巨乳教授M

あんどこいぢ

文字の大きさ
上 下
1 / 2
第一話 福本舞花

接触篇

しおりを挟む
 置き去りにされる感覚があった。
 それさえなければ彼女自身、さる大学の表象文化学科で英米文学を講じる身でもあり、講義の雑談的部分の情報集めにむしろ積極的に活用したい会話だった。
 会話をリードしている河北もまた大学教員だった。彼女の勤務先の英正大学、さらに他一校を加え武蔵野新学園都市を構成する城南大学の専任講師だ。大学のランキングでは河北の勤務先が2ランク上……。ただし彼女は教授……。互いの位置取りが微妙な関係だった。
 河北にも彼女と同じ動機があるのだろう。長い机を四角く並べた会議室配置の向かい側の席に、冒頭のヲタク的ともいえる会話を少々ネチっこく振り続けている。
「そのブラッドリーってひと、もう完全にOUTなわけ?」
「まあ児童虐待関連ですからね、ちょっとキビシイんじゃないすかね」
「でもそのひと当然、フェミなんでしょ?」
「まあいってみりゃそうなんすけど……。魔女っていうかなんていうか、……アーサー王伝説を王の異母姉のモーガン・ル・フェイの視点で語り直したってひとなんですけどね。河北さんにはギリシャ神話のほうが分りやすいかな? それもそういった視点での語り直しで、そっちのほうはトロイア戦争をカサンドラの視点でって話なんすけど……。そういえばトロイア戦争の語り直し、最近また新しいのがでてたな? 今度はブリセイスの視点だって……」
「ブリセイス?」
「アキレスとアガメムノンの確執の原因の一つですよ。まあ巫女だったのに戦利品として攫われてきちゃったひとなんですけどね」
「ンッ? じゃあそのブラッドリーってひと、まだ書いてるってこと?」
「いや、それ書いたのはバーカーってひとで……。ブラッドリーはもうとっくに亡くなっちゃってて、死後に実子から性的虐待の告発がなされたって状況です。実子ですよ? モーガン・ル・フェイの話にもインセスト・ダブーの話が関わってくるわけだし、作品は作品、作者のプライベートとは関係なしってわけにはいかないんじゃないすかね? ボーヴォワールとサルトルの共通の愛人の女子学生の問題もあるし、アメリカでヒッピーたちのバイブル書いたハインラインだって自身のそういった傾向を結局否定しなかったわけだし、それに最近じゃ、フーコーのチュニジアでの児童買春疑惑なんてのもある。まあパリ五月革命以降のたような社会運動ってヤツにゃあ、なんだかなあって部分、多分にあるなって私は感じてるんすけどね。渡部直己の事件なんてのはむしろ、デコイっていうかなんていうか、話をこれ以上大きくしないための煙幕みたいなもんなんじゃないすかね? あっ、いまの話じゃインセスト・タブーの問題と、未成年者への性的虐待の問題と、それらに加えセクハラ・パワハラの問題とがゴチャ混ぜになっちゃってるわけだけど、六十年代末からの世界同時多発的学生反乱てヤツぁある面じゃ性と文化の革命でもあったわけで、それそのまんま引き摺っちゃってるいまのリベラル・アーツの連中なんかが自分たちのことは棚にあげ、アニメの巨乳キャラのことセクハラだとかなんだとかいって騒いでるってのもなんだか──」
「いやそりゃ置いといて……」
 河北は縁なし眼鏡がよく似合ういかにもインテリといった男なのだが、対する彼=荒井一生は、ただただヲタクといった雰囲気で、いわゆる〝お母さんに買ってきてもらったシャツ〟を、臆面もなく毎回着てきている。髪はお坊ちゃまカットだが中流以上の感じがしない。下半身は確かデニムにスニーカーだったか?
 パイプ椅子にダラーッとかけている。
 そもそも身分がはっきりしない。フリーライター? ウェブデザイナー? 初顔合わせのとき手作りの名刺をもらったが、それにはなんと刷ってあったか? 複数の職業名が刷ってあったが、最後の項目は確か、『占い師(タロット)』だった。
 当然第一印象は最悪な男だった。
 この研究会のもう一人の参加者=菱田優希によると、以前から河北が連れ歩いている男だという。優希曰く──。
「私もなん度か頼んでみたんだけど、レジュメなんかを割り合い綺麗に仕上げてくれんのよ。使ってるのはワードらしいんだけど、ちゃんとDTPソフト使ってるひとたちなんかより、よっぽど綺麗にね。ただ……」
「ただ?」
「料金体系がはっきりしなくて……。えっと、ボラれるとかっていうんじゃなくて、むしろその逆……。ほら、下のユニマットのとこで借り作ったまんまじゃ厭だっていったら、じゃあこのコーヒー奢ってくれりゃいいや、なんてね。かえってモヤモヤするでしょ? そういうのって……。河北君はそんなこと気にせず便利に使っちゃってるみたいなんだけど……」
 実はその優希、ベリーショートの髪型がよく似合ういかにも現代的美人なのだ。輪郭がややシャープ過ぎるのだが、それが上記髪型と相俟って、〝美青年〟といっていいようなユニセックスな魅力を醸しだしている。にも拘らず装いは割り合いフェミニンなもので……。この研究会のようなインテリの集まりには、こういった〝お姉様キャラ〟が大抵一人はいるものなのだ。
 とはいえ、かくいう観察者=福本舞花もまたなかなかの美人だ。アーモンド型の瞳──。卵型の輪郭──。鼻梁の高さ、彫りの深さなどでは確かに前者に一歩及ばずといったところだが、それゆえかえって愛嬌があって、学生たちに人気投票でもさせればこっちのほうが断然一位だろう。
 加えて両者とも大学教員でありながらボンキュッボンのスーパーグラマーだった。
 もっともこの二人にも多少ややこしい問題があり、優希も河北どうよう城南大の講師なのだが、彼と違って学部からの生え抜きというプレステージがあり、学科会議などでの席次は明らかに彼女のほうが上なのだという。
 馬鹿馬鹿しいコダワリだと舞花自身も当然気づいている。一応リベラルな人種の集まりであり、年齢的にも皆三十代と、大学人としてはまだまだ若い部類だ。しかしながら女の身で頑迷固陋な教授連に揉まれ、同世代の男たちからのセクハラの嵐を掻いくぐって生きていれば、どうしたってそういったことに神経質になってしまう。
 実は研究会の立ちあげの際、河北がまずいったのがそのことだった。
「この研究会では出身大学とか、現在の所属大学とか、そこでの身分とかといったような話は、なしでいきましょう。ウィトゲンシュタインだってドク論審査の際、審査委員だったラッセルに対し、そんなことあんたに解るわけないっていってさっさと審査切りあげちゃったって話ですからね。私たちもまあ、未だにマルクス頭の老害教授連中に対しては、そういった精神で──」
 自分でもとことん嫌な奴だと思ったものだが、
(えっ? それをいうのはあなたじゃないでしょ? だってあなた、ただの講師でしょ?)
 と、カチンときたこともまた事実だった。そもそもそんな話にウィトゲンシュタインを持ちだしてくること自体、権威主義だ。
 とはいえもともと、その河北がいいだした研究会だった。
 冒頭にでた武蔵野新学園都市というのは行政がアドバルーンをあげただけのもので、実質がなかった。そこで若手の我々だけでもなんらかの会合を持って、……ということで、リベラル・アーツ系の研究会を立ちあげる話になったのだった。河北はご丁寧にも〝考現学〟などという何やら意味あり気な用語まで持ちだしてきた。『武蔵野考現学研究会』というのがこの会の正式名称である。
 しかし残念なことに、武蔵野新学園都市を構成するもう一つの大学、東名大学からの参加が得られなかった。そして参加メンバーも尻窄みになり、現在細々と既出の四人だけで会を続けている。
 河北自身の目論見としては、大学人でもインテリでもない荒井を一人加えることで、彼が目指すカジュアルな会とでもいったようなものが実現するはずだったのだろう。そういえば河北が荒井に関し、〝トリックスター〟という言葉を使ったことがあった。だが端から観れば荒井は、河北の腰巾着に過ぎない。むしろ城南大側から欠席者が増えていった。彼らにすれば河北自身、所詮外様だったというわけだ。それゆえ城南生え抜きの優希が会に残ったことは、舞花にとってはちょっと意外だった。
 当初学長室と同じ階にある絨毯敷きの部屋で開かれていたこの会も、やがて博士課程の研究室に間借りし、普通のゼミ室を毎回申請し借りるようになり、遂には城南大構内から追いだされてしまった。
 舞花が荒井と直接交渉を持つようになったのは、その結果だ。去年の夏季休業明け、……突如ケータイに電話があったのだ。こっちのプライバシーに配慮している感じがかえってキョドった感じになってしまっている……。そんな残念な電話だった。
『あっ、あのっ、突然済いません。河北先生のご紹介で武蔵野考現学研究会に混ぜてもらってる、荒井です。……ってかこの名前、やっぱヘンだな……。フーコーの知の考古学に対し知の考現学だとかってその河北先生がいってる──』
「ええ、分かります。荒井一生さんですね? タロット占い師の……。たった四人になっちゃった会です。分かりますよ」
『そっ、そうですね……。それでいま私、河北先生に部屋取り頼まれちゃってて……。なんかもう城南大の部屋、使えなくなっちゃったみたいで……。近くの公民館とか探してたら永山文化会館ってのがあるらしくて……。福本先生、ご近所ですよね?』
「ええ、でも……。文化会館っていうより団地の集会所みたいなところですよ? そこで研究会を?」
『はあ……。まあ……。なんか先生のお住まいに近過ぎる感じで申し訳ないなとは思うんですけど……。こういう会場ってそこの住民じゃなきゃ取れないだろうなって思うんで……。河北先生のご近所だと八王子とかになっちゃうし、私の近所じゃ神奈川県だし──』
 荒井のID確認にわざわざ〝タロット占い師〟を持ちだす辺り、舞花も自身の性格の悪さを痛感してしまうのだが、とはいえ占い師といえば、実質カウンセラーを兼ねた仕事でもある。
(このひとこんな話し方で、ホントに占い師なんか勤まるのかな?)
 と、心配になってしまったことも事実だ。
(河北先生と話してるときは幾らだって話してるし、どちらかといえば五月蝿いくらいな感じなのに……。ひょっとして女が恐いのかな?)
 などといった疑問も多少引っかかりになったようだ。加えて優希の動向がどうしようもなく気になっていた。そんなこんなで舞花は荒井に、自身でも意外な提案をする破目になってしまった──。
「明後日か明明後日、部屋予約する前にちょっとようす見にきてくれませんか? なんかあそこ、ホームページの書き換えとかが遅れちゃってるみたいで……。和室に改修されちゃってる部屋とか、図書館の分室になっちゃってる部屋とか、いろいろあるみたいなんで……。九月の発表ちょうど私だし、それに向け私も、レジュメとか手伝ってもらいたいななんて考えてるし……。どうですか? ランチぐらい奢りますよ?」
 だが彼女は、彼の第一印象が最悪だったという自身の直観に従うべきだったのかもしれない。いまも彼女はじゅうぶん幸せなのだが……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...