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第十章 Trust me,Trust you

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元気そうで何よりだ。そう言っていた若槻の笑い顔は引きつっていた。絶対ひど過ぎると思って首周辺のキスマークに絆創膏を貼り付けておいたのだが、数が多すぎてバレバレだったようだ。

「モテる男はつらいね」
「まあな」

さらりと返すと、光は若槻が淹れたホットカフェオレを堪能していた。心療内科の診察室にくる時の唯一の楽しみはこれだ。

「心身的に問題はなさそうだけど。ちょっと無理してるんじゃない。声が枯れてるよ」
「……そうかな」
「季節柄、風邪も流行ってるから気を付けて」

キーワードを聞いただけで鼻がむず痒くなり、ずずっと啜る。ボックスティッシュを手渡しながら、若槻は「ここで体調崩されたら星野先生に怒られるから、勘弁して」と冷たくあしらってくる。どう考えても意中の相手は向こうだろう。あいつはどうしてコレを敵認定するかなと疑問に思いつつ、光はじっと若槻を見つめた。

「何、どうかした?」
「……いや。他人の考えてることってホントかどうかわかんねえじゃん。真実を見抜くの難しいよなと思って」
「そりゃ、そうだ。先生だって、まだまだ光くんが何を考えてるのかわからない」
「どうすれば自分の言ったことを信じてもらえるのか。知りたい」
「……そうだねえ、他人に信じてもらうってことは、難しいよねえ」

抽象的なことを言った自覚はあったのだが、若槻は否定することなく同調してくれた。

「自分で見聞きできる、客観的な事実だけを真実だとして。それが証明できない時、どうやって相手に信じてもらえるか……光くんが知りたいのは、きっとここだね?」
「……うん、多分。一緒にいない時、どうすれば嘘ついてないって思ってもらえるか……。あ、あと、嘘ばっか吐く奴は、自分の気持ちも誤魔化してるだろ。そういうの、どうやって見抜くんだ」
「それができたら、みんな魔法使いだ。人間関係で悩むこともない」
「……まあ、そうなんだろうけど」
「好きだと思った人に、好きでいて欲しい。それと原理は一緒だ。信じて欲しい人がいるのなら、まずは自分が相手を信じてあげたらどうだい。信じてないのに、一方的に自分を信じろって言うのは、お門違いだろう?」
「……そっか」

至極当たり前のような答えだった。けれど若槻のアドバイスは、なぜか光にとって目からうろこだった。自分は今の今まで、勝行を信じていなかったのではないかと。

(あんなに背中を預け合ってたのに。ライブだったら絶対にあいつの返しを信じて鍵盤叩けるのに……恋愛になった途端、俺たちはいつもすれ違ってばかりだ。全然、相手の言葉を信じてなかった)

急に憑き物が落ちたような気分だ。
光は初めて若槻に「ありがとう」と答えた。
それに驚いた若槻の口元が、喜びにやけていることには全く気付かなかった。


光の診察と治療がひとしきり終わった頃、まだ勝行の授業は終わっていない様子だった。
片岡に「迎えに行きますか」と問われ、しばし思い悩む。一足早く帰宅して好物の晩御飯を準備しながら待つか。万が一のことを考えて、彼の授業が終わるまで相羽家の従業員休憩室で待機するか。

(でも……大丈夫って言ってたし……信じたいし……)

それをそのまま片岡に相談すると、片岡も同じようにううんと唸って口元に手をやった。

「では今日の担当SPに電話して、現在の勝行さんのご様子を確認してみましょう。それから決めるのはいかがですか」
「そんなの出来るのか」
「ええ。少し電話してきますから、待合室で座ってお待ちください」
「わかった」

どうせ薬をもらうまでもう少し時間がかかる。光は片岡の指示通り、一人で待合室に座っていた。ゆっくり、気が向いた時にポンと鳴る電光掲示板。指定された手持ちの番号を見つけ、札と引き換えに内服薬を受け取る。
そこでも薬剤師に「首大丈夫ですか、どうかされましたか」と怪訝な顔をされて、逃げるように席へ戻った。勝行が帰ってきたらあとでいっぱい文句言ってやる、と心に決める。
人の話し声。カタカタと鳴るパソコンのキーボード連打音。年寄りが足を引きずって移動する擦り音。そんなものに耳を澄ませながら、光は目を閉じる。

(そういえば、前は病院の待合いまで付き添ってきて、ずっと勝行が隣にいたなあ……俺が学校サボってライブハウスに行くって決めつけてて、ちっとも信じてくれてなくて。……まあでも、あいつがいなかったら多分サボってたけど……)

それも高校一年や二年の頃だ。もはや懐かしさすらこみあげてくる。
ポーン。
何度目かの呼び出し音を聞いたあと、光は聞きたくない音を耳にした。できれば信じたくない、絶望的な声を。

「光さん、大変です……勝行さんが、またいなくなりました」
「……なんだと?」
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