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2巻
2-3
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◇アリューゼ◇
俺はアリューゼ。一度病で死んだ身だが、ウィンのスキルによって蘇った男だ。
執事のツカーソンの最期を見届けた俺は、すぐに息子のアウグストとランス、ギュスタと共にヘイゼル王国の王都へと走り出した。
病み上がりの妻――クレースは、ギュスタの妻のリリスが見てくれている。
ギュスタ達には世話になりっぱなしだ。彼らは「今までの恩を返しただけです」と言ってくれたが、こちらもその恩義に報いねばならんな。
それにしても、生き返る前よりも体が軽い。まるで若返ったかのような速度で走ることができて、あっという間に王都が目の前に見えてくる。
また、ギュスタは以前と比べものにならないくらいに強くなった。
どうやら、ウィンの世界でステータスを強化したらしい。そして、ウィンの仲間になった者は、彼に合わせてステータスが強くなるそうだが、俺はその対象ではないみたいだ。
今更、強さを追求するつもりはないが、残念だ。
それでも、また人の姿でクレースに会えた。ツカーソンが俺の死体を利用して魔境を作り出し、結果的に俺は生き返ることができた。今はそれでよかったと考えよう。
俺の死体を燃やすのを躊躇うほど悲しんでくれた最愛の妻。相変わらず綺麗だったが、少し痩せていたな。
ツカーソンは俺を心底慕ってくれていた。息子と妻を殺そうとしたが、俺が生きていれば、そうはならなかっただろう。
だから、ツカーソンをそそのかしたザイという奴は許せない。この借りは必ず返してやる。
王都に着くと、ギュスタは城のテラスに向けて一気に跳躍した。続いてランスが飛んだので、アウグストを背負って俺も飛んだ。
「おお、どうしたギュスタ。今日もテラスから来たのか?」
ヘイゼルフェード王はもう慣れた様子で俺達を受け入れた。
なんとも不用心だが、並みの人間には不可能な芸当なので、城の警備を責める気にはならない。
それに、これなら余計な挨拶や手続きに時間を取られないから早く用事を済ませられる。
「父上、少しお話を」
「おお、ランス。お前もいたのか……。後ろの御仁は?」
ランスと挨拶を交わした王は、外套のフードを目深にかぶっている俺に気が付いて尋ねた。
「お久しぶりです、王」
フードを脱いで挨拶すると、王は涙を浮かべて喜んだ。目を何度もこすり、俺の顔を確かめている。
「アリューゼ? アリューゼなのか!? 儂は夢を見ているのか……」
「ははは、俺を見ると皆がそうなるでしょう」
「アリューゼのことも一緒に説明いたします。お座りください、父上」
「あ、ああ」
王はランスに促されて椅子に座る。少し困惑しているような感じだ。
「ヘイゼルフェード王、以前と変わらぬお姿。お元気そうで何よりです」
「アリューゼ、お主もの。して、これはどういうことなんじゃ?」
王の疑問には、ギュスタが答える。領地に魔境が出現したこと、ツカーソンのこと、息子のウィンや彼のスキルのこともさすがに隠すわけにはいかないようで、全て話した。
その話を聞いた王は驚愕して、落ち着くためにワインを口にする。
「それほどまでに凄いスキルを持っているとは。死んだ者を蘇らせる力か……。神にも等しい力だな」
王は天を仰いで感嘆の声を漏らした。
確かにそうだ。死んだ者を生き返らせるなど、それはもう、神の領域だ。
「それに、回復魔法まで使える者がいるとはな。それもあのシュタイナーという子供が……。彼は本当に儂よりも優秀な王のようだ」
はぁ、とため息をつく王。
「それで王。俺の領地だった土地――息子のアウグストの領地を、ギュスタの国に譲渡してほしいのです。俺はウィンスタ王国に合流します」
「なに!? 領地を!?」
王が驚愕で顔を引きつらせている。
「俺は今、ウィンの仲間になっています。こうして生き返ったのも彼のおかげ。第二の人生は彼のために使おうと決めたのです」
「アリューゼ、お前の領地の価値がいかほどのものか、わかっておるだろう。それをついこの間独立を認めてやったギュスタに渡すなど、ありえんぞ」
王は憤りを露わにする。領地をタダで渡すなんて、普通はありえないからな。
「王、一つ取引をしましょう」
敵国から密かに攻撃を受けていたことも王に伝えてある。それを材料にする。
「今、ルザース帝国が俺の領地に干渉してきているのは、先ほどギュスタが話した通りです。平和な我が国に魔境を出現させて混乱を起こす。目的は戦争のための下準備といったところでしょうな」
ルザース帝国は魔法都市ヒルドラドと戦争の真っ最中だ。どちらもヘイゼル王国に援軍を求めてきたが、今のところ王国は中立を貫いて平和を保っている。
彼らにとって味方にならない第三国と考えると、少しでも王国の戦力を削っておくことは利になる。今後の戦争への布石という意味はもちろん、ヘイゼルフェード王が武力で戦いに干渉してこないように抑える意味もあるだろう。
「領地の譲渡を認めていただければ、俺はウィンやギュスタと協力してこれを退けましょう。それとも、俺達がいなくても敵国を防ぐことはできますか?」
王は拳を太ももに打ちつけて悔しがる。
「ぐぬぬ。ルザース帝国め、よりによってこんな時に面倒なことを!」
「ところで、ツカーソンはザイという名を口にしました。王はこの人物に心当たりはありませんか?」
「ザイ……。帝国の帝王ブルーザスと会ったことはあるが、役人や軍人の名前までは覚えておらん」
情報を得られなかったか。少なくとも、ザイは王の目に留まるような立場ではなさそうだ。
「ザイについては、尻尾を出すまで様子を見るしかありませんな。それで、アウグスト」
そう言って、俺はアウグストを前に出した。
「ヘイゼルフェード王。申し訳ありませんでした」
突然謝りはじめたアウグストに、王は首を傾げる。
「ん? アリューゼの子か? 大きくなったものだな。しかし、何を謝っておるのだ?」
アウグストはどうしても王に謝りたいとついてきた。
自分が領地を統治できていなかったせいで、今回の事件が起きてしまった。魔境の出現は、本来なら国が壊されていてもおかしくない出来事だったのだ。
俺も一緒になって首を垂れる。
「俺からも。すみませんでした。まさか自分の領地に魔境が開くとは……」
王はため息をついてアウグストの肩に手を置いた。
「……その件か。お主はハメられていたのだろう。それならば致し方ない。しかし、領地を渡すのは……」
まだ渋っている王を、ランスが説得にかかる。
「父上。同盟国であるウィンスタに迷惑をかけてしまったんですよ。それも二度にわたって。責任をとるべきだと思います」
「ランス、お前が言うな。まったく、お前は少し性格が変わったのではないか? 図々しくなったような気がするぞ」
そう呆れる王に、ランスは「父上の気のせいです」と言い返す。
確かに、俺の記憶しているランス王子は、王に意見したり反論したりせず、言われたことを淡々とこなして、毎日退屈そうにしていた印象がある。
ランスにまで説得されて、王はようやく折れた。
「わかった、こうしよう。ギュスタよ、止めている塩の取引を即刻再開してくれ。そろそろ塩が不足してくるころじゃ」
「塩の取引を止めていた? なぜだ」
王の言葉に疑問を感じて会話に割って入ると、ランスとアウグストが目を伏せた。
「私達が争いを起こす時に」
ランスの答えをアウグストが補足する。
「塩なんか要らないと言って、俺が取引をやめさせたんだ。そういえば、再開していなかった……」
「塩を高値で買う国もあるというのに、まったく……」
俺が呆れてため息をつくと、アウグストが小声で謝った。
「ごめん、親父……」
「もう済んだことですよ、アリューゼ様。それよりも、王。前と同じように取引をするということでいいですか。それで、アリューゼ様の領地の譲渡をお認めいただけるので?」
ギュスタが息子を庇った。
彼は優しいからな、他にも俺に言っていないことがありそうだ。
王はギュスタの話に頷く。
「それで頼む。あと、王と言うのはやめてくれんか? 同じ王という立場なのだから」
「あ、すみません。では?」
「そうじゃな、気軽にゼルとでも呼んでもらえるかな?」
「父上!?」
ランスが驚きの声を上げた。ギュスタも少し困惑している様子だ。
「では、ゼル様?」
「ゼルと呼び捨てでよい」
ヘイゼルフェード王を愛称で呼ぶのは、亡くなった王妃エリュゼ様くらいのものだった……。昔を思い出して、思わず感傷的になる。
エリュゼ様はランスを生んで三年ほどして、流行り病で逝ってしまわれた。
最期にランスの顔を見て微笑んだエリュゼ様は、きっと満足して逝っただろう。俺はそう思っている。
「アリューゼ、心配しなくてもエリュゼを無理やり生き返らせようなどとは考えておらんよ。彼女はあの時、満足して逝った。生き返らせたら怒られてしまう」
俺が生き返ったという事実を知り、エリュゼ様を生き返らせるようとするんじゃないかとも思ったが、それは杞憂だったようだ。一生を幸せに暮らし、悔いなく逝った者を、自分の都合で生き返らせるなどおこがましい。確かに、俺は生き返れて……クレースやアウグストにもう一度会えて嬉しい。だが、皆がそうとは限らないのだ。
「これ以外に何かあるか?」
「いえ」
「では今日はお開きといたそう。そろそろ大臣が来る頃だろうからな。それから、次は玄関から入るように」
そう付け加えて、王は寝室から出ていった。
これから俺は、昔と同じように領地を統治していくこととなる。ギュスタの国で。
アウグストはしばらくギュスタの下で学ばせる。息子の体つきはクレースに似ているから、俺が大剣を教えるよりも、ギュスタの剣の方が合っているだろう。
嫌がるかと思っていたが、アウグストは喜んでいた。それに、兄を見るような視線をギュスタに向けている。いい傾向だ。偉大な父である俺に憧れの目を向けていた頃とは違うな。
しかし、ルザースとヒルドラドか……面倒なことだ。
俺は来た時と同じようにテラスから飛び出す。アウグストは相変わらず俺に背負われている。
バカ息子だが、やはり嬉しいものだな。
◇
「お帰りなさい、お父様」
僕が家に着いた翌日、お父様が王都から帰ってきた。
お母様とシュタイナー君も一緒で、みんなで食堂に集まって報告と情報共有をはじめた。
「ヘイゼルフェード王は、首謀者の話は知らなかったんですね」
「ああ、ザイの名に覚えはなかったようだ」
「そうですか……」
色々と面倒くさい輩が関わっていそうだ。一人でこんな大それたことをしてくるとは思えないしね。絶対に組織立った行動をしているはずだよ。国としてね。
「それにしても、何度も実の生るイチゴか……。ウィンの作物は規格外すぎるな」
お父様なら何かいい利用方法を思いつくと思って、作物の話もしてみた。
でも、さすがに無理みたいで、当面はポイントの安い方の作物を売ることにした。
まあ、ポーラさんに渡した奴がどうなるかだね。
僕の国だけでしか生らないのなら、他の国に渡っても法外な値段で取引されることはないだろう。
「アリューゼ様の領地に作物を持って行ってみよう。まずは新たにウィンスタに加わった領地でも何度も実が生るか、実験をしておこう」
そうでした。お父様の提案を受け、僕はポンと手を叩く。
領土になったといっても、まだ口約束の段階だけど、確かに王は了承してくれたんだ。
アリューゼ様の領地でも作物が何度も生るようなら、凄いことができそうだな。
「とりあえず、敵国が動くまでは暇ということだ。後でみんなで釣りでも行くか?」
お父様が腕をクイッとさせて言うと、モニカが飛び跳ねて賛成した。
「行く~」
お母様も微笑んでお父様に抱きついた。家族仲良く釣りってのもいいね。
空母は今も出しっぱなしだから、そこで釣ろうかな。
◇エレクトラ◇
「エレクトラ様。難しいです……」
「イメージよ。あとは反復ね。そう教えられなかった?」
私は漁村の浜辺でエレポスちゃんの指導をはじめたわ。
「師匠には魔法をあまり使うなと言われていました。無理すると体内の魔素がなくなると」
「何よそれ? それじゃ上達しないわ。というか、どうして欠損していない程度の怪我なら治せる回復魔法を、訓練もしないで使えているの?」
この子は天才ね。訓練もせずに中級くらいの回復魔法を苦もなく使えている。もっと早く会えていれば、今頃凄い魔法使いになっていたはずだと思うと、悔やむばかりね。
「そういえば、エレポスちゃんは攻撃魔法も使えるの?」
「あ、はい。封印されていますが、前は使えました」
「封印?」
「はい、これです」
エレポスちゃんはそう言って少し服をはだけると、胸元を見せてきた。
そこには鎖を交差させたような模様がついている。
「これがある限り、私は攻撃魔法を使えません。回復魔法は普通に使えるんですけどね」
「ふ~ん」
おかしいわね……回復魔法も攻撃魔法も原理は一緒。魔法を封印されているなら、二つとも使えないはずなんだけどね。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、魔法を使うことが上達への近道だから。
「じゃあ、封印を解きましょうか」
封印魔法も同じ魔法。私に解けないものはないわ。
「で、でも師匠が絶対に使っちゃいけないって」
「回復魔法を強くしたいんでしょ? なら、攻撃魔法も使わないとダメよ。それに、しっかり威力を見ておかないと、いざ使わなきゃいけなくなった時に大変でしょ?」
ちゃっちゃと彼女の胸元に手をかざして、封印を解除していく。
だけど、おかしいわ。これは……封印魔法が使われていない?
「どうしたんですか?」
「ん~。封印魔法がかけられていないわ。考えてみれば、封印魔法に刻印なんて必要ないのよね」
胸元の刻印は何の意味もないタトゥーってことね。それなら消してしまってもいいわね。
「意味がないから消してしまいましょう。いつか、好きになった人に肌を見せるわけだし?」
再度、手をかざして回復魔法をかけていく。タトゥーも怪我みたいなものだから、集中して回復魔法を使えば元の肌を再生させられる。
みるみる消える刻印。全て消えたのを確認して、エレポスちゃんに微笑む。
「これで綺麗っと。封印されていなかったから、攻撃魔法を使うことができたわけだけど、自分で気づかなかったの? 盗賊に襲われた時にも反撃しなかったらしいじゃない」
「あの……師匠から禁止されていたので……」
「ん~。さっきから師匠と言っているわね。師匠っていうのは、ヒルドラドの大司祭かしら?」
巫女といえば神職に近い存在だから、師匠って呼ぶのはなんだか変な感じなのよね。
「いえ、大司祭様とは別の方です。私の魔法の師匠なので」
「そうなのね。まあいいわ。とにかく、攻撃魔法を使ってみましょ」
「はい」と応えたエレポスちゃんは、海へ向かって手をかざす。
「魔法名は知ってる?」
「はい」
魔法を使うには、魔素を手に集めるための初動がある。それは魔法名を言うこと。
MPの少ない人は、より長くこの初動が必要になる。
ウィン様のおかげで私はその初動がいらなくなって、無詠唱でいけるけどね。
「【ファイア】」
彼女が魔法名を言うと、手から炎が飛び出す。まとまりはないけれど、とても強い炎。
ただし、普通と違って一つだけおかしなところがあった。
「黒い炎?」
普通は赤い炎になるはず。先天的な才能なのかしら。
「お見事、エレポスちゃん」
「は、はい……ありがとうございます……」
「――って、エレポスちゃん!?」
力なく微笑んだエレポスちゃんが、突然倒れてしまう。
気を失うほどの炎を出した? そんなことはないわ。確かにMPがなくなると気を失うこともあるけれど、彼女はまだまだ余力を残していた。
これはきな臭いわ。封印っていうのは催眠や暗示みたいなもので抑え込んでいたのかもしれない。
その師匠とかいう奴が暗示をかけて、エレポスちゃんに攻撃魔法を使わせないようにしていた。多分これね。
彼女が起きたら、その師匠の名前を聞いておいた方がいいわね。それと、黒い炎の話もね。
◇エレポス◇
「お母様? お母様~」
遠い昔の記憶。私が三歳の頃のお話。
私達の家族は森深くにある一軒家で暮らしていた。
だけどある日、お母様とお父様はどこかへ行ってしまった。
「ううっ。お母様~お父様~。どこへ行ってしまったの~」
涙を流して二人を捜した。だけど、家のどこを捜してもいなかった。
私は両親に捨てられた。この時はそうは思わなかったけれど、今考えればそうだったのかもしれない。
「ステアライラ様。子供がおります」
「あら。本当ね」
「だ~れ?」
家の外も捜そうと思って扉を開けると赤い髪の妖艶な女性が、数人の鎧を着た人と立っていた。
彼女は私を指さすと、近づいてきて私の顎に手を添えた。
「いや!」
「ふふ、怖がらなくて大丈夫よ。私はステアライラ。あなたのお名前は?」
「お母様が、知らない人とお話ししちゃダメだって……」
「あら~、今名乗ったでしょ。私はステアライラよ。これであなたの名前を教えてくれれば、私達は友達よ」
「友達?」
「そうよ~」
間延びした喋り方の女性は、私のほっぺをつんつんとつついて微笑む。
その笑顔に和まされ、私は心を開いていった。
「エレポス! お母様は私のことをエレポスって名付けてくれたの~」
「エレポスちゃんね。なんて可愛い名前なのかしら」
彼女は私を抱き上げて、高い高いをしてくれた。
高い高いなんて初めてしてもらった。すっごく嬉しくて、笑みがこぼれる。
「ステアライラ様、家はもぬけの殻です」
「そう……この子を置いて逃げたのね」
「この子供はハーフだと思われますが」
「そうね……」
鎧を着た人と小声で話すステアライラさん。この時は何のことかわからなかったけど、これはお母様とお父様の話だったみたい。
私の両親は、私を使って時間を稼いで逃げた。とても悲しい事実。
「まあいいわ。あの二人は私達に最高の置き土産を残してくれた。フェアリーとエルフのハーフなんて、この世にこの子しかいないんじゃないかしら?」
「ハ~フ?」
「ふふ、エレポス。今日からあなたは私の弟子よ。お母さんって呼んでもいいけれど、師匠って呼んでね」
「ししょ~?」
私は指を咥えてステアライラさんを見つめた。キラキラした瞳が私をとらえて離さなかった。
それから私は魔法都市ヒルドラドへ連れていかれて、ステアライラお母様――師匠の家に住むことになった。
「はあ!」
「そうよ。なかなか筋がいいわ」
十歳になった私は毎日剣の訓練を続けていた。師匠は剣の腕も凄くて、教えるのもうまかったの。
魔法を使うには十分な体力が必要っていうことで、十歳まで魔法は禁止されていた。
「剣はこのくらいで大丈夫ね。とうとう回復魔法よ」
「はい!」
いよいよ魔法の訓練が始まった。師匠が言うには、フェアリーとエルフのハーフである私は特別な練習をしなくても自然と魔法を行使できるらしい。
「この木に回復魔法をかけてみて」
「はい!」
回復魔法の訓練対象は植物が主だった。訓練で人を傷つけるのはさすがに危ないというのが理由だ。
「うん! やっぱりエレポスは天才ね。花が咲いたわ」
私の魔法で、枯れかけていた木が花を咲かせた。師匠は私の頭を撫でて微笑んでくれる。
「じゃあ、どんどん進みましょうか。次は攻撃魔法ね」
パンと手を叩いて、次へと進む師匠。彼女が杖をかざすと、地面が盛り上がって人型の土人形が出来上がる。
「炎をイメージして【ファイア】と唱えて魔法を使うのよ。この土人形に当ててみて」
私は不安になって教えを請う。
「師匠、初めてでも大丈夫なの?」
「ふふ、大丈夫よ~。あなたには才能があるんだから」
師匠が頭を撫でてくれたので、私は的である土人形を見つめた。
師匠の信頼を裏切らないように魔力を両手に集めていく。そして――
「【ファイア】」
「!?」
黒い炎が土人形を包み込んだ。真っ黒に染まった土人形は粉々になっていく。師匠が見本として見せてくれた炎の魔法よりも威力があるように思えた。
「……エレポス。これから攻撃魔法は禁止します」
突然、師匠がそう告げた。
「え? でも……」
「封印魔法をあなたに刻みます。あなたは回復魔法しか使えなくなる。いいわね?」
有無を言わさずに師匠は私の胸元に鎖の刻印を描いていく。
「はい、できた。これであなたは攻撃魔法を使えなくなった」
「……」
「大丈夫よ。あなたに危険はないわ。ずっとこの魔法都市にいればいいんだから」
その言葉を最後に、師匠は私の前からいなくなった。
俺はアリューゼ。一度病で死んだ身だが、ウィンのスキルによって蘇った男だ。
執事のツカーソンの最期を見届けた俺は、すぐに息子のアウグストとランス、ギュスタと共にヘイゼル王国の王都へと走り出した。
病み上がりの妻――クレースは、ギュスタの妻のリリスが見てくれている。
ギュスタ達には世話になりっぱなしだ。彼らは「今までの恩を返しただけです」と言ってくれたが、こちらもその恩義に報いねばならんな。
それにしても、生き返る前よりも体が軽い。まるで若返ったかのような速度で走ることができて、あっという間に王都が目の前に見えてくる。
また、ギュスタは以前と比べものにならないくらいに強くなった。
どうやら、ウィンの世界でステータスを強化したらしい。そして、ウィンの仲間になった者は、彼に合わせてステータスが強くなるそうだが、俺はその対象ではないみたいだ。
今更、強さを追求するつもりはないが、残念だ。
それでも、また人の姿でクレースに会えた。ツカーソンが俺の死体を利用して魔境を作り出し、結果的に俺は生き返ることができた。今はそれでよかったと考えよう。
俺の死体を燃やすのを躊躇うほど悲しんでくれた最愛の妻。相変わらず綺麗だったが、少し痩せていたな。
ツカーソンは俺を心底慕ってくれていた。息子と妻を殺そうとしたが、俺が生きていれば、そうはならなかっただろう。
だから、ツカーソンをそそのかしたザイという奴は許せない。この借りは必ず返してやる。
王都に着くと、ギュスタは城のテラスに向けて一気に跳躍した。続いてランスが飛んだので、アウグストを背負って俺も飛んだ。
「おお、どうしたギュスタ。今日もテラスから来たのか?」
ヘイゼルフェード王はもう慣れた様子で俺達を受け入れた。
なんとも不用心だが、並みの人間には不可能な芸当なので、城の警備を責める気にはならない。
それに、これなら余計な挨拶や手続きに時間を取られないから早く用事を済ませられる。
「父上、少しお話を」
「おお、ランス。お前もいたのか……。後ろの御仁は?」
ランスと挨拶を交わした王は、外套のフードを目深にかぶっている俺に気が付いて尋ねた。
「お久しぶりです、王」
フードを脱いで挨拶すると、王は涙を浮かべて喜んだ。目を何度もこすり、俺の顔を確かめている。
「アリューゼ? アリューゼなのか!? 儂は夢を見ているのか……」
「ははは、俺を見ると皆がそうなるでしょう」
「アリューゼのことも一緒に説明いたします。お座りください、父上」
「あ、ああ」
王はランスに促されて椅子に座る。少し困惑しているような感じだ。
「ヘイゼルフェード王、以前と変わらぬお姿。お元気そうで何よりです」
「アリューゼ、お主もの。して、これはどういうことなんじゃ?」
王の疑問には、ギュスタが答える。領地に魔境が出現したこと、ツカーソンのこと、息子のウィンや彼のスキルのこともさすがに隠すわけにはいかないようで、全て話した。
その話を聞いた王は驚愕して、落ち着くためにワインを口にする。
「それほどまでに凄いスキルを持っているとは。死んだ者を蘇らせる力か……。神にも等しい力だな」
王は天を仰いで感嘆の声を漏らした。
確かにそうだ。死んだ者を生き返らせるなど、それはもう、神の領域だ。
「それに、回復魔法まで使える者がいるとはな。それもあのシュタイナーという子供が……。彼は本当に儂よりも優秀な王のようだ」
はぁ、とため息をつく王。
「それで王。俺の領地だった土地――息子のアウグストの領地を、ギュスタの国に譲渡してほしいのです。俺はウィンスタ王国に合流します」
「なに!? 領地を!?」
王が驚愕で顔を引きつらせている。
「俺は今、ウィンの仲間になっています。こうして生き返ったのも彼のおかげ。第二の人生は彼のために使おうと決めたのです」
「アリューゼ、お前の領地の価値がいかほどのものか、わかっておるだろう。それをついこの間独立を認めてやったギュスタに渡すなど、ありえんぞ」
王は憤りを露わにする。領地をタダで渡すなんて、普通はありえないからな。
「王、一つ取引をしましょう」
敵国から密かに攻撃を受けていたことも王に伝えてある。それを材料にする。
「今、ルザース帝国が俺の領地に干渉してきているのは、先ほどギュスタが話した通りです。平和な我が国に魔境を出現させて混乱を起こす。目的は戦争のための下準備といったところでしょうな」
ルザース帝国は魔法都市ヒルドラドと戦争の真っ最中だ。どちらもヘイゼル王国に援軍を求めてきたが、今のところ王国は中立を貫いて平和を保っている。
彼らにとって味方にならない第三国と考えると、少しでも王国の戦力を削っておくことは利になる。今後の戦争への布石という意味はもちろん、ヘイゼルフェード王が武力で戦いに干渉してこないように抑える意味もあるだろう。
「領地の譲渡を認めていただければ、俺はウィンやギュスタと協力してこれを退けましょう。それとも、俺達がいなくても敵国を防ぐことはできますか?」
王は拳を太ももに打ちつけて悔しがる。
「ぐぬぬ。ルザース帝国め、よりによってこんな時に面倒なことを!」
「ところで、ツカーソンはザイという名を口にしました。王はこの人物に心当たりはありませんか?」
「ザイ……。帝国の帝王ブルーザスと会ったことはあるが、役人や軍人の名前までは覚えておらん」
情報を得られなかったか。少なくとも、ザイは王の目に留まるような立場ではなさそうだ。
「ザイについては、尻尾を出すまで様子を見るしかありませんな。それで、アウグスト」
そう言って、俺はアウグストを前に出した。
「ヘイゼルフェード王。申し訳ありませんでした」
突然謝りはじめたアウグストに、王は首を傾げる。
「ん? アリューゼの子か? 大きくなったものだな。しかし、何を謝っておるのだ?」
アウグストはどうしても王に謝りたいとついてきた。
自分が領地を統治できていなかったせいで、今回の事件が起きてしまった。魔境の出現は、本来なら国が壊されていてもおかしくない出来事だったのだ。
俺も一緒になって首を垂れる。
「俺からも。すみませんでした。まさか自分の領地に魔境が開くとは……」
王はため息をついてアウグストの肩に手を置いた。
「……その件か。お主はハメられていたのだろう。それならば致し方ない。しかし、領地を渡すのは……」
まだ渋っている王を、ランスが説得にかかる。
「父上。同盟国であるウィンスタに迷惑をかけてしまったんですよ。それも二度にわたって。責任をとるべきだと思います」
「ランス、お前が言うな。まったく、お前は少し性格が変わったのではないか? 図々しくなったような気がするぞ」
そう呆れる王に、ランスは「父上の気のせいです」と言い返す。
確かに、俺の記憶しているランス王子は、王に意見したり反論したりせず、言われたことを淡々とこなして、毎日退屈そうにしていた印象がある。
ランスにまで説得されて、王はようやく折れた。
「わかった、こうしよう。ギュスタよ、止めている塩の取引を即刻再開してくれ。そろそろ塩が不足してくるころじゃ」
「塩の取引を止めていた? なぜだ」
王の言葉に疑問を感じて会話に割って入ると、ランスとアウグストが目を伏せた。
「私達が争いを起こす時に」
ランスの答えをアウグストが補足する。
「塩なんか要らないと言って、俺が取引をやめさせたんだ。そういえば、再開していなかった……」
「塩を高値で買う国もあるというのに、まったく……」
俺が呆れてため息をつくと、アウグストが小声で謝った。
「ごめん、親父……」
「もう済んだことですよ、アリューゼ様。それよりも、王。前と同じように取引をするということでいいですか。それで、アリューゼ様の領地の譲渡をお認めいただけるので?」
ギュスタが息子を庇った。
彼は優しいからな、他にも俺に言っていないことがありそうだ。
王はギュスタの話に頷く。
「それで頼む。あと、王と言うのはやめてくれんか? 同じ王という立場なのだから」
「あ、すみません。では?」
「そうじゃな、気軽にゼルとでも呼んでもらえるかな?」
「父上!?」
ランスが驚きの声を上げた。ギュスタも少し困惑している様子だ。
「では、ゼル様?」
「ゼルと呼び捨てでよい」
ヘイゼルフェード王を愛称で呼ぶのは、亡くなった王妃エリュゼ様くらいのものだった……。昔を思い出して、思わず感傷的になる。
エリュゼ様はランスを生んで三年ほどして、流行り病で逝ってしまわれた。
最期にランスの顔を見て微笑んだエリュゼ様は、きっと満足して逝っただろう。俺はそう思っている。
「アリューゼ、心配しなくてもエリュゼを無理やり生き返らせようなどとは考えておらんよ。彼女はあの時、満足して逝った。生き返らせたら怒られてしまう」
俺が生き返ったという事実を知り、エリュゼ様を生き返らせるようとするんじゃないかとも思ったが、それは杞憂だったようだ。一生を幸せに暮らし、悔いなく逝った者を、自分の都合で生き返らせるなどおこがましい。確かに、俺は生き返れて……クレースやアウグストにもう一度会えて嬉しい。だが、皆がそうとは限らないのだ。
「これ以外に何かあるか?」
「いえ」
「では今日はお開きといたそう。そろそろ大臣が来る頃だろうからな。それから、次は玄関から入るように」
そう付け加えて、王は寝室から出ていった。
これから俺は、昔と同じように領地を統治していくこととなる。ギュスタの国で。
アウグストはしばらくギュスタの下で学ばせる。息子の体つきはクレースに似ているから、俺が大剣を教えるよりも、ギュスタの剣の方が合っているだろう。
嫌がるかと思っていたが、アウグストは喜んでいた。それに、兄を見るような視線をギュスタに向けている。いい傾向だ。偉大な父である俺に憧れの目を向けていた頃とは違うな。
しかし、ルザースとヒルドラドか……面倒なことだ。
俺は来た時と同じようにテラスから飛び出す。アウグストは相変わらず俺に背負われている。
バカ息子だが、やはり嬉しいものだな。
◇
「お帰りなさい、お父様」
僕が家に着いた翌日、お父様が王都から帰ってきた。
お母様とシュタイナー君も一緒で、みんなで食堂に集まって報告と情報共有をはじめた。
「ヘイゼルフェード王は、首謀者の話は知らなかったんですね」
「ああ、ザイの名に覚えはなかったようだ」
「そうですか……」
色々と面倒くさい輩が関わっていそうだ。一人でこんな大それたことをしてくるとは思えないしね。絶対に組織立った行動をしているはずだよ。国としてね。
「それにしても、何度も実の生るイチゴか……。ウィンの作物は規格外すぎるな」
お父様なら何かいい利用方法を思いつくと思って、作物の話もしてみた。
でも、さすがに無理みたいで、当面はポイントの安い方の作物を売ることにした。
まあ、ポーラさんに渡した奴がどうなるかだね。
僕の国だけでしか生らないのなら、他の国に渡っても法外な値段で取引されることはないだろう。
「アリューゼ様の領地に作物を持って行ってみよう。まずは新たにウィンスタに加わった領地でも何度も実が生るか、実験をしておこう」
そうでした。お父様の提案を受け、僕はポンと手を叩く。
領土になったといっても、まだ口約束の段階だけど、確かに王は了承してくれたんだ。
アリューゼ様の領地でも作物が何度も生るようなら、凄いことができそうだな。
「とりあえず、敵国が動くまでは暇ということだ。後でみんなで釣りでも行くか?」
お父様が腕をクイッとさせて言うと、モニカが飛び跳ねて賛成した。
「行く~」
お母様も微笑んでお父様に抱きついた。家族仲良く釣りってのもいいね。
空母は今も出しっぱなしだから、そこで釣ろうかな。
◇エレクトラ◇
「エレクトラ様。難しいです……」
「イメージよ。あとは反復ね。そう教えられなかった?」
私は漁村の浜辺でエレポスちゃんの指導をはじめたわ。
「師匠には魔法をあまり使うなと言われていました。無理すると体内の魔素がなくなると」
「何よそれ? それじゃ上達しないわ。というか、どうして欠損していない程度の怪我なら治せる回復魔法を、訓練もしないで使えているの?」
この子は天才ね。訓練もせずに中級くらいの回復魔法を苦もなく使えている。もっと早く会えていれば、今頃凄い魔法使いになっていたはずだと思うと、悔やむばかりね。
「そういえば、エレポスちゃんは攻撃魔法も使えるの?」
「あ、はい。封印されていますが、前は使えました」
「封印?」
「はい、これです」
エレポスちゃんはそう言って少し服をはだけると、胸元を見せてきた。
そこには鎖を交差させたような模様がついている。
「これがある限り、私は攻撃魔法を使えません。回復魔法は普通に使えるんですけどね」
「ふ~ん」
おかしいわね……回復魔法も攻撃魔法も原理は一緒。魔法を封印されているなら、二つとも使えないはずなんだけどね。
まあ、そんなことはどうでもいいわ。とにかく、魔法を使うことが上達への近道だから。
「じゃあ、封印を解きましょうか」
封印魔法も同じ魔法。私に解けないものはないわ。
「で、でも師匠が絶対に使っちゃいけないって」
「回復魔法を強くしたいんでしょ? なら、攻撃魔法も使わないとダメよ。それに、しっかり威力を見ておかないと、いざ使わなきゃいけなくなった時に大変でしょ?」
ちゃっちゃと彼女の胸元に手をかざして、封印を解除していく。
だけど、おかしいわ。これは……封印魔法が使われていない?
「どうしたんですか?」
「ん~。封印魔法がかけられていないわ。考えてみれば、封印魔法に刻印なんて必要ないのよね」
胸元の刻印は何の意味もないタトゥーってことね。それなら消してしまってもいいわね。
「意味がないから消してしまいましょう。いつか、好きになった人に肌を見せるわけだし?」
再度、手をかざして回復魔法をかけていく。タトゥーも怪我みたいなものだから、集中して回復魔法を使えば元の肌を再生させられる。
みるみる消える刻印。全て消えたのを確認して、エレポスちゃんに微笑む。
「これで綺麗っと。封印されていなかったから、攻撃魔法を使うことができたわけだけど、自分で気づかなかったの? 盗賊に襲われた時にも反撃しなかったらしいじゃない」
「あの……師匠から禁止されていたので……」
「ん~。さっきから師匠と言っているわね。師匠っていうのは、ヒルドラドの大司祭かしら?」
巫女といえば神職に近い存在だから、師匠って呼ぶのはなんだか変な感じなのよね。
「いえ、大司祭様とは別の方です。私の魔法の師匠なので」
「そうなのね。まあいいわ。とにかく、攻撃魔法を使ってみましょ」
「はい」と応えたエレポスちゃんは、海へ向かって手をかざす。
「魔法名は知ってる?」
「はい」
魔法を使うには、魔素を手に集めるための初動がある。それは魔法名を言うこと。
MPの少ない人は、より長くこの初動が必要になる。
ウィン様のおかげで私はその初動がいらなくなって、無詠唱でいけるけどね。
「【ファイア】」
彼女が魔法名を言うと、手から炎が飛び出す。まとまりはないけれど、とても強い炎。
ただし、普通と違って一つだけおかしなところがあった。
「黒い炎?」
普通は赤い炎になるはず。先天的な才能なのかしら。
「お見事、エレポスちゃん」
「は、はい……ありがとうございます……」
「――って、エレポスちゃん!?」
力なく微笑んだエレポスちゃんが、突然倒れてしまう。
気を失うほどの炎を出した? そんなことはないわ。確かにMPがなくなると気を失うこともあるけれど、彼女はまだまだ余力を残していた。
これはきな臭いわ。封印っていうのは催眠や暗示みたいなもので抑え込んでいたのかもしれない。
その師匠とかいう奴が暗示をかけて、エレポスちゃんに攻撃魔法を使わせないようにしていた。多分これね。
彼女が起きたら、その師匠の名前を聞いておいた方がいいわね。それと、黒い炎の話もね。
◇エレポス◇
「お母様? お母様~」
遠い昔の記憶。私が三歳の頃のお話。
私達の家族は森深くにある一軒家で暮らしていた。
だけどある日、お母様とお父様はどこかへ行ってしまった。
「ううっ。お母様~お父様~。どこへ行ってしまったの~」
涙を流して二人を捜した。だけど、家のどこを捜してもいなかった。
私は両親に捨てられた。この時はそうは思わなかったけれど、今考えればそうだったのかもしれない。
「ステアライラ様。子供がおります」
「あら。本当ね」
「だ~れ?」
家の外も捜そうと思って扉を開けると赤い髪の妖艶な女性が、数人の鎧を着た人と立っていた。
彼女は私を指さすと、近づいてきて私の顎に手を添えた。
「いや!」
「ふふ、怖がらなくて大丈夫よ。私はステアライラ。あなたのお名前は?」
「お母様が、知らない人とお話ししちゃダメだって……」
「あら~、今名乗ったでしょ。私はステアライラよ。これであなたの名前を教えてくれれば、私達は友達よ」
「友達?」
「そうよ~」
間延びした喋り方の女性は、私のほっぺをつんつんとつついて微笑む。
その笑顔に和まされ、私は心を開いていった。
「エレポス! お母様は私のことをエレポスって名付けてくれたの~」
「エレポスちゃんね。なんて可愛い名前なのかしら」
彼女は私を抱き上げて、高い高いをしてくれた。
高い高いなんて初めてしてもらった。すっごく嬉しくて、笑みがこぼれる。
「ステアライラ様、家はもぬけの殻です」
「そう……この子を置いて逃げたのね」
「この子供はハーフだと思われますが」
「そうね……」
鎧を着た人と小声で話すステアライラさん。この時は何のことかわからなかったけど、これはお母様とお父様の話だったみたい。
私の両親は、私を使って時間を稼いで逃げた。とても悲しい事実。
「まあいいわ。あの二人は私達に最高の置き土産を残してくれた。フェアリーとエルフのハーフなんて、この世にこの子しかいないんじゃないかしら?」
「ハ~フ?」
「ふふ、エレポス。今日からあなたは私の弟子よ。お母さんって呼んでもいいけれど、師匠って呼んでね」
「ししょ~?」
私は指を咥えてステアライラさんを見つめた。キラキラした瞳が私をとらえて離さなかった。
それから私は魔法都市ヒルドラドへ連れていかれて、ステアライラお母様――師匠の家に住むことになった。
「はあ!」
「そうよ。なかなか筋がいいわ」
十歳になった私は毎日剣の訓練を続けていた。師匠は剣の腕も凄くて、教えるのもうまかったの。
魔法を使うには十分な体力が必要っていうことで、十歳まで魔法は禁止されていた。
「剣はこのくらいで大丈夫ね。とうとう回復魔法よ」
「はい!」
いよいよ魔法の訓練が始まった。師匠が言うには、フェアリーとエルフのハーフである私は特別な練習をしなくても自然と魔法を行使できるらしい。
「この木に回復魔法をかけてみて」
「はい!」
回復魔法の訓練対象は植物が主だった。訓練で人を傷つけるのはさすがに危ないというのが理由だ。
「うん! やっぱりエレポスは天才ね。花が咲いたわ」
私の魔法で、枯れかけていた木が花を咲かせた。師匠は私の頭を撫でて微笑んでくれる。
「じゃあ、どんどん進みましょうか。次は攻撃魔法ね」
パンと手を叩いて、次へと進む師匠。彼女が杖をかざすと、地面が盛り上がって人型の土人形が出来上がる。
「炎をイメージして【ファイア】と唱えて魔法を使うのよ。この土人形に当ててみて」
私は不安になって教えを請う。
「師匠、初めてでも大丈夫なの?」
「ふふ、大丈夫よ~。あなたには才能があるんだから」
師匠が頭を撫でてくれたので、私は的である土人形を見つめた。
師匠の信頼を裏切らないように魔力を両手に集めていく。そして――
「【ファイア】」
「!?」
黒い炎が土人形を包み込んだ。真っ黒に染まった土人形は粉々になっていく。師匠が見本として見せてくれた炎の魔法よりも威力があるように思えた。
「……エレポス。これから攻撃魔法は禁止します」
突然、師匠がそう告げた。
「え? でも……」
「封印魔法をあなたに刻みます。あなたは回復魔法しか使えなくなる。いいわね?」
有無を言わさずに師匠は私の胸元に鎖の刻印を描いていく。
「はい、できた。これであなたは攻撃魔法を使えなくなった」
「……」
「大丈夫よ。あなたに危険はないわ。ずっとこの魔法都市にいればいいんだから」
その言葉を最後に、師匠は私の前からいなくなった。
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◇
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よろしくお願いします!
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最後まで見ていただきありがとうございました
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