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第一章 新しき世界

第30話 平和な瞬間

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「マモルさん! 今度は僕も一緒に行くからね! 絶対に行くからね! マモルさんの横に立てるようになるから!」

「あ~、はいはい、分かっていますよヴィスさん。お酒は入っていないですよね。このジュースは?」

 ドラゴンゾンビの騒動から帰ってくると英雄として城に招待されました。元々泊めてもらうことになっていたので普通に帰ってきただけですけどね。
 簡単なパーティーのようなものを開催してもらってヴィスさんがジュースを飲んで迫ってきているのですが酩酊状態なので心配です。

「僕が守ります~、むにゃむにゃ。Zzz……」

「ははは、こんなに思われていると嬉しいものですね」

 ヴィスさんが寝込んでしまったので抱えて充てられた部屋に連れてきた。寝かせると寝言を呟いている。ほんとに可愛らしい子ですね。

「はぁ、こんな平和な日を迎えられるとは思わなかったですね」

 気持ちよさそうに眠るヴィスさんに布団をかけて微笑む。この世界にやってきてカシムさんのおかげで不自由することはなかったですが、今日ほど幸せを感じた日はないです。それもヴィスさんやフィン様達のおかげですかね。

「さて、明日からもっと忙しくなります。早めに眠りましょうか」

 私達の為に開いてくれてパーティーでしたがヴィスさんが眠りについてくれたおかげで早めに休むことが出来ました。
 あまり華やかな舞台は苦手だったのでよかったです。主役何て言うガラではなかったですからね。

「フィン様の奥様に会えたのはよかったですが」

 前回来た時はタイミングが悪くて王妃様のルスラさんと会えなかったんですよね。夜に会うのは流石に憚られましたしね。

「もう寝るの?」

「ヒカールス? そうですが何か用がありましたか?」

 さあ寝ようと思ってベッドに横になるとヒカールスがいつの間にかベッドに座っていた。

「驚かせようと思ったのにつまらないの~。用はないけど、もっと話したかったの~」

「ではフィン様達と話せばいいんじゃないですか?」

「フィンたちはずっと見ていたから新しい話はないんだもん。だからマモルの話が聞きたいの~」

 なるほど、エルフさん達のことはずっと見ていたから新鮮さに欠けるということですね。

「話と言われましても」

「あなたの世界の話が聞きたい」

「ん? 異世界から来たといいましたっけ?」

「言ったでしょ。フィンたちを見ていたって。その時にクーナリアで勇者召喚がされたって聞いたの。それがマモルなんでしょ?」

 勇者召喚で召喚されたのはサクラさんなんですけど、確かにあれで私もモミジさんも召喚されてしまっていますし、訂正しなくてもいいですかね。

「ではあちらのお話を」

「やった~。マモル大好き~」

 抵抗しても眠れないだけですからね。仕方なく地球のお話をしてあげましょう。



 マモルたちが眠りにつく中、ドラゴンゾンビから落ちたある物が目を覚ます。

「はぁ~。うめえ」

 スライムのような赤い液体がゲップと共に呟く。自然豊かな森の地面を貪り至福の時を過ごしていた。

「俺の生まれた大陸の地面と違ってうまいぜ。ドラゴンの体に寄生しててよかった。こんなにうまい世界が存在してたなんて思わなかったぜ」

 そう言って地面を食い続けるスライム。大きなクレーターを作り出し、スライムは舌なめずりをした。木々を見上げると大きく体を揺らした。

「この縦に長くなってるのはなんだ~? 俺の生まれたところにはなかったがな~。旨そうな色してやがる」

 死の大陸を貪っていた経験からか、黒に近い木々の色が食欲をそそったのだろう。スライムは木に近づき、鋭くくらいついた。

「うっほ~、うめえ~! なんだこのジューシーな水分。マナも豊富で最高の食材だぜ!」

 ボリボリボリと木々を食べ始めるスライム。クレーターの横に不思議な木々のない空間が生まれていく。

「こんなうまいものが沢山ある大陸かよ。もっともっとうまいものがあるはずだ。空から見た時に人が集まってるところがあったよな。チィ、仮死状態だとどうしても視野が悪くなって良く見えなかったんだよな。確かこっちのはずだ」

 スライムは大きくなった体を無理やり動かしてヒカールスを目指す。木々をなぎ倒し、地面を貪り、まっすぐとヒカールスへと迫っていく。

「な、なんだあれは!」

 日が昇り始めたころ。スライムは城壁よりも大きくなった体でヒカールスの前に現れた。
 兵士が声をあげるとすぐに防衛線が始まった。

「スライムの魔物だ! 魔法を撃て!」

 城壁に並んだ兵士達が火、水、風、土の魔法を放つ。そのすべてを貪るスライムは城壁も食べ始めた。

「うめえ~! この大陸の人間の魔法も旨いとか最高かよ!」

「城壁が崩れるぞ! 全員退避!」

 スライムの喜びの声と兵士達の悲鳴が上がる。兵士達は城壁から降りて城の前の城壁へと引いていく。

「みな! 城へと避難するんだ!」

 王であるフィン自ら住民を避難させていく。一人の被害もなくスライムから逃れることができたのは、スライムが食べることに夢中だったからだろう。
 城壁を食べ、住宅を食べ、目につくものを貪りつくしているだけ。わざわざ逃げる人を狙うのは意味がない。目の前に食べ物が沢山あるのだから。

「王様! あのスライムは魔法も食べてしまいます」

「なに!? ま、まさか【ワールドイーター】?」

 兵士の報告を聞いて魔物の名前を呟く。

「スライムならば核があるはずだ。建物を食べている間に弱点を探る。氷魔法の出来るものは私に続け」

 液体状のスライムを凍らせて動きを止める。その間に核を探す手を打つ。フィンは自ら戦闘へと身を投じる。

「フィン様! 私も行きます」

「レリック、お前はルリ達を守ってくれ。奴を倒せなかったときの為に城から逃げることを視野に入れるんだ」

「そ、そんな」

 涙を浮かべるレリックの肩に優しくふれるフィン。諭すとすぐにヒカールスが横に現れる。

「大丈夫。私とヒカールスならば倒せるさ」

「ふむ、【ワールドイーター】フィンとの初めての共同作業には丁度いい」

 ヒカールスはフィンの頭上を飛び、フィンは弓を構える。氷の魔法を纏わせた矢がスライムへと射かけられ、木々が氷を砕いていく。

「氷魔法なんて使いやがって! 旨いだけの人間じゃねえってことか! 分かったぜ! お前達も喰らいつくしてやる! この【ワールドイーター】様がな!」
 
 分散されたスライムの体が兵士達の魔法で凍っていく。
 スライムの声と共に戦いの火ぶたが切られた。


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