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第十章 Trust me,Trust you
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一番濃厚な線は、過激な先代派による受験妨害。
その場合、勝行が別の大学を受ける情報を知った先代派を炙り出す必要がある。どこで漏れたか分からない以上人物特定は難しい。当主・修行以外にそれを探れる適材もいない。だが犯人は勝行を幽閉するだけで、妨害終了後は速やかに解放するだろう。
警察沙汰になる前に修行と本家から分家まで奔走した片岡は、首を横に振った。
「正月、勝行さんに厭味や抗弁を垂れた連中はひとしきり洗ったんですが、白でした」
「まあ……攫ったとしても、その理由なら親父さんに秘密にする必要はないしな」
二番目に浮上した線は、相羽家を狙った金銭目的の誘拐。
家庭教師の授業を受けた後、行方が途絶えていることから、帰宅途中に攫われたと思われる。実際に送迎車も消え、当日彼を護衛していた者にも一切連絡が取れないという。
「あの日、予定より早めに切り上げたんだそうです。昼食も取らずに帰宅されたと」
「じゃあ俺の診察終わった時、あいつもうこっち向かってたのか」
「恐らく。家庭教師の話では、仕上がりに問題ないから体調管理を優先したいと言って帰られたと」
きっと勝行は光の診察終了時間に間に合うように出発したのだろう。
だとすれば連絡のひとつでも片岡に入りそうなものだが、何もなかったところをみると、連絡を入れる暇もないほどの短時間で襲われたかもしれない。だが出発してすぐ襲われたのであれば、相羽家の人間が誰かしら目撃しているはずなのに、それらしき情報もない。
「その時の護衛は、オッサンの部下か?」
「いえ、急に予定を変更したため、手隙の使用人が送迎を担当したと」
「そいつは信用できるのか?」
「わかりません。誰も戻ってきていませんから」
護衛も使用人も相羽家の人間だ。誰の息がかかっているかわからない。咄嗟のSOSすら発信されていないことから、光は運転手を疑った。だが相羽家と警察には、 勝行の自作自演も疑われているようだった。捜索が難航しているのはこのせいだという。特に兄の修一は、誘拐の事実を完全否定していた。
「あの勝行だ。自作自演もあり得る」
受験失敗が不安で逃げ出したのだ。あるいは使用人を買収し、過激な先代派に冤罪を着せようとしている。あいつならやりかねない。――という予想を大胆に説いたものの、証拠がなにもないので信ぴょう性に欠ける。
「それおかしいだろ。あいつ自信満々だったぞ」
「ええ。共通一次の結果も悪くないと聞いてます」
「じゃあやっぱり、受験を邪魔しようとした奴の命令で運転手が連れ去ったとか……」
「ですが、外部の誘拐犯から連絡が一度だけあったのは確かなのです。運転手と護衛も含め、三人拘束していると」
「その誘拐犯からの連絡ってのは誰が受けたんだ?」
「お兄様です。修一様」
「誘拐は嘘だって言ってるくせに?」
ややこしい。頭をガシガシ掻きむしりながら、光は色々書きなぐった紙を何度も見返し、深いため息をついた。
その時、部屋の外から片岡を探す男の声が聞こえてくる。慌ててその紙をくしゃりと丸め、ボイスレコーダーもパーカーのカンガルーポケットに隠した。念のため、録音スイッチはオンにしたままだ。
「片岡、何をしていた」
「医者が帰られたので、光さんの体調を伺っておりました」
「……ああ。光くん、か」
部屋を出るとそこには見慣れた恰幅のいい修行の姿があった。だが心なしか疲れているように見える。上物のスーツはくたびれているし、声にも覇気がない。片岡の後ろに立つ光と目が合ったが、そこにいることを咎められることはなかった。
「電話があったぞ……やはり身代金の要求だ」
「えっ!?」
「逆探知で大まかな位置は把握したが……渋谷区だとしかわからない。車で移動しながら連絡してきたようだった」
「し、渋谷ですか。予想外の場所ですね」
「ああ……」
深いため息をついた後、修行はもう一度光の方に視線を向けてきた。その目は虚ろだった。
「こんなことになるとは……思えば君をあの子の友だちとして買ったことが全ての始まりだ、君さえいなければ……」
「……!」
それは修行の本音とも思える辛辣な言葉だった。
その場合、勝行が別の大学を受ける情報を知った先代派を炙り出す必要がある。どこで漏れたか分からない以上人物特定は難しい。当主・修行以外にそれを探れる適材もいない。だが犯人は勝行を幽閉するだけで、妨害終了後は速やかに解放するだろう。
警察沙汰になる前に修行と本家から分家まで奔走した片岡は、首を横に振った。
「正月、勝行さんに厭味や抗弁を垂れた連中はひとしきり洗ったんですが、白でした」
「まあ……攫ったとしても、その理由なら親父さんに秘密にする必要はないしな」
二番目に浮上した線は、相羽家を狙った金銭目的の誘拐。
家庭教師の授業を受けた後、行方が途絶えていることから、帰宅途中に攫われたと思われる。実際に送迎車も消え、当日彼を護衛していた者にも一切連絡が取れないという。
「あの日、予定より早めに切り上げたんだそうです。昼食も取らずに帰宅されたと」
「じゃあ俺の診察終わった時、あいつもうこっち向かってたのか」
「恐らく。家庭教師の話では、仕上がりに問題ないから体調管理を優先したいと言って帰られたと」
きっと勝行は光の診察終了時間に間に合うように出発したのだろう。
だとすれば連絡のひとつでも片岡に入りそうなものだが、何もなかったところをみると、連絡を入れる暇もないほどの短時間で襲われたかもしれない。だが出発してすぐ襲われたのであれば、相羽家の人間が誰かしら目撃しているはずなのに、それらしき情報もない。
「その時の護衛は、オッサンの部下か?」
「いえ、急に予定を変更したため、手隙の使用人が送迎を担当したと」
「そいつは信用できるのか?」
「わかりません。誰も戻ってきていませんから」
護衛も使用人も相羽家の人間だ。誰の息がかかっているかわからない。咄嗟のSOSすら発信されていないことから、光は運転手を疑った。だが相羽家と警察には、 勝行の自作自演も疑われているようだった。捜索が難航しているのはこのせいだという。特に兄の修一は、誘拐の事実を完全否定していた。
「あの勝行だ。自作自演もあり得る」
受験失敗が不安で逃げ出したのだ。あるいは使用人を買収し、過激な先代派に冤罪を着せようとしている。あいつならやりかねない。――という予想を大胆に説いたものの、証拠がなにもないので信ぴょう性に欠ける。
「それおかしいだろ。あいつ自信満々だったぞ」
「ええ。共通一次の結果も悪くないと聞いてます」
「じゃあやっぱり、受験を邪魔しようとした奴の命令で運転手が連れ去ったとか……」
「ですが、外部の誘拐犯から連絡が一度だけあったのは確かなのです。運転手と護衛も含め、三人拘束していると」
「その誘拐犯からの連絡ってのは誰が受けたんだ?」
「お兄様です。修一様」
「誘拐は嘘だって言ってるくせに?」
ややこしい。頭をガシガシ掻きむしりながら、光は色々書きなぐった紙を何度も見返し、深いため息をついた。
その時、部屋の外から片岡を探す男の声が聞こえてくる。慌ててその紙をくしゃりと丸め、ボイスレコーダーもパーカーのカンガルーポケットに隠した。念のため、録音スイッチはオンにしたままだ。
「片岡、何をしていた」
「医者が帰られたので、光さんの体調を伺っておりました」
「……ああ。光くん、か」
部屋を出るとそこには見慣れた恰幅のいい修行の姿があった。だが心なしか疲れているように見える。上物のスーツはくたびれているし、声にも覇気がない。片岡の後ろに立つ光と目が合ったが、そこにいることを咎められることはなかった。
「電話があったぞ……やはり身代金の要求だ」
「えっ!?」
「逆探知で大まかな位置は把握したが……渋谷区だとしかわからない。車で移動しながら連絡してきたようだった」
「し、渋谷ですか。予想外の場所ですね」
「ああ……」
深いため息をついた後、修行はもう一度光の方に視線を向けてきた。その目は虚ろだった。
「こんなことになるとは……思えば君をあの子の友だちとして買ったことが全ての始まりだ、君さえいなければ……」
「……!」
それは修行の本音とも思える辛辣な言葉だった。
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