの? 君が練習してたんじゃないの?」
どうして譲ってくれるのが分からず、隆之介は聞いた。
「私はここのピアノを気まぐれで時々使っているだけですから。
普段の練習は家のピアノを使っています。今日はたまたま帰る前に弾きたくなっただけです。このピアノを使うのは式見先生から許可を頂いてますから、君が演奏しても大丈夫ですよ。無断使用にはあたりませんので」
話すことに慣れているのか、隆之介には分からなかったが、ゆっくりとして、上品に落ち着いた口調で、まだ幼さの残る女生徒は丁寧に教えてくれた。
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