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第十一章 愛されるより、愛したい

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当分傍から離れない――なんて言っても、現実的に無理なことぐらい光でもわかる。
大学合格が決まった途端、外での用事がどっと増えた勝行は、何でもオンラインで済ませられたらいいのにと文句を零しながら度々出かけるようになった。

「身バレしてるから、ちょっと変装しないと出れないのが面倒なんだよな……」
「そんなに外は大変なのか」
「卒業式の日は学校にまで追いかけ回されて。片岡さん抜きはキツかった」

そう言いながらも嬉々として髪型を変えたり、光の私服を着てイメチェンを図る勝行はどことなく楽しそうだ。大学生になるとお洒落にも気遣わないといけないらしい。似合わないかなと苦笑しながら光のパーカーを羽織る勝行が可愛くて「可愛い、めっちゃ可愛い」と絶賛したところ、怒りのパンチが吹っ飛んで来た。理不尽だ……頬をさすりながら光は愚痴る。

「でも音楽以外で有名になるのは癪だな」
「それなんだよね。何とかして挽回したいところだけど、焦りは禁物だし」

やはり自分が回復しないことには、WINGSの復活もソロデビューも白紙のままで動かない。
保と晴樹、それからインフィニティのメンバーが二人のためにあちこち駆け回っていると聞く。オーナーがガイアプロダクション被害者の会の発起人として動くようになったため、保はWINGSの事務所業務に専念しているらしいが、未だにどのオファーを受けるか、どこのスポンサーと組むかで出足が鈍っているらしい。

「気にするな、光の体調のせいだけじゃないよ。俺も家の問題は片付いてないし、相羽と繋がりのないオファーを選別するのが大変なんだ。政治的賄賂を疑われたら、父さんが困るだろ」
「そういえばお前の兄貴、俺の親父の部下連中とも繋がってたらしいな」
「ああ……残党と覚せい剤の隠ぺいに加担してた。ガイアの社長があんなに強気だった理由も分かったよ。弱みを握られて奴らの共犯者にされてたなんて……。あの真面目な兄さんに限って、そんなはずないって思い込んでた。借金は見抜けたのに、その用途の不審点に気づけないなんて、俺もまだ未熟だ」

身内の悪事を暴くなんて、正直気持ちのいいことではないはずだ。光にはできないことを、勝行は揺るがぬ強さでやってのける。無理してないだろうかと不安げに見つめていると、勝行はいつもの余裕めいた顔で微笑んだ。

「心配しなくても、家の問題は父さんに任せてるよ。俺は自分のことだけで手一杯」

そうは言っても、保と晴樹には仕事を任せきりにしたくないのか、「帰りに事務所寄ってくる」と言って徐々に外出時間を延ばしている。代わりにイヤホンとipad、いつもの電子キーボードがベッドサイドに設置された。

「電話連絡は……嫌いなんだっけ? なるべく早く戻ってくるから」
「うん。歌、聴いて待ってる」
「ちゃんとベッドで寝るんだよ」

勝行は毎回砂糖入りミルクみたいな甘ったるい声で口づけし、名残惜しそうに去っていく。相変わらず――いや、以前よりも溺愛ぶりが加速している気がする。
光は少しでも早く体調を取り戻したくて、大人しく個室に閉じこもっていた。中庭に出たいなと思っても、窓から外の様子を眺めるだけで我慢。いつの間にか網戸越しに伝わる外の冷気が和らいでいた。きっともうすぐ足元にクローバーが芽生え、辺り一面を緑色に染めてくれるだろう。
窓の手すりに凭れ、春の訪れを感じながら、去年の今頃もここで寝込んでいたなあと思い出していた。

(あの頃は父さんのことで落ち込んで……なんで一緒に死ねなかったんだろうって、後悔ばっかしてたな……)

病室で勝行から「好きだよ」と告白された日からちょうど一年。だがまるで十年も前のことだったかのようだ。それほどまでに、人生で最も濃厚かつ怒涛の一年を過ごした気がする。
――俺はまだ、生きていてよかったんだろうか。
ふと、空を見上げて母を想う。胸がちくりと痛んだ。

「自分がいつ死ぬのか、分かればいいのに」

それはそれで、最期が目の前に近づいてきた時、生きることを諦められなくなりそうで怖いけれど。幸せに浸ってばかりいるよりは、母への罪悪感に駆られずに済む。だから欲張ってあと五年、できれば十年。もう少し勝行と生き続けたいと願っても、彼女は怒らないだろうか。

「もうちょっと……生きたい……やりたいことが増えちまった……」
「そうか、じゃあ先生と一緒に生きるための治療を頑張らないとだね」

ふいに背後から声をかけられ、光は驚いて振り返った。
星野と若槻が一緒に病室に来ていた。その奥には、多忙なはずの相羽修行と置鮎保の姿が見える。四人の表情は真剣だ。

「今後の治療の話をしよう、光くん」
「……うん」
「立ったままでは辛いだろうから、ベッドに座りなさい。どう、吐き気は収まった?」
「ん」
「それはよかった。君の好きなカフェオレも入れて来たよ」

若槻が光の移動に手を貸しながら、魔法瓶の水筒を見せる。お茶セットに思わず目を輝かせると「食欲も湧いてきたかな。顔色がいい」と星野に褒められた。かつては疲労困憊に見えた修行も、すっかり元に戻ったようだった。おそらく保と修行は、今後の光の保護者としてこの場に呼ばれたのだろう。

「既にご存知かとは思いますが、光くんの日常生活にはある一定の介助が必要です。就労不可というわけではありませんが、容体が急変した時にすぐ我々に繋ぐ環境を整えてください。それがクリアできれば、働くことに支障はないかと」
「わかりました」
「彼の闘病で最も厄介なのは完治しないということです。それでも先天性心臓病の成人後の生存率は九割を超えています。大人になれないという時代ではない、安心してほしい」

その言葉を聞いた光は「マジで?」と目を丸くした。

「君が生きたいと願ってくれるのなら、先生はどこまでも君の治療に付き合うよ。その代わり、死ぬのは簡単で、生き延びることは難しい。苦しくて辛い時も来る。それでも頑張れるか?」

今までは選択する余地なく「頑張れ」としか言われなかった。
けれど今度からはどうするか自分で選び、選択した未来に責任をもてと言われていることがぴりぴり伝わってくる。修行と保が、遠巻きにこちらの顔色を窺っていた。光は掛け布団の端を握り締め、星野に真正面から向き合う。

「生きたい。……俺を必要としてくれる人がいる、から」

その言葉を待っていた、と星野は嬉しそうに微笑んだ。

「じゃあもう死ねばよかったなんて言葉を吐くのは禁止だよ」

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