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第一章 

第23話 ホーダー男爵

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 少し時は遡り、ティル達が屋敷の外へと出た時、ホーダー男爵は床を叩きつけて声を荒らげた。

「くそ! なぜだ! なぜクランロードが!」

 まだ外にいつかもしれない王子の名前を叫んで憤る。
 後ろに控えている執事も汗を拭い焦りを見せる。

「ロジードに賄賂を渡し、準備していたというのに! なんでだ、なんでこのタイミングで」

「ど、どうやら、魔物が活性化していたことが原因のようです。ジェネラルワーウルフが討伐されたことでエイクテッドもその兆候があると思われたのでしょう」

「くそ!」

 床を何度も殴りつけるホーダー男爵、殴った拳に血がにじんでもやめることが出来ない程怒り狂っている。その様子を見ている執事は汗を拭いながらも推測を話していく。
 執事の推測は当たっていた。近頃魔物が活発に街を襲う事件が多発している。
 支配者級と言われるロードやキングも多く目撃されているようだ。
 エイクテッドもその兆候が見られた。
 ティルとグレンが討伐したジェネラルワーウルフ、今まで兆候として見られていた魔物はEランクの魔物ばかりだった、ゴブリンやコボルトと言った魔物だ。
 それがエイクテッドではワーウルフ、単体でも冒険者を脅かす中級に位置する魔物。ワーウルフの支配者級が現れたら街が滅びてしまう危険がある。
 クランロードがエイクテッドに訪れたのはそれの調査と危険の回避、すなわち討伐にある。
 キングやロードを見つけ次第排除。それがクランロードが王より賜れた指令だった。

「あと少しのところでエルフを物に出来たものを」

 ホーダー男爵はよだれを拭い想像を膨らませていく。得られなかったエレステナを思うのだった。

「ホーダー男爵様。それもいいのですが、その後もだいじだったのでは?」

「ん? おお! そうであった。奴にはまだエルフを与えられないと伝えておいてくれ」

「わかりました。私は直接お伝えいたします」

 執事はホーダー男爵の命令で屋敷の地下へと潜っていく。
 近く深く、灯りも闇に包まれるほど深くへと潜る執事。白い髭を摩りながら口笛を吹く彼はとても楽しそうだ。

「クランロード。どれほどの実力なのか、楽しみですな」

 暗闇の中、ステップを踏む執事。
 まるで暗闇に住んでいたかのような。そう、まるで毎日の散歩をするように歩いていく。
 目的地の大広間に着くとおもむろにステッキを取り出して床に叩きつける。するとみるみるうちに闇が消えていき壁が光だす、そして魔物の姿が露になっていく。

「エルフはどうした?」

 奈落から響いてくるような声で魔物は執事に言い放つ。執事は髭を摩り「さぁ?」と首を傾げた。

「貴様、餌も用意できんのか?」

 先ほどよりも怒気を強める魔物。人の姿をしている魔物だが明らかに人ではないことは分かる。額に一つの目が輝き、執事を睨みつけている。

「そんなに怒らないでくださいセイガン。それよりももっといいものが見つかりました」

 執事の言葉にセイガンと言われた魔物は『面白い?』と首を傾げた。
 執事はとことことセイガンに近づき。

「強い人ですよ」

 その声にセイガンは『ふっ』と笑い執事の胸倉をつかんだ。

「強い人だと、俺は貴様でもいいんだぞ」

「おお怖い怖い。いいんですか? 死にますよ」

 至近距離でにらみ合う二人。そんな中、執事の開いているかわからない目が薄く開き赤と青の瞳がぐるぐると回るのが見える。

「!?」

 瞳に気づいたセイガンは恐怖で手を離した。その思わぬ行動にセイガン自身が戸惑い執事を見つめた。

「いい子ですねセイガン。わかればいいんですよ。どんなに強いものを求めても死んでしまったら面白くないですからね~」

「ば、バケモノが」

 魔物にバケモノと言われる執事が高笑いする。セイガンは汗を拭った。

「セイガンもお腹が空いたでしょう。これは今回のお詫びですよ」

 執事はそういって自分の影から人影を引き上げる。人影が見えるようになると気絶しているロジードだった。

「エルフではないが腹の足しにはなるか」

「そうでしょうそうでしょう」

 マナを多く纏って生まれるエルフは魔物のいい餌になる。エルフには及ばないが人もそこそこマナを纏っている。
 マナによって生まれた魔物はなぜ人を襲うのか。それはマナをそこそこ多く含んでいるからと言われている。セイガンはエルフを求めて執事に頼んだが、その願いは叶わなかった。
 仕方なく執事は役立たずのロジードを捕獲しておいた。彼は影を操ることが出来るようだ。

「ではいただこうか。苦しませてな」

「ん……ひ! ひぃ~」

 わざとロジードを起こして恐怖を与えるセイガン。そののち、ロジードを見た人はいない。

「ふっふっふ。いいですね。セイガンを当てればクランロードの強さがわかる。あわよくば……ふ、ふふふ」

 執事の男はセイガンの食事風景を観察しながら不気味な笑みを浮かべる。
 
「セイガン。あとで上の豚も連れてきますからね。あ~そうだ。私の名前を教えておきましょう。これから一緒に暴れるのですから知っておいた方がいいでしょう」

 血に染まるセイガンに笑みをこぼしながら名を告げる執事。
 彼は『ゼロス』と名乗った。

 ところ変わってクランロードは商人ギルドにつき。ホーダー男爵のことを調べ始める。
 彼は屋敷での異変を察して調査を始めたようだ。

「ホーダー男爵が犯罪奴隷を多く連れて行った?」

「はい」

 奴隷の売買記録を調べてもらうとそんな情報を知ることが出来た。
 犯罪奴隷を多く買って鉱山などで働かせるといった貴族は多くいる。しかし、働かせた記録が残っていない。
 
「おかしいですね……。ロジード様の部屋にならもっと詳しい情報があるのですが」

「ロジードはどこに?」

「それが……ホーダー男爵の屋敷に行ってから行方がつかめなくて」

 受付の男性の言葉に顎に手を当てて考え込む。
 すべての異変はあの屋敷から始まっている。
 血の匂いが強い屋敷、そして、気配のない執事。欲望の強い主人の影に隠れていた執事だったが、クランロードは鋭く奴に気づいた。

「ロジードが帰ってきたら知らせてくれ。私は冒険者のグレンの家にいる」

 そういってクランロードはグレン達のもとへと帰ることにした。
 煙が立っていても火が灯っていなければ消しに行けない。力づくで屋敷に乗り込んでも痛くも痒くもない王族も貴族達ともめるのは面白くないようだ。

「魔物の活性化と思っていたら、面白いものに出会ったな」

 人懐っこい顔で笑うクランロード。グレン宅へと歩く足取りはとても軽かった。
 
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